■BACCANO! log7
*DVD7巻に触発されて (ラドルア
柔らかな金糸が頬から滑り落ちて首元を擽るのに顔を顰め、不快感とぞわりと背筋を粟立たせた長い髪の持ち主を咎めるように「るーあ、」と寝起きの舌ったらずな、そしていつもより不貞腐れたような低い声で名前を呼べば、ルーアは己の髪がラッドの首筋を擽ったのに気がつかないまま、ラッドの体の上に寝そべりながらふと頭を上げた。
「気持ち悪ぃ」
「・・・?・・・ごめんなさい」
やっと髪の毛がラッドを不快にさせていることに気がつき、ルーアは困った顔をしながらふわふわとした長い緩やかなウェーブを纏った髪をラッドからどかせた。
ソファの上で足を絡ませながらだらだらと二人で身を寄せ合えば、衣服越しに生温い相手の体温が己へと伝わる。薄い衣服に包まれた柔らかな体をラッドの上に重ね合わせるように乗せていたルーアは、ぼんやりと指先をラッドの頭部へと伸ばした。
白くほっそりとした手は、ルーアそのものかのようにか細く生きているか不安になるほど色白だった。ラッドのくすんだ髪の先端を指に絡ませながら、空いたもう片方の手をラッドの手へと伸ばす。無骨な、男性特有の骨ばった手は優しさという雰囲気は一切持ち合わせていない。今まで殺人のための凶器しか握ったことしか無いのではと思うラッドの手に、それと真逆の手を絡ませ、ルーアは酷く楽しそうに笑った。
髪を弄んでいた手はいつしかラッドの頭部から離れ、そろそろとラッドの眼球へと滑る。眼の近くに物体が近づいたことにより細められた眼も気にせず、その瞼へと冷たい指先を這わせれば、咎めるような視線がルーアを刺した。隙間から覗く蒼い目玉が一気に冴え渡ったのを見届け、ルーアは唐突にラッドにキスがしたくなった。
「ラッド」
震える唇で最愛の男の名を呟けば、ルーアと手を絡ませていないもう片方の手が素早くルーアの肩を引き上げ、痛みを伴わせてルーアをラッドの体の上でラッドの頭の方向へ滑らせる。絡ませた手にじわりと汗が浮かび、重ねた手が軋んだ。
「ぁ、」
ラッドの顔がルーアに近づいたと思えば、その顔はすぐに相手の顔の横を通りすぎ、ラッドの口ががぶりとルーアの首に噛みつかれる。頚動脈のすぐ上を、ラッドの熱い舌が嘗めるのを感じ取りながら、ルーアは行き場を無くした片手をラッドの後頭部へと添えた。まるで喰らいつくのを押しているようだと思いながら、ぐちゃ、と唾液がルーアの肌を舐る音を耳のすぐ間近で感じ取る。未だ絡まったままの足が動きを止め、ソファのスプリングがぎしりと嫌な音を立てた。
ぞっと死への羨望がルーアの胸の奥へと浸透した。今死ぬだろうか。絡んだ手が優しく握り締められ、手汗が気持ち悪くともその手を離すことができない。
「ラッド・・・」
近すぎてどうすることもできないラッドがもどかしく、ルーアは啄ばむようにラッドの髪へと顔を埋め、どうにか届いたラッドの耳を唇で挟んだ。ぎくっとラッドの体が強張るのを全身で感じながら、ちゅ、ちゅ、と何度も唇を押し付ける。
衣服越しに感じる相手の体温は暖かいというよりは熱を持ったかのように熱く、ねろりと舐られた薄い皮越しにある血管の束に歯が突き立てられるのはいつだろうか、などと場違いな想像をしながら、まるで子供のような愛情表現でも表すかのように、何度も何度も口付けを落とした。
*グラハムとラッド
銃声がする。まるで耳に透明な膜でも張ったかのように脳に響くことは無い。しかし気分は異常といっていいほど高揚している。脳髄が麻痺したかのようにじわりじわりと五感を奪っていく。
まるで夢でも見るかのようなそんな薄いオブラートのなかに居るような気分で、手の中の鉄の塊を握り締めた。
「はは、はっは、はははははぁはははははっ!!はははははははははっ!」
腹の中から溢れる哄笑が堪えきれず口から零れた。楽しい。何が?世界の全てがだ!!
