■テリ主 1
「あ、すみませ、」
「なぁなぁ兄ちゃん剣の使い方教えてよ!」
突然服に何かが引っかかったと思って身を翻し、謝罪の言葉を言おうとすると、無邪気な少年の声がレックの発しようとした声に被った。
昼ご飯の買出しでごったがえす街道で、買い物をする女性が今日の目玉商品を宣伝する店屋の主人に捕まっている。そんな人の流れをすり抜けて、一人買出しを済ませて宿に帰ろうとするレックの橙色の衣を、素早く掴んだ子供が居たのだ。
無論、顔見知りではない。この近くに住む少年だと思われる、この地域の特徴ある衣服を着ている。少年は片手に木の棒切れを持っていて、大きな目をじいっとレックの顔に向けている。唇はきゅっと引き締められ、どきどきと高鳴る心臓の音が、指先を伝ってレックに伝わりそうなほどであった。
「剣の使い方?」
「旅してるんだろ?兄ちゃん、昨日何人か人と一緒に、うちの宿屋に来たよな?」
そのとき、剣しょってんの見た!と少年は目を輝かせながら言う。その姿はまるで何も知らなかった頃の自分が、お城の兵士を憧れの目で見ていたのと同じだ。刃が一体、何のために振るわれるべきなのか、それすら決められなかった頃、純粋に強い人間に憧れていたのと酷似している。
「なぁ、だから、俺に剣教えてくれよ!俺強くなって悪い魔物を倒したいんだ!」
「って言われてもなぁ・・・」
困った、と口の中で呟く。元の記憶が戻ったとはいえ、レックの剣技は人に教えられるようなものではない。レイドックの王宮兵士の型が元だが、半分以上、この長い旅の中で自然と身についた野性的な動きでレックの剣は魔物を討つ。
それ以前に、魔物はこのような幼い子供が一朝一夕で身に着けた剣技が通用するほど弱くは無い。ちゃんとした武器がないことも見て分かるほどだ。なんとか傷つけないように諦めさせるのが一番良いのだが、少年のまっすぐな視線を正面から受けて、レックはどう言おうか反応に困り、流れに流されないように気を配りながら思考をめぐらした。
「母さんは危ないことさせれないって行って、道場にも通わせてくれないし、喧嘩なんてのは嫌だ。俺はちゃんと、強くなりたいんだよ」
「うーん」
「何してる」
「何って・・・・あ」
突然掛けられた声に、一拍遅れて振り向いて、レックは間抜けな声を零した。仲間になって日が浅いが、確かに新しいパーティメンバーになったテリーがレックの背後に音も無く来ていたからだ。
片手に紙袋を抱えていて、どうやら自分に必要な備品を買って来ていたらしい。レックが買出しにきていたものは、保存食や薬草などのパーティに必要なものばかりなので、他のメンバーは宿屋などで好きに羽を伸ばしているはずだ。レックが宿を出た後に、テリーもミレーユなどから小遣いでも貰ってこの街道へ来ていたのだろう。レックとは違い、今も腰から愛用の剣を引っさげている。その真剣に目をやって、少年はうわぁ、と感嘆の声を上げた。
「買い物が済んだらさっさと戻れって言われてただろう。帰るぞ」
「なっ、なぁなぁ待ってくれよお兄さん!俺に、俺に剣の使い方教えてくれよ!」
すぐにその場を立ち去ろうとするテリーの腕にしがみ付き、少年は今度はテリーに標的を移したらしい。間近で見た真剣に釣られたようだ。テリーはぴたりと足を止めると、くるりとその場で反転して、シニカルな笑みを浮かべて少年を嘲笑った。
「剣の使い方?そんな棒で友達でも打ち据える気か?俺に剣を習いたいなら鋼の剣持って俺に決闘でも申し込みに来い。お前みたいに前も後ろも何も見えてない子供に教えることなんて一つも無い」
「おいテリー」
「行くぞ、レック」
手厳しい言葉をさらりと吐いたテリーを止めようと身をのり出したレックの手首を掴み、テリーは無理やりに人ごみから抜けた。少年の姿はあっという間に見えなくなり、道の端をテリーに片手を掴まれたまま、レックは引き摺られるように歩く。
「いって・・・!おいテリー、今のはいくらなんでも酷いだろ」
「酷くない。ああいう馬鹿みたいな考えをする子供にはお灸が必要だろ。もっと自分をとりまく環境に感謝するべきだ。・・・・・・お前も、あんな手合いに関わるな。面倒なことになる」
