■BACCANO! log4
*ラドルア
殺してくれないのですか。縋る指先はただその背中を掠めるだけで、けして貴方を振り返らせることはできず、ただ私はその刃が、その鉛の塊が、その手が、その凶器が、私の心臓を食い破り私を惨たらしく凄惨に殺してくれることだけを願い続けているのです。(別に愛してほしいなんて高望みはしないから)だからだれかどうか私を許すように殺してくださいませんか。この頭をこの首を、この心臓をこの腹を。肉と血で汚してくださいませんか。ただ、死にたいだけなのに。ただ、殺してほしいだけなのに。ただ、ただ貴方の手が恋しいだけなのに。殺してくださらないのですか。殺すのが怖いのですか。殺すのは罪なのですか。死ぬのは罪なのですか。死ぬのが怖いのですか。私はそれが愛しくてたまらない。私は死を産み落としたい。この胎内に孕むのがその絶望を混ざり合った愛しい貴方の殺意なのならばどれほどの幸福であることでしょうか!ただ愛しいだけなのです。これは病気ですか。私は病んでいますか。私はおかしいのでしょうか。私はもう、駄目なのでしょうか。愛するように殺してほしいなんて、高望みはしないのです。ただ、貴方に殺されたくて、死にたくて、生きたくなくて、貴方の手が、恋しくて。私に触れる貴方の手が、私を殺してくれるのが待ち遠しくて。待ち遠しくて。これは愛なのですか。これは病なのですか。私は貴方を愛せていますか。私は貴方と離れたいのですか。まだ生きたいと思っていません。貴方と一生一緒にいたいなんて、思っていません。貴方が愛しいだけなのです。貴方に殺されたいだけなのです。貴方に愛されたいまで高望みしません。私は貴方と離れたくないのです。でも、だから、それ故に。貴方の両手が愛しくてたまらないのです。
*グラジャグニス
「俺はお前を愛せているだろうか」
唐突にそんなことを言い出したグラハムを見つめ、目を見開きながらジャグジーはえええ?と変な声を上げた。何を言い出すのだろうかと驚きながらも、みるみるうちにジャグジーの二つの目玉はうるうると涙を湛えつつある。グラハムの隣に腰掛けていたシャフトは「何言い出してるんですか」と呆れたように声を上げ、そしてジャグジーの隣で同じく目を見開いたニースは一拍遅れて「突然どうしたんです?」と首を傾げる。
「そうだ、ニース。俺はお前を愛せているか?」
「ええっ!?」
「ちょっ、グラハムさん!?」
今度の台詞には三人が一斉に驚いた。グラハムはジャグジーとニースが付き合っていることを知っている。恋人が隣同士で座っているところに突然何を。ニースも今度は冷静な顔を崩し、「グラハムさん、何を言っているかわかりますか?」と心配そうに首を傾げた。
「もちろんだ!なんだ、俺の頭がイカレているとでも言いたいのか?・・・確かに、普通ならこの部屋を解体しようなんて思わないだろうが・・・はっ・・・ということはやはり俺は頭がイカレているのか!?悲しい・・・悲しすぎる話だ・・・!」
「一人で暴走して一人で嘆かないでくださいグラハムさん。頭のなか一回医者に見てもらった方がいいんじゃないですか?かち割って」
「五月蝿いシャフト」
「痛い!」
素早くモンキーレンチがシャフトの頭部にたたきつけられる。鼻の骨が折れるかと思ったが、見事な手加減で外傷は殆どないようだった。
「だ、だ、駄目ですニースはっ・・・・に、ニースは僕のっ・・・・・!彼女で・・・っ!」
「ジャグジー・・・・」
立ち上がり、ニースを庇うようにジャグジーは顔を赤くしたまま叫ぶ。グラハムはそんな姿を見て、ふむ、と納得したように頷く。
「ジャグジーはニースを愛してるんだな?」
「あっ・・・ああっ、あいっ・・・!?」
