■BACCANO! log6
*ルーアと幼馴染 (ラドルア

ラッドが友達兼恋人兼婚約者だと言って連れてきた女は、まるで既に死んでいるような顔をしていた。今まで見たことも無い、ただ世界に一点の救いも無いような、そんな絶望した目をしている、嫌な女だった。ただ、見た目だけが嫌って程綺麗で、俺は突然の幼馴染の言葉に、「綺麗な人見つけたな」と、一言からかってやった。
ラッドは「やんねぇぞ」なんて餓鬼みたいににやっと笑って、女を椅子に座らせた。まるで人形のようにラッドの動かされるがままに椅子に座った女は、乱暴に動かされたせいで少し顔を顰めていた。しかし、振り払うこともしなければ「痛い」などとラッドを咎めることもせず、触れれば壊れそうなその脆弱な体を、無言で椅子に下ろした。

ある日、俺がラッドを探して奴の部屋に行けば、全身真っ黒い、まるで喪服のようなドレスを身に纏ったあの女が座っていた。俺は、その女の名前がルーア・クラインだということ、死にたがっているということ、殺されるためにラッドについてきたこと、ラッドはそんなルーアに恋をしたのだということを俺は知っていた。
ルーアは部屋に入ってきた俺をちょっとだけ見て、「こんにちは」と、蚊の鳴くような声音で挨拶をした。微笑むその顔はちっとも楽しそうではなく、俺は無理して笑わなくてもいいだろう、俺はラッドじゃない、と突き放すように答えた。ルーアは困ったように首を傾げ、再び窓の向こうに視線を向けた。澄んだ蒼が、日の光を受けても未だ淀んでいるというその事実に、太陽の光を浴びて、この女、目が腐り落ちるのではないかと、馬鹿みたいなことを考えた。
「あの」
ルーアは呟くように囁いた。その声は酷く小さかったので、俺は一瞬自分が声を掛けられたのかどうかわからなかった。
「ラッドの幼馴染の方ですよね」
「ああ」
俺の返答に、ルーアは安心したように笑って、俺と顔をあわせた。相変わらず、今にもあの窓を突き破って落ちてしまいそうな、そんな世界に絶望した目玉を持っていた。
「・・・あんた、本当にラッドを愛してんのか?」
俺は、いつのまにかそんな問いを零していた。馬鹿なことを言った、と頭が理解するよりも先に、ルーアは「貴方は、ラッドと違って、凄く優しい人なのね」と、ラッドを馬鹿にするような言葉を吐いた。しかし、それはけしてラッドを馬鹿にするような言葉ではない。ルーアのその言葉はたっぷりとラッドへの情愛が含まれているような気がして、俺は言葉を無くした。
「愛してるの。馬鹿みたいでしょう」
死にたがりの女は、そう言って自分を嘲笑った。確かに、馬鹿だろう。死にたいくせに、好きな人がいるのだから。
俺は、変なことを聞いた、すまない。と謝罪した。ルーアは俺のことを眩しそうに見つめて、「ラッドは、きっと貴方を殺さないんでしょうね」と笑った。
何故か、それが俺を羨んでいるようにも聞こえて、何故死にたいのかとルーアを糾弾しようかと思った。
しかし、ルーアはどこまでも幸せそうに微笑んでいた。淀んだ目玉は幸福を孕んでいた。俺は言葉を無くし、ラッドはやはり、ルーアを殺すのだろうかと酷く悲しい気分になった。
ルーアを殺して、あいつも幸せになるならばそれでいいけれども、――――これは予感だった。ラッドはルーアを殺して、生まれて初めて傷つくだろう。それを癒せるのは、恐らく殺してしまうであろうルーアだけなのだ。
「あんたが二人いればいいのにな」
馬鹿な提案だった。ルーアは楽しそうに笑って、「そうね」と肯定した。
「そうすれば、ラッドは二回も私を殺してくれるんだわ」
・・・狂っている。
俺は恐らく悲しそうに顔を顰めて、部屋を後にした。俺には何もできないのだ。
その事実が、あの沈黙に支配された部屋から俺を追い出し続けている。