「んなこと言っても、」
突然、背後の人ごみから少年の泣き喚くような声が上がった。ぎょっとして身を竦めるも、テリーは無視をしてとにかく歩き続ける。レックは首だけで背後を振り向くが、少年の姿は人ごみで見えない。
「テリー、手離せ」
「嫌だ」
「テリー!」
「なんだよ」
観念して、テリーはすっと振り向いた。しかし、予想に反してレックはずいっと体をテリーに近寄らせて、至近距離に顔を近づけていた。目を丸くしてレックの瞳を真正面から受けて、テリーは思わず、微かに後ろに引いた。
「言うことを聞いてくれ」
レックの目は、戦うときよりは穏やかで、闘う時と同じほど熾烈な光を宿していた。目が離せなくなる。低く、囁かれるような言葉には逆らえない強さがあった。れっく、と小さくテリーが喉奥で鳴いた。体の力が抜ける。レックは素早くテリーの手を解かせて、さっと身を翻し、再び人ごみの中に戻って行った。
しばらくして、子供の泣き声が止む頃、じっと立ち尽くすテリーの元に、レックが何事も無かったかのように戻ってきた。
「・・・どうした?」
「何も。お母さんを大切にしろよって言ってきただけ」
テリーは内心舌を巻きながら、レックがそう言って笑うのをぼんやりと見つめた。さっきの子供も、俺のようにこいつにあっさりと言いくるめられて、気がつかないうちに教え込まれてしまう、とテリーは思った。
レックは今度は逆に、帰ろうと優しく言って、テリーの腕を掴んで人ごみから抜けた。子供が持っていた棒切れはいつの間にか道端に捨てられていた。
2009/12/03
「あー、やっぱり酷いな・・・」
鏡を見ながら自らの首を摩り、レックはほとほと困ったような声を上げた。首に常に付けているチョーカー型の金の輪のせいで、首輪をとってもくっきりと日焼けの痕が残っているのだ。
連日の快晴のせいで照るような日の下を、数時間歩いたりしていたせいで、パーティメンバーの肌はこんがりと焼けていた。ミレーユやテリーは生まれつき肌が焼けにくい体質なのだが、それでもレックやハッサン達のように茶色く焦げたりすることはないが、赤く炎症を起こしていたりするほどだ。入浴の際に湯を浴びると焼けどしたように痛むらしく、先日は二人とも冷水で済ませたらしい。あれもあれで可哀想なのだが、レックのように健康的に焼けると、日焼けした部分とそうでない部分の差が酷く、今もレックの首や腕には輪状に元の肌の色が残っている。ハッサンなどは常に薄着のせいか元々肌の色が濃いのでそこまで日焼け痕が残っているわけではないのだが、レックの日焼け痕はどうにも情けない。これを見せたくなくてまた次の日も首輪を付けて、いつまでも治らないというのが最近の常であった。一晩明かせば少しは気にならないだろうかと寝て起きてみるが、昨晩との違いはほぼ無い。やけに白く見える後をそろそろと撫でながら、レックはげんなりと肩を落とした。
「これで街中歩くのもなぁ・・・」
「目を引くと思うぜ」
「・・・・・・・・・うわっテリー、なんだよいたのか」
突然背中にかかった声に数秒固まったが、鏡越しに見えた銀髪に気づき、慌てて振り向いた。今朝早く風呂に入りに行ったと聞いたが、その姿はどうにも寒々しい。どうやらレックと同じく、一晩明かせば炎症もマシになるかと思い、湯に挑戦してみたがやはり耐えられなかったらしい。再び冷水で体を清めたテリーはいっそう不機嫌そうだった。顔色は寒そうに白いというのに、頬だけが痛々しそうに赤く染まっている。
「・・・痛そうだな」
「痛い。姉さんなんて服と擦れるだけで痛いと言って、さっきから部屋でずっと回復呪文を延々と試してるぜ」
「うーん、いっそ今日はここに留まるか?気が散ってミスしてケガしたら宿屋に泊まった意味ないしな」
「そうしてくれりゃ、俺と姉さんはありがたいが」
「じゃ、そうしよう。チャモロ達に伝えに行かなきゃな」
洗面台に置いておいた首輪を持ち上げれば、ふと気づいたテリーがそろりとレックの首に指を這わした。びくりと震え、レックは再び目を離したテリーに視線を向ける。
「なんだ?どうした?」
「・・・いや」
