■再生を口に押し込み微笑んだいつつ
荒れ果てた野だから荒野と言うのだが、もはやそれは自然災害でも起こったのかと見紛うほど荒れ果てた大地が、延々と続いている。動物はもう逃げたのだろう、生き物の気配が目の前にいる連中以外にまったく感じられない。
乾いた空気の中に突如と現れ、目の前の惨状に目を顰めるより先に、すぐ目の前に背を見せて立つ男を見つけた。
その男も、フォースとサードがその場に現れたとほぼ同時に振り向いた。悟空、と一度名前を呼びそうになって、すぐに止まる。
「ターレス」
白い外套を身に纏い、浅黒い肌にニヒルな笑みを浮かべた自分達そっくりな顔をした男は、ぽかんとした顔で己を見てくる二人の怪物級の男を見返す。よう、と挨拶代わりの声を上げるその声は、いつもと変わらず自信で満たされていた。
「なん・・・でお前がここにいるんだ?」
「いちゃ悪いのか」
「いや、そういう意味じゃ、ねぇけどよ」
思わずうろたえるサードを見て、ターレスはにやつく口元を隠そうとしない。歴然とした力の差があるというのに、ターレスはどのような相手を目の前にしてもけして強気な態度を崩そうとしない。間抜けというべきか、命知らずというべきか。サードが驚いているうちに、フォースはターレスの背後にいる3人へと、すでに視線を向けている。
「あ、そうだ! 悟空は・・・っ」
ようやく、サードが身をのり出した。耳に届いていたはずの爆音がいつの間にか止んでいる。ターレスの肩に手をやって、無意識のうちに横へ押しやると、丁度一つの影が墜落するところだった。
数分前に、何やってんだおめぇら、と悲痛な声をあげて割り込んできた悟空に、攻撃をしたのはカカロットだった。
悟空が瞬間移動でセカンドとカカロットの闘う中に入ってきた時、悟空はカカロットに対して背を向けていた。悟空はセカンドの癇癪が原因だと思っていたので、止めるのならばセカンドだと、そう思っていた。それが間違いだった。
カカロットの放った一発目がいとも簡単に悟空の背を甚振る。続いて第二撃目の光弾も、悟空の後頭部を直撃した。ダイヤモンドダストのように小さな光の粒が悟空の頬を掠めて、血が微かに散った。それに、またカカロットは興奮した。追撃のように悟空の傾ぐ背に手を伸ばす。頭の中は、もはや、悟空のことでいっぱいだった。
逆に、冷静になったのはセカンドだった。頭に昇っていた血が、さっと下がった。目の前が瞬時にクリアになった。悟空の頬から滴った血が、ぽたりとセカンドの頬に散った。その、揺らいだ悟空が自分に倒れこんでくるのを、スローモーションの映像でも見るかのように見ていた。その、悟空の背後で、喜悦に顔を歪めたカカロットが手を伸ばしているのが見えた。セカンドは、攻撃するためだけに握っていた拳を開いて、ほぼ反射的に、その行動しか取る事しかできないとでもいうような異常な速度で、今度はカカロットと悟空の間に割り込んだ。
あれ、僕、何やってるんだ?
そう考えたのも、行動が終わってからだった。遠くで傍観していたターレスも思わず顔を引き攣らせてしまいそうなほど、無防備で無様な格好で、ガードの体勢も取らず、両腕を大きく開き、悟空の前に立ちはだかった悟飯の腹部、胸部、顔面に、カカロットの渾身の一撃が叩き込まれた。煙がはれるより先に、金色の髪の青年は地面へとまっ逆さま墜落した。
奇しくも、彼が父親を守った姿は、彼が幼き日に師に守られた姿によく似ていた。
「―――――――-あははははははっ!」
追うように落ちそうになる悟空を片手で捕らえ、カカロットは笑った。良い気分だった。何者も俺を止められやしない。愛しい生き物は運の良いことに手の中だ。これ以上何を望もうか?
