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■テリ主 2

 出ろ、と一言、どこか遠い所で錠の落ちる音がした。手に持った刃はいつからあったのか、今はもう思い出せなかった。
 ふわふわと空中を歩いているような感覚。まるで自分の体重が無いような錯覚。幸福感で包まれた体が外気に触れて、思わず震え上がった。玉座に座る王者の視線を受けて、今日もくだらない闘いに身を投じるわけだ。俺の強さを見せ付けるために。さて、俺は何故こんなことをしているのだろう、何のためにこんなことをしているのだろう、強い剣を手に入れたかったのは何のためだっただろう。強くなりたかったからだ。強くなりたくて魔王の軍門に下った。何のために?強くなりたかったから。強くなりたかったから、姉さんを攫った魔物の仲間になった。何のために?何のために?何のために?
 だから、つよくなりたかったからだ。
 なぜ、つよくなりたかったのか。
 よく、思い出せない。

 息を吸い、息を吐き、まるで当然の義務のように刃を構え、テリーは目の前にいる人間を見下ろした。今日の来訪者は珍しく、本物の人間だ。頭数は5つ。皆それなりに鍛えられ、場慣れしている風である。一人の女が小さく喘ぎ、みるみるうちに顔を歪め、今にも泣きそうになった。そんなものに目をくれている暇は無い。既に先頭の男は剣を抜いていた。悪魔に魂を売り渡し、今や魔物の軍勢の末端となったテリーが見ても、一瞬見蕩れるほどの美しい刀身だった。テリーはその剣を知っていた。一度見たことがあった。テリーが欲しくて欲しくて堪らなかった、世界で最も強い剣。古の英雄の刃。神の寵愛を受けた武器。ラミアスの剣。
 その持ち主も見たことがあった。テリーより少し背の高い、凡庸な田舎出の少年のようでありながら、精悍な顔つきをした不思議な空気を持った男だった。蒼い色をした髪の毛が、風を受けて揺れる。それでもしっかりとテリーを見定めた黒い二つの眼球がぶれることはない。確かに顔を何度か見たことのある男が、まさか魔王の手駒と化しているのを見て動揺はしているらしいが、その構えには一瞬の隙も見えない。テリーは笑った。なんという運命、なんという好機!神に愛された選ばれし男を、まさかこの手で殺せる日が来ようとは!
 手に握り締めた刃が血を求めて疼いた。指が痙攣している。びりびりと肌を裂くのは男の気迫か、それとも武者震いだろうか?
 「レック、ミレーユが・・・!」
 「バーバラはミレーユを連れて下がってくれ。ハッサンはバーバラとミレーユを守って待機。チャモロもできれば手を出すな」
 嗚咽を上げて泣き崩れた女を庇い、男はテリーから目を離さないまま仲間達に命令を出す。黄色い法衣を着た少年だけが男の背後で武器を構えたまま控え、まるでテリーと男の一騎打ちを演出するかのようになった。
 「さぁ、見せてくれ・・・」
 魔王の言葉を聞いて、テリーは階段を下った。見せてくれというのはこちらの台詞だった。目の前の男へと一歩一歩近づくたび、湧き上がる歓喜の声を抑えられない。
 さぁ見せてくれ。そのご自慢の剣技を。いくつもの魔物の屍骸を築き上げてきた勇者さまの豪腕を。神に選ばれた強者の意地を。さぁ見せろ。惨めに這い蹲って俺に命乞いをしろ。剣を砕いて絶望の声を上げろ。神に選ばれたことを憎む程、嫌というほど痛めつけてやる。俺を選ばなかった神を唾棄しろ。さぁ、さぁ、さぁ!
 「さぁ、始めようぜぇ・・・・楽しい楽しい殺し合いをよおォ!!」
 「来い!その面ぶん殴って目ぇ覚まさせてやる!」
 刃の光を受けて輝く眼球を嘲笑い、俺は飛び出した。男の咆哮が響く。俺の笑い声がそれを追った。夢のような殺し合いが、幕を開ける。神はおろか魔王ですら、もはや俺達を止められはしない。



