■Yパーティ 1
「俺から力を取ったら何が残るってんだよ」
快活にそう言ったハッサンの言葉に歩みを止め、くるりとレックはその場で振り向いた。突然立ち止まった相棒にぶつかりそうになり、ハッサンも慌てて体を硬直させる。寸前で時間が止まったかのようにぴたりと体を留め、一瞬遅れて「あぶねぇな!」とハッサンが声を上げた。
「何だよ突然止まるんじゃねぇよ」
「ハッサンは俺にとったら凄く頼りになる仲間だ」
「・・・まぁ、改めて言われると恥ずかしいな・・・」
普段ならば戦闘でがんがん敵をなぎ倒していくハッサンが「俺が居て良かっただろ」とレックに自らを褒め称えるように促す。勿論冗談のような言葉なのだが、レックとハッサンという二人のパーティの中では、ハッサンがどれだけ役に立つかなどということ、口に出すこともなく分かりきっている事実だ。それを改めて真正面から挑まれるように言われると、流石のハッサンも言葉を濁した。
「ハッサンが凄く強いのはもう分かってる。それでも、ハッサンがそんなに強くなくったって、俺はハッサンと旅をしてることが、すごく楽しい。それに、戦い以外でも、凄く頼りにしてる。ハッサンは、俺にはない、色んなものを持ってるよ」
「・・・へっ、なんだよさっきの事はちょっとした冗談じゃねぇか。わざわざ揚げ足とんじゃねぇよ。お前だって、俺の助言があったからこそ、ちっとは剣の使い方も上手くなったろぉ?」
「そうだよ。旅の仕方だって、ハッサンに一から教えてもらったぐらいだ。一人じゃ俺は、すぐに死んでたと思う。だからさ、・・・・・・冗談でも、そんなこと言うなよ」
捻り出された声は辛そうに引き攣っている。まさかこれぐらいで泣く男ではないが、心の底から先ほどの台詞を悲しがっているのは分かった。ハッサンは決まり悪げにがりがりと頭を掻くと、「んなことてめぇに言われなくても分かってるよ!」とその肩を思い切り叩いた。いってぇ、と上がるレックの悲鳴を豪快に笑い飛ばし、ハッサンは太い二つの腕をぐっと盛り上がらせる。
「それにこの俺様の筋肉が無かったなんて仮定があるわけねーだろ!てめーの細腕じゃできねぇようなことは俺様のこの筋肉に任せとけ!まっ、なんて言おうが頭は悪いがよ、てめーにわざわざ言われるほど役立たずじゃねぇっての!」
「っつぅ〜・・・うん、やっぱりハッサンはそんな風に言ってる方がいいよ」
「生意気言いやがるじゃねぇか、ええ?」
「ちょっ、ギブギブ!」
自慢の筋肉とやらで頭を固定され、先ほどのシリアスな空気もどこかに飛んでいってしまう。ハッサンは心の中で、冗談でもああいう台詞はこいつの前では言わないようにしよう、とそっと思った。
2009/12/06
飛来したキメイラの嘴を縦に叩き切り落とし、もんどりうって転がるその背に構わず刃を振り下ろした。単独で飛び出してきた間抜けに構っているほど暇ではない。いつの間にか囲むように陣形を組んで、3体のキメイラは既に胃に溜め込んだ業火を喉から吐き出す寸前だ。
「フバーハ!」
寸前で息攻撃を弱体化させる防御呪文を唱えても、3方向から襲ってくる炎の渦の中ではそこまで意味を持たない。全身が火達磨になったかのような痛みに襲われ、回復呪文を唱えようと口を開ければ喉さえ焼け爛れてしまいそうだ。レックは朦朧とした意識の中でかつての旅のなかで習得したドラゴンの胃から灼熱の炎を吐き出す。激しい炎を巻き込みながら大地を焦がさんと荒れ狂う炎に紛れて、レックは咳き込みながらその場から退散した。
「げほっ、がはっ!」
転がるように近くの岩場に逃げ込めば、突然と体の力が抜けてその場に倒れ伏してしまう。ぜぇぜぇと荒い息を吐きながら、痛みを覚える己の足を見れば炎によって焼け焦げたブーツが自分の足に張り付いて焦げていた。皮膚が焼け焦げる匂いに釣られて魔物が寄ってくるよりも先にこれをどうにかしようと思い、靴を脱ぎ捨て足を引き摺りながら再び少し離れた岩の影に身を寄せる。
「ベホマ・・・」
回復呪文によってあっという間に目に見える傷は消え去ったが、じとりと額に浮いた汗は消えることは無い。体にどっとかかる目に見えない重みが先ほどよりも増したように思えた。
「はっ、はぁっ・・・・げほっ」
