■静謐には程遠い
「ターレスが?来てたの?」
「ああ」
煙草を口に銜えて煙を吐き出すお祖父ちゃんから目を離して、悟飯の顔を伺ってみれば、最近お馴染みの変な顔をしていた。
一昨日、ターレスのところに行ってくると勇んで行ってきた悟飯は、すぐに帰ってきたと思えばぐうすか寝ていた僕たちに体当たりして、わんわん泣きだしてしまった。っていうか、帰ってくる前からずっと泣いてたみたいだったけど。
昨日はずっと怒ってて、数日前からずっと寝てる超2の頭をずっと撫でて、一人で百面相をしていた。何があったのか聞くのが億劫だったから、僕もターレスのところに乗り込もうかと思ったら、泣いて止められてしまった。
そして今日。悟飯は起きた時からずっとそわそわしてた。超2もようやく起きて、朝は三人で机を囲んでぼーっとしていたんだけど、超2がお母さんにおつかいを頼まれていなくなってから、悟飯は僕にひっついてきた。何か一人で決められないことがあると、僕らはじっと、まるで一人の人間に戻ったかのように固まって、意識だけで会話をする。その方が考えが纏まる感じがするのだ。
悟飯はどうやらターレスに何かについて謝ろうかどうか悩んでいたらしい。僕が「ターレスが酷いこと言ったんでしょ?」と聞いてみると、そうだけど、そうなんだけど、と弱弱しい声で嘆いた。かくかくしかじか、と悟飯がターレスから聞いたこととかやったこととか色々聞いて、僕はとりあえずふうん、と頷いてみた。とりあえず事態は理解した、ということで。
「別に、怒る必要も謝る必要もないと思うけど」
「だって、酷いよ。あんなこと、普通、言う?」
「サイヤ人のとっての普通、ってのがよくわかんないからねぇ」
僕が宥めれば、悟飯は眉間に皺を寄せて、「ああ、そうか、うん・・・でも」とかぶつぶつ呟いた。元が同じ人間だからといって、全て理解できるわけじゃない。性質が同じでも体質は違う。それだけで簡単に考える方向は変わるものだからだ。悟飯はひとしきり考えて、上目遣いで僕を見る。
「つまり、ターレスには悪気が無かったってことなのかな」
「悪気はあったと思うよ。ターレス、悪い奴だもん」
「・・・だよね。ターレス、僕らのこと、嫌いなのかな」
「好きじゃないと思うけど」
なんていったって一度は自分を半殺しにした男の息子だし。
そう言えば、悟飯はみるみるうちに大きな目に涙を溜めてしまった。あ、と声を上げる暇もなく、ぼろぼろと涙が頬を伝って、落ちる。「でも、でも」と弱弱しい声が断続的に上がって、縋るように小さな手が僕の服を握り締めてきた。
「もう、許してくれたと思った、のに。僕、ターレスのこと、すきだった、のに」
「裏切られたと思う?」
「そうじゃないの?」
「さぁ・・・まぁ、最初から僕らのこと嫌いなら、その本性を表しただけで裏切るもなんもないと思うけど」
「・・・・・」
悟飯の涙は止まる気配を見せない。慰めるべきなんだろうけど、この状況をどう慰めろというのか。ターレスはきっと僕らのこと好きだよなんて無責任なこと言えないし、もしも悟飯がそれを鵜呑みにして今まで通りにターレスのところに行って、前回みたいに泣かされたらそろそろ潮時だ。例え好きだとしても何度も僕らを苛めてくる相手と接するなんてこと許したくない。
「ターレスが考えてることがわかんないなら、相談する相手が間違ってるよ」
とりあえず震える背中を撫で付けて、そう助言してみると、相手?と悟飯が顔を上げた。相変わらず涙は止まる様子が見えなかったけれど、僕が元気付けるように微笑むと、ぐしぐしと腕で涙を拭った。