 2009/12/18 




 いつまで経ってもその光が消えない。レックの眼球に宿った決意や、こんな俺でさえ救おうとする優しさなど、切り捨てて踏みにじってやりたかった。俺が欲しかったのは姉を守れる力で、俺が欲しかったのは最強の力だった。それをどちらも手に入れたこいつが、どうしてこうも、歪みきって堕落しきった俺とは正反対に、真っ直ぐ綺麗に生きているんだろうか? 世の中不条理だ。どう考えても、神様って奴は贔屓が過ぎる。
 テリー、と俺の名を呼ぶレックの声が、予想していたよりも優しいもので、かっと脳味噌に血が上った。
 響いた音はごつっ、と岩と岩とでもぶつけ合ったような鈍い音だった。握った拳がやけに痛い。ついでに心臓も痛い。頬を殴られたレックは、そのまま地面に倒れた。仰向けに。
 顰められた眉間を見たら、閉じられた眼球が遅れて開いた。うっすらと暗闇のベールの覆う室内で、それでもレックの目は真っ直ぐ俺を見た。困惑の色はあったが、この暴力に対する怒りは見えなかった。それもまたいらついた。そんな目で俺を見るな。同情でもしてるつもりなのか、良い子ぶりやがって。
 構わず倒れたレックの上に馬乗りになり、懐から抜いたナイフを手の内で回転させ、ぴたりとレックの首に押し付けた。ようやくぎくりと身を震わせ、レックは何をか言おうとした口を再び閉じた。冷静な判断だ、と思う反面、それでも怯えの色を見せず、果敢にも俺を疑うような目つきでみてくるその目を見返す。一度嘲笑う。
 「調子に乗るな。所詮、自分可愛さに祖国から逃げた奴が、俺を哀れむか?王子さま」
 「・・・哀れむ?そんなつもりは無かったけどな。・・・そうやって自意識過剰になるのは、自分こそ『過去を引き摺ってる証拠』じゃないか? テリー」
 「黙れ」
 ナイフに怯える様子すら無くし、じろっと俺を睨む眼球が、ぶれる姿を見たことが無い。決別した過去を物にしたせいなのか? 一度は全てから逃げ出しのうのうと一人幸せに生きる道へ逃走したくせに。・・・・俺と同じ癖に。
 俺は一度笑い、睨みつけてくるレックに顔を寄せた。息すら感じられる距離に顔を寄せ、呼吸を止めたレックに思わず噴出しながら、その唇に噛み付く。
 「てっ・・・!」
 すぐに離れると、驚いて声を上げたので、その隙をついて再び唇を重ねる。中途半端に開いた歯の間に舌を割り込み、歯の裏を舐めながら口をこじ開けさせる。歯ががちがちとぶつかり合い、零れた唾液がレックの頬を伝っていった。耐えられず、ようやく俺の肩をついて身を離れさせるまで、くだらないキスシーンは続いた。まるで何かのつまらない恋愛小説のように、運悪く唾液が一本の線になってつながり、すぐに離れた。
 生娘のつもりなのか、レックは目を大きく見開き、唾液でべとべとになった口を拭くことも忘れて、俺を見た。完璧に怯えきったそれで、大きく瞳はぶれ、声も出ないほどだった。満足して俺が笑うと、なにが、何が楽しい、と震えた声で聞いた。
 「お前、おかしいぞ」
 「おかしくない。気になる人間の唇を奪うのは人間だけだ。魔物はしない。ただ交尾するだけだ」
 「気になる? お前の気になるは、ただの、ただの憎しみだろ。ぼくは、お、俺は違うはずだっ!」
 「違わないさ」
 俺は滑稽なほど動揺するレックの両腕を地面に縫いとめ、レックの頬に伝ったどちらの唾液とも言えない液体を舐めとり、留めとばかりに顔を背けたレックの無防備な首に噛み付いた。
 「っが、っあ!」
 火事場の馬鹿力というべきか、レックが両腕を無理やり動かし、俺の頭を掴んで引き剥がす。ようやく諦めて、俺はそこから立つ。床にいつの間にか放り出したナイフを拾い上げ、袖口に再び戻した。
 金の首輪のすぐ下に、俺の歯型がついていた。犬歯の抉った部分から、たらたらと血液が零れた。口内に広がるレックの血を唾液と共に飲み込めば、ぐったりと床に倒れるレックが、小さく俺を呼んだ。
 「可愛さ余って憎さ百倍って奴かもな」
 「・・・お前、吸血鬼だったのか」
 「まさか。魔物だったら交尾するだけって言っただろ。俺はちゃんと人間で、お前のことを愛してる」
 「笑わすな」
 「ふぅん。・・・ホイミかけてやろうか。まぁ、見せびらかしたいっていうなら別だが」
 レックは苦虫でも噛み潰したような顔をして、うるせぇ、と呻いた。暗闇のなかでも分かるほど顔が赤くなっており、俺が羨んでしょうがなかった目が潤んでいた。ざまぁねぇや、と俺は笑った。



