■柔らかな子猫の傍に消えたよっつ
地平線の向こうに太陽が沈む瞬間が好きだ。空は黒というより、深い藍色をしている。太陽の赤と混ざって、口では簡単に説明できないような、驚くほど不思議な紫色になるのだ。現れ始めた星がちかちかと瞬きはじめていて、昔、チチが一度だけねだった宝石を思い出す。宝石やら、綺麗なものにあまり興味のないフリをしているチチが、今までずっと一緒に過ごしていて初めて、あの色に見惚れていた。欲しいのかと聞けば、いらねぇ、と彼女は首を振って、自分もそれほど深く追求しなかったけれど、よく考えてみれば、彼女が自分に物をねだったのは、今に思えばあれだけだった。ねだったといっても、口に出して「欲しい」と言ったわけではなかったが。
そして更に言えば、その時一緒にいたのは、『自分』ではなくて悟空の方だった。悟飯も生まれていないころの話だ。俺はそのことをたまに思い出す。ふと、修行が長引いて、その夕暮れを見るときだけだ。
何故欲しいといわないのか。何故強請らなかったのか。それがどうにも分からなかった。
確かに自分が家に金を入れたことなんて、片手で数えるぐらいしかなかったはずだ。家計が切迫しているのだって知っていたから、チチがそんなにあの宝石が欲しいと強請っても、金を出すのはどうせ自分ではなくチチになるはずだ。だが、我侭を言わない彼女の背を思い出し、そしてそれを言及しなかった悟空を思い出す。
「はい。ええ・・・ちょっと遅く帰って・・大体9時ぐらいには帰れます。いや、別に悪いことなんか何もしません。平気ですから。カカロットお父さんもいますから。え?代わるって、・・・いや、だから、ちょっと修行だよ。・・・うん、久しぶりにさ、動きたくなって。・・・いやだから悪いことはしないからさ」
むき出しになった岩壁の突端に座り込んで、足元で電話をするセカンドを伺えば、どうやら悟飯に捕まったらしい。しばらく同じ会話を繰り返している。でも俺達って同じ生命体だったんだから、電話使わなくてもテレパスみたいなのできるんだけどな。電話する意味あんのか?まぁ最初はビーデルに連絡してたみてえだったけど。
「うん。あ、ご飯は多めに作っといて。多分お腹ぺこぺこで帰って来るからさ。うん。いやだから悪いことはしないって・・・僕ってそんなに信用ない?・・・そこは嘘でもあるよって言ってよ・・・。とにかく、大丈夫だよ。・・・あーっと、それとさ、今からちょっと本気で闘うから、滅茶苦茶気を感じても来なくていいよ。っていうか来て欲しくないんだ。え?いや、クリリンさんとか、ピッコロさんとか、ベジータさんにはもう言っといた。何か感じても気にしないでくださいって。地球?壊さないって。平気だって。じゃあね。サードお父さんによろしく」
ようやく電話を切って、セカンドは携帯電話を懐に仕舞った。ふと気がつけば、太陽は既に沈んでいる。地平線の紫色が、すぐに藍色に飲み込まれて、消えた。
「いいですよ。やりましょう」
場所は、昼間に修行した荒野だ。昼間に抉った穴が、あちこちにあいたまま。動物もどこかへ消えていて、まさに生きているものは俺とセカンドのみ、ってわけだ。月のない空を見上げれば、数えるのも嫌になるぐらいの星があちこちで瞬いていた。藍色の雲に隠れては現れてを繰り返している。
「カカロットお父さん」
「おう」
突端からするりと落ちて、両足を曲げながら着地すると、セカンドが少し笑って俺を見た。何だ、と目で問えば、いいえ、と首を振られる。
「今のお父さんを見ていると、昔の自分を思い出すなぁ、って」
「昔のって、なんだ」
「セルと闘ってたときの僕ですよ。あの時が初めて自我を持った瞬間だったんですが・・・あの時の僕はあの場で一番強かったのに・・・・」
そこでぷつりと言葉を区切り、セカンドは首を振った。
「いえ、これは別に言う必要がありませんね」
「・・・・・・」
「さて、闘いましょう。僕らにはそれしか、解決方法がないんです」
「・・・なぁ」
俺が口を開くと、セカンドは一度笑い、そして突然俺の上にずしりと何か重々しいものをぶつけてきた。
本当に突然だった。前振りも、まったく何の素振りもない。一度蒼い、自分と同じような色をした目が光を湛えたかと思うと、ぎしっ、と地面が軋む音がする。
「ぐだぐだ言わずにさっさとやりましょう。今更奇麗ごとを言うだけで全て済ますわけにはいかないんです。僕は自分では流石に言いませんが、聖人君子ってわけじゃぁない。悟空お父さんがカカロットお父さんなんかに傷つけられるのだって見たくないし、悟空お父さんに何かして、悔やむカカロットお父さんだってみたくない。それを見て悲しむサードお父さんだって、フォースお父さんだって」
「ぐっう・・・・、ハッ、お前はいつでも自己中心的だよな」
息を吸うのさえ苦しい。修行を怠って弱くなったと言っていたが、その代わり、確実に気のコントロールは上手くなっている。セカンドは思わず地に両手をつけて跪く俺を嘲笑う。
「そう、それがサイヤ人。それが貴方の息子、孫悟飯の超サイヤ人2の姿ですよ」
みしっ、と音を立てて両手が地面に埋まりそうになる。地面といっても岩石だ。その岩を無理やり砕いて、同じように自分も気を発散させる。蒼い閃光が弾け、ばりばりと空気を引き裂くような音が同時に全身を取り巻く。不敵な笑みを浮かべたセカンドが、一度「それでいい」と笑った。ふわりと宙に浮くと、滑らかな動きで背後の崖の端に着地する。恍惚とした笑みは、恐らく自分も浮かべているのだろう、と思った。頬の筋肉が引き攣る。臓腑の奥から、何かくすぐったいものが溢れ出ていた。
楽しい、楽しい楽しい!
