■世界の優しさを未だ知りえない
「なんだ、ペド野郎じゃねぇか」
「久しぶりに顔見せに来て早々何言いやがる」
扉を勝手に開けてリビングに入っていけば、予想通り椅子に座って新聞を読んでいたバーダックが居た。スカウターも付けずに、服も地球人のものになっている。口に銜えているのは地球にあった煙草という紙を巻いたものに乾燥させた草を詰めたもので、バーダックは地球に来てからというものこれを愛用していた。独特の匂いが付きまとうので明らかに戦闘するのには向かない。というのに、俺はもう隠遁した爺だからな、などとほざいて気ままに煙を燻らせているのをよく見る。確かにもはや俺達の手の届かないレベルの強さを持つ奴らがごろごろしているこの地球では、俺もバーダックも隠遁しても問題ないだろう。むしろ無理に戦闘に参加して、足手まといになるのがオチだ。
バーダックの座る向かいの椅子を引いて勝手に腰を下ろし、テーブルの上に置いてあった煙草の箱から一本拝借して銜え、気を利用して火を付けると、眉間に皺を寄せられた。
「何だよ」
「いや、よくんな器用な真似ができると思ってな。ジッポー要らずじゃねぇか」
見れば、バーダックのすぐ横に、銀色の金のかかっていそうなジッポーが立っている。それに目を留めたのに気づくと、バーダックは意味ありげに笑った。
「孫から貰った。この間、俺が地球に来た日記念だっつってな」
「・・・・・悟飯から?」
「目の色変わったぜ、ショタコン」
バーダックは、くっと笑みを噛み殺すように笑った。俺を馬鹿にするように細められた両目から、黒い、二つの目玉が俺の視線とかち合った。
俺は煙草の煙を肺に吸いこんで、ゆっくりと吐いた。苦い。不味いと思っても止められないっていうのはやっぱり煙草の中毒物質が影響しているんだろうか、と思った。それにしても、中毒。なんてありきたりな言葉だろう。脳裏に浮かぶのは先日短期間の中で二度も泣かせてしまった子供の姿だ。
初めて見たときから、少し目を離したうちにあっという間に成長した子供。弱い、しかしサイヤ人としての血が流れているが故に強く、親に似て馬鹿なほど頑固な子供だった。その癖に何かと聡い。自分でも自覚できるほど、自分はあの子供が気に入っていた。それは理解している。
それでも、こんなにも気に掛かるなんて異常だ。病気以外の何物でもない。いつから、あの子供が自分の宇宙船に来るのを楽しみに待つようになったんだろうか。くだらねぇ。女じゃあるまいし。かつては狙った星を完璧にぶっ壊してしまうことで名を馳せたこのターレス様が!
煙草の先に灰が溜まってきていることに気が付かないでいると、バーダックが灰皿を押しやってきた。そういえば、このバーダックとその息子のラディッツが住ませてもらっているこの家はカカロットの奴からの借り物だったか。まぁ、もっと詳しく言ってしまえばカカロットのじゃなくて、カカロットの嫁の親の金で買った家らしいが。
俺が黙って煙草の灰を灰皿に落として、短くなった煙草をもう一度銜え、また黙って窓から外を見ていると、バーダックがいつの間にか新聞をテーブルに置いて、呆れた顔で俺を見ていた。
「ターレス、おめぇ気持ち悪ぃ顔してるぜ」
「・・・どんな顔だよ」
「そうだな・・・例えば親に見捨てられたガキみてぇな面」
俺はたまらず顔を片手で覆った。頭の中で色んなものがぐるぐると迷走している。気持ち悪い。くだらねぇ!
「・・・なぁ、悟飯の奴から聞いたんだが、お前あんなガキを相手に回りくどい嫌がらせしてるらしいじゃねぇか。クラッシャーターレス軍団の頭も落ちたもんだな」
「しょうがねぇだろ。・・・あの面見てると泣かしたくなるんだ」
「・・・・・・・・・気持ち悪ぃな」
流石のバーダックもこれには口を閉じた。俺だって昔からの知り合いが知り合いのガキを泣かせて喜んでるなんてこと知ったら即座にそいつの頭に気孔弾ぶつけてるところだ。それをしないバーダックはやっぱり甘くなったのかもしれない。昔なら想像通り頭を鷲づかみにされてもおかしくは無いのだ。
しばらく二人で黙りこくっていると、その沈黙を破るように荒々しく玄関の扉が開かれる音がした。少しすると両手に紙袋を持ったラディッツが入ってくる。一度俺に目をやってきょとん、とした顔をすると、来てたのか、なんて間抜けな声を上げた。
「何だ、何かしたのか?」
「恋愛相談を受けてる」
「親父がぁ?」
バーダックの返答を聞いて、紙袋をテーブルに置くラディッツが変な声を上げると、即座にバーダックが灰皿をラディッツの顔面に向けて投擲した。見事に広い額に直撃する。一拍置いて、ごとん、と重い音を立てて灰皿が床に落ちる。いてぇ、と悲鳴を上げながら、それでも戦闘民族サイヤ人、少し額を赤くしただけで、ラディッツは灰皿を拾い上げてテーブルに戻した。何しやがる、なんてバーダックに掴みかからないところだとか、本当に丸くなってしまったものだ。これも一種の毒、か。
「恋愛相談って何だよ。ターレス、お前好きな奴居るのか?」
「・・・パス」
「俺は面倒くさくなったから、後はてめぇに任せた」
バーダックはそう言うと、再び新聞を広げて野球っていうゲームの記事についてもう一度目を通し始めた。この野郎。丸投げにも程がある。
