■夢の中に落ちてゆく
記憶の中の孫悟飯という生き物はそれはもう変わった生き物だった。ターレスは子供というものはもっと弱弱しいものだと思っていたのだが、初めて出会った孫悟飯に弱弱しい、貧弱で脆弱で脆く儚い印象は無かった。サイヤ人と人間のハーフだから、というのも理由にあったのかもしれない。少なくともかつて見てきた様々な星の生き物同様、片手で捻り潰せる(勿論、それは文字通りの意味で、だ)生き物ではなかった。
感情に左右されて力が大きく変化するということも興味深かった。一度孫悟飯の父親を嫌というほど痛めつけたことがあったが、その時に発揮した孫悟飯の力には目を見張るものがあった。聞けば、伝説の超サイヤ人とやらの壁を越えた存在になったのにも、怒りが関係していたらしい。再び会ったとき、孫悟飯は歳相応に成長していたが、その不可思議な力の変化という特徴に変わりは無かった。
一度だけ、ターレスは興味本位で自分の宇宙船にやってきていた孫悟飯に一つ質問を投げかけたことがあった。
『俺が何か敵に殺されそうになったら、お前は怒るか?』
特に深い意味は無かった。その優しく感情の変化の激しい子供が、父親や母親、または敬愛する師、または仲間達以外が痛めつけられるのを見ても、同じように怒るのか知りたかっただけだった。その時孫悟飯は一心不乱に読みふけっていた本から視線を離し、ソファに座るターレスを見上げ、心の底から不思議そうに、一言問い返した。
『僕に怒って欲しいの?』
ターレスはその問いには答えられなかった。無論、今のターレスならば否と答えるだろう。本当に、あの時はただの興味本位だった。イエスかノーで答えて欲しかった答えだった。悟飯の思いがけない問いに目を見張り、そしてターレスは失敗した。
『分からん』
意地でもなんでも通して『そんな訳がない。自分は其処までお前に頼りたいとは思わない』と答えればよかったのだ。しかし、ターレスはそう答えられなかった。なんのことはない、ただの言葉の綾だ。ターレスには珍しい失敗だった。かつて、ターレスが初めて地球に来た時。孫悟空と対峙したとき、生命反応を調べるよりも先に無理やり心臓でも内臓でもぶちまけてしまえば、確実にターレスはあの時勝てていたのだ。その時を同じぐらいの失敗を、再びターレスは起こした。
もしかしたら、孫親子のあの挑むような曇りの無い眼球が苦手なのかもしれない。
僕に怒って欲しいの?という言葉は、詰まる所、『僕に大切に思われたいの?』という意味と同義であった。僕と仲良くなりたいの?ターレスは僕に守って欲しいの?自分の命が危機に瀕した時、僕を頼りたいの?僕と一緒に戦場に居たいの?
ターレスはその真意に辿りつけられなかった。其処まで、自分の考えた問いの意味を理解していなかった。
悟飯は眉間に皺を寄せたターレスを見て、言った。
『きっと怒るよ』
ターレスは、その答えを予想していながらも、改めて子供の博愛と優しさを思い知った。ほう、と呟くターレスを、少し目を細めて見て、悟飯は言う。
『もう誰かが目の前で死ぬのは見たくないんだ。きっとターレスが死んでしまったら、泣き喚いて苦しんで、きっと、ターレスを殺した人を許さない』
きっと、それは誰が死んだってそうするんだろう?と思った。古い匂いで満たされたその密室の中、ターレスは窓から差し込む光りで微笑む悟飯の顔を見て、たまらない思いに駆られた。不謹慎だとは思ったが、悟飯が泣き喚く姿を見たいと思った。自分が死ねば見れるのだろう。だとしたら、この子供のために命を張ったって構わない。それでもしも子供の脳髄に自分の記憶が刻まれるなら。それでこの気丈な子供から人に縋るような悲鳴と嗚咽を上げさせることができるのならば。この強く、今や地球で最も強いであろう子供を自分の命一つで嘆かせ、幼い子供のように大声で泣かせることができるのならば。これ以上素晴らしいことがあるだろうか?
