■泣いてる夜空のしたに並んだふたつ



 昔から考えてたんだけど。ぽつりと一言呟いて、悟飯はそこで一度言葉を切った。普段かけている眼鏡はテーブルの上にたたまれて置いてある。熱いコーヒーに砂糖とミルクを入れて、それを一口飲んだ。
 「英雄っていうのはどこに行くんだろうね」
 あまりにも突飛な言葉に、ターレスは同じように言葉を失くす。しばらく沈黙していると、台詞の意味を捕らえられなかったターレスを置いて、悟飯が言葉を繋げた。
 「絵本とか、ゲームとか、ファンタジーで世界を救う英雄っていうのは、世界を救った後どうするんだろう?平穏に暮らすのかな?」
 「そりゃ、無理だろうな」
 ターレスはようやく言葉を吐く。何も入れていないコーヒーを胃に流し込むと、脳がようやく起きだした気がした。酸味が強かった。
 「世界を救ったとはいえ、今まで世界を脅威に陥れてきた化物を殺した生き物を、自分と同じ人間だと世界が認識するか?それは否だ。ありえない」
 「じゃあ、物語の終わった後は、どうなるんだろう?」
 「さぁな。知ったこっちゃねぇ」
 ふん、とターレスはそれを一蹴する。各地に存在する物語でもよくある話だ。化物から人々を守った存在が、今度は化物扱いされて排斥されるというオチが。人間の身勝手な行為を示唆する話だが、それを物語の中だけで終わらせられるような人間関係ではない。
 「それをお前の父親か、セカンドの奴に重ねてるんなら、排他される心配はねぇと思うがな」
 「・・・サタンさんがいるから?」
 「そうだな」
 ターレスは心の中で己の同輩を笑った。
 「そのことに関しちゃ、カカロットの奴はよくやったよ」
 セルを倒したのも、魔人ブウを倒したのも、今やミスターサタンのお陰だと信じきられている。ただでさえあんな化物染みた力を、大勢の人間の目の前で見せた悟空が、本当に様々な化物達を倒したと知られれば、軍を出してでも殺しにくるかもしれない。どうせ勝つに決まっているが、生きることは面倒になってくるだろう。命を賭して戦ったというのに、化物扱いされるなんてあんまりだ。
 だが、世界を救ったのは『格闘世界チャンピオン』ミスターサタンだ。慣れ親しんだ『強い人』が反旗を翻すなど到底思えないだろう。それにミスターサタンはどれほど強かろうとただの人だ。銃で撃たれれば死ぬし、爆弾に当たっても死ぬ。だが、『サイヤ人』は人ではない。異星人で化物だ。そんな生き物が世界を救ったとしても、時が過ぎればそんな化物が『セル』のような悪鬼に変貌するか分かったものではない。
 「お前達が平穏に暮らして結婚もできたのも、全てミスターサタンとかいう人間のお陰だったってわけだ。もっと感謝したらどうだ?町の奴らみたいに、ミスターサタン様様ってな」
 「ターレス、そういうことを言うと怒るよ」
 ターレスはくっと喉奥で一度笑って、両手を万歳のように上げた。降参の意を示している。
 「・・・ターレスはさ、戦いたくならないの?」
 「あ?」
 「サイヤ人って、戦うのが好きなんだろ?街に出て、人を殺したくなったりとか、ないの?」
 「懐かしい質問だな」
 ターレスが皮肉気に口を歪めると、悟飯は瞼を閉じて顔を逸らした。自分が嫌なことを言っているのを自負しているのだ。
 「戦うのは好きだ。強い奴に勝つのも、弱い奴を虐げるのも。最近はバーダックの奴とか、ラディッツの奴とか、お前が相手してくれるから俺は別に、悪くはねぇよ」
 「ふぅん・・・」
 「それを言うなら、俺としちゃお前の父親のあの赤い猿が気になるがな」
 どういう意味?とでも言うように悟飯がターレスを伺うと、ターレスは無言で悟飯の眼を見返した。
 「最強ってのはお前が思ってる以上に孤独でつまらねぇもんだ」
 戦いを糧に生きる俺達にとっては、特に。ターレスは唾を吐きすてるように、忌々しげに言う。悟飯は黙ってターレスを見た。かつて、ターレスがサイヤ人という戦う生き物達の中で過ごした日々でも、窺い知るように。
 「誰にでも勝てるっていうのは、俺達にとっては世界が終わったも同然なんじゃねぇかと、俺は思うぜ。誰も刃向かえない。誰にも従う必要がない。世界に自分だけが存在するかのような気分だ。ま、俺はそういうのを実際感じたことなんかねぇけど」
 自嘲するように笑って、ターレスは肩を竦める。
 「お前も、きっと潜在能力を引き出された後に、普通に魔人ブウに勝っちまってたら、そういう気分を味わってたと思うがな。何か、ふとしたことで、日常を過ごす簡単なことで、自分が世界から隔絶された、何か違う生き物になったんじゃねぇかと―――そう思う日が来る。あのビーデルとかいう女と一緒に居られないことに気が付く。子供だって作れねぇことを理解する。父親ですら師匠ですら母親ですら、本気を出した自分を止めることなんてできねぇ。そのことに、絶望する」
 そう考えりゃ、お前の間抜けぶりにも救われたもんだな、とターレスは皮肉気に笑った。ポタラを取り落としたことを言っているのだ。悟飯はぐうの音も出ず、黙ってコーヒーを一口飲んだ。
 「まぁ――――あの赤い猿は結局、カカロットの分身みてぇなもんだしな。カカロットは基本的に単純な作りの頭してっから、そんなことはねぇとは思うが」
 「・・・そう」
 歯切れの悪い悟飯を見ながら、ターレスは首を傾げる。どうやら、まだ何か喉につっかかるものがあるらしい。悟飯は既に一人で考え込んでいた。ターレスは空になった悟飯のマグにコーヒーを注ぎ、同じように砂糖とミルクを入れる。詰まれた本に手が伸ばされることはない。目の前の成長した一人の青年の顔を見ながら、ターレスは黙って待った。この子供を待つことには慣れている。今までだって、散々待ち続けたのだ。子供がこんなに、手を伸ばせば届く距離にいるのだから、何を不安に思うことがあるだろうか。ターレスは静かに考えに耽る悟飯を待った。







