■BACCANO! log5
*黒服 (1931の最初

プラチド・ルッソの部屋を後にして、あの男の礼服を頂いていくとのことなので、ルーアや数人を先に行かせてラッドと俺はラッドの幼馴染の奴と一緒にプラチドの部屋へと向かった。無造作にクローゼットを開け、中を無造作に開けながらものを取り出し、奥に仕舞ってあった白いスーツを発見した。プラチドには到底似あわなさそうな服で、背丈もあわないように見えた。怪訝な顔をする俺に気づいてラッドの幼馴染の奴は「何年も前の服だよ」と答えた。どうやらプラチドが今よりももっとまともだった時代のものらしい。丁寧に仕舞われていた礼服は過去の栄光に縋っているように見えて、馬鹿らしくて鼻で笑った。
運がいいことにラッドにぴったりだった。しかし礼服の方が少し大きいのか、手首の部分が緩いようにも見える。まぁあんな肉達磨・・・まぁ昔はしらねぇが、あのおっさんが着ていたもんだからそんなものかと思う。ラッドは手馴れた手つきでそれに着替え、・・・流石というべきか、俺たちと違ってそういう手つきが金持ちらしい。きっちりと着替え終わったラッドは満足そうにスーツを撫で、さていくかぁ、と扉へと向かった。
「ん?」
途中、ラッドは俺に目を留め、ずんずんと向かってきていた。二つの冷えた青い眼が俺を射抜いた。ぞわっと背筋を這い上がる悪寒が俺から言葉を奪う。
「な、なんだ?どうしたラッド」
「おいおい駄目駄目。駄目だよぉ。さっきの今で興奮してっかもしんねぇけどよぉ・・・なぁ、俺が嫌いな人間、知ってるだろう?」
威圧感に押されて後退していくと、あっというまに壁に追い立てられる形になった。どん、と背中に壁がぶつかる。ラッドの目が以上に近い所にあり、青い目玉に俺の引き攣った顔が映っていた。
「確かにここにゃお前の命を脅かす奴なんていねぇけどよぉ・・・考えてみろよ。今この瞬間!隕石が落ちてこの屋敷ごとぶっ飛んだらお前、どうなる?死ぬじゃん!突然戦争が起こって爆弾がこの屋敷にぶっ飛んできてもお前死ぬだろうが!そう、そうそう、それでいいんだよ。俺らはただの人間なんだからよ、世界に怯えてるぐらいが丁度いいんだよ。なぁ?」
ラッドはにこやかに微笑みながら、俺に抱きついてきた。背をぽんぽんと叩く掌は普段やられているものと大差ない。しかし俺の腹に溜まった冷たいものはけしてなくなりはしない。
「さぁ、時間食っちまった。ルーアが待ちくたびれて死んじまうかもしれねぇ!それだけは絶対に、絶対に絶対に世界が破滅しようがそれだけは許せねぇよなぁ!俺はただのまぬけな殺人鬼にすぎねぇんだから、ルーアが今何やってるかなんてわかんねぇんだもんよ!おお、やべぇ不安になってきた。さぁさぁさぁ早く行こうぜ!ルーアも待ってるし俺は絶対に安全だって思ってるご馳走も待ってる!やべぇよおい楽しいなぁ!」
ラッドは楽しそうにスキップをしながら扉を出て行った。溜息を吐きながらその背を追いかけていくラッドの幼馴染を見送り、俺はがくがくと震えながらその背を追った。
・・・俺は今、生きている。生きているから―――――人が殺せる。大丈夫、大丈夫だ。恐怖するんだ。
俺の怖いものは―――――すぐ隣にあるということを忘れなければいいんだ。



*グラッド

兄貴の青い目玉には部屋の赤が映っていた。不思議と、紫にはならないのだとどこか違和感があった。夕焼けを見ている気分だ。兄貴の目と血の色は混ざらない。その薄い網膜を隔てて、兄貴の海と血の地面は交わらないのだ。絶対的なその世界に、俺は一瞬、見とれた。
凶暴なワニを目の前にして、俺は悲鳴を上げるどころかちょっと笑って、そしてちょっとワニの目に見惚れた。目が離せなくなる。血の匂いが鼻腔をついて、血の赤が目玉を抉って、人間の崩れる音が耳を叩いた。目の前の人殺しが酷く愛しいと思った。恐怖と共に心臓がどきどきとなった。悲しいのか嬉しいのか、そんなことは良く分からなかったが、とりあえず俺は楽しいのだと思った。レンチを握る手に汗が浮かんで、俺は酷く足元が緩い気がした。ぬるい。微温湯に浸かっている気分だ。
兄貴は俺を変な目で見て、どうした、と一度聞いてくれた。俺は一言、「兄貴に惚れました」と答えた。兄貴はアホか、と呟きながら、それでも満更ではないかのように笑っていた。目が細められて、蒼が滲んだ。ああ、この人が好きだと思った。