基本的には暇を持て余している二人であったせいか、ラディッツは丁度いい暇つぶしを見つけたような顔で俺の話を聞く体勢に入っていた。俺はその目が嫌でたまらなかったが、溜息を吐いて、さっきまでの会話を掻い摘んで話した。かつての俺のイメージとどう変わるのだろう。その印象や偏見っていうのもある意味毒か、と思った。途中で口に銜えていた煙草がフィルターぎりぎりまで到達したので、灰皿に押し付けた。煙草一本分の毒素がどれほどあるのか知らないが、少しでもいいから悟飯への中毒を中和してくれたら、と心にも無いことを祈ってみた。
「お前、それってショタコン・・・」
「それはもう言われた」
愕然とした顔で呟くラディッツの顔面に、さっきラディッツが持ってきた紙袋の中に入っていたシーチキンの缶詰を掴んで投げつけると、今度は鼻に直撃した。いってぇ!と再びさっきと大して変わらないリアクションをとるラディッツを冷ややかに見ながら、俺は話し終えたのでもう一本煙草を吸おうとバーダックの煙草に手を伸ばした。指先が箱に触れる瞬間、ひょい、とバーダックの手がそれを奪う。
「いいじゃねぇか2本ぐらい」
「アホ。今煙草の値段いくらすると思ってんだ」
「働けよ」
「働いてる」
「はぁ?何で?」
「お前に言う筋合いはない」
バーダックはそういうと煙草の箱を自分のポケットにぐしゃりと突っ込んだ。俺はそれを恨みがましく見つめ、何か思案するラディッツへと視線を移した。ラディッツは缶の当たった鼻を手で押さえながら、うーん、と唸っていた。
「なんだ」
「好きな子ほど苛めたいって奴なのかと思って」
「どこの小学生だ」
バーダックはにやにや笑って言ったが、実際の所笑えなかった。くだらない、と一笑してやりたいが、あまりにも言葉通りだった。っていうか、そもそも、俺は悟飯が・・・好きなのか?気に入っているだけ、というのは容易かったが、こんなにも執着するのは。おいおいマジか。
沈黙してしまったのが仇となったのか、ついにバーダックも笑みを消した。え、お前、本気で・・・?と言いたげな視線が二人分、俺の顔に注がれる。耐えられず顔を両手で覆った。そして唸る。
「マジか・・・?」
「お、おま・・・」
「自覚してないとか馬鹿か!精神年齢いくつなんだよ!」
あっという間に詰られる。俺だって別に・・・くそ、意味分からん。
「わかんねぇよ・・・他人を好きになったのは多分・・・これが初めてだぜ?」
「・・・・そういえば・・・俺達って初恋もまだ・・・」
「お前ら・・・」
ラディッツが遠い目をしてかつてのベジータ星に思いを馳せるのを横目で見ながら、バーダックが可哀想なものを見る目で俺とラディッツを見た。子供が産まれるのだって人工で製造されるし、ベジータ星において男女の関係なんてほぼ無かったに等しかった。戦闘民族のせいか女はどんな奴だって気が強いし、知り合いから聞くそういう話は本格的に『食うか食われるか』のような関係だったし。
ふと、思い出すのは想像以上に細い、子供らしい子供の体形の悟飯。超サイヤ人2がなんだっていうんだ、って思うほど脆い。サイヤ人の意識として共通したものを持っているせいか、あの目が持っている感情を、俺は知っていた。
何かを害することしかできない目だった。ガキの頃、あんな目をよく見ていた。ただ、罪滅ぼしをしたい訳じゃない。ただ知らない振りをして、優しい声で父親みたいな顔で慰めるなんて真っ平ごめんだった。父親を通して見られるなんて冗談じゃない。俺は、悟飯に、ただ俺を、たった一人の生き物として見て欲しくて・・・。
・・・・・・・・。
・・・・・・・・馬鹿じゃないのか・・・。
俺は一体どこの恋焦がれる処女なんだよ馬鹿じゃねぇのか気持ち悪ぃ!!
ただ、
「悟飯が好き・・・なのか・・・!?」
「あっ」
「あ?」
ラディッツの出した変な声に顔を上げると、丁度リビングに入る入り口の所に子供が立っていた。無論、この人気のないパオズ山の、しかもこの家にチャイムも押さず入ってくる人間で子供といえば一人しかいない。しかも運の悪いことに、その逆立った金色の髪の毛と驚くほど透き通った色をしている碧の目には見覚えがあった。
「・・・・・・・あ」
「・・・・っ、あ」
超サイヤ人2の悟飯は引き攣った声を上げて、ぎくりと体を竦ませて、俺が立ち上がった瞬間、ぱっと身を翻して壁の向こうに姿を消した。そしてすぐに扉の開く音、そして閉まる音。
俺は中途半端に立ち上がり、右手を入り口の方に向けて固まることしかできなかった。もはや声も出ない。
「・・・今の悟飯の反応、ターレスが嫌いだから逃げたんだと思う?それとも今の恥ずかしい台詞を聞いて逃げたんだと思う?」
「ターレスが嫌いだからに1カートン」
「煙草賭けるのかよ!じゃあ俺は恥ずかしい台詞に・・・」
お前ら・・・。
馬鹿親子共の会話も振りきり、俺はすぐに悟飯の後を追った。嫌われていたからって何だ。どちらにせよ、さっきの台詞が聞こえてなかったなんてことはありえない。どうせ聞かれてしまったんだ。
「返事は聞かせてもらうぜ・・・!」
くだらない上にどうしようもなくったって仕方が無い。別に狙ってやったわけじゃないのだ。好きか、嫌いか。それぐらいの戦いに挑むのに怯えるぐらい、流石に腑抜けになったつもりはなかった。
2009/4・20