■悟天の日/トランクスと悟天・悟飯と悟天
悟天はよく、悟飯さんのことを自慢する。あと、悟空さんのことも。
一緒に遊んでると、何かにつけて「僕のお兄ちゃん、凄いんだよ」とか、「僕のお父さん、格好いいんだよ」って、今まで見たことも無いぐらい嬉しそうな顔で、言う。
悟天は、自分のことを、あまり褒めない。
「悟天」
「んー?」
どうしたの、トランクスくん、って、悟天は振り向く。手に持ってた木の棒を投げ出して、俺の前にやってくる。そんで、にこにこ笑って、俺の言葉を待つ。
「悟天ってさ」
其処まで言って、悟天の目が、まっすぐと俺を見ていることに気づいた。真っ黒い眼球が、満月みたいに俺を凝視している。ぱちぱちと瞬きを繰り返して、一瞬だけ、それが瞼の上に隠れる。
「悟飯さんと、悟空さん、すごく、すっごく、好きだよな」
「うん」
悟天は、何当たり前のこと、言ってるの、とでも言いたげににっこり笑った。
でも、俺は、悟飯さんや悟空さんよりも、お前にいっぱい助けられたんだぜ。
「トランクスくんも、大好きだよ」
「、え」
俺が目を見開いて見る中、悟天は、えへへ、って笑って、トランクスくんみたいに、格好よくなりたいな、と言った。
俺は何を言うべきだったか、すっかり忘れてしまって、悟天のにこにこした顔をびっくりして見た。
「それで、どうしたの?」
「え、ええと、・・・ううん」
なんでもない、って言うと、変なトランクスくん!って悟天は笑う。お前はもっと、自分がどれだけすごいのか、知った方がいいって思ったんだけど、でも、そんなお前だから、いいんだなぁ、って俺はようやく分かってしまった。
「お前、凄いやつだよな」
「え?そうかなぁ」
「うーん、そんな気がしたんだ」
兄ちゃんは最近、勉強ばっかりしていて遊んでくれない。お母さんは、兄ちゃんが学校に入るにはすっごくむずかしいてすとっていうのをできるようにしないといけないって言ってたから、僕は最近はずっと一人で遊んでた。昼間は、トランクスくんが遊びに来てくれたし、たまに、お母さんについていって、おもちゃで遊ぶことだってあったから、にいちゃんの勉強が終わるまでは我慢するつもりだったんだ。
それに、兄ちゃんは夜は一緒に寝てくれた。いっつも面白いお話をしてくれて、いつの間にか眠っちゃってる。だから、寝るときはいっつも兄ちゃんが近くに居てくれた。すぐ隣にある兄ちゃんの暖かい体にしがみ付いて寝ると、すっごく気持ちよかった。
でも、その日は物凄く恐い夢を見た。真っ暗い夜の森みたいな中を、一人でぽつん、って立ってるんだ。周りからする色んな動物さんの声もしなくって、風も吹いてなかった。僕は、凄く怖くなって、いっぱい走って、そこから出ようとした。そしたら、ぼくんちが見えて、ああ、よかったぁ、ってほっとしたら、家の中に誰も居なかった。兄ちゃんもお母さんも居なくて、凄く怖くなった。
びっくりして起き上がって、ああ、よかった、夢だったんだぁ、って思ったら、隣にいるはずの兄ちゃんが、どこにも居なくなってた。僕は悲鳴を上げるのも忘れて、すぐに廊下に出た。兄ちゃん、兄ちゃん、って色んな部屋を開けて中を見て、ようやく、リビングで勉強してる兄ちゃんを見つけて、わんわん泣いてしまった。兄ちゃんが本当に居なくなっちゃったって思ったんだ。
兄ちゃんは大声で泣き出した僕をみてびっくりすると、急いで走ってきて、僕を抱き上げてくれた。兄ちゃんの首に腕を回して抱きついたら、背中をよしよし、って撫でてくれた。すぐにお母さんもやってきて、どうしただか、って困った顔をして言った。
僕は兄ちゃんに抱きついて、兄ちゃんどこにも行かないで、って泣いた。兄ちゃんは僕の背中を撫でたまま、お母さんに大丈夫ですって言って、部屋に戻した。兄ちゃんは僕を抱き上げたまま、もう一回、僕らの寝てた部屋に戻った。扉が閉まると、部屋の中の灯りは窓から入ってくるお月様の光りだけで、すごく暗い。それでも兄ちゃんはベッドに僕を連れて行って、今度は最初みたいに一緒にベッドに入った。
「どうした?悟天。何があったんだ?」
兄ちゃんは、僕の背中をゆっくり、ぽん、ぽん、って叩きながら優しく言ってくれた。僕は、兄ちゃんがいなくなってしまう夢を見て起きたら、本当に兄ちゃんが居なくなっていたことを話した。兄ちゃんは、うん、うん、って頷きながら、僕の話を聞いた。
「ほら、もう泣いちゃいけないよ。僕らは孫悟空とお母さんの息子なんだから」
兄ちゃんは僕の涙を拭って、言った。
「お父さんはね、どんな怖いことがあっても、絶対に泣かないんだ。だから、僕らも、絶対に泣いちゃいけないよ」
そんなの無理だよ、って僕が言うと、兄ちゃんはにこにこ笑う。
「僕もね、小さいころに、怖い悪い奴に殺されちゃう夢を見たんだ。そうしたら、お父さんが夢の中に出てきて、悪い奴をやっつけてくれたんだ」
お父さんって、夢の中にも出てこれるの!僕は驚いて兄ちゃんの顔を見た。兄ちゃんは誇らしげに、そうだよ。お父さんは凄いんだ、って言った。
「だからね、もしもまた悟天の夢の中に怖い奴が出てきたら、兄ちゃんがやっつけてあげるよ」
「ほんと!?」
「本当だよ。ほら、指きりしようか」
僕は、兄ちゃんの小指に小指を組ませて、ゆーびきーりげーんまん、って約束した。兄ちゃんは僕の背中を撫でて、いいか、悟天、って言う。
「僕もたまに、怖い夢を見るんだ。今まで何度も何度も見るんだけど、いつも怖くてたまらない。だから、悟天、僕が怖い夢を見てしまったとき、助けにきてくれる?」
「うん、絶対に兄ちゃんを助ける!」
僕がそういうと、兄ちゃんは凄く嬉しそうに、ありがとう、って言った。僕は兄ちゃんのために何かできることが嬉しくて、兄ちゃんにもう一回しっかり抱きついた。
「さあ、もうお休み。明日は久しぶりに一緒に遊ぼう。僕も、もう疲れちゃったよ」
「うん。兄ちゃん、おやすみなさい」
僕は目を閉じる。兄ちゃんの手が、ずっとおんなじように、ぽん、ぽん、って僕の背中を叩く。とろとろと夢の中に落ちていくのだけれど、兄ちゃんが助けにきてくれるなら、なにも怖くなんてなかった。
2009/5・10