■光る小さな世界が求めたみっつ



 どこにも行かないで欲しいとでも泣きつけばよかったんだろうか?
 それとも、手足でもへし折ってどこか秘密の場所にでも閉じ込めておけばいいのだろうか?
 貧相な脳味噌では、そういうことを考えては俺はやっぱり馬鹿じゃねぇのか、んなことできるわけねぇだろほんと頭悪いとぐしゃぐしゃと潰すことを延々と繰り返す。壊れたテープレコーダーみたいに、同じことを何度も繰り返して自分を詰る。馬鹿、馬鹿野郎。頭を抱えてテーブルに突っ伏すと、セカンドが俺の前と自分の前にお茶を置いて、黙って向かいに座った。修行の後じっとしていたせいで、まだ土埃塗れの俺と比べて、セカンドの奴はさっさとシャワーを浴びてきたらしい、やけにこざっぱりとしていた。逆立った髪が癖毛を残して下に落ちている。
 「考えてても無駄ですよ」
 セカンドは少し笑っている。
 「もう、いっそ一度大暴れしてみたらどうです?」
 唐突に出された提案に、俺は思わず目を大きく見開いた。俺がぽかん、としているのに対して、セカンドは昔よく見た口だけを歪める姑息そうな笑みを浮かべていた。悪いことを考えてる顔だった。
 「へぇ?・・・俺が暴れて、止められんのかよ悟空に」
 「何言ってんですか。誰が悟空お父さんに止めさせるって言いました?サードのお父さんだっているし、フォースのお父さんだっているじゃないですか。カカロットお父さんが癇癪起こして何しようが1分もかからず止められますよ」
 「・・・そうだな」
 今更俺が暴れようがあの馬鹿に強い奴らがいるしな・・・。悟飯だって、界王神さまに潜在能力を引き出されてからすげぇことになってるし。
 がっくりと肩を落とした俺を見ながら、セカンドは一度お茶を飲んで、さっきまでの嫌な笑みを消して、なんとも困った顔をした。セカンドは性格悪いくせになんでか俺達に甘い。しかもその寸前まで苛めてきたくせに、ぱっと裏を返したように優しくなるのだ。自分の息子だけれどよく分からない。
 「悟空お父さんにとめてほしいんですか」
 「・・・ん・・・?・・・あー、うん、そうだな」
 最終的に頼るのはいつもあいつだ。サードとかフォースじゃ嫌だ。あいつじゃないと嫌だ。何でか、そういう我侭な気持ちだけが残ってる。全ての矢印の方向が、最終的に悟空に向かってしまう。
 「駄目なんかな」
 「別に、いいと思いますよ」
 セカンドは笑う。やっぱりにやにやしていた。どこか嬉しそうに見えるから、何故かこっちも口が緩んでくる。
 「な、んだよ」
 「あはは」
 セカンドはついに声を出して笑った。
 「カカロットお父さんは、悟空お父さんが大好きなんですね」
 「っ――――、なんだよ、悪いかよ」
 いいえ。セカンドは首を振って、すごくいいと思いますよ、と笑って、湯のみに入ってるお茶を全て飲んだ。セカンドは何故か寂しそうな顔を一瞬だけ、した。それを俺は見逃さなかった。セカンドはそれを振り払うようにすぐに笑みを取り繕うと、「好きな人が好きな人を大好きだと、嬉しいです」と言った。
 「・・・でもよ、今、俺さ」
 「悟空お父さんを殺したいんでしたっけ?」
 さらりと言われた言葉に、思わず息が詰まった。セカンドはまだ笑ったままだ。
 「誰かに奪われる前に奪おうとするのは子供ですよ」
 「――――おかしいことぐれぇ、分かってるんだよ」
 「僕は我慢してるんですよ、カカロットお父さん」
 人を殺すことを。大事な人を守ることを。好きな人を奪うことを。
 セカンドはそう言うけれど、俺のそういうのは、そういう言葉だけで片付けられるもんじゃないんだよ。俺が歯を食いしばれば、セカンドは眼を細めて俺を見る。
 「お父さん、本能なんてのは理性で止められるもんじゃないと思いますよ」
