■少年は半身の思いを告げず
 
 あの時彼が、自分の中から出てきたことにはあまり、驚かなかった。超サイヤ人として分離したお父さんを前提に見ていたから。『孫悟空』のお父さんと、超サイヤ人として一応名前までつけられた『カカロット』のお父さんを見て、もちろん最初は戸惑った。お母さんだって困ってた。食費が増える、とかなんとか。
 でも、お父さん達の胃袋っていうのは悟空お父さんに直結してるらしくて、食べる量は今までとなんら変わりなかった。悟空お父さんがしっかり食べたら、カカロットお父さんはいつの間にかおなか一杯になっているし、カカロットお父さんがおなか一杯食べると、悟空お父さんは腹苦しい、って言ってご飯を食べなかった。
 僕は、お父さん達に、もしも僕が超サイヤ人になれたら、僕がもう一人できるのかな、と聞くと、多分できるんじゃねぇかな、って言っていたから、覚悟はしていたんだ。
 初めてもう一人の僕が産まれたのは、精神と時の部屋でのことだった。初めて超サイヤ人になれるようになって、くたくたになって眠って、次の日に起きたら隣に超サイヤ人の僕が眠っていた。どうやって産まれたんだろう、って最初は凄く驚いたけれど、カカロットお父さんもこんな感じに、ぽっと突然出てきたらしい。精神と時の部屋で、結局4人で過ごすことになった。
 だから、僕はまだ『僕』ができることを覚悟していたんだ。



 次に産まれた僕は、自分でも驚くぐらいの残虐性を孕んでいた。超サイヤ人の僕が、セルと戦っていたとき変貌した姿。僕は、苦しくて悲しくて、その姿を見ていられなかった。彼の考えていること、思いが僕の脳の中に次々と流れ込んできて、立っていることすら困難になった。悲痛な叫びが、僕が上げているのか、それとも彼が上げているのか分からない。僕は泣いていた。なんてことをしてしまったんだろう、と想った。彼が僕から分離して生きていくことなんて、きっとできないと思った。戦うことしかできない、憎しみだけを糧にする僕。こんなものになりたいわけじゃなかった。だって、僕は戦うのが嫌いだったはずだ。じゃあ、彼は?
 クリリンさんに介抱されながら、僕はその戦いを網膜に焼き付けた。あまりにも、酷い戦いだった。苦しくて悲しい。殺したいと殺したくない。全ての事象が憎らしかった。
 お父さんが消える瞬間、僕の脳は限界だった。神経が焼き切れそうなほどの悲しみ。自分への怒り。やるせなさ。嗚咽を上げて頭の奥に消えていくあの少年が、このまま自分の中で解けて消えてしまえばいいと想った。

 でも、彼はやっぱり、次の日になると同じベッドの上で眠っていた。あの時と変わらない、逆立った金髪の子供。彼は眼を覚まし、驚きで目を見開き、そしてすぐにぐずぐずと泣き始めた。あまりにも縋る対象を見つけることができない掌が僕の服を掴んで、もう一度僕の中に戻ろうとするように、頭を僕の胸に押し当ててきた。おとうさん、おとうさん、と彼は泣いた。しばらく、超サイヤ人の僕と僕とで、彼を挟んで抱きしめあって、三人でじっとしていた。どうしてこうなってしまうんだろうと想った。

 彼はそれから一日中眠った。ベッドの毛布の中に包まって、肩を掴んで揺すっても起きなかった。夜はもう一度三人で一緒になって眠った。次の日になって、もういっそ僕らがもう一度一人の人間に戻ればいいのにと祈った。結局、次の日になっても、その次の日になっても僕らは三人のままだった。