ぴたり、と指先をレックの日焼け痕に押し付けたかと思えば、するりと指の腹で首を撫で上げる。常に首輪をしているせいであまり人に触れられない部分を触られ、レックは思わず鳥肌が立ちそうになった。
「貸せ」
「はい?」
突然の言葉に引き攣った声を上げると、テリーはにやりと口を歪め、片手を差し出して言う。
「つけてやるよ。首輪」
「えっいや、・・・い、いい。自分でできる」
「やらせてくれ」
「・・・・じゃあ、頼む」
どきどきとうるさい心臓の音は、緊張というより恐怖を訴えていた。首というものは旅の間で何度も危険に晒されたものだ。ましてやテリーのような常に刃を携帯している男に首を預けるなど、それだけで怖ろしい。それでも断れないことを感じ取り、レックは首に嵌める輪をテリーに渡した。首で指図され、少し体を屈めろ、と命令される。レックの方がテリーよりも背が高いので、首に輪を嵌めるには手元が見えづらいらしい。
びくびくしながら体を屈めると、テリーはにやにやしながら手際よくレックの首に金の輪を嵌めた。頚動脈の上にテリーの人差し指が這わされた瞬間の緊張感は最高潮だったが、かちゃ、と音が鳴った瞬間、レックは思わず、はぁぁぁ、と長く重い安心の溜息を吐いたものだった。
テリーはそんなレックの顔を少し上から眺めていたが、突然その後頭部を鷲掴むと、ぐいっと下に押しやった。そのまま上に圧し掛かるように体重をかけ、レックのうなじに唇を一度押し付け、離れたかと思えば自分が今レックに嵌めてやったばかりの首に纏わり付いている金のアクセサリに噛み付いた。かちっ、と音を立てて歯と金属がぶつかる。舌に広がる鉄の味と、血の味とを錯覚して一瞬酩酊する。
「てっ、りぃ・・・?!」
引き攣った声を上げて、苦しそうにレックは喘ぐ。喉の薄い皮膚の向こうで、ごくりと生唾を飲み込む音がするのを鼻で一度嘲笑ってから、するりと体を離した。
ばっと両手で首を押さえて、目を白黒させながら、なっ、なにやってんだよぉ、と情けない声を上げて、レックが講義をした。
「くっ、首に噛み付かれたかと思った・・・っ」
「ふん、たまにはいいだろう、こういう緊張も。お前は最近ボケすぎなんだよ」
辛辣な言葉を吐きながら、テリーは鼻歌交じりにその場を後にした。日焼けで不機嫌なこともすっかり忘れて、口の中の金属の味を噛み締めながら階段を上がっていくテリーの背中を見送りながら、レックは太鼓を打ち付けるような大きな音を立てて鳴る心臓の上で拳を握り締めながら、声にならない悲鳴を上げていた。
「ぼっボケてねぇよ・・・!なんだってんだよぉ・・・っ、くそっ」
まるで自分の一部を噛まれたかのように、首の後ろがじくじくと傷む。首輪も体の一部になりかけてるんだろうか、なんて馬鹿なことさえ考えてしまった。
2009/12/11
いくら世界を救った英雄を王子として抱いている大国でも、兵士にボンクラがいるのはどうしようもない。そもそもその英雄が魔物の頂点を倒したので今まで緊張をもって見張りをしていた兵士もたるみ始めているのだ。
今まで魔物の巣窟に一人で乗り込んだりなどを繰り返してきたテリーにとって、そんな一般兵のやる気の無い見張りを突破するなど鼻歌交じりでできるほどだったし、その英雄さまと共に死地を乗り越えた戦士である彼が今や突破できない城などありはしないと言っても過言ではなかった。
「よお」
「よう」
だからこそ、テリーが喋々喃々と真夜中にレックの私室へと踏み込んできたときも、レックは特に驚きの声をあげることもなかった。来るということを知っているわけではなかったが、ふと、ほんのちょっとした気まぐれで、レックはその日はベッドに腰掛けたまま起きていた。連日王政について学ぶことを強いられ、疲れていないわけではなかったが、今まで野宿を繰り返しながら生死をかけた戦いを繰り返してきたことに比べれば、欠伸がでるような毎日であるが故に、稀にこうやって目が冴える日があった。テリーが城の番兵の目を盗んでやってきたのには驚かなかったが、丁度起きていたころにやってきたのには、少なからず驚いた。
「近くに来てたのか」
「ああ。ついでに、平和ボケしたお前の顔でも拝んでおこうと思ってな」
「そう言われたら、言い返せないな」