 「おめぇはどうやってんだよ・・・」
 「『僕は孫悟飯なので闘うことが大嫌いです。人が傷つくのが憎いです。暴力の一切が世界から消えればいい』」
 つらつらつら、とセカンドの口から零れる言葉はそこで止まって、セカンドはぱっと手を上げた。
 「この心情を裏切ったら僕はもはや孫悟飯ではない。と、自分を脅迫しています」
 「・・・ふーん」
 思いのほか地道な作業だ。セカンドは皮肉気に笑って、手を組んだ。
 「結構効くんですよ。これを裏切ったら、自分自身の存在を消し去ることになりますからね」
 「へえ」
 「まぁ、これは僕じゃないと無理だと思います。僕は半分人間なので、脅迫に弱いんです。サイヤ人って、そういうの気にしないタイプでしょう?」
 ごもっとも。俺よりサイヤ人を理解しているんだな、セカンドって。俺が納得すると、おかしそうにセカンドは笑った。
 「だから、いい機会なんじゃないですか?今みたいに本能むき出しになってるのを利用して、自分がどういう人間かってことを考えてみる、とか。何か良い解決法でも見つかるかもしれませんよ」
 「突然暴れ出したら?」
 「その時は全力で止めてみせますよ。猿は一人で十分です」
 「それ、フォースのことか?」
 「まさか」
 セカンドは肩を竦めて言う。明らかに口が笑っていた。ここでフォースに告げ口してみても、どうせ誰のことというわけではありませんとかなんとか言って、はぐらかしてしまうに決まってる。そんでフォースの八つ当たりが俺に来るんだ。
 「学習したんですね」
 「そりゃな」
 自分の息子の癖に頭がいいってのは何でなのやら。俺が一人お茶を啜ると、お代わり要りますか、とセカンドが言った。全部飲み干して無言で押しやる。不貞腐れた顔でもしていたのだろう、セカンドが俺の顔を見て、くすくすと声を出して笑った。







 ぶぇっくしっ、と大きなくしゃみが上がった。びくりとして起き上がれば、すぐ隣に座っているフォースがぼんやりと宙を睨んでいる。
 「・・・なんだ?風邪か?」
 「さぁ・・・いや、カカの奴が俺の噂をしてたみてぇだな・・・?・・・内容まではわかんねぇが」
 本当に噂されるとくしゃみって出るもんなのか、それとも運悪くカカの奴の噂と重なっただけか。ぼんやりとしていたのは共有記憶を勝手に漁っていたかららしい。身を起こそうとすると、力ずくでまた横にさせられる。目だけで時計を確認すると、いつもより早い。まだ寝ろ、とでも言うように、フォースが頭を撫でてきた。丸っきり猫になった気分だ。
 「そもそもおめぇ上半身裸なんだから何か着ればいいんじゃねぇか・・・」
 「ん?なんだ、心配してくれてんのか」
 言うやいなや身をかがめたフォースが肩に顔を擦り付けてくる。あー、うん、いや、と唸っている間にも、耳やこめかみに唇をすりつけられた。動物だ・・・。大型犬。または熊。
 ちゅ、ちゅ、と啄ばむ音が耳から脳にかけてびりびりと痺れるように響いてくる。ぼーっと天井を見上げていると、また睡魔がやってきた。促されるがままに眼を閉じる。夕暮れのせいか太陽の光りが既に橙色になっていた。眩しくて窓に背を向け、フォースの居る方に擦り寄ると、機嫌を良くして首の後ろを撫でてくる。くすぐったいが声を出すのも億劫だ。しかし、もう一度意識が混濁していく寸前、こんこん、と木製のドアをノックする音がした。
 「あ?」
 「う・・・?ちょっ・・・と待て」
 ぼやぼやする頭を振り起こし、少しフォースから離れようとする。おそらく扉の向こうに居るのは悟飯だ。ファーストかセカンドかは分からない。どちらにせよ、さっきみたいなのは見られたくはなかったので、とりあえずベッドに移動しようと思う。
 「おい、どこ行くんだ」
