■女の凶弾によって男は
もちろん、当たり前だが悟飯は見失った。
「っていうか超サイヤ人2とかありえないだろ・・・!」
人一人見当たらない田舎の風景、というか山の風景を一望しながら俺は思わずしゃがみこみそうになる。扉を開ける瞬間、どこかへ凄いスピードで跳躍したのには流石に反応できたが、それ以降はまったく分からない。悲しいことにスカウターは自分の宇宙船の私室のテーブルの上だ。
気を探る方法なんて分からないし、運良く見つけられたとしても確実に追いつけない。偶然とはいえ、自分が告白してしまった相手が即座に逃げ出されたことにもショックだというのに、これじゃ恥をかかされたままだ。それだけはどうしても許せない。しかし、力ずくで捕まえて答えを聞き出すなんてこと無理に決まっているし、返事の変わりに殺されるなんて溜まったものではない。だが、その答えによっては自分がこれからどうすればいいのかも決まってくるのだ。
流石に、自分があの子供に好かれているとは思っていない。ただでさえ嫌われてた上に、古傷を爪で引き裂いて塩を塗りこんだようなことをしてしまったのだ。もしもこれで、ターレス、実は僕もお前が好きだったんだ!なんて展開になったらあの子供は確実にマゾヒストだ。
今更あいつが実はマゾヒストであろうとなかろうと自分の感情に変化があるとは思えないが、確実にそんな展開は無い。太鼓判を押してやる。というか絶対にあの子供はサディストだ。サイヤ人の中でも誇れるぐらいの人畜非道になりえるだろう。
そんな子供の背中を惨めに追いかける自分こそがマゾヒストなんじゃないだろうか。・・・自分では結構サディストの気があると思ってたんだがなぁ・・・。
どうでもいいことにばかりつらつらと思考が飛んでしまうが、その頭を振って今の状況を思い返し、とりあえず最善の策として一旦バーダックの所へ行ってスカウターを貸して貰おうと思った。宇宙船に戻るよりそっちの方がまだ近い。振り返り、再び元の道へ戻っていくと、さっきは気が付かなかったが、滅多に見ない宇宙船がすぐ近くに流れている川の対岸に止まっているのに気が付いた。
悟飯を探すのに必死になっていたせいか、それなりに大きい黒い塊を見落としてしまったなんて、我ながら間の抜けたことだ、と思いながら俺はそっちへ向かった。その宇宙船には見覚えがあった。何度も面識があったわけではないが、バーダックと知己の女のものだったはずだ。ベジータの妻である女が経営する会社から貰ったもので、水をエネルギーに変えるタイプの宇宙船だった。予想通り、その黒い塊の下の部分から太いチューブのようなものが川の中へと入っていた。俺が近寄ると、スカウターで察知したのだろう、今の宇宙船の持ち主が低い音を立てて開いた扉の中から姿を見せた。2年前見たときとまったく変化した様子が見えない、髪をこざっぱりと耳の近くの高さで切りそろえている元同僚、セリパだ。
会話したことは今まで3回あるかどうかって所で、基本的にバーダックとつるんでいたはずのセリパは、数年前にカカロットの奴がフリーザを倒した後に地球にバーダックと一緒にやってきた。そのまま地球に定住したバーダックと違って、こんな何も無い星でのうのうと生きるなんて真っ平ごめんだね、と吐き捨てて、宇宙船を作ってもらったと思ったらさっさと出て行ってしまったはずだ。そのときに一度会ったっきり、それ以来の邂逅だった。人造人間やらセルとかって化物が来る前に俺もこの地球から一旦出ていたから、この女がその間に地球に来たかどうかは知らない。が、バーダックが言うことには結構地球には来ているらしい。
「なんだ、バーダックの倅かと思えば、引きこもりのペド野郎じゃない」
「それ、さっきもバーダックに言われたな。引きこもりとは言われてねぇけど」
セリパは俺を鼻で一笑し、そのままするりと流れるような動作で地面に降り立った。サイヤ人の戦闘スーツに身を包んでいるので、かつてベジータ星で一度見たときと重なった。
「いつ地球に来たんだ?」
「昨日。とりあえず4日間ぐらいはいるつもりだけど。何?ついに子供の尻を追いかけるのはやめにしたの?」
