■BACCANO! log2
ルーア・クラインとグラハム・スペクター
どんな化学変化が起こったのかさっぱりわからないが、何故か俺はラッドの兄貴に招待されてルッソファミリーのシマにあるちょっとした豪邸につれて来られていた。廃工場に流石につなぎだけで冬を乗り切ろうというのは俺を含め誰が見ても無理だと判断するだろうから、兄貴からのお誘いはほんと色々色んなところから色んなものが出そうなほど感動した。一生この人についていこうと思った。
しかしそこには思いも寄らない人も一緒に居たのだ。
「・・・・・・」
彼女は、ルーア・クラインはラッドの兄貴が話しかけるとほんの小さな蚊の消え去りそうな声で応答を繰り返すどっからどうみても脆弱な女だった。滅茶苦茶美人なのは認めるが、ラッドの兄貴と一緒に居るとそれだけで吹き飛んでしまいそうなか弱さを醸し出している。
ラッドの兄貴が前々から「最後の最後に殺してやりてぇ」と豪語してた恋人だと、俺は本能で直感した。恋する男の直感って奴だ。・・・兄貴に対しての思いは恋じゃねぇんじゃねぇのかって?そんなの知るか。そもそも恋なんて目に見えないものに対してこれは恋、これは恋じゃねぇってどうやって決め付けれるんだ?くそ、まったく悲しい話だ。俺の思いってじゃあつまりなんだ?分からん。さっぱり理解できない。悲しすぎる。神は死んだ。
一人でガンガンテンションが下がっていく俺を、彼女は黙って見ていた。兄貴はどこかへ行ってしまったし、俺のテンションが上がる理由はもはやこの室内には消えてしまった。くそ、なんで俺ここに居るんだ?
「・・・グラハムさん?」
「はい?」
もはや俺の生きる意味が見えなくなってきた頃、彼女は小さく俺の名を呼んだ。聞き逃しそうな小さな声だったから、幻聴じゃないかと思ったぐらいだ。彼女は名前が当たったことに小さく微笑みながら、(その笑みもまるで風が吹いたらすっとびそうなか弱い笑みだったが)「ラッドから噂を沢山聞いてるのよ」と優しく呟いた。
「ど、どんなですか?」
聞きたい興味半分、どう思われているか怖い半分、いやしかし兄貴が俺を嫌っていたとしても影ながら兄貴をサポートし続けるのが俺の希望、いや、俺の希望は兄貴に関係ないのか。・・・あれ?
一人で混乱していると、彼女は少し思い出すようにしながら、ゆっくり、しかし少し力強く答える。
「凄くいい奴だって」
「・・・」
色々言葉が足りない気もしたが、俺にとってはそれだけで十分だった。迷うことなんて全てふっとんだ。今なら死んでもいい。
「ラッドのこと、好きなのね」
一人で百面相をしているであろう俺を優しく見つめながら、彼女は嬉しそうに聞いてきた。俺は「ええ、ま、まぁ」と彼女との会話の仕方が分からず、思わず敬語で接する。
「私もラッドのことが好きよ」
そりゃそうだ。
呆然とする俺の前で、彼女は緩やかに笑った。
「私達恋仲間ね」
「・・・・・・・・・・」
そうなのか!
兄貴の恋人がそういうのならばそうなのだろう。俺は愕然としながら彼女を伺った。どこまでも綺麗な人だった。
「よろしくね、グラハム」
声はか細かったが、力強く。そして柔らかだった。彼女は兄貴の話をする時はちゃんと喋るのだ。初めての発見に胸が熱くなり、俺は彼女に一生敵わないであろうことを思い知った。
ルーア・クラインとグラハム・スペクター
俺がもしも女だとしたら、姐さんのように少しぐらい優しくされたりするんだろうか?