 「もう来ないかと思った」
 扉を開けて開口一番に、ターレスはうっすらと笑って言った。僕は真っ直ぐその目を見返す。ざわざわと響く木の葉同士が擦れあう音が、潮騒のように響いていた。宇宙船の入り口、丁度3日ほど前に、ターレスが超サイヤ人2になっている僕を殴って気絶させた場所。そこに立って、僕はターレスを見る。
 ターレスは先日と変わりの無い、普通の人が着るようなワイシャツに黒いスラックス姿だった。お父さんにそっくりな顔で皮肉気な笑みを刻んでいて、暗い、冷たい目で僕を見ている。
 「入るよ」
 「ああ。一人・・・みたいだな」
 ターレスは僕の背後を覗いて、気配を探った。僕以外の悟飯達は家に置いてきていた。あの日からまた前のように眠り続けるようになった超サイヤ人2は、もう一人に預けて、僕は一人で来た。いずれにせよ、ターレスは僕一人にだって敵わないし、僕が気を発すれば超サイヤ人の僕がすぐに駆けつけてくる。ターレスとはそれなりの仲になったと自負しているけれど、かつての敵をまるっきり信用するほど、流石にまだ平和ボケしていないのだ。
 「何を見にきたんだ?前の続きか?」
 「ううん」
 僕は首を振って、おそらくこの先の答えを予想しているターレスを睨んだ。
 「ターレスと話をしに」
 「だろうな。じゃあ、こっちだ」
 ターレスは先に左側の通路へと向かった。僕に無防備に背中を曝していることを選んでいる。こういうプライドの無いところを見ると、ベジータさんのあのプライドの高さってサイヤ人に共通するものじゃないんだな、と思った。
 促された部屋に入ると、無言でソファを指差された。座れってことなんだろう。ターレスは馴れた手つきですぐに二人分のコーヒーを用意して、僕が座ったソファのテーブルを介して向かいのソファに座った。ボトルに入ったミルクと砂糖、そしてコーヒーの入ったマグを押しやられて、僕はそれを受け取る。
 テーブルに置いたままにしていると、ターレスは一度苦笑した。
 「何も入ってねぇよ」
 「そんなの分かってるよ。入れる意味が無いし、入れて異変が起こったらすぐ他の僕が来るし。ただ、猫舌なんだ」
 「ふうん、まぁ、舌って鍛えられねぇしな」
 馬鹿みたいなことをのうのうと喋って、ターレスはそのまま沈黙した。僕が話を切り出すのを待っているらしい。強い奴を相手にするとき、こんなに殊勝になるなんて知らなかった。
 僕はとりあえずミルクを入れて、砂糖を二杯入れて、一緒に置いてあったスプーンでかき混ぜた。かちゃかちゃと金属の触れ合う音だけが室内に響いた。ターレスはいつの間にか目まで閉じていた。このまま放っといたら眠ってしまうかもしれない、とも思った。
 「無用心だね」
 僕は少し笑って言った。ターレスはようやく目を開けて、僕を見る。「何がだ?」と目が語っていた。
 「元は敵同士だったっていうのに、圧倒的に強い僕を目の前にして、目まで閉じて座ってるってところが」
 「だってお前は、俺を殺さないだろ?」
 ターレスは、くっ、と笑みを噛み締めて笑った。僕は、ターレスを見る。何も入れていないブラックのコーヒーを口に運んで、ターレスは一度それを嚥下した。再びそれをテーブルに置いて、かつてのように挑むような目で僕を見た。
 「敵だって何だって、殺したくないんだろ?お前は」
 「・・・・・そうだね」
 ターレスの言うことは的を得ていた。あの時、セルと戦っているときだって、相手を殺すことを躊躇っていた。躊躇っていたどころじゃない。殺したくなんかなかった。あのまま、セルが魔法にでもかかっていい奴になればいいのに、と考えていた。
 「あの子に何て言ったの」
 「あの子?」
 「超サイヤ人2になった、僕のこと」
 あの時、宇宙船から降りた僕たちが見たのは、ターレスに引きとめられて少しだけ会話をしていた彼。ターレスが、まるでお父さんのような表情を作って一言言った瞬間、彼が切れた。降ろされていた手があっという間に振り上げられて、狙っていたのはターレスの左側のこめかみから眼球、第二撃はそのまま手を返して、手刀でターレスの喉を狙うのが分かった。僕は反射的に名前を呼んだ。あの時のように溢れた感情が僕達まで届いていた。
 僕は、これ以上人を殺したくなかった。分かれてしまったとはいえ、『孫悟飯』が人殺しをするなんて許せなかった。お父さんから貰った力を、ピッコロさんが教えてくれた力を、お母さんが慈しんだ力を、人殺しに使うなんて耐えられなかった。
