■仕掛けた罠と恋



 「悟飯くん、また背伸びた?」
 不思議そうな声音で問うビーデルさんの言葉に、レモンティーを吸い上げるのを止めた。ストローを口から離したことで、コップの中の氷がからり、と涼しげな音を立てる。
 ビーデルさんはピーチティーの入ったコップについた水滴を少し見て、そしてすぐに僕の方へすっと流れるような動作で顔を向ける。どきどきしてしまうのは仕方が無い。何故かビーデルさんに弱いのだ。正面から真っ直ぐ見られると、どうにも言葉に窮してしまう。
 「え・・・わかりませんが」
 「敬語やめて」
 「あ、はい、っじゃなくて、うん」
 ビーデルさんは少し苦虫でも噛み潰したような顔をした。僕だってなんとか普通の口調にしたいとは思っているのだが、幼い頃からの癖になっている。お母さんにも敬語を使ってるんだから、これぐらい許して欲しいんだけど。
 ビーデルさんは、何か壁みたいなものがあるように思えて嫌だ、と僕が敬語を使うのを嫌がる。それはイレーザさんやシャプナーも同じだ。僕が敬語を使わない相手なんて、悟天かトランクスぐらいだ。年下、それもあれぐらい小さい子供相手にすると、なんだかお父さんを真似たような口調になってしまう。そのせいで悟天も僕のことを兄というか父親と同じレベルで見るようになってしまった。・・・これは別に敬語と関係ないか。育ちの問題だよね。
 「ほんと、どうすれば直るのかしら」
 「もう、癖ですから、・・・だから、さ」
 ほら、また!って言いたげな視線が僕を睨む。こういう所、なんとなくお母さんに似ている気がする。僕はお母さんより凄く強いはずなのに、どうしても逆らえない。そう考えると、ビーデルさんもお母さんも、同じようなオーラを発してるんじゃないだろうか。お父さんだってお母さんにはまったく頭が上がらないのだ。・・・そういえば、ベジータさんだってブルマさんには弱いし・・・サイヤ人って女の人に弱いのかな・・・。
 「悟飯くん」
 「はい?・・・じゃなくて、いや、なに?」
 「・・・もう敬語やめさせるのは諦めたわ。シャプナーやイレーザにも諦めるよう言っておく」
 大仰に溜息を吐いて、がっくりとビーデルさんは肩を落とす。俯くと、短く切りそろえた髪がさらさらと零れた。前から思ってたけど、ビーデルさん、髪柔らかそうだな。こういうの猫っ毛っていうのかなぁ。髪を切って動きやすそうって思ってたけど、髪を結ばない分、頭を少し動かす度にさらさら髪の毛が動いて、なんだか不思議だ。女の人の髪の毛ってどうしてこんな触りたくなるんだろう。
 「あのね、悟飯くん」
 「え?」
 「・・・何してるの?」
 思わず手を伸ばして、テーブル越しで頭を俯かせていたビーデルさんの髪の毛に触れていた。指先を短い髪がすぐに滑っていく。少し覗いた蒼い、氷を更に冷やしたような、氷解のような色の眼が僕を見ている。あ、と思った瞬間には、指先に触れていた髪がぱっと後方に引かれた。
 「猫じゃないのよ!」
 「ごめん!すみません!」
 ついつい見惚れていた。氷は温度が下がっていくとどんどん蒼く色が濃くなっていくことを思い出した。でも、不思議なことにビーデルさんの眼球からは冷たい感じは受け取れない。とにかく優しい、意志の強い色をしている。
 「さっきからぼーっとしたりおどおどしたり、突然髪を触ってきたり、なんだっていうのよ!」
 「ごめん、ビーデルさんに見惚れちゃって」
 「・・・・・・・」
 「これから気をつけるから」
 「・・・悟飯くん・・・あたしもう貴方がよく分からないわ・・・」
 今のどこに見惚れるところがあったの・・・?あたしただ怒って疲れてがっかりしてただけなんだけど、とビーデルさんは顔を覆いながらぼそぼそと小さく唸った。何かおかしいことを言ってしまっただろうか。
 「あっ、えーっと、それで、なんでしたっけ?僕の身長が伸びたんですっけ?」
 「あまりにも話題の切り替えが唐突すぎるでしょ!まぁ・・・もういいけど」
 はぁぁ、と重いため息を吐いて、ビーデルさんはすっと身を正した。こういう切り替えの早さとかも、お母さんと似てる気がする。芯が強い人ってみんなこうなのかな。逞しいというか、かっこいいというか。
 「初めて会ったときより、背が伸びた気がする」
 「そうですか?あ、でも男子の成長期は15歳後半から20歳ぐらいまでらしいので、今の時期はよく伸びるかもしれませんね」
 「あ、確かにそうね。女子は8歳ぐらいだったかしら」
 思い出しているのは学校での保健の授業だ。ビーデルさんは手を組んで、眉間に皺を寄せた。何か気に食わないみたいだ。僕はひやひやしながら頷く。
 「まぁ、平均的な成長期は」
 「そうね、確かに、中学校に入ってから、シャプナーに身長越された気がするわ。どうして男子って短期間で滅茶苦茶背が伸びるのかしら。羨ましい」
 「背が高くなりたいんですか?」
 ビーデルさんは少し笑って、この願いは背の高い人にはわからないものなのよ、と不貞腐れたように言った。でも口元はやっぱり笑みの形を作っている。僕はどきどきしながら聞く。こういうとき、大抵痛いしっぺ返しを喰らうのだ。
 「何cmぐらい欲しいんですか?」
 「そうね・・・確か前測ったとき、157cmだったから・・・8cmぐらいほしいかもね」
 「8cm!?そんなに高くなってどうするんですか?」
 今のままで普通に可愛いと思うんだけど。っていうか女の子って可愛くなりたいなら、小さい方がいいんじゃないのかなぁ。
 ビーデルさんは、なに言ってるの、と呆れた声を上げて、ピーチティーに入っているストローを銜え、少し飲んだ。舌を湿らせて、言う。
 「それぐらいあったら、悟飯くんにキスするのだって楽になりそうじゃない?」
 「・・・・・・っ!」
 そうくるか!かっと頬に熱が上がった。実を言うと夢は悟飯くんをの顎をくいって上げてキスするのなんだけど、とかビーデルさんはにやにやしながら言う。そういう、恥ずかしいことを堂々と!
 「っていうか、それは男の人の役割じゃないんですか・・・っ!」
 「え?あたしは別にやってもらったって構わないんだけど?」
 僕が唸るように言葉を捻り出せば、ビーデルさんは綺麗に笑った。お嬢様とは思えない、ニヒルでシニカルな格好いい笑い方で、僕は思わずまた見惚れてしまった。
 「ね、してくれないの?」
 艶やかに笑う唇から眼が離せなくて、顔から炎が出そうなぐらいだった。からかわないで下さい、と悲鳴を上げれば、ビーデルさんは目を細めた。淡い蒼色が睫毛に縁取られて、ああ、綺麗だと思った。

深紅さまのみお持ち帰り可能
2009/6・21


TOP