 2009/12/20



 お前はあの小僧のことをなんだと思っているのだ?と口にニヒルな笑みを浮かべながら、地獄の帝王よりもなお怖ろしい、破壊の神はそう囁き、テリーを嘲笑った。宿屋の質素な椅子はいつの間にかその男の魔力によって豪奢な椅子に変貌していた。赤いベルベットのかかる、まるで玉座のような椅子に悠々と腰掛けながら、暗い闇の中で産まれた悪夢の塊から注がれた視線は、テリーの足の先から頭の天辺までじろじろと見た。黙ってその視線を受け流し、テリーは腰から下げていた武器を下ろし、壁に立てかけたそのまま、悪夢に対峙するようにベッドの上に腰を下ろす。手は、鞘に納まっている剣の柄にかけられている。低い声で、玉座に座る男は笑う。
「躾けがなっていないな。親元から離れ唯一の肉親からも引き剥がされた子供というのはこんなにも礼儀のなっていない人間になるのだろうか。あの小僧はやたらと己の出自を厭うていたが、奴の作法がしっかり身に付いたことに関しては、親に感謝するべきだろう」
「俺の作法にあいつを引き合いに出すな。俺だって一通りの礼儀作法ぐらいは習ってるさ。ただ、アンタにそれをやる気がないってだけだ」
「ふむ。そういう意味か。なるほど、お前はやたらと私を敵視するが、その理由に関しては私はそれを是とはできんな。お前の仇敵である、デュランと言ったか。あのただの傀儡ごときが私と同じ形をとっているのは、あの愚か者が私の力をトレースしようと実験してみたに過ぎん。あんな雑魚に阿呆のように踊らされた屈辱は相当であろうが、それを私に向けるというのも、また見当違いだと思うがな」
 愚か者、というのが、恐らく俺達が倒すべき存在のことを指すのだろう、と察しながら、テリーは舌打ちを留めることができなかった。実際、デスタムーアはこの破壊の神を名乗る化物にとってはただの一つの道に塞がるちょっとした障害に過ぎない。気が向けば単身デスタムーアを殺しにでかけることもあるかもしれないが、今はこの化物を退治したことが認められ、というより我らがリーダーがこの破壊神に目をかけられたせいで、このパーティにお遊びで入ってきたのだ。すぐに出て行けばいいのに、とテリーは内心思うのだが、性善説を素で推奨するうちのリーダーに、この目の前の化物を追い出すという選択肢はないのだろう。
「・・・俺に話があったんじゃないのか」
「ん?ああ。そうだ。すっかり話がずれてしまった。いかんな。少し面白い迷える子羊がいると、神の身元に連れて行かれるよりも早く破壊してしまいと思ってしまう。―――そう嫌そうな顔をするな。ちょっとした問答だ。少しぐらい付き合ってくれても良いだろうが。・・・なにせパーティなのだから」
 何を、白々しい。テリーはそう言って唾を吐き捨てたくなったが、目の前の破壊神は余裕の笑みでテリーを見据えている。怒って退出してしまえば、負けだ。破壊神はすでにテリーのプライドに挑戦状をたたきつけている。上等だ。俺はもう、何者にも負けやしない。