 「うぶっ」
 立ち上がろうとした瞬間、フォースが俺の左腕と右肩を掴んで引き寄せてきた。その上ご丁寧に足元を赤い尾で払われる。勿論無様にすっ転んだ俺はフォースの体に体当たりをした。寝ぼけていたとはいえこんな攻撃に反応できなかったなんて不覚・・・!真正面から抱きしめられて、しっかりと抱きすくめられた。フォースの肩で顔面を打ったせいで鼻が痛い。おい何なんだよ放してくれよと思った瞬間、非情にも扉が開かれて、おそらく大学の講習会帰りのファーストが焦った顔をして入ってきた。
 「どうかしたん・・・ああ、はい」
 「ああはいじゃねぇよ!!何だその「またか」みたいな顔・・・!」
 おそらく、先ほど転んだ時のどたんばたんという音に反応して、反射的に扉を開けたのだろう、心配そうな顔はすぐにやれやれという顔に変わった。転ばせた原因のフォースはといえば、予想以上に抱き心地がよかったのか、また肩に顔をすり寄せてきていた。ああ、そうだな、数時間日に当たってたからな、暖かいだろうよ・・・。
 ファーストは俺の杞憂もなんのその、薄暗くなり始めている部屋に気づいて電気をつけると、扉を閉めて悠々と部屋に入ってきた。フォースを引き剥がそうと奮闘する俺を見ながら、ファーストは絨毯に腰を下ろした。
 「ちょっと聞きたいことがあって」
 肝が据わってるよな・・・こういう場面に当たっても顔色変えないの・・・。昔「そういうところはお父さんに似ました」とさらりと答えたセカンドを思い出しながら、俺はなんだ?と聞いた。フォースとの格闘は最終的に座る俺の腰にフォースの腕が絡まっている所で妥協した。今度はフォースが寝転がっている。太腿の上にフォースが頭を乗せていた。
 「カカロットお父さんが今変だって、知ってます?」
 「ああ、・・・原因が分かったのか?」
 「え、いや、原因は微妙ですけど・・・とりあえずどう変なのかっていうのは分かりました」
 セカンドが言ってたんですけど、とファーストはそう前振りをする。セカンドからの告げ口か・・・表面上は優しい癖に、結構乱雑なことするよなあいつ・・・。
 「人が殺したくなるんだろ?」
 「・・・まぁそうなんですけど」
 予想外なことに、答えはフォースから聞こえた。
 「分かってんじゃねぇか・・・」
 「悟空が居るときに言ったら、傷つくだろ」
 自分の半身みてぇなのが、人を殺したくて仕方がなくなってるなんて知ったら。フォースの言うことはもっともだった。殺人とか殺戮とか、命を奪う行為というのを嫌う悟空は、サイヤ人のそういう本能については否定的だ。闘うことは好きなんだが。難しいところだと思う。
 「それで、今そういう破壊衝動みたいなのが、悟空お父さんに向かってるらしくて」
 「ふーん」
 「へぇ」
 悟空も大変だな。俺達が相槌を打つと、ファーストがあからさまに肩を落としてぽかん、とした表情を作った。
 「・・・なんというか・・・冷静ですね・・・」
 「え?」
 「まぁどうせカカに悟空を殺すなんてことできねぇだろ」
 フォースが欠伸をしながら言った。むき出しになった犬歯が覗く。獣だな、ほんと。
 「そうだな。カカロットには大切なものが、悟空以外にも沢山あるから」
 それを捨てない限りは、できないだろうな。今度は反対にフォースの頭を撫でて見ると、フォースがぱっと俺の手を取った。何をするのかと見ていると、それは俺から見えない、フォースの髪に隠れた死角へと持っていかれる。少し顔を傾けると、フォースの顔が見えなくなった。・・・・・・?なん・・・・・っげ。
 「おまっ」
 手を思い切り引っ張ると、予想より楽に手を固定していたフォースの手が離れた。にやにやと笑う口元が黒髪の隙間から見えた。手舐めやがった・・・。この野郎・・・!