墜落する息子にも目もくれず、本能のまま動くことを知ったサイヤ人は覚醒していた。かつての血と本能のままに動いていた日々に。かつての栄光の日々に。
「――――悟飯っ!」
落ちる息子に反応したのはサードだった。ここまで取り乱す姿を見れたのは少し楽しかったが、それが少し面白くない。フォースは飛んでいきそうなサードの手を反射的に掴みそうになったが、驚くことに、それよりも早くターレスがサードの腕を掴んだ。
「いい。俺が行く」
「え?いや、」
「お前らはそれより先にあっちじゃないのか」
ターレスはそう言って哄笑するカカロットを指差し、さっさとセカンドの落ちていった方へ向かってしまう。呆然とそっちを見ているサードに、「まぁ、あいつらにはあいつらの事情があるだろ」とにやつきながらフォースは言った。どさくさに紛れて腕をとって、引き摺るようにカカロットの元へ向かう。
流石に、自分自身のことは放置しておけなかったらしい。カカロットは悟空を抱えたまま、ゆっくりと近寄ってきたフォースとサードを見た。見た、というより睨んだ、と言った方が正しいだろう。獣のように爛々と光る眼球が、冷たく、鈍く、二人の男を値踏みする。
「なんの・・・用だよ」
「そいつを離して、俺の説教を聞け」
「猿から言われることなんざねぇよ」
「ああ?」
「お前らも・・・俺からこいつを奪うのか」
カカロットはそう呟くと、意識を失っている悟空の頬にそっと顔を寄せた。母親に甘える子供のような行為だったが、それにまったく微笑ましいことなどない。自分自身を見ているようで気分が悪いのか、フォースがゆっくりと、低い声をあげた。
「調子に乗ってんじゃねぇ。殺すぞ」
「殺してみろよ。猿野郎」
売り言葉に買い言葉で、フォースの気がどんどんと膨らんでいく。目の前に立つだけで恐怖で足も竦みそうだと言うのに、感覚が麻痺しているのか、カカロットはうっすらと笑っているだけだ。サードは呆れたように溜息を吐いて、気づかれないうちに瞬間移動を行なう。目の前の強大な敵に目を奪われていたカカロットの背後に移動し、反応するよりも早く、悟空を奪って地上へ逃げる。両腕の中から消え去った存在に目を見張り、すぐに悟空を探そうと身を翻そうとするカカロットだが、それはフォースが許さない。
みしっ、と全身の骨が悲鳴を上げるほどの威圧感を発しながら、宇宙最強と言わしめる男は、ゆっくりと笑った。
「良い度胸だ。滅茶苦茶手ぇ抜いて可愛がってやるよ。癇癪持ちの糞ガキが」
地面に横に寝かせて、頬をぺたぺたと叩くと、一度眉間に皺を寄せながら、悟空はあっさりと目を開けた。脳を直接揺すられたせいか、顔が蒼く、視線もゆらゆらとしていて、サードを見る目も危うい。
「よお」
「・・・よっす」
それでもなんとか返事はできるらしく、小さく呻きながら、カカは、と聞いた。
「フォースからの説教の最中だ」
「説教ってか、体罰だろ」
へへ、と小さく笑って、それでも悟空は体に鞭打ち、ゆっくりと身を起こそうとする。
「カカが大人しくなるまで待ってたらどうだ?」
「駄目だ」
カカんとこ、いてやんなきゃ、だめだ。
小さく零れた言葉を、ふぅん、と頷きながら聞いて、サードは悟空が立ち上がるまでしばらく待った。空中から聞こえてくる爆音は、しばらく止む気配が無い。
「っあ゛あ゛あ゛あ゛ぁああああああっ!」
悲鳴なのか、咆哮なのか。歓喜の雄叫びなのか、苦痛の絶叫なのか。
どっちともとれないのはカカロットが笑っているからだった。渾身の一撃も、奇策の一撃も、フォースの体に微かも傷をつけられない。ただ一方的に、カカロットの体に重い一撃が叩き込まれていく。
骨は折れているのか、肉は千切れているのか、楽しいのか、嬉しいのか、上なのか、下なのか。
分かる必要も無い。ただ気分は高揚していた。死ぬことさえも楽しそうだった。
まさに圧倒的な力の差を見せ付けながら、まったくフォースの攻撃は止まない。本当に、カカロットを殺してしまいかねない程だ。
これ以上やったら――――本当に死んでしまうかもしれない。
