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■犇く音をを立てて散った
つくづく単純な作りをした頭だっていうことは、前から承知だったのだけれど、こんなに頭が悪いっていうのも久しぶりに自覚したかもしれない。夜中に一度目が覚めてしまうと、中々寝付けないのが常套だ。暗闇の中に目がすぐに慣れて、薄暗い室内を一度見回した。ベッドの中は恐ろしく寒い。なんていったって一人きりなのだ。その上、普通の人間よりも気分的には少ない。一体の半分ぐらいの質量しか持っていないようなものじゃないのか?俺は。
宛がわれた部屋は狭かったけれど、それでもまだ広すぎるぐらいだ。開けっ放しにしていた窓から入った風が、何度も何度もカーテンを揺らしている。ざわざわと騒ぐ林の音を聞きながら、俺はゆっくりとベッドから出た。裸足で床の上に立ち、のろのろと扉へ向かった。
当たり前だけれど、家の中は真っ暗だった。居間に行って時計を見れば、夜中の1時だ。誰も起きている訳が無い。家のどこにも明かりはついていない。気配に敏感なフォースが起きたようなのを察知したけれど、何故かすぐに引っ込んだ。あいつも出不精だから、面倒くさくなったのだろう。俺はそのまま玄関に向かって、外に出た。
悟空とチチの住む家は俺達派生した『悟空』達や『悟飯』達の住む家の真向かいにある。小さな小道を挟んだ真正面。その隣には悟飯とその嫁であるビーデルの住む離れがあって、そのまた隣に父ちゃんや兄ちゃんの住む小さい家があった。父ちゃんの住む家から灯りが漏れていた。父ちゃん、よく夜中まで起きてるしな、と思った瞬間、ぱちりと消えた。そろそろ寝るらしい。
パオズ山から山裾に広がる木々から、小さく虫の泣く声や動物の鳴き声が聞こえてくる。風が強く吹いて、一段と木がざわめく音が大きくなった。
そういえば、靴を履くのを忘れていた。今更、もういいか、とむき出しの地面を裸足で歩きながら思う。小石を踏みつけながら、チチと悟空が眠っているであろう家の前で止まる。その、見慣れたドアノブに手を掛けて、そこでようやく止まった。
ざわざわと頭に響くのが、どうか木々のぶつかり合う音であれ、と思う。頭に熱が上っていることにようやく気づいた。さっきまでは寂しくて仕方が無くて、一度だけ悟空の顔が見れたら、と考えていたのに、今ふつふつと湧き上がる感情はそんな些細なもので終わらせられるものではなかった。もしも悟空がチチと寝ていたら、と、当たり前なことなのに、そんな情景を見ただけで頭のどこかが焼き切れそうな気がした。チチが好きだ。悟空が好きだ。でも、悟空が誰かに取られるのは我慢できない。大切なものを奪われるのは嫌だ。目の前で、手を伸ばしたら届きそうな距離だというのに、瞬きをしたら、すぐに無くなってしまう。
「う・・・・」
重ねているものは、クリリンだ、と思った。親友を奪われたあの瞬間のことは、俺にとって永遠に無くならないそれだった。悟空への執着はクリリンの比ではない。なんてったって自分自身なのだ。それが、チチに。
チチが好きなのに、大切なのに、愛しているのに、一度考えてしまうともう取り返しがつかない。歯の根が噛みあわなくなって、がちがちと鳴っている。大切なものを大切なものに奪われるのが怖い。じゃあどうすりゃいいんだ?もはや、チチは俺のものじゃない悟空のものだ。昔は、俺が悟空だったときは、こんな思い抱かずに済んだのに、なんだ、そうだ、いっそ二人とも殺して、
そう思ってドアノブに手を掛けた瞬間、俺の手をドアノブがすり抜けた。というより、捻られてこちらに押し出された。びくりと俺が震えるのを不思議そうに見やる、黒い眼球が、ドアの開いた隙間から覗いていた。
「カカロット?何してんだ?おめぇ」
「あ・・・――――――、悟空」
突然のことだったので、言葉が消えた。顔がくしゃくしゃに歪められる。目の前が滲んだ。涙が出そうだ、と思った。
「カカロット、おめぇ・・・。まぁいいや」