ターレスが一人思いに耽ると、それを遮るように悟飯はターレスの名を呼んだ。いま、ひどいことを、かんがえたでしょう。ゆるやかに囁かれた言葉には悲しみが詰まっていた。
『嫌いになるか?』
『ううん、別に。ターレスが酷い奴なのは、ずっと昔から知ってるよ』
悟飯は首を振って、それでも寂しそうにターレスを見た。
『でも、ターレスが死ぬのは、嫌だな』
あまりにも寂しそうに悟飯は言った。ターレスはその寂しそうな顔を一瞥して、「どうせ、この顔が二度死ぬのを見たくないんだろう?」と言おうかと思ったが、今、この瞬間だけは、それを言うのはやめにしようと思った。なんのことはない、ただの気まぐれだった。なんのことはない。よくある、ターレスにとってはよくあることの、はずだった。
スカウターを見ても禄に分からなかったので、ターレスはあからさまに肩を落とした。理解はしていたが残念なものは残念なのだ。
普段から悟飯を初めとする地球の戦士達は自分の気を押さえ込んでいる。勿論、一般人並、大体戦闘力1から10程度までは下げられはしないが、数百、または数千程度にならば可能だ。力が熟達すればするほど、気の操作はもっと細かくなる。その数百、または数千の者を探せばいいのだが、恐るべきことに地球にはそういう輩が片手では数えられないぐらいは居た。
勿論地球の各地に散らばっていることには散らばっているので、悟飯らしき数値の人物は一応見つけたことには見つけたのだ。勿論、それは3人いたのだが。
「見つけてぇのは超2の奴なんだがな・・・」
厄介なことに孫悟飯は3人居た。元は一人の人物だったのだが、何が起こったのか超サイヤ人、超サイヤ人2など身体的に変化を遂げると次の日には分裂してしまうのだ。肉体的に特に問題は無いらしいが、超サイヤ人と分離してしまうと、元の人物は超サイヤ人化できなくなっているらしい。超サイヤ人2が生まれた時は、本体の孫悟飯ではなくセルという化物と戦っていた超サイヤ人が、怒りで超サイヤ人の壁を突破して産まれたらしいが。其処の所はしばらく研究が必要である、と判断されている。
ターレスは一応、先ほどの独り言を聞かれてしまった超サイヤ人2の悟飯と話がつけたかった。彼ら悟飯達は一応三人共通する記憶、意識を持てるらしいが、全てというわけではない。一応プライバシーは保たれる、共同体なのかそれとも個体なのか良く分からない生き物だ。悟飯は自分自身のことと言えどそういう個人は大切にするような人物であったから、ターレスは超サイヤ人2である悟飯がすぐに他の二人に自分の赤裸々な思いを伝えるとは思えなかった。
スカウターに表示される数値によれば、バーダック達の住む家の方向に二人、そしてパオズ山のターレスの宇宙船がある場所の丁度反対側に一人居るらしい。常識的に考えて一人で居るほうが超サイヤ人2だと思うのだが、これでもしも外れたならばどうにもならない。超2はどこに行ったの、何をしたのと問いただされるに決まっている。その上、本体の語飯とは絶賛喧嘩中であった。無論、それは超2もなのだが。ターレスは自分が超2に嫌われていることぐらい百も承知だった。だが、告白まがいの台詞を聞かれてそのまま知らない振りをされるなんて真っ平御免だ。
さて、どうしたものか。
とりあえず行き当たりばったりで単独行動をしている悟飯の所へ行こうかどうか迷っている内に、スカウターがターレスの気も知らず、その画面に三人の少年が行動を開始したことを伝えてきた。電子音を立てながら、三つの気はどうやら合流しようとしているらしい。その事実に気づいた時にはもう後の祭りで、ターレスが見守る中、三つの電子の光りは集合して動きを止めた。
示される場所はパオズ山の山中だ。三人の共通意識を利用して集まったんだろう、と思った。ターレスはスカウターの電源を落として、そこへと飛んだ。集合してしまったのならどうしようもない。腹を括るしか方法は残されていなかった。