あわあわと口を閉口させるジャグジーは今にも頭から湯気が立ち上りそうなほどである。グラハムは今度は首をかしげ、それじゃあ・・・と思案する。
「俺はジャグジーやニースやシャフトや仲間達を愛してるのか?」
「グラハムさん、言っている意味が分かりません・・・」
というかそれを聞かれても答えることなどできない。
「俺は兄貴が特別に好きだ。ジャグジーも好きだが兄貴とは違う感じの好きだ。だが俺はニースやシャフトや仲間も好きだ。大好きだ。だが、兄貴やジャグジーとはまた違う・・・書物によると好きっていうのは好意と愛に分かれるらしいんだが、その場合一つ足りないと思うんだが・・・・・これはなんだ?」
「えっ、えっ?」
「グラハムさん・・・それは遠回りな告白ですか?」
真剣に悩むグラハムは本気で考えているらしく、シャフトのつっこみにも反応しない。言っていることがなんだか怪しい気がしてきたニースは、とりあえずジャグジーを連れて退散することにした。
「なんだニース。意味が分かったか?」
「いえ、全然分かりません」
不思議そうに首を傾げるグラハムににこやかに笑みを返して、豪華なその一室から出て行こうとする。ジャグジーはええ?と泣きそうな顔でニースとグラハムを交互に見て、一度頭を下げて部屋から出た。
廊下に出てからジャグジーは扉の向こうに目を向けて、小さくニースに問う。
「グラハムさん・・・なんか迷子みたいだね」
「だめよジャグジー」
「な、何が?」
何の意味かとジャグジーが首を傾げれば、ニースは優しく微笑み、「私、ジャグジーのこと好きだよ」と囁いた。
かっと顔を真っ赤に染める少年に笑みを零して、グラハムが要注意だということを思い知った。
*グラ→ラドルア
「兄貴、姐さんに言うように愛してるって言ってみてください」
「・・・・・・はぁ?」
唐突に言い出してみた頼みに、兄貴は俺の予想通りに顔を顰めて俺を阿呆を見る目で見た。殴られるかもしれない、というか下手したら殺されるかもしれない頼みだったが、俺は気になって仕方が無いことだったからここは退いてはいけない、と思いとどまり、再び言った。
「別にやましい気持ちじゃなくてですね・・・純粋に、兄貴が姐さんに向かって言う言葉を聞いてみたいだけなんです」
「意味わかんねぇな・・・俺とルーアが話してるところにお前来た事あんだろ?」
「ありますけど、愛してるって言葉が聞きたいんです」
我ながらかなり危ない。下手したら危険なホモ野郎の烙印を押されるかもしれない。兄貴の目はとにかく冷たかった。地雷踏んだかもしれない。
「ルーアもいねぇのに愛してるってこの時点で言ったら、お前に向かって告白してるみてぇになるじゃねぇか。気持ち悪ぃ」
「じゃあ俺の方を見ないで言っていいです。目を瞑ってもいいし、愛してるの前に姐さんの名前を呼んでもいいですから」
ちょっとした興味本位からだったが、ここまで頼んでしまったら退くに退けなくなってきた。兄貴は嫌そうな顔をしたが、目を瞑り、その上俯いてゆっくりと呟いてくれた。
「ルーア、愛してる・・・」
低く呟かれた声には殺意しか篭っていないように聞こえた。俺がいるせいで俺への怒りが殺意に変わってしまったのかもしれない。しかし、姐さんに向かって囁くなら殺意100%の告白の方が喜ばれるのかもしれない。
俺がぼんやりとそう思うと、嫌そうにこちらを睨みつけてくる兄貴と視線がかちあった。
「俺馬鹿みてぇじゃねぇか」
「そんなことないですよ。すみません、変なこと頼んで」
素直に謝罪すると、兄貴はしばらく俺を睨んで、呆れたように肩を竦めた。
「で、ホモ疑惑が立ち上がったグラハムちゃんは何が知りたかったんだ?おい」
