■星の一生



 物心が着く頃には父親の両目には片方につき三本ずつの切り傷が奔っていて、たまに見開かれる眼球は白く濁っていた。
 シバはまだお前に拳法は早いと言われていた頃から道場の隅でシュウに稽古を付けられる門下生の姿と父の姿をよく見ていたのだが、父親が目が見えぬと教えられても素直にそれを受け止めることができなかった。シバが歩み寄ればすぐに気付くし、目が見えずとも人の区別がつく。多くの門下生の繰り出す手刀や足刀を片手でいなして地面に転がしている。目が見えている人と何ら変わりないので、シュウと付き合う人々はシュウを盲目の人間として扱わない。お父さんは本当に目が見えないの? といくら子供とはいえ酷い質問も今まで何度投げかけたか覚えていないほどだ。
「目は見えぬが心の目が開いている」
 父は決まってそう言って、顔を伺うシバの小さな身体をすぐに見つけて軽々と抱き上げてその腕に抱いた。硬くなった皮膚を撫でて、痛い? と聞けば、いいや、とシュウは笑う。
「どうして父さんは目が見えないの?」
「私の目はとても大切な人にあげたのだ」
「とても大切な人って誰? お母さん? サウザーさまより大切な人?」
 シバの言葉にシュウは一度驚いたような顔をして、そうだな、とどこか遠くに思いを馳せるようにしてぼんやりと言った。腕に抱いたシバのことも一瞬忘れてしまったかのような、低い、小さな声で、「私の命を懸けるべき、強い・・・・・・」と呟いた。シバはその言葉を今でも覚えている。

 自分の身体の一部を削り取って捧げるべき人間などいるのだろうか、とシバは本当に幼い頃から考えていた。それはきっとその人のために死んでも惜しくないのだろうな、と思う。そういえば、父の友人だったレイという男は、妹のために命を捨てても惜しくないと言っていた気がする。人の命というのは随分軽くなってしまったな、と荒涼とした大地を見ているとつくづく思う。家畜と一緒だ。人を殺すことがまるで作業になっている。人が死んだことを哀しむ人は一杯いるけれど、人を殺してしまって哀しむ人は、久しく見ていない。
 善人ですら人を殺す時代なのだから、人を殺める罪というものはどこか遠くへ行ってしまった。僕らはいつからこんなにも考えることをやめていたんだろう、などとつらつら考えながら、さて、じゃあ僕は誰のために死のう? とシバは考えてみた。
 聖帝十字稜は8割方完成しているようだった。シュウの率いるレジスタンスが持つアジトから少し離れた丘に一人で立って、わらわらと動き回る小さな人の群れの動きをぼんやり見る。自分がもしもシュウの息子でなく、ただの子供だったのなら、きっとあそこにいる子供達の中の一人として石段を積み上げていたのだろうな、と思う。自分とあの子供達との命の価値は、どちらが重いのだろう・・・。
 あの墓を建てている南十字星のサウザーは、己の価値は出生にあると、生まれついての才能が、肉体が、己が人よりも上に立つものの証であると言っていた。ならばシバにある価値とは、シュウの息子であることなのだろう。その価値は一体何の意味があるのだろうか。シバはよく分からない。シバを守るために己の子供を捨てる親も居た。5人の子供を守るために1人の子供を犠牲にした親がいた。彼らの上に立って、シバは何ができるのだろう、何のために生きてきたのだろうか。
 悲しみで泣き伏せばシュウはいつも言った。お前は賢い子だ。こんな時代でなければ医者にでもなれたかもしれないな、と。まるで夢物語のようだったけれど、シバはそれに対して再び聞いた。なら、この時代では私は一体何になれるのでしょうか?
 まるで信託のように導きを求めた虚しい縋りつくような声だったのに自分で驚いたけれど、シュウは変わらず優しい掌で息子の頭を優しく撫でて、「私達はその宿命の星に殉ずるのだ」と説いた。













 おや、ここは随分美しいところだな、とシバは思った。長い河が随分遠くから続いている。さぁ舟が出るよ急いで急いでと喚く人の声が聞こえる。シバ、と振り返ると母が立っていた。お母さん、と抱きつくと、どっと涙が溢れてきた。一体いつから溜めていたのだろう、溢れた涙はまるで洪水のようだった。お母さん僕は人に誇れる男になれたかなぁ・・・? 返事は無かった。柔らかな手が僕の頭を数度撫でて、お前は自慢の息子だよ、と言ってくれた。
 それでも父さんは僕を誇るだろうか。
 そしてあの人は、僕が死んだことを、どう、思うのだろう・・・。
2011/7・10


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