「お前はどうやら、あの小僧のことを同類とみなしているようだが、何故そう思う?」
「・・・何?」
「意味が分からないか? 貴様はどうやら、あの小僧のことを、自分と同じような生き物だと思っている―――だろう? 両親が消え、愛した姉、愛した妹が目の前から消え去り、何かに立ち向かうようでいて実際、目に見えないものから逃走してしまった愚かな人間だと」
 それは、その通りだった。テリーも、レックも、その生き方は重なるものがある。生き急ぎ誰かのためだけに動くようで、自分に降りかかる理不尽な状況から逃げ惑う。その結果、テリーは魔物の軍門に下り、レックは半身を失った。
「だがあの小僧とお前には徹底的に違う部分がある。何か分かるか」
「・・・俺と、違う部分?」
「分からないだろう?」
 悪夢はそう言って、テリーに冷笑を浴びせた。いつの間にか苦痛に顔を歪めるテリーを、極上の酒でも味わうかのように眺め、破壊の神は壮絶な歓喜に唇を歪めた。
「お前が、あの小僧の近くにいたいと思う限り――――貴様は永遠にあの小僧を理解できない。あの小僧が自分と近いなどという幻想に縋っているうちは、絶対に、お前は、――――奴の根源を垣間見ることも、できないだろう」
 その悪夢の断言を聞いて、テリーは一度言葉を無くし、すぐさま抜刀の構えに入った。これは挑発だ。乗るな、と脳内が叫ぶが、テリーはそれを止めることができなかった。侮辱だ。侮辱された。俺が、ではなく。あの男が。あの男が守ってきた、あの男が誰にも見せないように抱いてきた大切な何かを、この悪魔は身勝手な欲望であいつを暴いた。
「あいつを―――分かれないのは当たり前だ。あいつは俺の持ってないいろんな物を持ってる。持ってるものの苦痛さえ持っている。それを―――――簡単な気持ちで覗いて、俺と勝手に比べるな」
「自分の片思いだと理解しているのか?」
「あいつが、――――-俺みたいな奴を好きになるわけがないだろうが」
 言ってしまった言葉は案外簡単に零れ、あっけないほど虚空に消えた。しん、と静まり返った室内で、ただ、低い悪魔の笑い声が響いた。
「ならあの小僧、私が貰ってやろうか」
「ふざ――――けるな!」
「ふざけてはいない。私はあれがそれなりに気に入っている。美しい夢を暗澹としたものに変える喜びは私以外の全ては理解できないだろうが、それはまさに何にも変え難い素晴らしいものだ。私はあの男を絶望の中で溺死させたい」
「貴様っ・・・・」
「あれを手放すなら私に寄越せ」
 ついにテリーの手が白銀の刀身を鞘から抜刀すれば、次の瞬間切り捨てていたのは持ち主の消えた玉座だけだった。暗闇へと溶ける様に消えた悪夢の魔物は最後までテリーを嘲笑い、恐怖で震えるテリーの手を、かすかに震わせていた。畜生、と呟いたテリーの言葉が、虚しく室内に解けていった。


