■響くように砕けた誰かのやっつ
胸の上に乗っかったままだった熱がふと離れていくのに気づいて、ターレスは目を開けた。天窓から零れる微かな光だけで、室内は深い藍色に染まっている。その中で煌々と超サイヤ人の眼球だけが冷ややかに己を見下ろしているように見えて、ターレスは言葉を発するのを忘れてセカンドを見上げたまましばらく動かなかった。
セカンドはそんなターレスからすぐに視線を逸らし、ターレスの上から退いて自力で立ち上がる。大分回復したらしく、体のあちこちを触れて異常が無いか点検しているようだった。
「帰るのか」
「まぁ」
首を傾けて時計を確認すれば、既に夜中の11時だった。セカンドの頭を撫でている間に寝てしまったらしい。ターレスはセカンドに倣って起き上がり、入り口まで送ろう、と言った。
突然灯りをつけると目が痛むので、ターレスは手動で部屋の明かりを落とした。物の殆ど置いていない船であったから、暗闇の中進むのにさほど不便はなかった。扉を開けて、円環状になっている廊下を歩く。二人に会話はなかったが、ターレスはセカンドが家に帰ったら説教されるのだろうな、とぼんやり考えていた。セカンドもおそらく、それを考えているに違いない。
自動扉からスロープが降りるのを待ちながら、ターレスはセカンドの横顔を見て、「家まで送ってやろうか」と言ってみた。カカロットから受けた傷も全快したわけではないし、それよりもセカンドは自分の敬愛する父からの説教が怖いはずなのだ。別にターレスは自分がセカンドの支えになれるなど考えてはいなかったのだけれど、なんとなく、そう精一杯の助け舟を出すような真似をしてしまった。
「…なんだ、優しいんだ。そういやターレスって部下に結構慕われてたよね。ふぅん」
「うるせぇな。行くのか、いかねぇのか、どっちだ」
「いいよ。いらない」
セカンドはそうきっぱりと切り捨てる。ターレスはその返答を予想していたというのに、何となくそれが寂しいと思った。それでも表情一つ変えないターレスを、セカンドはじろじろと観察するように見つめた。
「なんだ」
「人間くさくなってきたね」
「…劣化してきたとでも言いてぇのか?」
「滅ぼされた種族が繁栄してる種族の方が劣化してるとか言っても、ただの憎まれ口としか思えないよ」
ふ、とセカンドは笑って、何の意味も無く何の気概も無く、さらりとターレスの唇に自分の唇を押し付けた。性交にあたって行なう行為でもなんでもなく、子供同士がお遊びで行なうような口付けで、それも一瞬で離れた。
「それじゃあ、またね」
「ああ、また」
セカンドはそうあっさりと別れの言葉を吐き捨てると、さっさとスロープを下って行ってしまった。その背を見ながら、ターレスは一度鼻を鳴らして、己の唇に残った感触を食らうように己の唇を噛んだ。それでも不思議とあんなにも怖ろしく儚い感触が、かつて戦闘で受けた痛みのようにいつまでも消えないことに、一人首を傾げたのだった。
梟の鳴き声が洞窟の奥まで響いてきていた。囀る虫の声も、きっと外に出れば大合唱のように聞こえるに違いない。カカロットは自分の意識がふと浮かんできたことに気づいた次の瞬間にはがばりと身を起こし、獣のように辺りを見回した。肌寒いと思えるほど冷えた空気がしんと暗闇の中に積もっている。ひゅう、ひゅう、と喉が引き攣ったような音を立てていた。
それでも自分の体が見えない紐にでも括りつけられているかのように、動こうとした途中でびたりと止まった。フォースから受けた攻撃の後遺症だろうか、と思ったら、冷え切った体とは真逆にやたらと温かい右手に気づく。くるりと振り返れば、壁に背を預けて座り込んでいる悟空と手を繋いだままだった。睡魔から覚醒したのか、悟空は冷ややかに片目だけ開けて、静かにカカロットを見ていた。
「あ、・・・・・・・・あ?」
その視線にびくりと震えてから、今更、何故自分はこのような場所にいるのだろう、と考えた。フォースとの死闘を終えてから、自分は悟空に連れられて家に帰った。悟空は気を利かせて、チチに会わせないでくれた。家に居たファーストだけが突然ズタボロになってやってきた俺達を見て目を白黒させていたが、一応の応急処置の道具を用意して、黙って部屋に通してくれた。
そう、その時俺は夢うつつだった。風景は見れているのに情景が頭に入ってこない。悟空に担がれ部屋まで連れて行かれてから、俺は応急処置をしてくれてる悟空のぎこちない手を掴んで、どこか遠くに行こう、とそう頼んだ気がする。
「・・・悟空、ここ」
「パオズ山の中の洞窟だ。気は消してるし、サードとフォースとのパスも切ってる。誰も来れねぇから安心しろ」