 僕らに止められた彼は、今にも泣きそうな顔をして僕らを見た。振り上げられた手が空中で震えている。爆発した気が、地面を震わせていた。流れ出てくる感情を、その絶望を、僕らは見た。目が、離せなかった。
 ターレスは素早く迅速に、呆然と立ち竦む彼の鳩尾に拳をめり込ませた。腐ってもサイヤ人、かつて僕らを苦しめた敵である。僕らが見守る先で、簡単に彼は倒れた。僕らはそのまま彼を抱えて家に帰った。お母さんに見つかったら心配されるだろうから、窓から一度家に帰って、その上でもう一度玄関から入った。あの子はまた眠くなっちゃったみたい、と言って、そのままベッドで寝かせた。それ以来、彼はずっと眠ったままだ。
 「酷いこと、言ったんでしょう。お父さんみたいな顔をして」
 「下級戦士は皆似たような顔なんだからしょうがねぇだろ」
 「そういうことを言ってるんじゃない。あんな・・・あんな、お父さんみたいな表情をして・・・」
 僕がその先の言葉を継ぐことができずに黙ってしまうと、ターレスはにやにやと口を歪めた。僕はむかっとして、ターレスを睨んだ。
 「ターレス、僕は怒ってるんだ。・・・・彼は傷ついているのに」
 「自分自身のことだろうに、仲がいいことで」
 「ターレス」
 ターレスは詰まらなさそうに目を細めて、僕を見た。感情の篭らない目で。少し、沈黙が続いた。ターレスはゆっくりと口を開いて、少し息を吐き、そして言った。
 「人殺しは楽しいか?」
 「・・・なに?」
 「人殺しは楽しいか?って聞いたんだ。あいつに」
 僕は反射的に、すぐ目の前にあったマグを掴んで、中身がが大量に残っていたけれど、気にせずそれをターレスに投げつけた。中に入っていたまだ熱いコーヒーがターレスにぶっかかる。床に落ちそうになったマグをぎりぎりで手で掴み、ターレスはそれでもソファに座ったまま僕を見た。
 「最低だ・・・お前がそんな奴だなんて、思ってなかった」
 僕がひねり出すように吐きすてると、ターレスはにやっと笑った。思いもしない玩具を見つけた子供のような、それでいて残虐性に富んだ表情を浮かべる。
 「そんな奴だと思ってなかった?おいおい、悟飯、俺のことを何だと思ってたんだ?聖人君子か?坊主か?僧侶か?馬鹿馬鹿しい。一度殺しあった仲だってぇのに、一度優しくしてコーヒーでも出して飲みあったらもう仲良しこよしのつもりなのか?予想通りあの腑抜けのガキだな、悟飯」
 ターレスは立ち上がり、マグをテーブルの上に置いた。ワイシャツにはコーヒーがかかって茶色く変色していて、熱湯が掛かったはずなのに、ターレスはまったく意に介した風はない。テーブルに両手をつけて身を乗り出した僕の顎に右手を添えて、僕と視線を合わせた。
 「超サイヤ人になるにつれて、純粋なサイヤ人に近づくもんなんだ。あれはな。だから聞いたまでだ。ただの興味本位だ」
 「興味本位だけで、そんな、」
 「興味以外に何がある?戦いから離れた俺に残されたものといえば娯楽を望むぐらいさ。のこのことやってきた面白い生き物に、ちょっとしたアンケートでも取ってみたかったんだよ」
 最低だ。僕は唸る。目の前の顔が、憎かった。奥歯を噛み締めると、口の中に血の味が広がった。信じていたものに裏切られたせいか、涙が溢れた。
 悟飯、と低い、ゆっくりとした声で名前を呼ばれた。未だ顎に添えられる手は離れない。僕はターレスを睨んだ。
 「離せ、ターレス」
 「自分で俺の手を剥がせばいいだろ?」
 「今、僕はお前を殺してしまうかもしれない」
 僕が言うと、その言葉を待っていましたとばかりにターレスが笑った。獲物を見つけた獣のような目をして、ターレスが僕に顔を近づける。

 「殺したければ殺せばいいだろ?可哀想な悟飯」

 僕は、その時、何を思っただろう。喉がからからに渇いて、ターレスを見ていられなくなった。手が固まって動けない。駄目だ。ターレスの狙いは。
 「殺したければ殺せばいいだろ?悟飯。それだから、お前の親父が死んじまうんだよ」
 「しっ―――――」
 死んでしまえ、と僕は言った。ターレスはうっすら微笑んで、「殺してやる、じゃねぇの?」と囁いた。
2009/4・19


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