*グラッドルア

「何やってんだてめえは」
扉を開けてやってきたラッドは、一瞬で笑顔を極寒のような表情へと変え、目の前の真っ青な作業着に身を包んだ男を目で殺せそうな形相で睨んだ。
「えーと・・・・・・・膝枕です!」
「それはお前がやってんじゃねぇだろ」
元気に返答したグラハムの腹を無造作に蹴り、グラハムに膝枕をしてやっているルーアへと視線を移せば、本を読みふけっていた彼女は弱弱しく「お帰りなさい」と言って優しく微笑んでみせた。
「・・・・・・俺が言いたいことはただ一つだ。『何でてめぇがルーアに膝枕されてんだ?』」
「やだなぁ兄貴。その後に『羨ましいぞウミウシ野郎』とかって入るんでしょう?」
「『五月蝿いぞウミウシ野朗』」
「痛い!」
減らず口を叩くグラハムの肋骨を圧迫させながら笑顔で見下すラッドを、ルーアは困ったように見て、腿の上にあるグラハムの金糸を優しく指に絡ませた。
「さっき部屋の掃除を手伝ってもらったら、額縁が落ちてきて、グラハムの頭に当たったのよ」
「ほお?掃除を手伝うのは褒めてやろう。だが、今のこの状況は断じて許せん。退け。そして帰れ」
「兄貴嫉妬丸出しじゃないですか!それに角が当たって滅茶苦茶痛いんですよ?悲しい・・・悲しい話だ・・・掃除をするだけで大ダメージを受けるなんて・・・神に嫌われているとしか思えない!ああ!ジーザス!」
「うるせぇ」
ルーアの腿の上で悶絶するグラハムに忌々しげに吐き捨て、ラッドはルーアの隣に腰を下ろした。グラハムは涙目のままそっと伺う様にラッドを見上げ、「退いてほしいですか」と問いかけた。
「さっきからそう言ってんだろ」
「じゃあ兄貴が膝枕してくれたらどきます」
「ああ!?」
突然の申し出に声が裏返る。何を言い出すんだ額縁が頭に当たって狂ったか、とグラハムを見れば、ルーアすら「私もラッドの膝枕に寝たいわ」と言い出す。
「・・・・・・いや、それは・・・・普通逆だろぉ?」
「はっ!嬉しい話・・・嬉しい話ですよ兄貴!良い案・・・グッドアイディアが浮かびました!!」
がばりと飛び起きるグラハムは目を輝かせたまま叫ぶ。
「俺と姐さんが兄貴の膝で寝て、兄貴が姐さんの膝で寝れば一件落着です!!」
「いや・・・無理あるだろ」
「・・・ええと、じゃあ姐さんが分裂すれば完璧じゃないですか?」
「ごめんなさい・・・分裂はできないの」
本気でがっかりするルーアと、「それじゃしょうがないですね・・・」としょんぼりするグラハムに珍しくついていけず、ラッドは言葉を無くした。
「じゃあ、姐さんが兄貴の膝で寝て、兄貴が俺の膝で寝れば・・・!兄貴が分裂すればいっけんらくちゃ」
「分裂から離れられねぇのかてめぇは!!」
そして俺が得してねぇだろうがあああ!!
結局グラハムはラッドに強制的に外に放り出され、ルーアの期待する目に耐えられず、ラッドは今日、生まれて初めて人に膝枕をすることとなった。