目の前の生き物の四肢を切断するところ、その不敵な笑みを屈辱で塗れさせる瞬間、地を這う虫のように惨めな姿が見たい!
ぎしりぎしりと、どこか遠いところで嫌な音が響いている。
「はは、あはは、あはははははははは!」
「へへっ・・・はははははは!」
哄笑が零れた。セカンドは笑っている。俺は? 俺は笑っているのか?
「アホだ」
一度舌打ちしたフォースの言葉に、悟空は顔を蒼くした。遠くにある自分が、自分の良く分からない、おそろしいものになっている。それだけは分かった。自分の体がやけに冷え切っている。指の先の感覚がなかった。じんと痺れていて、喉がからからに渇く。
「フォー・・・」
「セカンドの野郎、謀ったな」
ちっ、と忌々しげに舌打ちをする。壁を隔てた居間では、悟飯とファーストがパンと遊んでいる声が聞こえる。時々混ざって、ビーデルの笑い声も聞こえてきた。悟飯達が、ここまで響いてくるセカンドとカカロットの膨大な気の欠片に気づいている様子はない。否、気がついてはいるだろう。だが、あえて無視している。
電話で戦いの気を無視しろという言葉を真に受けているのだろう。殺気が漏れ出しているのに気づいても、彼らはそれを無視する。セカンドとカカロットなら心配ないと思っているのだ。だが、彼らは腐ってもサイヤ人だ。半分人間だろうがサイヤ人なのだ。彼らはそこに気づかない。
「死にはしねぇだろうが・・・尋常じゃねぇ。カカロットも超2の状態になってるしな」
「なんであんなに・・・」
「セカンド・・・どういうつもりだ?本気でストレス発散のつもりか?それとも・・・ただ戦いたいだけか?」
「止めねぇと」
思わず立ち上がる悟空を、フォースは黙って見た。突然射竦められ、悟空はもう一度座った。フォースは無言のまま一度窓の外を見て、そうだな、止めねぇと、と低く唸った。
先ほど意識を奪ったサードはベッドで横になっている。フォースはその姿を見て、少し思案し、言った。
「悟空、先行ってろ」
「え」
「後で追いかける。カカロットはお前の役割だって言ったろ」
「え・・・あ、ああ、わかった」
悟空は慌てて額に右手の指を押し付け、すぐさま姿を消した。カカロットの居場所は探すまでもない。悟空の消えた部屋のソファに座り込んでいたフォースはゆっくり起き上がると、ベッドに寝たままのサードを揺り動かした。
「起きろ。・・・・ああ、そうか」
最も面倒を見ていたセカンドの気がこれほどまでも伝わってきているのにまったく起き上がらないサードの様子に首を傾げかけたが、フォースはふとあることに気づき、片手を自らの頭に当て、数秒止まった。次の瞬間、がばりとサードが起き上がり、フォースてめぇっ!と声を荒げた。
「突然あんなことしやがって何のつも・・・・・?」
フォースの肩に掴みかかる寸前で、すぐに遠くから感じる殺気と莫大な気に気づいたのか、眉間に皺を寄せてサードは小さく、セカンド?と呟く。
「馬鹿二人が喧嘩してるから止めに行くぞ」
「・・・何やってんだ一体・・・」
起きて早々意味の分からないことばかりで頭が痛むのか、額を片手で覆い、サードは唸る。もしかしたら無理に意識を奪ったせいもあるかもしれない、とフォースは思った。
「悟空を先に行かせた。少し離れた所に瞬間移動して様子を見よう。恐らくカカロットが悟空に襲い掛かるかもしれねぇが――――そこは自分でやっちまったんだから、セカンドが面倒みるだろう。だがもしも――――」
ベッドから降りるサードの肩を支えながら、フォースは低い声で言った。サードも手をどけ、その真っ直ぐ見てくる金色の光を宿したフォースの目を見返す。そこにあったのは何の感情も入り込まない、静かな眼球だったが、けして嘘をつくような色ではなかった。
「カカロットの奴が悟空を殺したら、俺達があの世でカカロットを殺す」
「わかった」
まったく時間をかけることなく、サードは頷いた。その答えを黙って聞いて、何の気負いもなくフォースは続けて言った。
「そんで俺達も死のう」
「わかった」
あっさりと頷かれ、思わずフォースも面食らう。しかしサードはいつもどおりの平然とした顔で、黙ってフォースを見ていた。あの世で死ぬということは、いつもの死ぬとは違うことは百も承知だった。輪廻転生の輪にも入らず、魂が消え去る。超サイヤ人3であった記憶は消えて、孫悟空は一人に戻る。それぐらいは分かっているはずなのだが、サードはいたって平然としていた。フォースが黙ってみていると、サードは一度肩を竦めて笑った。
「生まれた時から死んでたしな」
「あぁ、そうか」
フォースはサードが何を思って消えることをなんとも思わないのか、理解できなかった。それでもサードが本当に、冗談などではなく、本当に消えてしまってもいいと思っているのは分かった。
ああ、そうか、サードって、『この世から自分が居なくなった方がいいと思っていたときの悟空』だからか―――――。
思わず、その頬に口付けた。勿論、こんな時におめぇは何やってんだ?!と心の底から驚かれたが、その言葉を無視して、サードの手を掴み取る。そしてそのまま、瞬間移動をした。視界が歪み、あっという間に気の発散される広い荒野へと移動する。あちこちにある地面のクレーターを目で追って、―――――その光景を見た。
2009/6・6