血の池で大口開けて、同じように笑う鰐がその血塗れの顎を開けて、俺に負けないほど笑った。「いいねぇいいねぇ楽しそうじゃねぇかなんだおいパーティーでもすっかぁ?おい小僧!」男は笑う。ライフルの銃口がてらりと光った。
「やばい、すげぇ、わけが分からない程楽しい!ただ一つだけ言わせてくれ!なぁあんた!」
「ああ!?」
鉛球を避けながら、俺は愛を叫んだ。
「あんたをめちゃめちゃに壊したい!」
「俺はてめぇを滅茶苦茶殺してぇ!」
「凄いな、両想いだ!!」
絶叫と血が目の前を覆った。歓喜の叫びだろうそうだろう!?
今なら世界だって壊せるさ!今日の楽しい話は伝説にして後世に語り継がせるべきだろう!
*ヒューイとシャーネ
手に握りこめた少女の儚く小さな柔肌が酷く熱い気がして、ヒューイはふと視線を下へと向けた。白い息をふわりと吐き出した黒髪の少女は視線に気づき、冴え渡った静かな金の双眸をふと己の父へと不思議そうに向ける。
どうかしたのか、と無言で訴えてくる少女の目の向こうでにこりと微笑み、ヒューイは優しく囁いた。吐息が白く色づき、柔らかく本人の頬を包んで空気に溶ける。
「シャーネの手は暖かいですね」
少女はふと己の手に視線を向け、ふるふると首を振り、その純粋な金目を再び敬愛する父へと向けた。
しんしんと降り積もる雪が一人の男と少女のか弱い肩へ積もっていく。ヒューイはそっと娘の頭につもった白い氷の粒を払いながら、小さく苦笑しながら気づいた。
「ああ、私の手が冷たいんですね」
困ったような顔をして笑うヒューイを見上げ、言葉を無くした少女は沈黙をたもったまま、己の手の二倍はあろうと思える男の手に必死にしがみ付いた。微かな体温が世界に取り残された父子を一層隔絶させていた。
*ヒューエル
「昨日映画を見たんだ」
唐突に話題を振ってきたエルマーは、珍しくはりつけた笑みを消し、至極真面目そうに呟く。むしろその真剣な表情が不思議とおかしく、ヒューイはそうか、何の映画だ?と問いながら、口元に浮かびそうになった笑みをすっと胸の奥に隠した。
「いや、ラヴストーリーだったんだけどさ」
かた、とエルマーが指先でつついたチェスの駒が微かに前進し、モノクロの板とぶつかって高い音を零した。顔を顰めたヒューイをにやりと見上げ、(そこでやっと口に笑みを浮かべた)エルマーは朗々と言葉を紡ぐ。
「その主人公に惚れてる女の人がさ、主人公に言うんだ。『私以外の誰とも眼を合わせないで、私以外の誰とも口をきかないで、私以外の誰にも笑いかけないで』って。それをするとどうやらその女の人は幸せになれるみたいなんだけど、男の人は幸せになれなさそうなんだよね」
「お前にとっては究極の選択だな」
「ヒューイはどう思う?」
嘲笑うように口を歪めれば、エルマーは机に突っ伏しながら不思議そうに呟いた。ヒューイは肩を竦めながら、そうだな、と言葉を濁す。
「ああ・・・その女と男を部屋に閉じ込めればいいんじゃないか?」
ああ、そうか。狂った男は研究者の言葉に少し眼を見開いて納得しかけるが、すぐさま「それじゃあ俺がその人の笑顔が見れないね」と困ったように嘆いた。
そんな姿をテーブルの向こう側で皮肉気に口を歪ませながら、ヒューイは優しく嘯く。
「代わりに私が笑顔を見せてあげましょうか」
エルマー相手には使わない敬語で言えば、「ダウト」とエルマーがヒューイの作り笑顔を見破る。心底楽しそうにくつくつと笑いながら、ヒューイは白い駒を一つ進めた。
「チェック」
「勝ったなら笑えよヒューイ」
