■恋の名前を教えて
級友の新羅に思い人がいることは知っていた。知っていたというか知らずにはいられなかったと言うべきか。何せ毎日口を開けばその女のことしか言わないのだ。「彼女」がどれほど、美しく、可愛らしいかを。
静雄とて年頃の男子であり一般レベルに女子に興味はあるにはあるのだが、静雄の化け物じみた攻撃力、筋力により、女子と関わる時間は今振り返ってきても圧倒的に少ない。女子と積極的に話そうとする男子以外基本的に女子と話をする人なんてのはあまりいないのだろうが、静雄に限っては女子からも嫌煙されているのでさらに会話する機会がない。静雄の身近に感じる女子は紙の上やテレビの中の芸能人がまだクラスの女子より近かった。そんな静雄が恋など禄に知るわけがない。小さい頃に惹かれた女性はいたにはいたが、あれを「恋」と言うにはあまりにもささやかで、そして短いものだった。
だから新羅の語る恋物語に興味を持ちこそすれ、深く切り出すことはできなかったのだ。
馬の嘶く声が聞こえて、静雄は振り向いた。学校の帰り道、町中のことである。何故こんなところで馬の声が? そう思ったが、振り返った先にいたのは馬ではなく真っ黒なバイクだった。いや、バイクに乗った人だった。バイクと一体化しているかと一瞬思ってしまうほど、人もバイクも真っ黒で、黄色いヘルメットがなければ人間とは気づかなかったかもしれない。凹凸さえ判断つかない漆黒で平面的に見える。影がそのまま形を持ったらこういうものなのだろう。バイクも人も真っ黒で、遠近感や形が把握できない。影の固まりとしか形容の仕様がない不思議ななにか。そうとしか言いようがない。
静雄はそれを知っていた。なんと言ったか。そう、毎日聞いている言葉だ。
「セルティ」
思わず、彼のように呼び捨ててしまった。影のような人物はバイクからするりと猫のようななめらかさで降りて、こちらへ寄ってきた。そして懐からPADを取り出し、何かを入力するとこちらに見せてきた。
「覚えていてくれたのか、平和島くん」
平和島くん、という文面に気恥ずかしさを感じながら、静雄は「新羅がいつも、あんたのことを」と呟いた。覚える気がなくとも覚えてしまうのだ。
セルティは数秒固まって、びっくりしたように肩を揺らし、PADを一度反転させてさらに何か打ち込み、(今思い返すと顔がないのに反転させないとものが見えないというのは不思議だ)再びこちらへ画面を見せた。
「すまない。新羅が迷惑を」
まるで母親だ。静雄はいや、と一度首を振って、何故いや、と言ったのか自分に驚いた。いつもうるさいと思っていたのに。
「いや、その、そういや、何の用なんだ? 新羅ならもう、帰ったと思うぜ。俺・・・・・・先生に呼び出されて遅くなったから」
「君に用があったんだ。平和島くん」
再び画面に文字を打ち込みこちらへ見せる。
「少し話せないか」
静雄は、ああ、と言いながら、セルティのPADへの異様な早打ちに気を取られていた。
「平和島くんは恋をしたことはあるか?」
近くの公園に寄り道をしてベンチに二人並んで座った。セルティはバイクに寄りかかって静雄だけをベンチに座らせようとしたが、PADを隣から見た方が入力してから見せる手間が省けると思ったので隣に座ってもらうことにした。近くから見ても不思議この上ない。ライダースーツだと思っていたが服のつなぎ目が判別できないのだ。というか男女の区別すら危うい。しかし新羅の言う彼女はセルティなので、女なのだろう。じろじろ見るのも失礼かと思い静雄はPADだけに集中しようとしたのだがこれで先の質問を見てしまって「っああ!?」と声をあげてしまった。
「あ、いや、すまない。失礼なことを聞いてしまったかな」
「あ、いや、ちが、そうじゃなくて」
びっくりしただけだ、と取り繕う。そうか、と画面に映されてから、セルティはじっと固まった。静雄の地雷を踏んだと思ったのだろう。静雄はこれ、答えないと続かねぇのかな、と思って、「あー、その、まあ、あるには、ある」と答えた。
「そうか。いつだ?」
「・・・・・・えー・・・・・・、小学生のとき、だった、かな」
パン屋のお姉さんに。そこまでは言わなかったが、セルティはそれは恋か? と画面越しに聞いた。恋でなければなんだというのだろう。静雄はきょとんと目を丸くした。
「静雄、その女性を見て、君は何を思った? いや、正確には何をしたいと思った?」
「何を?」
質問の意味が捉えられず静雄は首を傾げた。
「・・・・・・一緒にいたいとか、助けてあげたいとか、幸せになって欲しい、とか?」
「それは友人に対する気持ちと何か違うのか?」
「・・・・・・」
「新羅が私に抱いているのは、私が新羅にとって珍しい生き物で、彼にとって長い時間を私と過ごしたが故の、勘違いというものじゃないのかな?」
そんなこと静雄に言われてもわかるわけがない。新羅の気持ちを何故静雄が知っていなければいけないのだ。静雄は、わかんねーよ、と唸るようにかえした。
「俺は、頭悪いし、新羅みてーに、頭よくねぇし。あいつがあんたのこと好きっていうなら、好きなんだろ。疑ってやるなよ。可哀想? だろ」
「・・・・・・だいぶ、いい加減だな。まぁ、どうでもいい話だものな。・・・・・・平和島くんにとったら」
最後の言葉になんだか無性にムシャクシャして、静雄だ、と呟いていた。
「静雄、でいい。平和島くんての、慣れてない」
「・・・・・・そうか。わかった静雄」
そうして、セルティと静雄は少しだけ親しくなった。
静雄、セルティと会ったの、と新羅は珍しく慌てていた。というか怒っていた。
「セルティが静雄の話をいっぱいするんだよもう! 横恋慕とか! ずるい! いい友達だな、新羅にはもったいない、とか! いつのまにそんなに仲良く」
「なぁ、新羅、お前、セルティをどうしてーの?」
わーわーと騒ぐ新羅に、一言問えば、新羅はぴたりと止まって、真剣な顔で、
「愛しているんだ!!」
と、そう叫んだ。静雄は昨日セルティの言った「勘違い」を思い返して、勘違いの愛の、何が何と劣るのだろう、と少し思った。
「そういうもんだよな」
「ん? どういうこと?」
頭のいい新羅だってわからないのだ。静雄はいいや、と首を振って、お前のことは好きだよと心の中で呟いた。
2012/5・30