*チェスエル

「・・・何これ」
「ケーキだけど?」
唐突に両手に大量の箱を持って帰ってきたエルマーは、不思議そうな顔をして問うてきたチェスににこやかに返した。
何も乗っていなかった茶色い木製のテーブルの上には所狭しとケーキが並べられ、見る人によっては見ているだけで胸焼けを起こしそうなほどだ。色とりどりの、カラフルに彩られたケーキを眺め、チェスは読みふけていた古書をぱたりと閉じた。
「・・・・・なんで突然?」
「いやー、ちょっと街を散歩してたらさ、なんかいい匂いがして。ちょっと店の中を覗いたらカウンターにすっごく綺麗なケーキが沢山乗ってたから、チェスにこれを買って帰れば喜ぶ笑顔が見れるかなーって思って」
最後の思惑に苦笑を洩らしながら、「だからって・・・」と呆れた声を零す。テーブルに並べられたその菓子類は、タルトやシュークリームやプリンなどといったものもあり、エルマーが本格的にノリで買ってきたことを容易に想像させた。
「だからってこんなに買ってこなくても・・・10個ぐらいあるんじゃない?」
「そうだねぇ。まぁもう少しすれば誰か来るかもしれないし」
「こないかもしれないけど?」
「その時は皆にケーキを配りに行こう!」
にこにこと笑いながら、エルマーは無造作にプリンをスプーンで掬い取った。上に乗っていた生クリームと果物が崩れ、しかし上手にスプーンの上を小さく彩る。
「・・・・・・・・食べないの?」
「あーん」
じっとそれを眺めて、一向に己の口へとそれを放り込まないエルマーに問いかければ、エルマーはにこりと笑ってそのスプーンの先端をチェスへと伸ばしてきた。柔らかく鼻腔を擽る甘ったるい匂いがふわりと近づいて、チェスははぁ?とでも言いたそうに顔を顰めた。
「・・・食べろっての?」
「美味しいよ?・・・・いや食べたことは無いけどさ」
どっからどうみても子供扱いだ。やめてよと言おうとしてチェスがすっと息を吸い込んだ瞬間、かすかに開いた口の中へとスプーンが突っ込まれた。
冷たさと甘さがチェスの舌を刺激するのを認識するよりも早く、してやったりとエルマーが笑った。
「ははは、隙あり」
「っ――――――――、える、まー・・・!!」
ぐっと睨みつければ、あははと軽く笑って、エルマーはゆっくりと立ち上がる。
「紅茶にしようか?コーヒーにしようか?」
口にスプーンを咥えたまま、言葉を無くしてチェスは唸る。甘味は口内でとろけて、スプーンだけが口の中でかちりと歯とぶつかった。
「・・・紅茶」
「わかった。・・・美味しい?」
「・・・まぁね」
「そっか!よかった!ぞれじゃあ笑おう!」
いつもどおりの暢気な声に、チェスは眉を顰めて、――――――口を開けて笑っているエルマーの口に、どのお菓子をつっこんでやろうかとテーブルの上の色彩を睨んだ。



*チェスとエルマー

ぎしっ、と木が撓る音が室内に響いた。潮の音が、壁を隔てて確実にチェスの耳へと海を教え込む。潮の香りが麻痺して分からない。薄暗い部屋。
ぎしっ、ぎしっ、ぎしっ、と。
チェスの軽い体でも、足を一歩踏み出すごとに響く音を消え去ることは叶わない。金は使っているが、それ程豪奢ではないその船は、構造上、仕方が無く足音が響くのだ。
「・・・・・・ベグ?」
恐る恐る、その薄暗い室内に向けて名前を呼びかければ、帰ってくる音はただ潮騒のみだという事実に愕然とする。戻ろう。気味が悪い。
同年代の子供とかくれんぼをしても、すぐに見つけてしまうのでつまらないが、ベグはかくれんぼが上手い。最初は意気揚々と船内を散策していたが、見つからないと段々不安になってきた。
「ベグ、どこに居るの?」
暗闇に問いかけながら、階段に手をかけ、一段目へと足を乗せる。ぎしっ、と木が軋んだ。
そして再び、ぎしりと床が軋む。
「わああああああああああっ!!」
「うわああああああっ!?」
唐突に背後からやってきた大声に身を竦ませ、チェスはひっくりかえるように尻餅をついた。心臓が体内で飛び上がるかのような衝撃に襲われ、身を竦ませて目の前の影を見上げる。
「えっ、えっ、えるまーっ!」
「あははははは、そこまで驚いてくれるなんてこっちとしては大満足だぞチェス!ナイスリアクションだ!凄いぞチェス!たっぷり驚いた後はたっぷり笑おう!」
おかしな錬金術師という位置づけにいるエルマーは、チェスを驚かした時の両手を上に上げて万歳をするポーズのまま楽しげに笑った。
「っ・・・・・!!!!」
ばくばくと鳴り止まない心臓の音が耳から飛び出るのではないかと思うほど、頭の中が痙攣するような感覚に囚われる。チェスは忌々しげに目の前の楽しそうな男を見上げ、「笑うなっ!」と叫んだ。
2008/2・24


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