頭に直接届いた念派に従って、その方向へと向かえば、あっという間に超2は悟飯と超サイヤ人の悟飯と遭遇できた。超1は超2の姿を見て微妙に眉間に皺を寄せたが、悟飯は即座に超2に抱きついた。お使いに行って戻らない超を心配していたらしい。超2は悟飯の背中を撫でながら、無言でちょいちょいと手招きする超1を見た。悟飯を地面に置いて、とりあえず二人きりで上昇する。
「で、聞いた?ターレスの話」
超1はあっさりと切りだす。温厚で何をするにも心配性という面が目立つ彼だったが、どうやら何かに焦っているらしい、と超2は思いながら、一度頷く。超1はあからさまに溜息を吐いて、どうしよう、と呟いた。
「ねぇ、どうしよう?」
「どうしようって言われても・・・悟飯は?」
「実は・・・まだ言ってない。そういうの、疎いからさ、僕ら」
ふぅん、と超2は呟いて、下を伺った。地面から盛り上がっている木の根に腰掛けて、超2と超1が会話を終わらせるのをちらちらと伺っていた。念派は遮断しているので、おそらく会話は分かっていない。
「で、どうしよう、っていうのはどういう意味で?ターレスと付き合うかどうかっていう意味? それとも、知らない振りして今まで通りに宇宙船通うかって話? それとも、」
「ターレスに僕らは害せないよ。だって僕らより弱いし」
超2の後に続く言葉を察知して、超1は目の前の少年を睨んだ。彼は何かと全てを暴力で解決しようとする。そういうところが、ターレスとかにそっくりだ。超2は、特に何も反論することはないのか、そう、と一度呟いて黙った。超1は、超2の冷たい眼球を伺いながら、その奥にある感情を推し量ろうとした。
「僕は別にどうだっていいよ。僕が興味あるのは戦いだけだし」
超2は、そんな前形である少年に優しく微笑んで言う。
「・・・どうだっていいって?どういう意味?」
「悟飯がターレスと付き合おうがどうなろうが、知ったことじゃないってことさ。勿論、それは君もだけど」
「馬鹿にするな。僕がターレスに屈するとでも?」
「恋愛って、別に相手に屈するってことじゃないと思うけど。ただ、さ」
超2は一瞬、何かに思案する表情を作って、超1を見た。
「僕は君が幸せになるのに異論はないよ。誰を好きになったっていいと思ってる。サイヤ人だって子を成すし、ターレスだって僕らを好きになった。超サイヤ人になったから誰かを好きにならないって訳じゃないし。だから、僕は『孫悟飯』の答えっていうのを、ちゃんと伝えて欲しいんだよ」
「君はいつからターレスの肩を持つようになったの?君が一番、ターレスのことが嫌いだと思ってたけど」
「僕が好きな人はお父さんだけだよ。あの人だけが僕を戦わせてくれるから。嫌いな奴は嫌い。僕の大切なものを奪う輩は、凄くね。ターレスだって、まだ嫌いだよ。あいつは僕に酷いことを言うし。でも、僕は別に僕のことを大切だとは思ってない」
さらりと吐かれた言葉に絶句すると、超2はにこやかに言った。
「でも、僕の大切なものを大切に思う人は、嫌いじゃないんだ。だからターレスに興味はない。嫌いだけど、好きだよ」
「何それ。どういう・・・」
そこまで言って、超1はふと下を見た。薄暗い森の中、先ほどまで悟飯が座っていた木の根には小さな茶色いリスが座り込んでいる。見慣れた黒髪の少年の姿が消えていた。
悟飯がいない。そのことに気づいて脳裏で悟飯に呼びかけるが、応答がない。同一の精神を持っていたが故に感じられる念派も分からなかった。オリジナルの自分が居ない事実に恐怖で埋め尽くされるが、その事実に直面しながら微動だにしない超2に、ようやく超1が気が付く。超2は淡々と超1を見ていた。悟飯が居なくなって動揺する超1を冷静に観察し続けている。
「・・・、どういう、つもり?」
「さっき言ったでしょう?問われたなら返さなきゃいけない。僕の答えは『ノー』で、君の答えも『ノー』。悟飯の答えはまだ聞いてないだろうから」
「・・・っ何かあったらどうするつもりなのさ!」