セリパはにやにやと、不敵に口に笑みを刻んだ。こういうところがバーダックより性質が悪い。往来のサイヤ人みたいに直情型の喧嘩馬鹿ならよかったものを。俺の方がセリパより強い。それは数字的にも、実際に手合わせしても明らかだ。だが、それが生物としての本能なのかどうかは分からないが、セリパはどうにも苦手だった。話術が得意かどうかと問われれば否ともいいきれないが、口先だけで状況を一転させるほどではない。やっぱり性格が悪いからだな、としか言いようが無いのだ。
さっさとスカウターを貸してもらって退散しようと思った所で、ようやくセリパの異変に気づいた。かつての記憶と特に変わっていないと思ったが、俺の目的のスカウターを付けていない。宇宙船の中にでも置いているのだろうかと思えば、それを見越したようにセリパが笑った。
「残念だけどあんたのお目当ての物はないよ」
「何?」
「あんたのお気に入りの可愛い子が持ってったんだよ」
俺が愕然とする前で、セリパはどこからどう見ても堅気に見えない笑みを刻み、「ざまあないね、ターレス」と嘲笑ってきた。
「そうやって子供を甘く見て、調子に乗るからだよ。あんたが思っている異常にあの子は頭がいいからね」
「てめぇに言われなくてもそんなこと分かってんだよ」
俺が苛々して吐き捨て、脅すように気を発散させると、セリパは目を細めて俺を冷ややかに見た。未だ、戦いの中にその身を置いているせいか、今のセリパはあの腑抜けたバーダックなんぞよりよっぽど強い生き物に見える。あくまでも、見える、だけだが。
「あたしに手を出したらそれでもうあんたは終わりだよ」
「・・・・」
「可愛いあの子があんたを許さないからね」
セリパは俺を見て、はっきりと叩きつけるように吐いた。
「悟飯はあんたよりあたしを取るよ。人を殺すことが大嫌いな子だから」
「・・・」
「あんた、あの子に人殺しが好きかって聞いたんだって?馬鹿じゃないの。頭がどうかしてるよ、ターレス」
セリパは俺を見る。
「聞くけど、・・・あんた、人殺しが好きなの?」
俺はふと、幼い頃を思い出した。
下級戦士として赤ん坊の頃に送り込まれた星を潰して、ようやくベジータ星に戻ってきてからのことだった。あの時、俺は送り込まれた星の生き物という生き物を殺しつくし、もはや自分が世界で最も強い生き物であるかのような錯覚に陥っていた。もちろん、ベジータ星についてから大人のサイヤ人に徹底的にプライドを圧し折られたが。それからしばらく、任務がくるまでずっと王宮直下の図書館に入り浸って本を読んでいた。サイヤ人は頭の悪い力を力で解決するしか脳のない奴らばかりであったから、弱い自分が違う方法で力を得る必要があると考えたからだった。その時神精樹についても知り、今に繋がっているからあの頃が無駄だったとは思わないが、少なくともあの時の俺は腐っていた。
俺より数歳年上だったセリパに遭遇したのは、その頃が初めてだった。いつものように図書館へ向かう途中、既にグループを組んで星へ行っていたセリパやバーダック達とすれ違った。俺は戦闘民族サイヤ人という割りに進んで星を潰しに行くことが無い上に、暇があれば本を読んでいたから、一部の奴らの中では名物のようになっていたきらいがあった。それと同時に、一度星に送り込まれると大人のサイヤ人の話も聞かずに住民を皆殺しにする癖がついていたから、それでも少し名前が通っていたと思う。
セリパはその時一人でいた。黙って壁に背中をつけて、幼い少女の体というには洗練された肉体を壁に凭れかけさせて目を瞑っていた。俺はその前を黙って通り過ぎようとした。女より本のことしか考えられないほど幼い頃だった。前を通り過ぎる瞬間、セリパは突然その足を俺の前に突き出した。もちろんその速さに反応できなかった俺は無様に転んだ。床に這い蹲る俺の背中を踏みつけて、セリパは無感動に俺を見下し、さっきの質問を吐いた。
「あんた、人殺しが好き?」
俺はその問いに答える余裕も無いほど悶え苦しんでいた。セリパは自覚があったかどうかは知らないが、セリパの足はあとで背中を痛めていたことが判明するほど俺の体を力強く踏みしめていた。呼吸ができずに床をがりがり引っかくことしかできなかった気がする。向かう星の手続きを済ませたバーダックが来たのでその時は床に放置され、結局質問に答えることはなかった。その後はセリパへの怒りと屈辱で質問の内容など覚えていることもなかった。だが、悟飯に言った質問には少なからずセリパの台詞が影響しているだろう。