そういうわけで、サイヤ人の思考を聞くならやっぱりサイヤ人だろう、ということで隣家にあるお祖父ちゃんと伯父さんの所に行ってみた。入って早々、伯父さんは今日はやけに客が多いとぼやいて、いつもの定位置で煙草をふかしていたお祖父ちゃんも変な顔をした。修行以外で会うのは珍しかったから、テーブルを挟んで向かい合うと変な感じがする。目がまだ赤い悟飯を椅子に座らせたまま、伯父さんに許可を貰って勝手にお茶を入れる。この家だと客が来てもお茶は出ない。仕事をしないサイヤ人が客にお茶を出すっていうのも変だとおもうから、そこら辺は特に気にならなかったけど、とりあえず伯父さんもお祖父ちゃんもまったくテーブルから動く気がないみたいだったから4人分淹れてみた。勿論、テーブルにお茶を置いても何も言われない。
「で、何の用なんだ?」
「サイヤ人の思考回路についてちょっと気になって」
「難しい話はパスだ」
「話をしてくれるだけでいいんです」
ふーん、とやる気無さそうに呟いて、お祖父ちゃんは一度銜えていた煙草の灰を灰皿に落とした。ここに来る時は煙草の煙を吸うことを覚悟して来ないといけない。伯父さんも僕が淹れたお茶を普通に啜って、つけっぱなしになっているテレビをぼーっと見ていた。ほんとにやることないんだなこの人達・・・。
「ターレスのことなんですけど」
「・・・流行ってんのか?」
「え?何がですか」
「・・・いや、なんでもない」
お祖父ちゃんは微妙な顔をして、伯父さんはどうやら笑いを堪えているらしい。突然俯いて、肩をぶるぶる震わせていた。
「ターレスなら、さっき来てたぜ」
え、と僕らが目を丸くするのを見てもう一度笑う。
「ターレスが?来てたの?」
「ああ」
思わず隣の悟飯の顔を伺うと、流石に泣き出しはしなかったけれど、どうすればいいのか分からなくて変な顔をしていた。僕ってどうしようもなくなるとこんな顔するんだ・・・覚えておこう。
「何しに来てたの?」
「なんか恋愛相談していった」
あんたらいい歳して何してるんですか。反射的にそう思ってしまったけれど、良く考えればサイヤ人であるお父さんだってベジータさんだって結婚、まぁ、片方は籍入れていらしいけど、子供まで作ってるんだから、そういう話があったって問題ないんだよな・・・。突然未知の生命体のようだったサイヤ人が身近なものに思えて、無駄に親近感が湧いてきた。
「へぇ・・・街で誰かと付き合い始めたんですか?地球人ですよね?どんな人ですか?」
「・・・・・・・」
とりあえず本題に入る前に緊張を解しておこうと思って、ターレスの彼女について話題を振ってみた。もしも彼女ができて、子供ができたらどんな子が生まれるんだろう。僕らみたいにやっぱり癖毛ってつくのかな・・・とか色々考えていると、お祖父ちゃんも伯父さんも視線が泳いでいることに気づいた。
「どうしたんですか?聞いてないんですか?」
「いや、事細かに説明は聞いてる」
お祖父ちゃんは苦々しげにそう言った。
「むしろ惚気話とかしてくるぐらいだ。前こういうことがあって可愛かったとかなんとか」
「そうだな・・・恋ってあんな奴をあそこまで変えるんだな・・・偉大だって・・・思ったぜ・・・」
お祖父ちゃんも伯父さんも遠い目をしながら言った。へぇ。そこまで。じゃあ宇宙船に行ったら会うこともあるかもしれないな、と思った。いや、これから僕らがターレスの宇宙船に行くかどうか怪しいから、会えるかどうかは分からないけど。でも、地球で平穏に暮らすなら宇宙船を手放して街に住むことになるかもしれない。じゃあ居なくなる前にターレスと交渉して宇宙船の蔵書を貰っておこうか・・・?
僕がとりあえず算段を練っていると、「悟飯」とお祖父ちゃんがやけに真剣な声で呼んできた。
「はい?」
「実はターレスはお前のことが好きだそうだ」
「・・・・・・?」
それってどういう意味ですか。
突然振られた言葉に顔を顰めると、隣で黙って話を聞いていた悟飯が立ち上がった。がたん、と大きな音を立てて椅子がひっくり返る。今度は何だ。ちょっと僕に考えさせてくれ。
「そ、それ、本当!?お祖父ちゃん!」
「おう」
「やったね!それなら謝ったら許してくれるかも!」
がしっと手を掴まれたと思えば、悟飯の満面の笑顔が目の前にある。・・・・え、あれ。あ、そっち?