一人で旅をしてみると、今までの旅がどれほど楽だったかということが思い知らされた。思い返せば、自分ひとりきりで旅をした時間など、ライフコッドからレイドックまで行くほんの小さな道のりだった。ハッサンが一人いるだけで、どれ程心強かったか。ミレーユが、バーバラが、チャモロが、アモスが、テリーが、ドランゴが。
「・・・バーバラ」
あの長い時間を掛けて世界を共に旅した友の一人は、もう会えない。遠い世界へ行ってしまった。彼女が最後に見せたあの、誰をも元気付けるような笑顔を見ることはもう無い。
魔物の巣窟で一人きりで、彼女と再び会う方法を探してうろついて何日が経っただろう。既に自分の進むべき道を見つけ、各々の旅路に踏み出したかつての仲間たちとは違い、レックには未だ、レイドックの王子としての覚悟が足りない。かつて体を二つに分ける前、レイドックから逃げ出し妹の死から逃げたレックは、一人きりでそれに立ち向かえない。
それよりも先に、やらなきゃいけないことがある、とレックは思った。だから探し始めた。誰の手も借りることなく、今度こそ自分の意思で、自分の力で遣り遂げる、と。
バーバラにもう一度会って、精一杯やってできないことなんてない、俺は、僕は・・・・。
ぎぃぎぃと軋むような声を上げて魔物の気配が迫っていた。レックはその手に掴んだラミアスの剣を、もう離さないように持っていた包帯で手に縛り付けると、再び立ち上がり、その戦火に飛び出した。
2009/12/07
「レックさんってバーバラさんとミレーユさんならどっちが好みなんですか?」
「・・・・・・・・・・・・・え?何だって?」
「レックさんってバーバラさんとミレーユさんならどっちが好みなんですか?」
「・・・え、ええ・・・?うーんそんなこと考えたことなかったな・・・」
「俺はミレーユだな。なんてったって美人だしよ、あのツンとしてるとことかたまんねぇよな!」
「同意を求められても困りますけど、まぁハッサンは見れてば分かりますよ」
「姉さんに手を出すつもりなら俺を倒してからにするんだな筋肉バカが・・・」
「ああん?いい加減シスコン卒業しやがれ」
「まぁその話は置いといて、レックさんは、じゃあどんな女性が好みですか?」
「好みー?うー・・・ん、とりあえず、ターニアみたいな子だったらいいなぁと思うな」
「ブルータスお前もか!」
「シスコン率高いですね・・・」
「いや違うって!ターニアは妹なだけだし。俺が言いたいのは、ターニアみたいに家庭的で、一緒に居てくれると安心するような人が・・・・・・・・・・・・いいのかなぁ?」
「疑問系なんですね・・・」
「でもバーバラもミレーユも可愛いし美人だよな」
「レックお前・・・」
「いやだから何も狙ってるとかそういうんじゃないから!」
「そういうチャモロはどうなんだ?」
「僕は色事とは無縁です」
「そういう切り返しか・・・テリーはどうなんだよ」
「なんでお前に言う必要があるんだ」
「でもミレーユを抜いたらバーバラだけだよな」
「・・・何も、・・・・このパーティの中だけって話じゃないだろ」
「どっかの街に好きな子いるのか?」
「・・・だからなんでそれを言わなきゃいけないんだ」
「だってなんか気になるだろ?・・・あとほら、お前を支えられるような人に興味があるっていうか」
「俺が守ればいいだけだろうが」
「きゃーテリーったらかっこういい」
「棒読みにも程がありますよハッサン」
「殺す・・・」
「ストップストップ!じゃあ好みとかは?それぐらいは教えてくれたっていいだろ?」
「・・・・とりあえずバカは却下だ」
「(テリーさんらしいというか・・・)」
「じゃあバーバラは大丈夫なんだな。バーバラ頭良いし」
「なんでお前はそうやってバーバラに向けさせるんだよ」
「いや、深い意味は無いって」
「まぁテリーさんがバーバラさんを気にしてるのは見てれば分かるというか・・・」
「何か言ったか・・・」
「いいえ、何も」
「ちょっと、時間になったから見張り交代だよー。・・・って何だ、皆起きてるじゃん」
「いや、ちょっと話し込んじゃって」
「え?なになに面白い話?混ぜて混ぜて!」
「いや、これは男だけの会話だからな」
「なによハッサンのケチ!ね、レックは教えてくれるよねぇ?」
「いや、ごめん、えーと、俺見張り行ってくる・・・」
「じゃ、僕もこれで・・・」