 「どうかしました?」 
 「なんでもない」
 ファーストが小首を傾げるのを首を振って促す。駄目だこの馬鹿猿・・・どんな状況か分かれ!!
 俺が心の中で精一杯フォースを罵れば、それを感知したフォースが下から俺を睨みつけている。後で覚えてろよとでも言いたげだ。それを無視してファーストを見ると、ファーストは青い目を俺に真っ直ぐ向けて、サードお父さんはどうなんですか、と聞いた。
 「何がだ?」
 「サイヤ人の破壊衝動とか、無いんですか?」
 「まぁ、あるけどよ」
 だが、俺の場合はそういうのもある反面、肉体がそれに追いつけずに冬眠みたいになるから。暴れようとしても力が出し切れなくて体の中で爆発するというか。説明が面倒だったので言葉に詰まる。
 ファーストの向けてくる知的好奇心で満たされた眼を見返して、俺は肩を竦めた。
 「でも、サイヤ人ってさ、もともとそういうもんだし」
 「『そういうもん』で片付けられるんですか?闘うためだけに生まれたような生き物を、悲しいとか思わないんですか」
 さらりと言われた言葉に苦笑して、俺は言う。
 「闘うことだけが必要とされるものになりたいって思ったわけじゃないけど、元々がそういうものだったから、俺達はそう生まれたんだよ」
 だから悲しいとかそういうんじゃない。俺達が行き着く先は。俺がそういうと、ファーストは分かったんだか分かってないんだか、よく分からない顔をした。フォースが寝転がったまま、おめぇはそれでいいんだよ、と言った。
 ふと、いつか自分が言った気がしたけれど、きっとそれは違う自分のセリフだろうな、と思う。おめぇはそれでいいんだ。そう言ったのは、誰だったか―――――。・・・・・・・・・・・・。・・・・・・・・・・・・・・・?
 ふっと視界が暗く覆われた。あ、やべぇ――――・・・眠くて堪らない。ああ、そうか、昼寝の途中だったっけ。
 ぐらりと上体が揺れた。手が慌てて絨毯につくが、かくりと力が抜けて、体が支えられない。・・・・・・あれ、違うだろこれ。あ?・・・睡魔じゃない。
 これ、おま、外側から、フォースが意識を奪って。無理に寝せようと―――。
 するりと起き上がったフォースが、倒れそうになる俺の体を体を支えた。その手を手を一瞬視界に納めて、俺は眼を瞑る。
 「ほら、まだ早かったろ」
 呆れた声がぷつりと途切れる。五感が途切れていく。とろとろと落ちていく聴覚が、申し訳なさそうなファーストの声をとらえて、そしてそれを遮るふぉーすの――――・・・。違う。ファースト、別に睡眠が足りなかったわけじゃ、くそ、ばか。俺が、なにしたって―――。いらねぇ、ちえ、はたらかせて――――――。
 ・・・・・・・・・。




 ついに眠ったサードを絨毯の上に転がして、ファーストを部屋から追いやる。自分のせいで倒れさせてしまったと思ったようだが、そこは一応反省しておく。サードの意識を無理やり奪って寝させたのは俺だったからだ。さすがのこいつも眠すぎるからって倒れたりはしねぇだろう。
 「元々がそういう、ね」
 瞼を閉じて寝こけるサードの頬をぺちぺちと叩き、俺は嘆息する。そういう嫌なことは話して欲しくない。こいつの口からは特に。
 「達観してるような口しやがって・・・」
 そういう馬鹿みたいなことはカカロット辺りに言わせて、そういうのを呆れた面して見るのが性にあってるんだよ、俺達には。
 破壊衝動?いつもあるに決まってんだろ。大猿の化身だぜ、俺は。
 眠るサードのこめかみに唇を押し付け、俺は吐き捨てた。
 「――――殺したいってレベルじゃねぇんだけど」
 吐いた言葉は想像以上に重苦しい。身を焦がすような苦しみを覚えたことがあるだろうか?すり寄せた熱だけが冷えた室内に微かに残った。
 日はついに暮れて、夜が迫っている。
2009/6・6


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