「やっぱり前のあれは、冗談・・・まぁ、冗談じゃないかもしれないけど、僕らが嫌いだから嫌がらせしたわけじゃないんだ!あーよかった!」
「・・・あ、だ、だよね」
そりゃ、そうか。僕はもやもやとした心を落ち着かせて納得する。さっきの話の流れからして、恋愛っていう意味を含めてターレスが僕らを好きだといったのかと思ってしまった。そりゃそうだ。勝手に同性愛者だと思い込んでしまうところだった。流石にないな、サイヤ人だって女の人が好きなはずだもの。
今まで通りターレスと仲良くやっていける、と胸を撫で下ろす悟飯から目を離して、もう一度お祖父ちゃんと伯父さんに目を向けると、お祖父ちゃんは微妙な顔をして新しい煙草に火をつけていて、伯父さんはあからさまに顔を引き攣らせてわざわざ窓の外を眺めている。・・・え、その・・・ターレスの好きっていうのは友情って意味で・・・だよね・・・?
悟飯はにこにこと笑って、「そうと決まれば超2を探してターレスのところに行こう!」と僕の腕を掴んで立ち上がらせてくる。僕はお祖父ちゃんと伯父さんの反応が白々しすぎて不安で一杯だ。ちょっと先に行ってて、と僕は悟飯を先に外に出してから、微妙な空気になっているリビングでお祖父ちゃんと向かいあった。
「・・・一応、聞きますけど、さっきのは悟飯の解釈であってるんですか?」
「んなわけねーだろ」
僕の予想が悲しいことに的中していた。女好きっぽいイメージがあったのに・・・偏見っていけないな・・・と僕は心の中で反省する。
「・・・なぁ、親父、思うんだけどそういう話って直接ターレスが言うべきなんじゃねぇのか・・・?」
「言っちまったもんは仕方ねぇし。あの超サイヤ人2の悟飯だって知っただろ?」
「え、なんですかそれ・・・!っていうか超2も来てたんですか!?」
悟飯がいなくなってから判明することばかりで頭がパンクしそうだ。っていうか、超2が、ターレスが僕らを好きだってことを知っている・・・!?なんだよそれややこしい!
「お、お祖父ちゃん・・・どうすればいいですか・・・」
「知らん」
丸投げされた。爆弾投下したのはお祖父ちゃんだっていうのに!思わず涙が出そうになる。そもそも恋愛なんてものもっと大人になってから知るものじゃないのか?今すぐここから逃げ出してしまいたいぐらいだ。僕が涙目で唸れば、お祖父ちゃんは冷たく「ぎゃあぎゃあ喚くな。死ぬわけじゃあるまいし」と一蹴する。
「あいつが嫌ならもう顔見せんな変態って蹴り倒せばいいだろ。お前の方があいつより強ぇんだから」
「そっそんなアバウトすぎる・・・!」
「本だけ見てぇなら今まで通り仲良くしてくださいねとか笑って言えば大丈夫だろ。あいつはどうせ手ださねぇよ。今まで一度も強行手段に出てこなかったんだから」
お祖父ちゃんの言うことはもっともだ。僕が黙って俯いていると、低い、お父さんの声なのに明らかにそうではない声が笑った。
「好いてやるなら、抱かれてやればどうだ?」
「っ・・・・・!そんなことはありません!絶対に!」
「ふぅん。じゃ、それでいいんじゃねぇか」
お祖父ちゃんはそう言うと、銜えてた煙草を灰皿に押し付けて、僕の入れたお茶を一気に飲み干すと、欠伸をしながら部屋から出て行ってしまった。伯父さんは黙ってテレビを見ていて、もはや僕を視界に入れさえしない。
「皆、どうしてこう無鉄砲に事に当たるんですか」
僕が唸るように呟くと、伯父さんはテーブルに肘をついていたのをやめて身を起こし、きょとん、とした顔で、何を当たり前のことを、とでも言うように言った。
「そういうのが、サイヤ人なんだよ」
「そんな、」
「お前だってそうだろ?」
超サイヤ人なんて、サイヤ人以外のなにものでもないのに。伯父さんはターレスがよくやるように口元をにやりと歪めると、ぬるくなってしまったお茶を啜った。行かないのか?と言われて、ようやく外で悟飯を待たしていたことを思い出し、僕は急いで玄関へ向かった。
悟飯は、ターレスに好きだと言われたら、どうするのだろう。超2は。僕は?
日が傾き始めている。無性に、お父さんに会いたくなった。
2009/4・29