■BACCANO! log1
 
 じゅうせいがする。ちのにおいがする。あの人があばれている気配がする。
 愛しさは胸から込み上げ緩やかな吐息となってルーアの唇から零れた。己の死ぬ姿を待ち望んで恍惚にでも浸っているのだろう、部屋に取り残されたラッドの手下はその女の姿を化物を見るかのような目で見た。
 しかし彼女にはそんなこと関係ないのだろう、窓の向こうを通り過ぎていく外の景色に視線を向け続けていた。全てを飲み込んでしまえそうなその暗澹とした暗い憧憬は死を連想にするには相応しい物悲しさを含ませていた。
 血の匂いがする、銃声が響く、ラッドが歓喜の声を上げる、死の匂いが立ち込めている、のだ。
 「らっど、」
 呟かれるその名は愛しさを含んで小さく零れた。蚊の鳴くようなその声も、沈黙に支配された部屋の中では嫌に響いて聞こえる。
 早く来て、早く殺して、待ってる、待っているのよ。
 彼女は夢想する。永遠に等しい甘い地獄と、殺人狂が与える凄惨な死を。
 「私を幸せに殺してね」
 愛に似た自殺願望は彼女を恋する少女へと変える。死ぬときに、あの人の歓喜の声を聞きながら死ねるなんて。ルーアは笑う。幸せそうに、頬を染めながら。
 それは狂愛だ!ラッドにルーアを守るよう言い伝えられていた男は、女のその姿を見ると吐き気がしてきて、俺なら頼まれたって殺さないね、こんな女!と喉の奥で罵った。

 女の望みを秘めたまま、喧騒と血の匂いが列車を包む。

 2007/12/26 ルーア・クライン



 冷たい空気が凍えるように其処へ座り込む少年の頬を嬲った。しかし、少年というよりは青年と言った方が的確のような気がするほど、その男の目は酷く落ち着いていたし、だからといって青年というには彼の雰囲気はそれほど大人びているようでもない。
 そんなアンバランスな雰囲気を保っている少年の左頬には、そのアンバランスさを無理に改善させようとして逆の方向性に向かってしまったかのような刺青が入れられている。明らかに一般人ではない風貌を持つジャグジーは、手に持った一枚の紙を握り締めたまま足早に歩き慣れた赤煉瓦の間をすり抜けていく。
 「ジャグジー」
 「、ニース!」
 声を掛けなければそのまま歩き去ってしまうであろうその背に声をかけたのは、ジャグジーの右腕役かつ、10年以上も共に過ごした恋人だ。既に記憶にすりこまれているとはいえ、目の悪い彼女が夜中歩き回るのは得策とは思えない。ジャグジーは足を止め、急いで彼女へと歩み寄った。
 「な、何してるのこんなとこで、・・・こんな時間に」
 反射的にニースの手をとり、心配で泣いてしまいそうな声を上げながら、ジャグジーが問い詰める。当のニースは少し微笑み、己の手を握ってきたジャグジーの手を両手で包み、冷え始めた指先に己の体温を分け与えるように握り締める。
 「リーダーが誰にも言わずに、『こんな時間』に一人で出かけるものだから、起きちゃってね」
 「う・・・ご、ごめん」
 その言葉にジャグジーは肩を竦めて顔を俯かせた。母親に叱咤されたかのように目の端に涙を溜め始めたジャグジーに、「怒って無いわよ」とくすくす笑いながら、その涙を指先で拭ってやる。
 「で、でも、ほら、前言ってた『フライング・プッシーフット』に秘密裏に乗せられる爆薬、詳しいことを教えてもらってきたんだ、ほら」
 ジャグジーが握り締めている紙はどうやらそれに関するメモらしい。彼はニースが喜ぶであろうことを予想して、にこにこと笑いながらその紙をニースへと差し出した。
 彼女は差し出された紙をじっと見つめ、それから溜息を吐いてジャグジーの頭を叩いた。ぺしり、と軽い音を立ててジャグジーの額とニースの手がぶつかる音がして、「ひぎゃ、」とジャグジーの口から情け無い声が漏れる。
 「だからといって、一人で出歩くのは感心しないわ、ジャグジー。またいつかみたいにルッソファミリーの奴らに殴られたりしたらどうするの」
 「で、でも・・・ご、ごめん。ごめんね、ニース」
 反論しようと試みるも、それは頭を上げたそこで見た、ニースの絶対零度の視線に射殺される。ぶわっと両目から涙を溢れさせる我らがリーダーは、すぐに顔を俯かせてぽたぽたと涙を地面へと落とし始めた。
 そんな姿が愛しくて仕方が無く、怒っているフリをするのにも限界が来たのか、ニースはやれやれと肩を竦めながらジャグジーを抱きしめた。
 冷えた彼の体に腕を回し、その優しい色をした茶色の髪をあやすように撫でる。
 「心配したんだからね・・・ジャグジー」
 もう彼が苛められている姿など見たくはないだけなのに。ニースは一筋縄ではいかない唯一の己の統率者を困った顔で抱きしめながら、彼が泣き止むのを静かに待った。

 2007/12/29 ジャグジー・スプロット×ニース・ホーリーストーン 



2007/12・30


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