 2010/01/07



 大きく振られた刃の切っ先が、微かにテリーの前髪を切り落とした。風に乗ってさらりと落ちるそれの行方も見ないで、テリーは目前に迫った刃の腹の部分を鞘で上に殴り上げる。
 がちん、と金属の噛み合わさったような音を立てて、鋼の剣は無様に真上に跳ね上げられた。その細腕からどうやって力を出しているのか、とレックはほとほと呆れる。跳ね上げられた剣を掴んでいた自分の手がびりびりと痺れていた。
「前見ろ」
 冷たい氷の刃を思わせるような鋭く低い声がテリーの口から零れた。テリーの持つダガーが一切の容赦無くレックの眼球を狙って素早く突き出される。それを首を捻ってかわし、レックは距離を取るために片足をテリーの腹に向けて叩き込んだ。
 しかしそれも既に気づかれていたのか、テリーはするりとレックの膝裏側に周りこむ。その動きにレックは舌打ちしそうになってしまった。誘っているのだ。見れば、テリーはにやにやと意地悪そうな笑みを口に浮かべている。レックは誘いに乗るのが嫌で、蹴りを出した勢いで前に跳んだ。空中で前転するように転げ、草を宙に飛ばしながら無理にテリーから距離を取る。
「70点」
 テリーはそう呟いて、右手に持っているダガーはそのままに、左手の方にいつの間にか持っていた小型のナイフをレックの頭部向けて放った。レックの蹴りを避ける動きから流れるように反転しながらの、まったく滑らかな動きだったので、レックは無様にも「うぉわっ!」と戦士にあるまじき間抜けな悲鳴を上げてしまった。
 頭すれすれを通って背後の地面に突き刺さるナイフの行方を目で見る暇も無い。テリーはそのまま両腕を大きく広げながら一転したかと思えば、その勢いを利用しての回し蹴りを放ってきた。レックは咄嗟に背中に提げていた剣の鞘でそれを防いだ。しかしそれもぎりぎりのことで、拳一個分程度の間を開けて、レックの顔のすぐ近くで止まる。その勢いもかくやという話で、その少しの距離をもって、レックの頬にびりびりと風圧が襲った。
「それは40点」
 テリーのその台詞が聴こえた瞬間、レックが鞘で蹴りを止めた反対側の頬を、がしっとテリーのもう片方の足が固定した。鞘ごと頭をテリーの足でがっちりと固定される、ということをレックが理解した瞬間、そのまま頭が地面に叩きつけられた。テリーが逆立ちの要領で足のみでレックの頭を捕まえると、両手で地面を支え、下半身の力だけでレックを地面にたたきつけたのだ。
「がっ・・・・・・っ!」
「歯、食いしばれよ」
 ぱっ、と頭を固定してた足が離れると、テリーは曲芸師のように逆立ちの状態から飛ぶようにして地面に正しく着地した。それを上下逆に見ていたレックは、くはぁ、と苦しそうに溜息を吐いた。
「また、か・・・テリーお前、踊り子でもやってたのか?」
「いや、これは武闘家の技だ。最初は良かったのに、・・・・舌噛んでないよな?」
 そんな心配をするのならもっと丁寧に倒して欲しい、とレックは心の中で思った。咄嗟のことで歯を食いしばらないまま地面に叩きつけられたが、舌は噛んでいない。後頭部だけがガンガンと痛かった。自分で回復魔法を掛け、既に始まっているテリーの指摘に耳を傾ける。白兵戦、特に人間相手の戦いに置いて、レックはテリーの右に出ることは無い。魔物においては人によっての得手不得手があるが、パーティにおいての対人戦に置いてテリーよりも知る人はない。
「途中の俺が膝裏に回った時に、簡単に誘われなかったのは良かった。あのバランスからの回し蹴りは素人相手には良いが、踵落としじゃない場合の踵からの回し蹴りは最初の蹴りと反発して威力が落ちる。パワーファイター相手だと足を取られて振り回されることもあるしな。前に跳ぶときはもっと早く判断するべきだ。追撃に反応しきれなくなる」
「ああ」
「回し蹴りの対処はガードじゃなくて攻撃に回った方がいい。回し蹴りはほぼ身体の遠心力を使ってるから、途中で軌道修正しづらい。相手の勢いを利用して、相手の足が来る場所に刃を向けてれば高確率で自滅する」
「はぁん」
「なんだその間抜けた声」
「いや、感心してるんだよ」
 レックは一度足を上に上げ、それを振り下ろすことの反動で、ぱっと立ち上がった。いつの間にか手から離れてしまった鋼の剣を鞘に収め、木に寄りかかり自分をじぃっと見てくるテリーに視線を移した。
「ありがとう。そろそろ戻ろう。井戸も使わせてもらうか」
「・・・レック、悪いが、足元のナイフ取ってくれるか」
 テリーが仏頂面のまま言ったのは、ついさっきの戦闘でテリーがレックに向けて放った小さなナイフである。殺傷能力が低いが、テリーの愛用品である。日常で使うことの方が多い、小刀だ。レックはしゃがみこみ、それを地面から抜き取ると、腰に引っ掛けていた布で土を拭い、テリーに渡した。テリーはそれを無言で取る。
 と、テリーの手がナイフを素通りしてレックの手を掴んだ。レックが不思議に思って頭を上げるより早く、テリーはまったく違和感の無い動きでレックの手に唇を押し付けた。
「・・・・・ん?」
「・・・・・・・・・・・・反応、全然できないな」
 苦し紛れ、とでもいうような歯切れの悪い言葉をぽつ、と呟いて、テリーはレックの手からナイフを取ると、さっさと宿屋へ歩いて行ってしまった。突然キスをされた手と、テリーの背を交互に見ながら、レックは再び、んん?と混乱したような呻き声をもらした。

 2010/01/10
2010/9・11


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