■ブログ短文集


■43

 俺がそいつの肩に顎をすり寄せると、そいつは一度ぴくりと体を振るわせるけれど、何も言わないで俺の体重を受け止める。正面から抱きしめるようにすれば、あからさまに困ったような、というかむしろ嫌そうな顔をする。それでも何も言わない。俺に抱きしめられるがままに、抵抗もしなけりゃ反応もしめさない。ガタイのいい、それでも体の性質が違うせいか、少し自分よりも小さい気のする体を抱きしめる。その左側の肩に顎を乗せて、金色の長い髪を少し分けた首筋に頬をすり寄せる。我ながら犬のような動作だ。
 唇を押し付けても、そいつはまだ反応はない。舌を出して舐めると、ようやくそいつの両手が俺の二の腕を掴む。そして俺の左耳に、焦ったような声で一言、やめろと抗議する。
 もちろんその声を無視して、濡れた首筋に今度は歯を立てる。犬歯が発達しているせいで吸血鬼さながらに、犬歯がそいつの肉を切り裂く。いってぇ!と今度はなりふり構ってられない、切迫した声が上がる。ばちばちっとそいつの体から威嚇するような電撃が迸るが、俺にとっては静電気にも値しない。無視して溢れた血をべろべろ舐めてると、やめろ、ともう一度そいつは俺に懇願する。
 それがいつもの行為。
 俺は再びそいつの首の後ろ側にできた肉が抉られた二つの小さな痕を見た。あっという間に塞がってきている。異常な治癒力。俺達の生物としての優越。
 いっそこのまま肉を噛み千切って、ここ近くに大きな傷を付けたら、流石に痕がずっと残るんじゃないだろうか。もちろん噛み千切った肉は美味しく頂くつもりだ。人間の肉が美味いかどうかは知らないが、不味くて食えないもんじゃないだろう。
 「・・・・・どうした?」
 普段なら首に噛み付いて泣きの入った懇願を聞けば、俺はこいつから離れた。睨むこいつに有無を言わせず引っ張って、胸の上に抱きかかえて眠った。それがいつまで経っても来ないから、どうやら不審がってるみたいだ。俺と寝たいのだろうか。いつの間にか、そいつの両手は俺の二の腕から離れていた。
 「何か・・・したのか」
 「うん・・・?」
 俺がべたべたしようとすると、一刻も早く居なくなってほしいって顔するのに、こんなときだけそんな心配そうな声を上げるのはずるい。
 「これって恋だと思うか?」
 一言、俺が聞いてみれば、そいつは少し黙った。黙って、いつの間にか離れたそいつの両手が俺の背中に回って、子供をあやす様に軽く二回叩かれる。
 「そんなわけないだろ」
 チチへの愛や悟空やカカロットへと向けられる同属意識とも違うこれを、一体なんていうんだ。その穏やかな暖かさにうとうとしながら、俺は思った。
 お前に触れたくて仕方が無い俺の思いはどこに行って、そしてどうなってしまうんだ?
 俺の考えていることが分かるくせに、そいつは何も言わない。沈黙を保ったまま、静かに俺の背中に触れる。その温度から離れるのが億劫で、しがみ付くようにそいつの胴着を握り締めた。いつまで経ってもガキみたいだな俺達は、とそいつが言った。どうせなら戦いの空気の中で眠りにつきたい。それには同意権だとそいつは言った。生温い暖かさが俺達の体を覆っていたが、そいつの首筋からは微かに血の匂いがして、俺はたまらず再び唇を押し付けた。まだ、そいつは何も言わずに俺を静かに享受した。戦いの夢を見ているのだ。俺はその恐ろしいほどの楽園を祈って目を瞑る。こいつと同じ夢を見れたらいい、と思った。