*グラッド

初めて手に収めた拳銃は、思いの他軽かった。レンチよりも軽い。そのくせ、レンチより人を殺すのが簡単だ。
不思議なもんだな、と思った。足元で呻く人間の声も、人間の声には聞こえない。
獣の唸り声のようだ。
「グラハム」
兄貴がぼさっとする俺の頭を掴んだ。
「殺せ」
特に感情の無い、やる気の無い声だった。俺が微かに振り向き伺った兄貴の顔も、酷く呆れた目をしていた。子供を見下す目をしていた。
「いやです」
俺は一言、そう返答した。左手にレンチを引き摺り、右手には玩具のような拳銃を手にして、足元には死にかけの、というよりは死ぬより苦しい激痛を伴われているであろう男を平伏させて。
シュールな図だ。手の中の鉄の塊は、手袋を介しても冷たく硬い。
兄貴は「そうか」と一言呟き、俺の手から拳銃を奪い、ぱん、と乾いた音を立たせて足元の男から命を奪った。兄貴は優しいなぁ、と感心した。俺は酷い奴だ、と絶望した。
「俺はやっぱり、駄目ですか。使えませんか」
脳天から血液を破裂させた男を眺めながら感傷的な気分に浸ってそう問えば、兄貴はさあな、と肩を竦めて部屋の扉へと足を向けた。
「兄貴、やっぱり人は殺せないと駄目ですか」
「別に、いいんじゃね?殺したくねぇのなら」
兄貴は特に俺が殺人できようができまいが興味が無い、とでも言うようにあっさりと答え、扉の向こうへ消えた。
酷く、兄貴に殺されたこの男が羨ましくてならなかった。
ああ、ああああああ。
人の命も解体できればいいのに!



*ラッド・ルッソについて
 〜若きカモッラ幹部、苦苦と語る〜

「ルッソファミリーの殺し屋・・・?誰だそれ。・・・ああ、ラッド・ルッソのことか。あいつ殺し屋だったのか・・・。・・・まぁそうだろうな。あんなに殺すとか言いまくっててまともな職についてるわけ無いか。まぁ、俺に言われたくはないだろうが。・・・ラッド?ああ、・・・詳しくってわけじゃねぇけど、知ってるっちゃ知ってる。結構話したからな。・・・内容?まぁ別にいいだろそれは。どうでもいい、まぁ当たり障りの無い会話だったぜ。あの後地下であいつのテンションを考えれば、よくあんなまともな会話できたな、とは感心するけどよ。・・・いや、俺じゃなくてあいつに。どうやってあんなテンションを普段治めれるんだろうな?まぁテンションがハイな奴はそんなのは無意識なんだろうがな。でもなんか、俺と話してるときもだけど、アイザックの奴と話してる時もそんなにぶっ千切れてるわけじゃ無さそうだったからよ。・・・ああ、そういや言ってたなあいつ。殺したい人種とかがあるとかって。そういう奴以外にはそんなにテンションあがんねぇのかもしれねぇな。・・・いや、っつーか仲間には手をあげない、みたいなことも言っていた気もする。・・・いい奴?馬鹿言うなよ。あいつは最低な人間だと思うぜ?いや、最低ってわけじゃねぇんだろうな。ああ、仲間は殺さない、って意味で言えばいい奴だろうよ。だけど・・・そう、あいつは最悪、最悪な奴だ。あいつは仲間を確かに殺しはしない。だけど、その代わり殺すべき相手には一切の躊躇も容赦も持たないんだからな。だから、あいつのことが憎めないんだろう。だから、最悪な奴だよ。・・・そうだな。あいつの理解できない論理やら、餓鬼でも殺しちまう所とかは頷けないが――――ああ、嫌いじゃねぇよ。・・・なんでそんな嬉しそうなんだあんた。あいつの肉親か?・・・変な人だな。名前は?ゼロザキ?日本人か?ああ、でもあんたみたいな変な奴ならラッドとも仲良くなれるんじゃないか?好き好んであいつと仲良くしようなんて奴はいねぇだろうが。
何のようであいつに?
・・・・・・・。
・・・・・・・・・・。
・・・・・・・・・・・・・・へえ。頑張れよ。

ああ、会えるのを応援してるよ。・・・あのよ、ついでに言っちゃなんだが・・・あんた、スーツとその眼鏡、似あわなくないか?・・・いや、悪い、気にしないでくれ。

・・・言われ続けてるなら変えないのか?・・・まぁその格好が好きなのなら止めねぇけどよ。・・・普通を愛するねぇ・・・あの赤目みたいなことを言うんだな。・・・いや、こっちの話だ。じゃ、殺されないように気をつけろよ。
・・・・ああ、家族に誘うぐらいならそんな忠告さして関係ねぇか」
2008/2・24


TOP