そんなくだらないことを考えた時点で己の女バージョンが脳裏に浮かんで吐き気を催した。やばい。馬鹿か。俺が馬鹿だ。
っていうかまず姐さんのように死にたがりの目をしなければならないのか。いや、死にたがりの目をしていなくても一夜ぐらいともにできるんじゃないか・・・いやその後殺されんのか。・・・・・ちょっといいかななんて思った自分の脳髄をぶち壊したい。
「姐さんが羨ましいです」
ラッドのアニキに留守を頼まれた俺は、高級椅子に逆に座って、背凭れに体を前屈みに凭れ掛けさせながら言った。テーブルを挟んで沈黙を保っていた姐さんは少し瞠目した後、小さく「私はグラハムが羨ましいわ」と答えた。
何で。
「俺の何処が羨ましいんすか」
ルーアの姐さんは小さく微笑んで、「私はラッドの背中を守れない」と呟いて答えた。
「私はラッドに小突かれたりもしないし、ラッドは私を危ない所へ連れて行ってくれないわ」
それは、なんとも自慢のように聞こえるような呟きだったが、確実に悲しみを孕んでいたので、俺はその死にたがりの目を真正面から見つめた。瞳の奥はただ絶望を孕んでおり、呼吸をするのすら疎ましがっているような物悲しげな視線があった。目の奥は笑っていないのに、表情はまるで慈母のように優しく笑って、ルーアの姐さんは言う。
「もしかしたら、私がグラハムだったら、私の願いが逆に羨ましくなるかもしれないわね」
俺はその返答に驚きながら、そういうものかと吐息を吐いた。
でも、俺は兄貴に抱きしめられたりもしないし、兄貴と踊れもしないし、兄貴に守られるなんてこともない。
しかし、これがもしも十分すぎる幸福ならば?・・・ありえる話だ。
俺は「でも、たまには交換したいですね」とうっかり零してしまって、ルーアの姐さんはちょっと驚いて酷く楽しげに笑った。
ヒューイ・ラフォレットとエルマー・C・アルバトロス
「いやー寒い寒い!参っちゃうよねほんと!」
そう言ってばたばたと部屋に侵入してきたエルマーは、我先にとストーブの前に体を曝した。曝した、といっても何も裸になるわけではなく(寒いと言いながら脱ぐとは変な話だが)雪の塊になりかけているコートを脱いで普段着の状態で、だが。
「エルマー・・・ここが誰の家だか分かっているか」
吹雪いている外と同じぐらいの極寒の視線で、ヒューイはエルマーを静かに睨んだ。そんな絶対零度も何処吹く風とでもいうように、あえて言うなら春のようなエルマーはストーブに体を寄せつつ首を傾げてみせる。
「え?・・・ヒューイの家だろ?ま、まさか実はヒューイの家じゃないのか!?俺不法侵入?っていうかそれを言ったらヒューイも不法侵入じゃないか!大丈夫、きっと笑って謝れば笑って許してくれるさ!さぁヒューイ、この家の持ち主の人に謝りに行こう!」
「五月蝿い、黙れ、ちょっとはよく考えろ。ちゃんとここは僕の家だし、そもそも笑って謝ったら逆に誠意が感じられなくてむしろ許せないだろうが」
「いやーヒューイはほんと丁寧に突っ込みいれてくれるからいいね!俺ヒューイのこと大好きだよ!」
「・・・・・・・」
今度こそ読みふけっていた本の角でエルマーの頭部を殴ろうかと思案したが、こうも純粋にまっすぐと「大好きだよ!」なんて言われてしまうとどう反応すればいいかと迷ってしまう。一瞬躊躇ってしまうと、これから殴ることが「恥ずかしくて紛らわしくて殴った」ということになりそうで、ヒューイは迷った挙句に本は机の上に戻すことにした。
次に困るのはエルマーのほうで、やってくると思った本も拳も飛んでこないので、逃げようと足に力を込めるも空回りに終わる。
「あれ?どうかしたのヒューイ。・・・具合でも悪いとか?」
「お前は・・・くそ、どこもなんとも無い」
完璧に調子を狂う形になり、ヒューイは椅子に座ったままがくりと肩を落とした。純朴そうな青い二つの目玉がじっとヒューイを見下ろし、「ははーん」と何かを理解したようににやりと笑った。
「ヒューイ、俺に大好きって言われて恥ずかしかったんだろ」
「・・・・・・・・・・何を馬鹿な」
「訂正が遅い!え、本当に?ヤバイねこりゃ。いやいや決してモニモニとヒューっちの中を引き裂こうとかいうそんなじゃじゃ馬的なことなんかしないから」
「じゃじゃ馬的って何だ・・・・・・・・もしかしてとは思うが、「人の恋路を邪魔する奴は馬に蹴られて死んじまえ」ってのは別に馬とか邪魔とか関係ないからな」
「えっ嘘!」
「お前の言ってることが嘘だろ!無理して新しい言葉を作るな!そしてヒューっちって何だ!?」
「なにっ、一回スルーしたからこれからヒューっちで通そうかと思ったのに・・・これが時差突っ込み!?」
「お前は・・・っこうも僕を怒らせたいのか!」
っていうか寒いからってわざわざ僕のところに転がり込んでくるな!
ついに飛んできた本を受け止めつつ、エルマーはにこにこ笑いながら謝罪の言葉を述べた。とりあえずエルマーとの会話によって、ヒューイの突っ込みの技術が無意識に上げられていっていたことに本人が気づくのは、まだもう少し時が経ってからの話だった。
2008/1・18