 「どうなんだろうな」
 自室の床に敷かれた絨毯の上に寝転がり、昼寝を満喫しようとしているサードの頭を撫でながら、フォースはぼんやり呟く。土埃や汗、血によって汚れた体は、たった今風呂に入って洗い流してきたばかりだ。サードの頭はまだ湿っている。
 「どうって」
 サードの声は普段よりのろのろとしている。半分意識を睡魔に持って行かれているのかもしれない。猫のようだ、とフォースは笑った。
 「カカロットの奴だよ。悟空は原因を見つけられたのかと思ってな」
 「さぁ・・・な。でも、悟空なら平気だろ。カカロットの奴は、いつもあいつに弱い・・・」
 「そうだな」
 窓から降り注ぐ陽光は暖かく、フォースがサードの頬を撫ぜても、サードはむずがりもせずにそれを受け入れた。伏せられた瞼が微かに震える。しかし開かれることは無かった。
 「なぁ、サード、気づいてるか?」
 「・・・んー・・・?」
 「満月が近いんだ」
 ようやく、サードはゆっくりと瞼を開けた。フォースは傍らに座り込んでいて、上半身を傾け、サードの顔を覗き込んでいる。金色の双眸は今は亡き満月の色をしている。寝ぼけ眼でそれを見上げ、ああ、そうだな、と一度頷いた。
 「おめぇは、何か異変とかねぇのか?」
 「んー・・・オレは、満月が近づくと、いつも以上に眠くなるんだが・・・」
 「・・・あー、そっか」
 サードは基本的に地獄や天国、界王神界でしか普通に生活ができない。超サイヤ人3としての力が、孫悟空の肉体という器の中には入り切らず、すぐにバテてしまうのだ。体への負荷を無くす為、サードは地球で通常に生活をする時は力を使わないようによく眠るようになる。満月が近づくとサイヤ人としての力が無理やり引き出されるため、疲労も増える。それ故に、満月が近づくといつも以上に眠るようにできていた。
 フォースはといえば、大猿の力が基本となっているため、やはり満月の日が近づくと、サイヤ人としての破壊本能が頭を上げ始める。既に大猿の力はコントロールできるようになっているため、別に見境無く暴れ始めるということはないのだが、普段より暴れたくなるのは確かだった。
 「・・・なぁ、サード。もしかしてカカの異変ってのは満月が近づいてるっていうのが原因なんじゃねぇのか?」
 「・・・でも、今は月、ねぇしなぁ・・・」
 大猿になるには、月から放たれる何万ゼノというエネルギーによって変身する他無い。その月がない今、彼らに月の影響などないようなものだ。だが、ないようなもの、というだけで、実際それが零というわけでもない。確実に一定期間に破壊本能が擽られる時期が来る。それは、丁度満月の時期と同じだ。
 「難しい話は苦手だ」
 「同じく」
 少し考え込んだが、結局二人はそれを投げ出した。そういう、細々したことについて考えて、策を練ったりするのは息子や友人達の役割だ。戦闘の中で活路を見出すのは慣れているが、生物医学とか、よく分からないことに関しては考えても無駄だということは既に知っている。
 「別に、壊すだけが能の猿に成り下がった覚えはねぇんだが」
 フォースはそう呟いて、じっと見つめてくるサードを見た。一度微笑み、そのこめかみに唇を押し付けると、サードはああ、うん、と曖昧な声を上げた。傷の舐めあいというにはあまりにも幼稚で拙い行為だと思う。どこにもいない敵を探して、銃口をあちこちに向けるような間抜けな人間になるつもりだって無かったが、大切なものを全て投げ打つような、考えなしの化物になるのだって御免だ。
 「俺達は互いに許してるんだ。害することを」
 フォースが吐いた言葉は的を得ていた。自分を入れる器というものがこの世に存在するのなら、それはきっとこいつ以外ありえないと思った。弱い人間の中にはけして預けられない、凶暴なその血があるということを、自分達は理解している。
 「―――――あ、そうか」
 サードは小さく、脳の片隅で件の男を思い出した。そう、大切なものが多すぎるんだ。それを全て守りきろうと、まだそんな夢みたいなことを考えているから。サードは笑った。なんだ、ガキのように簡単な話だった。
 「何、にやにやしてんだ」
 「いや、何でもない」
 とろとろと瞼を下ろしながら、サードは意識を手放そうとした。俺達が出る幕じゃねぇんだ、とフォースに言おうかと思ったが、彼は分かってるって、とでも言いたげに、一度サードの肩に頭を擦り付けた。獣のような動作をすると、フォースの残り香が鼻を掠った。
 「カカの奴も、もう、やめりゃいいのにな」
 「うん?」
 「いや・・・強ぇ奴と戦いてぇなー」
 「そうだな」
 ぬくぬくとする陽だまりの中で体を丸めて、フォースが自分の髪を撫でるのを黙って享受する。カカロットも、面倒な奴。サードは瞼の裏の暗闇をじっと見て、頭の中がどこか知らない遠い所へ消えていくの夢想して眠った。
2009/5・30


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