悟空はそう言うやいなや、俺の中途半端に上げられた手首を掴んで、家の中へと招き入れた。俺を家の中に入れて扉を閉め、悟空は俺の姿を上から下までじろじろと見た。そして、気の抜けたようにふっと笑うと、間抜けな顔をした俺の顔を見ながら、ぐしゃぐしゃと俺の頭を乱暴に撫ぜた。
「おめぇ、裸足じゃねぇか。寝ぼけてたんか?」
「ち、ちげぇっ」
「はは」
悟空は少しの間俺を見ると、座ろうぜ、と俺の手を引いて居間へと向かった。嗅ぎなれたかつての家の匂いに、何度も来ているはずなのに、懐かしくて涙が出そうだった。
居間になる椅子に俺を座らせて、その隣に椅子を引っ張って、俺と悟空は並んで座った。茶の入れ方がわかんねぇ、と少し棚を漁ったけれど、結局そう言って戻ってきた悟空を無言で待つ。悟空がようやく腰を下ろすと、ぐいっと悟空は俺の肩に腕を回して、二人で寄り添いあった。こめかみ同士がごつりとぶつかる。悟空は少し笑いながら、どうした?何があった?と優しく聞いた。
この聞き方は、よく悟飯にしていた。悟飯は俺の顔が視界一杯になると、安心したように笑った。怖いものが視界から全て消えるからだ。俺は少し顔をずらして、悟空の頬に一度キスをした。すぐに離れる。悟空はなんでもないかのように、一度、うん、と言うと、お返しのように俺の頬にキスを返した。
「もう大丈夫だ、カカ」
2回、背中を叩かれる。思えば、悟空の手は、あの頃から皺が増えた。そんでもって、傷も増えた。仙豆を使う必要も無いと言って放置していた傷やら、そういうのが溜まったせいだ。背中に回されていない手を両手で握って、その筋を指で辿った。悟空は何も言わずに、黙って俺を見ていた。一度深呼吸をして、俺は言った。
「さっき、お前とチチを殺そうと考えてた。そう思ったから、来た」
「そっか」
悟空は悟飯がたどたどしく言う言葉を丁寧に拾うように、俺の言葉をゆっくりと咀嚼しながら、頷く。俺もそれに促されて、ゆっくりと言った。悟空は俺を裏切らないからだ。投げ出したりもしない。
「お前が、チチのものになるのが許せなかった。チチがお前のものになるのも許せなかった。渡すぐらいなら殺してしまおうと思ったんだ。奪われるぐらいなら、お前もチチも、喰っちまおうと思った。一人になりたくないから、一人に戻りたかったんだ、なぁ。悟空」
「そうだな」
俺が驚いて顔を上げると、悟空はそっと俺の肩に頭を押し当て、小さく言った。
「お前がそんなに寂しがるぐらいなら、もう一度一人に戻してやりたい」
そっと囁かれた言葉は、あまりにも甘美だった。じん、と頭に響く。悟空はもう一度体を起こして、俺の頭を撫でる。
「でもよ、カカ、きっと大丈夫だ。オラがいるだろ?」
だが、何にも捕らえられないと思ったお前でさえ、今や他人のものだ!悲鳴を上げそうになって、唇を噛み締める。
「なぁ、悟空、俺、お前を夢の中で見て、夢精したことあるんだぞ」
「うん」
「なぁ、俺、病気かもしれねぇんだ・・・お前、俺を気持ちわりぃって、思うか?」
「別に。だから、大丈夫だから」
数度、頭を撫でながら悟空はそう繰り返す。何度も何度も、子供をあやす様に触れられる掌は、頼もしい、父親の掌だろうと思えた。じいちゃんのようだと思う。
それでもどうせお前は行ってしまうに違いない。自分自身だから分かるのだ。孫悟空というのはどうしても一所に留まることができない。どこにでも行ける、どこにでも行こうとする。悟空がどこかに行くのも、俺がどこかへ行くことだって。いつだってありえるんだ。
「お前がどこに行っても構わない。それでも俺は――――ついていくからな」
「ああ」
キスを繰り返して、甘え、しがみ付くように抱きしめた。悟空が好きだ。何に換えることもできない、何があろうと、けして離れたくない。俺の不安を酌んだように、悟空は頭を撫でていた手を一度止めて、擦り付けるように唇を俺の首へ這わせた。いっそそのまま喰らい尽くしてくれ、と心の中で祈ったが、返事は無く、ほどなくそれも離れた。
2009/7・5
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