それでもフォースは攻撃を止めない。塵になるまで叩き潰す。それすらも構わないとでも言う風に。
「カカロット。これは言うとサードに怒られそうだから、お前との秘密だが――――実は俺はお前をこのまま殺しても良いと考えているんだぜ」
そっと、フォースは囁く。爆音の中、恐らく声は聞こえないだろう。しかし、彼らの脳味噌は、意識は、魂は、根っこの部分で繋がっている。フォースの攻撃は止まない。カカロットの攻撃も、同じく止まない。そんななか、落ち着いた、別世界のような低い声が、小さく零れる。
「お前は正気に戻ったら、悟空を傷つけた自分が許せなくて、死にたくなるだろ?だからよぉ――――そんなお前を見て悲しむ悟空を、俺は見たくない。だから――――いっそここでてめぇを殺しちまうのも――――それはそれで、得策だとおもわねぇか?」
「っが、ぁああぁっああああああああああ!」
頷きもせず否定もせず、絶え間なく攻撃は続く。甚振られるカカロットの体がくるくると回る。血を撒き散らしながら、それでもまだ、獣のように血に飢えて巡る。
「サードには、ナイショだぜ?」
そっと口に笑みを乗せて、フォースの拳がカカロットの胸部を殴打した。ぼきん、とあまりにもあっさりとした骨の砕ける音が、一度響いたが、爆音に消されて、二人の他誰にも聴こえやしなかった。
「・・・・なんでターレスがここにいるかな」
「いちゃ悪いか?」
「―――――ああ、そうか。僕のミスか。分かった。悪くないよ」
むき出しになった岩の上に倒れたまま、ぜぇぜぇと荒い息を吐きながら、セカンドは小さく笑った。セカンドは、カカロットと闘う前に気が察知できる知り合いに、この荒野に来ないでくれと連絡をとっていた。しかしターレスには連絡をしていなかったのだ。勿論、ターレスにこの場に来て欲しかったわけではない。たとえ来たとしても何もできないことは明らかだが、ターレスには人の気を探る力が無い。スカウターが頼りなのだ。しかし、ターレスが地球に住むようになってから、常にスカウターをつけることがなくなって、用事が無い限りターレスがスカウターをつけることはなくなった。それ故に、セカンドはターレスに連絡をとることをすっかり忘れていたのだった。
よりにもよって、他人を庇って大怪我を追うところなどをターレスに見られたことは屈辱だが、今更なんやかんやと言えるわけがない。ぼんやりと空中で戦いを繰り広げるフォースとカカロットを見ていたセカンドだが、ああ、しまった、と小さく呻いた。
「お説教、かなぁ」
「何がだ?いい子ちゃんのお前も今回のは何か悪いことなのか」
「うーん、計画だと、最終的には大団円のつもりだったんだけど。フォースお父さんとサードお父さんに知れちゃったのがまずかったなぁ。やだなあ、僕、サードお父さんに嫌われるの、心臓が持たないんだけど」
「珍しいな。そういう弱音」
「そうでもないよ。僕は結構、弱い奴なんだ。好きな人に嫌われたくない」
セカンドは、ぼんやりと空中を見ていたが、ふと目を閉じ、次にターレスに顔を向けて、目を開けた。
「ねぇ、ターレス、僕を連れて逃げてよ。体、動かないんだ」
「・・・ふぅん。そうだなぁ」
ターレスはにやにやと口元を歪め、その場にしゃがみこむ。セカンドの顔を真上から覗き込むようにして、低く呟く。
「今の台詞は、悪くねぇな」
「こういうのが好きなんだ?悪役っぽいね」
「忘れてねぇか?俺はクラッシャーターレス軍団のボスだぜ?ヒールに決まってんだろ」
いつの間にか息の掛かりそうな距離に顔を寄せて、セカンドははっ、と小さく笑った。なんとか動く左腕をターレスの肩から後頭部に絡めて、体を寄せる。
「じゃあボス、お願いだから、一緒に逃げて」
「いいぜ。俺は部下に優しい男だからな」
ターレスは外套にくるむようにセカンドを抱きかかえると、誰にも気づかれぬうちにそっとその場を後にした。その背をふと見つけたサードが、思わず呼び止めようとしたが、丁度脳の片隅で、カカロットが絶叫を上げたせいで、声を上げる機会を失ってしまった。
2009/10・12