■人造人間ズ

 あの緑の奴、また来ないかな。と17号がぼやいたのを拾って、あたしは少し驚いた。
 「変なの。あんなのが好きなの?」
 「だって、腕とか生えるじゃないか」
 千切れてばら撒かれた人間の肉塊をぷちぷち踏み潰しながら、ダンスを踊るように17号は綺麗にステップを踏む。くるりと回って、滑らかにターン。ぷち、ぷちり。
 「何回八つ裂きにしたら戻るかな。俺は10回ぐらいが限度だと思うんだけど」
 「一発で殺せないのかな?」 
 「ミンチにしたらどうだろう」
 くすくすと笑って17号がようやく止まった。地面の上に潰れた肉の欠片が、小さく血の水溜りを作っている。血をたらふく吸った蚊を潰した様子に似ていた。
 「あいつの両腕と両足を引きちぎったら、再生できないように何かで包んで、肉屋のひき肉とか作る機械に突っ込むんだ!それでもまた戻ったら、楽しいだろうなぁ」
 「やだ、気持ち悪い。それにそんな機械探すのが面倒くさいよ。バラバラにしてから、今みたいに踏み潰せばいいじゃん」
 「そうか。それもそうだな」
 じゃりじゃりと何かを両足で地面にこすり付けていたと思ったら、17号は何か白い塊を血溜まりの中から蹴り出した。小さいその骨の欠片は、こつこつと音を立てて二度撥ねて、瓦礫の山にぶつかって止まった。
 「でも、人間がミンチになるとき、足から突っ込んだ場合どこまで入ったら死んじまうんだろうな」
 「しらない。今度誰かで試してみたら?」
 「うーん、ひき肉といったらハンバーグだよなぁ」
 食べたいの?とあたしがいうと、不味そうだから嫌だ、と17号が笑う。私はその無邪気な顔を嘲笑って、好き嫌いは駄目よとお姐さんらしく叱ってみた。





■カカ空

 吐く息だけが、生暖かかった。冷たい外気に触れて、吐息は白く色づいて、すぐに天井に上っていく。背中を壁に押し付けて、頭を少し上へ向ければ、後頭部がごり、と壁に擦れた。
 暗い室内にはさっき自分が出てきたばかりのベッドが、毛布を捲り上げた状態で放置されている。服を仕舞う箪笥と、ベッドしかない簡素で質素な部屋。クリリンが遊びに来たとき、彼は困った顔をして、一言、「牢獄みてぇだな」と笑った。本ぐらい読めよ、と言われたが、難しいことは苦手だ、と俺は断った。クリリンは笑ったのか困ったのか変な顔をして、「やっぱりお前、悟空だなぁ」と言った。
 俺の記憶の中のクリリンは、あんなふうに笑ったりはしなかった。フリーザに殺されたあの瞬間が、頭にこびりついて離れない。俺を呼ぶ声。助けを求める声。爆散する肉片。膨れ上がった腹部。悲鳴。俺の大事な親友。
 何度も何度も、繰り返されるあの一場面。
 何年経っても、何十年経っても、決して忘れはしないだろう。なんていったって、あの瞬間、自分は産まれたのだから。ぐつぐつと煮えたぎる憎しみと悲しみと怒りが、頭を真っ白にした。降りかかる肉の欠片や、血が地面にばらばらと落ちるのを見送って、親友の肉片の雨の中、俺はゆっくりと目を開けた。
 悟空の意識から直線状に、突然切り替わる視界。列車が走っていて、突然レールを切り替えられた瞬間のような気分。ただ、目の前の化物を殺せることが嬉しかった。それができることを、理解した。
 その後はあっという間だった。ナメック星から脱出して、見たことも無い星に着陸して、へとへとになってその場で眠ったら、朝起きたら俺は悟空の中から弾きだされていた。とりあえず意味が分からなかったので悟空とひとしきり騒いでから、「まぁいいか」と落ち着いた。
 その日はそこにある星の中で食べられるものを探して、寝床を確保するだけで限界だった。その日の夜は、驚くほど静かだった。見つけた洞窟の奥で蹲り、見張りの交代の時間が来るまで暗闇の中に目を凝らして待った。
 今の状態に似ている。
 息を潜めて、見えない何かに怯えて時間を過ごした。隣にある悟空の体温だけが、頼りだ。どうしてこんなに怖いのかと思えば、多分、悟空の中から出てきたばかりだったからだろう、と今なら思える。生まれたばかりの赤ん坊のようなものだったのだ。周りを羊水に満たされて、安穏とした命の中に包まれて眠っていた自分は、あの時何もなかった。寒くて寂しく、辛くて悲しかった。目の前で死んだクリリンのことが、頭の中で反芻された。
 「悟空」
 息を潜めて名前を呼べば、静かな夜に静かに解けた。頭の真上で空けた窓から聞こえてくる葉の擦れる音だけが聞こえる。そして、それに続いて、命の危険にでも晒されているかのような、ぎこちない自分の呼吸音。
 「悟空」
 名前を呼べばどうだ、というわけではない。ただ寒かった。きい、と窓の金具が軋んで、俺の前に伸びる四角い窓から入る月の光りに、何かが影を生んだ。
 「呼んだか、カカロット」
 ばっ、と身を翻せば、窓の枠に手を掛けて身を乗り出している悟空が居た。人懐っこい笑みを浮かべて、いつの間にか手を伸ばしていた俺の手をがしっ、と力強く掴んだ。
 「手、すげぇつめてぇぞ?こんな寒いのに窓開けっ放しで、そんな薄着でいるからだぞ、おめぇ」
 「な、んで、おま、」
 「おめぇ、オラのこと呼んでたろ。何回も」
 俺が驚いているのも露知らず、悟空は軽く部屋に入ると、勝手にぱたりと窓を閉じた。外から聞こえる音が全て遮断されて、今度こそ完璧な無音が作られる。
 「うるさくて寝れねぇよ」
 く、と困ったような笑みを零して、悟空は笑った。俺は堪えきれず、その背中に手を回して、悟空を力いっぱい抱きしめる。冷えた自分の体温が憎らしい。ずっと同じでいられたはずなのに。
 「お前のなかに、戻りたくなった」
 「寂しがりやだなぁおめぇ」
 「ああ・・・寂しい」
 からからと笑う悟空の声に、心からの声を吐いて、俺はその肩に縋った。
 「お前がいないと、駄目だ」
 思い出すのはあの時、息を殺して敵を待ち受けていた冷たい暗闇の中。緊張によって冷たくなった俺を、すぐ隣に寄り添っていた悟空の体温だけが救っていた。