不貞腐れた声が下方から飛んできて、ヒューイはにこやかに笑みを顔に貼り付けたまま、片手でチェス板をひっくり返した。
がちゃがちゃと騒音を立てて床にぶちまけられたチェス板驚いて眼で追うエルマーの視界から逃れたヒューイは、心の底からの笑みを一瞬浮かべて、「エルマーが負けて悔しがる所をみたくありません」と涼やかに零した。
「俺、別に負けても笑えるよ?」
「俺は勝っても笑えない」
不思議そうに首を傾げるエルマーの言葉を切り捨てて、ヒューイはゆっくりと足を組んだ。目の前でヒューイをぽかんと見てくる男を嘲笑いながら、心の中でふと思う。
きっと、誰かを独占したいなんて思い、エルマーには理解できないのだろうな、と。
最愛の友人を黄金色の目玉の向こうで捉えながら、ぼんやりとそう、確かに確信したのだ。
*グラッド
ばさりと椅子に投げ出された白いワイシャツを眼で追いかけ、やっとグラハム「わ、」と唾を飲み込みながら感嘆の言葉を吐いた。
血で染まったワイシャツを着ていたせいか、ラッドの肌は血が掠れて所々赤く染まっている。恐らくラッドの戦いの癖なのだろう、『自分を守る』という意識よりも格段に『相手を殺す』という意識が強いせいか、防御に徹しないことから、しなやかに筋肉で形作られた体には無数の傷痕が奔っている。抉られたものから弾痕の跡やら、ナイフで斬られたものやら。痛々しい傷痕を眼を輝かせて眺め、グラハムはラッドをしばらく見つめた。
肌を露出している上に他人に凝視されるせいで、ぞわぞわと嫌な悪寒が消えない。「てめぇ、」と力ずくで部屋から追い出そうと白いシャツに手を掛けながら振り返れば、怒声を浴びせる相手はラッドのすぐ背後に立っていた。
「グラハ、」
「ここ」
冷たい金属でできたレンチがぺたりとラッドの脇腹に当てられ、その顔が顰められる。温度差によって腕に鳥肌が立つのを感じ、―――変な真似をしたらこの横っ面に肘鉄を打ち込んでやろうと思いつつ、己の舎弟の行為を見れば、グラハムはレンチを手放し、手袋を脱いだ。
がたん、と巨大レンチが床に落ちた後、その後を追いかけるように黒い右手の手袋がレンチの上へと墜落する。ひやりと冷たいグラハムの指先がラッドの脇腹、特別酷い傷口を撫でる。
「俺がつけたんですよね」
「だからどうした」
上半身に何も身につけていないせいで、どうにも体が落ち着かない。首元にナイフでも突きつけられているかのような気分の中、(しかしラッドにとってはそれぐらい気にすることでもないのだが)グラハムはのしかかるようにラッドの体に抱きついた。
血の匂いに混じって、ラッドの匂いと硝煙の匂いがする。「うあー」と獣染みた声を上げ、グラハムはラッドの傷だらけの体に額を押し付けた。肉の向こうにラッドの心臓があることを思えば、まるでこの至近距離では一心同体にでもなったような気分で、グラハムは安心したように己よりも高い体温を享受する。
「兄貴ー」
「どうでもいいけどよ、とりあえず離れろ」
「嘗めていいですか」
「死ね」
いまいち噛みあわない会話を最後に、恐らく握力だけで人を殺せるだろうラッドの右手がグラハムの頭部を引っつかみ無理に引き剥がすのに、せめての悪あがきだとグラハムの唇がラッドの一際目立つ傷口に押し当てられた。「気持ち悪ぃ」と嫌そうな声と共に肘鉄がこめかみを襲ったのを感知しながら、グラハムは「あうう」と声にならない悲鳴を上げた。
ラッドに怪我をさせたことについて謝りたいのだけれど、何故か、どうしても、ラッドに傷をつけれたことが嬉しくて仕方が無いのだ。
「どうすりゃいいですかー」
「とりあえず離れろっつってんだろ」
2008/2・24