数十年ぶりにその問いを口に出したセリパは、相変わらず感情の読み取れない表情を作っていた。よくこの女は俺をこんな顔で見る。
「・・・てめぇはどうなんだ?」
「あたしは別に、つまらないと思う。・・・ターレス、分かんないの?あたしたちは戦闘民族であって、殺人鬼じゃないんだ。戦いは好きだけどどうでもいい雑魚を殺して喜ぶような快楽殺人者じゃないんだよ」
「・・・なるほど」
「ただでさえあの子は半分地球人なんだ。その上自らの意思じゃないとはいえ、自分が父親を殺したと思い込んでる一人の親なしの子供だよ。そんな子供の純粋にお前を慕う思いを裏切ってまで、あんたは何がしたい?」
セリパはそこまで言うと、一息ついて宇宙船の中へ入っていってしまった。その背中を呆然と見送って、俺は考える。
何がしたい?何がしたいって・・・?さっきも考えていたが、それは悟飯の返答次第だろう。確実に、嫌われていることは確かなのだから。その後俺がどうするか。何をするか。それが問題だ。
まさか泣いて縋りはしないだろう。別に、これは強がっているわけでもないが、俺は悟飯に何かを期待しているわけじゃない。それだけは確かだ。じゃあどうしてその答えをわざわざ聞きに行くんだ。それが分からない。自分のやっていることが矛盾している。もしかしたら、悟飯が俺の所業を許して、元鞘に戻るのを願っているのかもしれない。つい数日前までのように、たまにやってくる悟飯の面倒を見ることだけで満足できるのかもしれない。しかし、それでいいのならば今すぐ悟飯を追わないべきだ。きっと聡い悟飯ならば、損得勘定によって結局また俺の宇宙船に来るようになるだろう。偉い学者になるという夢のためならば、嫌いな奴の相手ぐらい何時間でもやってやれるぐらいの根性があるのだ。
でも、実際に今俺は苦手な女に取り入ってまで悟飯を探そうとしている。その上、実際見つけた後どうするかも明確に決めていない。そこが自分でも理解できない。これを愛と称するのならあまりにもおぞましい。まるで自分の意思がもう一つ、勝手に動いているようだ。胸くそが悪くなる。
セリパが戻ってきた。呆然と立ち尽くす俺を大して驚いたふうもなく見て、つかつかと歩み寄ってきたと思ったら、グリーンのスカウターを突き出してきた。・・・・ん?
「・・・・・・・・スカウターあるじゃねぇか!」
「あたしがいつもつけてるのは悟飯に渡したよ」
あんた、サイヤ人の癖にスペア持ち歩いてなかったの?とセリパがいつも通りの人を馬鹿にするような笑みを浮かべた。相変わらずいい性格してやがる、この女。
「・・・どっちにしろ、気をあの子が抑えてたら見つけられないと思うけどね」
「ま、探せるだけやってみる」
セリパは俺を見て、笑っているのか困惑しているのか、中途半端な表情を浮かべた。
「あんた、悟飯に会いに行く前に鏡見た方がいいよ」
「なんだよ」
「親に見捨てられた子供みたいな顔してる」
「またそれか」
徒党を組んでたからって同じ台詞ばっかり言うんじゃねぇよ。っていうかそれどんな表情なんだ。
「親に捨てられるガキなんて珍しくねぇだろ、サイヤ人なら」
そういえば、セリパはあっさりと「それもそうだ」と呟き、さっさと宇宙船の中に戻って行ってしまった。もう出てこないことを示すように、黒い扉がゆっくり閉まる。あまりにも短い、簡単な別れだった。もう二度と会うこともないかもしれないっていうのに。
どうでもいいか。どうせ俺もあいつも一度は死んだようなもんだし。惰性のようにだらだらと生き続けているというだけ。俺は半分貰ったようなスカウターを耳に引っ掛けてその数値を見た。もしも悟飯に惹かれている要因がそれにも関係しているというなら、まだあの戦いの空気に触れたいから、っていうのもあるかもしれないと思った。好きとはほど遠い。愛しているとも違う気がする。ただ、離れるな、と。それだけを言ってみたいと思った。その言葉に、嘘はないはずだ。例え恋でなくたって。例えそれがどんな感情から起因するものだとしても。
2009/4・21