■拾い集める日々



 え、と声を上げる暇も無い。引き攣った声がすぐ真横で上がったからだ。口元に冷徹な笑みを浮かべる白い異星人は黒い爪の乗る指先を、己のすぐ隣に向けている。
 長年を共に過ごした親友が、あっという間に空中へ連れて行かれる。見えない糸に吊り上げられるように、クリリンは空中で停止した。自分達が使用する技のせいではないことは明白だ。彼は四肢をばたばたと動かしていて、自分の身に起こった異変に眼を見開き、恐怖と不安の綯い交ぜになった視線を白い化物から、素早く地面に立つ親友へと移した。
 「やめろぉぉおおおおおおおッ!フリーザぁあああああああ!」
 声は脳が認識するより先に出ていた。自分の惨めな絶叫だけが、痛々しいほど張り詰めた空気に響いた。少しだけ余韻を残すことしか出せず、声はあっという間にどこかへ消えた。
 己の顔を見た白い化物は少し口を開けた。黒い唇の隙間から紫色の舌が見えた。あハ、と妙に高い笑い声だけが小さく漏れた。口の端が吊りあがっていくのが、スローモーションのように見えた。
 「悟空―――――――!」
 悲鳴は途中で不自然に途切れた。空中で固定された親友の小さく引き締まった体、その腹部が突然膨れ上がった。風船のように胸部から下腹部まで丸く膨れると、どこかの肉がちぎれる音がばつばつと鳴る。そう思えば、体に爆発物でも仕掛けられたように、文字通り肉体が爆散した。
 どこからが引き金となったかは分からない。少なくとも空中で起こったのは確実に爆発であった。炎が一瞬立ち上がり、彼の肉体を構成する殆どは空中で燃えて黒い燃え滓に変貌した。蒸発しきれなかった血液や小さな肉、白い骨などが一気に飛び散り、下方に広がる海に落ちた。
 ばらばらばら、と強い雨が地面を叩きつける時のような音が、少し続いた。人間の欠片であったものは彼の真下にあった海の中につぎつぎと沈んで行く。音を聞きつけた魚が寄ってきていた。
 「ふふ、あははは、あはははははははアッハハハハ!」
 白い化物の発する狂ったような哄笑が空へと上がった。呆然と突っ立っている息子が、何も無い空中を凝視して固まっている。そこにいた友はもういない。
 むき出しになった岩場に血がぱたぱたと落ちて、小さく色づいていた。喉がきりきりと痛み、眼球がこれ以上といって無い程むき出しになっている。目の前でちかちかと火花が散っているように見える。脳味噌に血液が集まって、燃え上がるかと思えるほど熱い。
 握り締めた拳から、ぎちぎちと音がなった。憎しみというものはこういう感情のことをいうのだろうな、と脳の片隅、ほんの少しだけが冷静に自分を思った。同時に、けして奴が命乞いをして地面に頭を擦りつけようと、己はけしてそれを許さないだろう思った。
 例え殺めれたとしても許せないだろう、と自分は思っている。死ぬよりも辛い地獄というものを見せてやる。償いというには生易しい。虫けらだと思う存在に虫けらのように扱われるがいい。
 呆然と立ち竦む悟飯が、おとうさん、と消え入りそうな声で俺を呼んだ。







 あの日を忘れたことはない、とカカロットは言う。叩きつけるような豪雨の日は、窓の外を見やって。
 「俺は何があってもフリーザを許さない。許せない」
 だから、お前は何でも許せ。カカロットはオラにそう言う。意味が分からない。
 それでもカカロットは押さえつけるようにゆっくり言った。
 「お前はそれでいいから、それでいいんだ」
 カカロットはそう言って少し黙った。それでいいのは誰のことだっていうんだ?
 「カカロット、おめぇはいいんか?」
 「ああ」
 俺はお前だから、とカカロットは言った。その通りだ。でも、それを言うならオラだっておめぇだ。それに何の違いがあるだろう?
 「カカロット、もう、誰も死なせやしねぇよ」
 カカロットは振り向くと、気を抜くように優しく笑った。でも、それは嘘だ。それぐらい分かる。カカロット、おめぇは何がしてぇんだ?
 オラの問いが分かっているはずなのに、カカロットは笑ったまま、何も言ってやくれない。地球人のオラにはサイヤ人が理解できない?そんなさみしいこと、言うなよ。
 カカロットは笑っている。何も言う気はないらしい。オラはカカロットから眼を離して、まだ振り続ける雨を見た。狐の嫁入り。空は呆れるほど快晴。遠くに見える入道雲が、塔のように空へと高く聳え立っていた。
 暑い、夏の日のことだった。
2009/5・14


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