「えええ、やっぱりそんな疑惑立ち上がるんですか?悲しい・・・悲しい話だ・・・本当にやましい気持ちは・・・まぁ欠片も無いといったら嘘になるが、純粋な気持ちだったのに・・・・でも目的は達成できましたから、ありがとうございました兄貴!」
俺は足早にその部屋から退出する。背後で「おい・・・」と低い兄貴の声が掛かるのを背で感じ、走る形で部屋から逃走した。次に逢ったら殴られるかもしれない。
ルッソ邸の廊下をのろのろ歩きながら、俺は先程聞いた兄貴の声を思い出した。今まで聞いたことの無い真剣な声音だった。きっとこれから一生聞くことは無いだろう。
兄貴は姐さんのことを心から慈しんでいるのだ。その事実が己のなかに確固たる意思となって芽生えた。
俺はあの二人を祝福する。殺人鬼がどうとか殺し屋がどうとか関係ない。あの二人の仲を悪くする人間が居たら、それはそれこそ俺の敵だ。今まで感じたことの無い高揚感に無意識に笑みをつくり、グラハムは舎弟たちの待つ近くの廃工場へと向かった。
俺は兄貴に恋をしているのかもしれない。しかし、きっとそれ以上に、俺はあの『二人』に恋をしているのだ。姉に抱いた初恋の情に似ている。彼らの幸福を願ってやまない。
破壊魔は、皮肉にも『二人』の関係が壊れることを世界で最も厭うようになる。
*シチュは深く考えないで下さい (病と笑顔
男の体に無数に刻まれている傷痕は私のものと酷似していた。焼け爛れた傷痕の上に抉るように奔る切り傷は一度無造作に糸で繋がれ、その上からそれを無理に引きちぎるかのように傷が深く入れなおされている。月日がたったもののせいか、その傷痕のいくつかは薄く皮に覆われその凄惨な肉跡を薄く肉色に留めていた。白人であるせいか色白の肌に築かれている痛みは、月日をもってして全てを無くすには至らないようで、逆に治らずに残ってしまった傷痕は無惨にもその体に轍を残らせていた。
なぞる様に指を這わせれば、彼は笑顔を消してじっと私を見ていた。その目に感情は無く、かつてこの人の友達に「彼は笑顔を絶やさない人だ」と聞いていた私にとっては、それは嘘のようにきこえてならない。傷痕に残る瘡蓋はがちがちとしていて、軽く爪を立てるとぼろりとはがれた。男の皮の欠片はまるで人形のように老化しており、そっと触れただけでパズルのピースのように剥がれ落ちた。薄い皮を残して色づいた肌に、まるでビデオの逆再生でも見るかのように再び皮は元の場所へと戻った。滲んだ血も、その皮の向こうへと閉ざされる。見ているだけで苦しく、そして悲しかった。嗚咽の変わりに私の口から吐瀉物が溢れた。げほげほと咳き込みながら、胃の中のものを全てひっくり返しても、苦しみも悲しみも消えはしなかった。ただ私の古傷が痛み、絶望と悲観がぐるぐると頭を巡った。男の手が私の背中を撫でた。傷口を這わすようにというよりは、吐きたいのならば全て吐いてしまえと促す社長の掌に似ていた。私は吐けるだけ吐いた。お腹の中が空っぽになり、口の中がすっぱいものから苦いものへと変わり、黄色く透明な胃液が床を汚した。
「笑って下さい」
私は懇願するように頼んだ。男は少し顔を強張らせ、ふっと気を抜いたかのように微笑んだ。優しい笑みだった。私は男に釣られて笑みを零そうとしたが、代わりに溢れたのは涙だった。透明な液体はぼろぼろと止まることを知らず、床を汚した吐瀉物の上に混じった。
「笑おうよ」
男はにこやかに笑いながら、今度は私に笑うよう誘ってきた。頭を撫でる掌は温かく、腹を抉る凄惨な傷痕と真逆なほど柔らかだった。私は嬉しくて溜まらない筈なのに涙を止めることを忘れ、ひたすら泣いた。男はただ私に微笑んでいてくれた。
2008/2・24