どうせだから何か飲むか?と手で扉を指せば、テリーは無言でそれを断った。腰に下げていた雷鳴の剣を壁に立てかけ、レックの座る正面にあった椅子に腰掛ける。ふと黒檀の机の上にある分厚い歴史書が目に留まり、了承も得ずに勝手にそれを開く。レイドックの歴代の王について記されたその古びた本に無造作に目を走らせ、テリーははっ、と一度冷笑すると、それを机の上にどさりと投げ捨てる。
「暇そうだな」
「暇じゃないよ。それなりに忙しい。覚えることもいっぱいあるし、やらなきゃいけないことも結構ある。たまに旅の頃のことが懐かしくもなるんだ」
「ふん、世界なんて救わない方が良かったとか思ってるのか?」
嘲笑うような声音で囁くテリーの言葉に肩を竦め、レックは乾いた笑みを零した。
「そりゃないよ。・・・この国に・・・・・・やって、きて、幸せに暮らしている人達を見てると、嬉しい」
いい澱み、小さく、搾り出すような声を上げるレックをじろじろと見ながら、テリーはそれでも踏み込む。
「この国に、帰ってきて、じゃないのか?王子さま」
レックは少しだけテリーを見ると、くっ、と声を押し殺して一度笑った。困ったように眉根を寄せて、かつての仲間を心配そうに見上げた。
「テリー、お前、性格歪んだか?」
「お前が平和ボケしただけだ」
「嘘だ。お前、絶対卑屈になった。・・・どうせミレーユにしばらく会ってないんだろ。帰ってやれよ」
「あそこは俺の家じゃない」
「ほら。そういうのなんだよ。俺も」
「あ?」
テリーが不機嫌そうな声を上げれば、レックは小さく笑い返すだけだった。少し考えて、テリーは、ああ、と納得したような声を上げる。
大切な人はいる。住み慣れた匂いがする。それでも違う。何かがずれている。
テリーにとっての家は、幼い頃姉と住んでいた家。だがその姉は今はグランマーズの元にいて、そして一緒に住もうと言った。
レックにとっての家は、ターニアと共に暮らしていたかりそめの、夢のライフコッド。その妹は血の繋がらない存在に変化して、同じライフコッドで生活している。しかし、父と母はここにいる。ここがお前の家だと言う。
「そこにいれば幸せだって分かってるのに、どうして、辛いんだろうな」
問われた言葉にテリーは詰まった。机の上にある分厚い歴史書を一度睨み、とんでもない馬鹿だなお前は、と苦々しげに吐き捨てた。
「・・・・お前がいいというなら」
数秒間を取って、テリーは言った。レックの方を見ないまま。
「ここからお前を攫ってやろうか」
きょとん、と目を丸くして、レックはテリーの顔を見た。テリーはレックを見ない。紫色の淡い色をした眼球は、外を見ていた。言葉の意味を反駁して、レックはようやく、噴出すように笑った。
「いや、いいよ。遠慮しとく」
「・・・そうか」
「でも嬉しいよ。ありがとう。でも俺も、もう逃げないって決めたからさ」
「・・・そうだな。そうだったな」
何を言ってるんだ俺は、と一度呟いて、テリーはすっと立ち上がり、壁に立てかけていた雷鳴の剣を再びベルトに差した。さっさと身支度を済まして再びバルコニーから出て行こうとするテリーの背中をぽかんと見て、ん?とようやくレックは声を上げる。
「おいおい、もう帰るのか」
「ああ」
「泊まっていったらどうだ?いますぐにでも部屋用意できるぜ」
ふっ、と一度笑って、テリーはくるりと振り向いた。旅が終わってから数ヶ月しか経っていないが、テリーの背は随分と伸びた。同時にレックの背も伸びたので、まだ追い越されてはいないが、それなりに近づいたと言ってもいいだろう。
「今度はもっと気の効いた口説き文句を考えてからくる」
「は?」
「お前をここから、自分の口で俺に連れてってほしいって言わせるぐらいのな」
ぽかんとレックが見る中で、テリーは一度ニヒルに笑うと、さっと身を翻して外へと躍り出て行ってしまった。開いた扉の向こうから冷たい風が吹き込んでくるのをぼんやり見て、レックはんん?と不思議そうな声をあげ、バルコニーに出た。既にテリーの姿は無く、遠くにある庭園の見張り兵が、舟をこいでいるのを見つけた。月の無い日のことだった。
2009/12/14
2010/9・11