「君が言ったんだよ?『ターレスは僕らより弱い』ってさ。悟飯が断ったらそれまでの話でしょ?強硬手段に出れば僕らが殺せばいい」
「君・・・何がしたいの・・・!?」
目を見開いて問う超1の視線を見返して、超2は少し笑った。
「さっき興味がないって、言ったじゃないか。あえて言うなら、そうだな。過保護な君がターレスと悟飯を探しに行くのを僕が力ずくでとめて、戦いになると、嬉しいかな」
バチッと突然空中で火花がはじけた。青い雷撃が空気中で何度も絡み、激しく音を立てて散る。青い雷撃を身に纏う超2は楽しそうに笑っていた。その顔がどことなく己の父親に似ていることに気づいて、超1は唇を噛み締めた。
悟飯を攫うのはこれで2回目だった。一度目は少年がもっと幼い頃、自分より弱かった時だった、とターレスは記憶している。それがファーストコンタクトだった。いつの間にか成長を遂げた少年はターレスの理解が及ばないレベルまで強くなっていた。その強くなった少年を、今は連れ去るというよりも同伴してもらっていると言った方が正しいだろう。飛ぶターレスの数m後ろを飛んでついてきている。
スカウターの示されるがままに到達した場所には悟飯しかいなかった。超1と超2は何故か上空で口論している。ターレスが突然やってきたときは悟飯は何も言えずに口をぱくぱくと動かして、どうすればいいか迷っている様子だったので、上で口論してる奴らが長引きそうだからちょっと話しようぜ、と誘うと少し迷った末素直についてきた。
っていうかこの後は実はノープランだったりする。
というか最初の目的は超2を捕まえて返答を聞いてやるつもりだったのだが、何故俺は悟飯を連れてきているんだろう・・・。ターレスは心の中で物凄く後悔していた。
あの時零した独り言の「俺は悟飯が好きなのか?」という悟飯というのはオリジナルの孫悟飯を差していたので、この状況は大しておかしくはない。元々気に入り始めたのはこの少年が5歳の時だったはずだ。今更思い出すと相当やばい。5歳に惚れる20代となれば本格的に変態だ。今まで詰られたのにも頷ける。
あの超サイヤ人達からオリジナルの少年をほぼ連れ去る状態で持ってきた後、それに気づいたあの二人に殺される可能性だってあった。恋をすると周りが見えなくなるっていうのはこういうことだったのか、とターレスはしみじみと思う。
「・・・ターレス、どこまで行くの?」
恐る恐る、といった風に突然悟飯が声を上げた。はっとして止まれば、そこはほぼ見知らぬ場所だ。山が殆ど無い、平原のような場所。遠くに小屋のような一軒家があるのをみると、農場かもしれない。空中で静止したまま、ターレスは振り返る。少しの距離を持って、悟飯が浮いていた。ターレスが振り返ると、あからさまに肩を震わせる。
「・・・あ・・・」
自分より強いくせに、少年は怯えているといっても過言ではない様子だった。ターレスは完全に物を言い出すタイミングを逃した。そもそも何から言い出すべきか。
普通なら、非礼を詫びることから切り出すのかもしれないが、それも何か違う気がする。むしろ謝るのならば超2に向かって、だろう。実際にはターレスは悟飯に何もしてはいない。むしろ何か謝るというなら超2に酷い口を利いたということで激昂した悟飯が、ターレスにコーヒーをぶっ掛けたことを謝るべきだ。それに、悟飯は自分が悟飯のことが好きだということを知らないはずだ、とターレスは思った。あの空気を読まないサイヤ人の親子ならまだしも、利口な悟飯のことである。超サイヤ人2とはいえ、きっと何も言っていないに違いない。
ターレスが沈黙していると、一人もじもじとしていた悟飯が口を開いた。
「あの、さ。ターレス、まだ、怒ってる?」
反射的に思ったのは何に対してだろう、ということだ。顔を訝しげに顰めたターレスの顔を伺って、悟飯がゆっくりと聞いた。
「おじいちゃんから聞いたんだけど、ターレス、僕が好きって本当?」
何故惑星ベジータにはプライバシーという言葉が無かったのだろう。ターレスは生まれて初めて祖国を恨んだ。
2009/5・2