■43


「やめろ」と引き攣った声が静謐に包まれた室内に響いた。後ろから抱きつくようにして首に顔をすり寄せれば、少しだけ見えた男の顔が今にも泣きそうに歪む。
俺はこの男が俺に絶対に逆らえないことを知っている。
俺達はなんと言っても、強い者に惹かれ、同時に服従する性質があるのだ。
「俺を否定するな」
汗でじとりと濡れる手に手を絡めて、優しく囁く。あまりにも優しい『俺様』は、俺の言葉に顔を顰めて、そして体から力を抜いた。
「そういうこと、言うな」
俺はお前だ、と男は言った。あまりに無様な呪いだと思った。

(それで、俺の想いはどこに行く?)



■タレ飯

ぼきっ、という音は肉と空気を挟んで悟飯の耳に届いたので、本当のところは、ぼりっ、と何かがもげるような音になった。ターレスのごつごつと節くれだった大きな手の中に握り締められている柔らかい毛並みをした小さなリスは、ターレスがその手を広げると、ぼとりと地面に落ちる。
その落ちる軌道を眼で追って、悟飯はそれが地面に追突するのを見た。首の捻じ曲がったリスは黒く小さな瞳を空中に向けて、そしてじっと動かない。悟飯はゆっくりと、視線を上に上げた。ターレスは立ったまま動かない。静かに悟飯の眼を見返すと、驚くほど柔らかく笑った。
「悪いな、殺しちまった」
その笑い方は父親のものであった、と悟飯は覚えている。己の頭を優しく撫でる時に浮かべる、一番好きな笑った顔だった。
その顔で、その顔で何をした?悟飯は自分の体がすでにターレスの真上に飛んでいることにようやく気づいた。脳が反応するよりも早く、握り締めた拳がターレスの脳髄に向けて叩き落とされる。ごりっ、と骨と骨が直接ぶつかり合うような音が、暗く茂った森のなかに響いた。
ターレスの体が勢いよく地面に倒れた。一度、反動で撥ねる。その肩を足で踏みつけて固定し、悟飯は再び拳をターレスの頭部に向けて振り下ろす。数度、人体が発するとは思えない音が鈍く空気を振るわせる。悟飯は頭からだくだくと血を垂れ流すターレスを見て、ようやく手を止めた。既に拳は赤く爛れている。額から瞼にかけて真っ赤に血で濡らしたターレスは、それでも少し口端を吊り上げた。
「殺さねぇのか?」
「なん、なんで、なんで」
く、とターレスは喉奥で笑った。悟飯がびくりと肩を震わせて、視線を少し背後へそらした。先ほどから欠片も動かないリスの死体の眼球が、丁度悟飯を見つめている。
「俺を、殺さねぇのか?そこの動物が殺されて怒ってるんだろ?は、はは、なるほど、優しい悟飯ぼっちゃんは一度仲良くなった俺を殺せない訳だ」
ターレスは手を伸ばし、手の甲から血を流す悟飯のまだ幼さの抜けない手を掴み、優しく引っ張った。普段ならばびくともしない子供は、あまりにもあっけなく身を屈ませた。ターレスは己の血が付着した悟飯の手に舌を這わせ、呆然と自分を見やる子供の眼球を、一度嘲笑った。
「俺と動物天秤にかけて、俺を選んだな、お前は」
ちがう、と悟飯はあっという間に泣き出してしまいそうな表情を作った。見開かれた漆黒の眼球がみるみるうちに潤む。ちがわねぇよ、とターレスは笑った。
「とんだ偽善者さまだ。なぁ?お優しい悟飯」
2009/9・30


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