「ちょっと逃げないでよ!もおお!」
「あら、皆夜なのに元気ね」
「いや今から寝るからよ、じゃおやすみー」
「・・・・・」
「テリー、おやすみなさい」
「・・・おやすみ」
「テリーアタシには?」
「・・・・・・」
「ちょっとお休みってなんでミレーユにしか言わないのよっ」
「うるさい・・・」
2009/12/08
魔物の全てが闇夜に乗じて全ての人間を襲う訳ではない、というのは旅をしばらく続けてからようやく気づいたことだ。魔物のなかにも家庭と呼べるような生殖を行なった生物もいて、子供の魔物はやたら滅多に人間を襲ったりしない。弱い自分が人間に見つかると逆に殺されるということを理解しているのだろう。
同時に子供を胎に収めた母親もまた、自らの巣に引きこもり夜を過ごす。人間の他にも魔物同士で殺しあう種族も実在する。
魔物使いという職につくとその事実がまざまざと目前に曝される。生物であるが故に命を奪い合うという行為は、魔物は勿論人間にも言えることだ。弱肉強食と言えば聴こえはいいかもしれないが、言い換えればただのそれは搾取に過ぎない。
つまり何も変わりはしませんよ、とチャモロは平然と言ってのける。
「ゲントの民は神に仕える聖職者ですが、根本的な考え方、つまりは経典というものに基づいた考えでは、人間も魔物も、そこに大した違いは無いということです。全てには命があり、それは全て神が創り賜ったもの。姿形は勿論多種多様ですが、その中にある魂というものに通ずるものはある、ということですね」
「それだから殺しあうって?それでも人間は魔物にとっちゃ餌にすぎないんじゃ・・・ないか?」
「それは偏見というものです、レックさん。考えても見てください。勿論この世界、たった今こそ魔物に襲われ苦しむ人がいるとします。食われる人がいるとしましょう。ですが今日の昼間、僕らは行商の一行を襲おうとしていた魔物を殲滅しました。あの時僕らが倒した魔物はもしかしたら一週間飲まず食わずでうろついていたものだったかもしれません。ですがそこに運悪く僕らが入り込み、彼らの生きる道を力ずくで奪ったんです。これは魔物のする人間に対する搾取と変わりないのではないでしょうか?」
「チャモロは、人が殺されるのは仕方がないって言いたいのか」
「自然の流れを考えるのならば仕方が無いでしょう。そう考えなければ、僕らが魔物を殺すことも、「仕方が無い」で流せません。人間を殺す魔物が罰せられるべきなのならば、同時に僕らも罰せられなければなりません。それに、これは言い訳臭くなってしまいますが、僕ら人間が飼っている家畜などはどうするつもりですか? 家畜、まぁ詰まるところ牛や豚は、生まれたときから僕らの食べ物になることに決まっているも同然です。死ぬために生まれてきたようなものです。戦いの末に食料を手に入れる魔物よりも、性質が悪いと思いませんか」
ぱちっ、と弾ける音を立てて焚き火にくべられた木が崩れ落ちる。赤々と燃える炎に、また一本乾いた小枝を投げ込み、チャモロは炎に照らされ光る眼鏡のズレを片手で直した。
「魔物使いになると、やたらと戦う敵に対して情が湧くのは仕方の無いことです。僕らの仲間になってくれた魔物達は皆快い優しい生き物です。では、今日戦った魔物は?彼らを改心させることはできなかったのか? そんなこと考えたら埒が明きませんよ。僕らは魔物の絶対的暴力に反抗することを選んだんです。詰まる所家畜の逆襲です。これを止めますか? 今この一瞬で殺されて人の胃袋のなかに押し込められていく動物になりたくないから、僕らは戦うことを選んだんですよ。今更そういう奇麗事で全てを流そうなんて思っていませんが、レックさん、落ち着いて考えてくださいね。情に流されてはいけません」
「ああ、分かってる」
「・・・まぁ、あまり僕の言葉に振り回されないようにも、気をつけてくださいね。僕も修行中の身ですから。ただの僕の自論ですから。・・・祖父ならもっと、レックさんの望むような答えが導き出せるかもしれませんけど」
「いや、十分だよ。ありがとう。やっぱりチャモロは凄いな」
「魔物使いに一度でもなると、考えてしまうのは普通のことですから。自分自身で、自分の納得する答えを手に入れれることを、このチャモロ影ながら祈っております」
2009/12/09
2010/9・11