「あ・・・・」
「ほら、座れよ」
悟空はぐいっと俺の腕を引っ張って、もう一度自分の隣に座らせた。俺はさっきまでぐうすか寝てた時と同じポーズを取る嵌めになる。不器用に巻かれた包帯がずるりと下がってきたので、適当に引っ張って直す。
「おめぇの記憶を夢で見た」
悟空はあっさりとそうバラした。俺がそれはどんな夢だったのか、どのような記憶だったのか聞くよりも先に、悟空は遮って、「クリリンとベジータと話してた」とそう言った。と言われても、クリリンとベジータとの会話なんて何度もしているし、悟空に言わないでいることもいっぱいある。俺が、そうか、と言えば、悟空は俺をきっと睨みつけてきた。
「オラは怒ってんだぞ、カカロット」
「・・・・・・・・・・・・」
静かにそう言われれば、カカロットは沈黙を保つしかない。何か言えば次の瞬間には非難するような視線で穿たれるに決まっている。反省したふうにちょっと視線をずらせば、悟空ははぁ、と小さく溜息を吐いて、「なんでこんなことをするんだ」と聞いた。
何故って。決まってるだろ。お前のためだ。
カカロットは心の中だけでそう言う。しかし今は心の中が分からないようにパスが切断されている。悟空は空中をしばらく睨みつけながら、オラはさ、と口を開く。
「オラも含めて、おめぇも、サードもフォースも、もうサイヤ人っていう種族の中から解放されたもんだと思ったんだ。そりゃあ戦闘民族だから喧嘩が好きってのはどうにもなおんねぇけどよ。でもオラたちは人を殺さないし、力ずくだけで解決することは認めねぇだろ。ベジータだってそうだ。滅ぶ運命なんて元からねぇんだよ。血だとか人種とかじゃなくて、滅んだのはそいつらの行動のせいなんだろ。オラたちは違う」
「お前は違う」
悟空の言葉に乗って、カカロットは微かに頷いた。そして不思議そうに見てくる悟空に向き直り、でも、と言葉を繋いだ。
「でも、俺は違わねぇよ。変わりねぇんだ。俺も、滅んだサイヤ人も」
「思い込みだろ」
「違う」
悟空の言葉を一蹴し、カカロットは口調を強くして自分自身を否定する。
「俺はサイヤ人だ。超サイヤ人。略奪して生きて、殺して生きて、自分以外の全てを否定することでしか生きる方法が分からない。そういう本能がある。その誇りがある」
「そんなん誇りじゃねぇだろ」
「いいや、誇りだ。サイヤ人にとっては安穏と平和に生きることこそ罪悪なんだ。それぐらいは分かるだろ。地球育ちでもよ。俺達にとっちゃ、奪うことが正しく、殺すことが最良で、侵すことが正常だ。でも今俺達が生きる世界では奪うことが悪で、殺すことが害で、侵すことが罪だ。じゃあ俺はどうやって生きればいいんだ? 何が正しくて何が悪いのかわかんねぇのに、どうやって生きればいいんだ? 親友が一度殺された憎しみで頭がどうにかなっちまいそうな俺が、これから何をどうやっていけばいいんだ」
脳裏にこびり付いた光景を何度も思い返しながら、カカロットは吐き捨てるように呟いた。「奪われるのはもう嫌だ」 それは誰でも思うことだし、サイヤ人でなくとも思うことだ。それでもカカロットは子供が駄々を捏ねるような純粋さでそう喘いだ。
「それでも奪ったら俺は淘汰される。ずっとこのままで居たいのに、このままでいたら苦しい。それに、お前はサイヤ人のような生き物が嫌いだ。だからお前に会えない」
「おめえの言いたいことは分かった。じゃあおめぇがオラから記憶をとったのにはどんな理由があるんだ」
「お前には誰も恨んでほしくなかっただけだ」
「勝手なことばっか」
「怒ったか」
「怒ってるって言っただろ」
しばらく会話が途絶えた。突然やってきた静寂に、遠くからコロコロと虫の啼く声が被さってきた。普段なら眠っているような時間帯なのに、何故か目が冴えている。暗闇の中を獣のように静かに見つめて、肩口に触れる相手の温度だけを頼りに息を殺した。
「おめぇが好きなんだ」
まるで子供のような率直な言葉を呟いて、カカロットは一度言葉を切る。悟空は黙ったまま座り込んでいる。
「おめぇのことが、一番好きだ」
「オラは」
「俺にはお前しかいないけど、お前には沢山いるだろ」
だから、別にいいんだ。カカロットはそう言って、悟空の首に頭をすりつけて、甘えるように言った。
「一番じゃなくてもいい。ただ、傍にいるのを、認めてくれ」
懇願するような言葉はゆっくりと冷たい空気に蕩けて、悟空がゆっくり頷いたと同時に、全ての荷が降りたとでもいうように、安心した溜息が言葉を追った。その日、カカロットはクリリンが死んだ夢を見なかった。
2010/6・6