■沈黙の祝い

 新しくできた、カフェ・テリアの隣のお店を知ってる?ピンクのミュールが欲しいの。
 新しいものに目が無い友達はチョコレートバームをフォークで突付いて言った。
 この間買ったオーバーオールを着て、ピンクのミュールを履いて、愛しい彼氏が居れば、今すぐにでも海に行きたい!カッコいい彼氏と手を繋いで、砂浜を歩きたいわ。ちょっとダサい麦藁帽子を借りて、足が疲れたらおんぶしてもらって、近くのテラスでコークが飲めれば、他に言うことないのに。
 イレーザ、それは流石に夢を見すぎてる。そう言ってみれば、彼女はストローを噛み締めて言った。
 「彼氏がいる奴に哀れみなんてかけられたくない!」
 「彼氏が居ない子に哀れみをかけられる方がいいの?」
 「そんなの、かけられる必要がないわ!」
 ほら、じゃあまだマシじゃない。私が笑うとイレーザはそれでも、とムキになって言った。
 「女の子なんだからたまには夢をみたいわ」




 「悟飯くん、車運転できたんだ」
 「ちょっと前に、免許とったから」
 ラジオから聞こえてくるのはつまらないニュースだったけど、イレーザはものすごくはしゃいでた。後部座席でシャプナーとゲームにのめりこんでて、きゃあきゃあと声が上がっては凄いスピードで後ろに流れていく。
 大事な友達であるイレーザの誕生日に、何か思い出に残るようなことがしたいのと悟飯くんとシャプナーに相談したら、シャプナーが提案したのは「四人で海にいくこと」だった。プレゼントはもちろん用意したけど、私たちの高校生活最後の夏休みなんだから、今までやったことのないことをしたい、って言っていたからそれはぴったりだと思った。海に遊びに行くなんていつぶりだろう。パパとママと一緒に行ったのが最後の思い出だった。友達だけで行くのは初めてだ。帰るのはすっごく遅くなるってパパに言ったら凄く心配されたけど、悟飯くんと一緒だから何か危ないことは起こらないし、イレーザもシャプナーも一緒だからって言ったら結構あっさり許してくれた。悟飯くんが用意した赤いオープンカーに乗って、私たちは海へと向かった。




 やってきた海岸に人影は無かった。町から遠い所を業と選んでやってきたらしい。見張り小屋みたいな一軒家がぽつんと建っていて、どうやらそこが唯一の食事ができる所らしい。
 車の中でやけに騒がしいと思ったら、二人してお酒を飲んでたらしい。クールボックスにはジュースしか入ってないと思ったら、用意するのをシャプナーに頼んだのが仇となったか、中身はぜんぶチューハイだった。
 できあがった二人はさっそく海に走っていったと思ったら、イレーザが突然シャプナーを後ろから蹴り飛ばしてびしょぬれにした。すぐに体勢を立て直して、流石はボクシング部エースのシャプナーと言うべきか、あっという間にイレーザを海の中に連れ込んでいる。帰るときには服が乾いてないと車のシートが悲惨なことになりそう、と私はそれを遠くから眺めながら思った。
 「せめて水着に着替えりゃいいのに・・・」
 「いいじゃないですか。誕生日ですし」
 悟飯くんは笑いながらパラソルを立てて、バーベキューの準備に取り掛かっていた。悟飯くんとあいつらって同じ歳だと思ったけど。まぁ、私も同じ歳なんだけど、ね。
 「ビーデルさんも行っていいですよ」
 「え、悟飯くん一人に任せらんないわよ。あたしも手伝う」
 「一通り組み立てたら僕も行きますし。酔っ払ってる二人が心配でしょう?海で溺れないように見張っててください」
 それもそうか、と二人の方を見れば、何が起こってるのか二人で取っ組み合いをしていた。もう傍目からじゃ水しぶきが立ってるだけだ。酔っ払いがすでに膨らましていたビーチボールを掴んで、飛び込む形でイレーザを後ろから羽交い絞めしているシャプナーにとび蹴りを食らわしてみた。




 そこから私+イレーザの女の子コンビヴァーサスシャプナーでビーチバレーをしてみたり、悟飯くんが混ざってからは各自自由に遊んだ。男子二人がどっちが早く泳げるか、とか。シャプナーが意外にサーフボードが得意だったのに驚いたり。
 お腹が空いてきたら用意していた野菜や肉を好き勝手に切って串に差して結構自由に食べた。食材は各々好きなものを持ってくるように、とか言ったら悟飯くんが中華まんを持ってきたから、シャプナーが面白がって串に無理やり突き刺して、蒸してるのにその上焼いて食べる嵌めになった。結構いけるとか悟飯くんは言っていたけど、食べる勇気は湧かなかった。
 あっという間に日が暮れて、いつの間にか空は夜の顔に移っていた。沢山の星が瞬いていたから、イレーザもシャプナーもあたしもそれだけで騒いだ。町の中で見たことは無かったから、星がこんなに沢山あるものだなんて知らなかったんだ。悟飯くんは夜に外に出て望遠鏡で星を見たりするよ、と言って、空に浮かぶ星を一つ一つ教えてくれた。




 「ありがとね、ビーデル」
 バーベキュー処理は男子に任せてパラソルを片付けてると、突然イレーザが言った。
 「最高の誕生日だったよ。ビーデルが言ってくれたんでしょ?」
 「ううん、あたしたちも楽しかったし。あと、海に行こうって言い出したのはシャプナーの奴だよ」
 イレーザは目を瞬かせると、ごみを纏めているシャプナーのほうをちらりと盗み見て、ふぅん、と訳有り気に頷いた。
 「だから、これはあたしからじゃなくてシャプナーから、じゃないかな。ちゃんとあたし、別でイレーザにプレゼント用意してるし」
 あたしは折りたたみ用の椅子を車の後部座席に押し込んで、代わりに助手席の下から目当ての箱を取り出して、イレーザに渡した。
 「ハッピーバースディ、イレーザ」
 「何?開けていい?」
 「どうぞ」
 箱を包んでいる包装紙を丁寧に剥がして、イレーザはゆっくりとした手つきで箱を開けた。あ、と小さく声が零れる。彼女の小さな手が取り出したのは、少し前に彼女が欲しいと言っていたブティックのピンクのミュールだ。
 「欲しいって言ってたでしょ。彼氏まではさすがに用意できなかったけど」
 「も、もおおおおお、ビーデルぅうううううう」
 彼女はミュールを胸に抱きしめて、ぎゅう、と私に抱きついてきた。私みたいに筋肉のついてない、細い、柔らかな女の子みたいな女の子の腕が、力いっぱい私の背中にしがみ付く。私も精一杯の気持ちを込めて、彼女を抱きしめ返した。
 ようやく体を離すと、イレーザの目は涙を溜めていて、頬が真っ赤に染まっていた。
 「ほら、履いて、砂浜歩いてきなよ」
 私はその時、悟飯くんにイレーザに付き合って砂浜歩いてきてよ、と頼もうかと思った。私は彼女が悟飯くんを可愛がっていることを知っていた。もちろん、私と悟飯くんは付き合ってる。デートだってしたし、キスだってした。でも今日だけなら許せる。一番大事な女友達に一緒に砂浜を歩いてもらうのを承諾する甲斐性ぐらいあるのだ。
 でも、それを自分の口から言うのは流石に耐えられなかった。イレーザがどうしてもって頼んだら。私と違って、イレーザは可愛い女の子なんだから。
 イレーザは涙を拭って、緊張した面持ちの私をじっと見つめた。黙ってミュールに履き替えて、どう?って微笑んだ。小さな足に小さなミュールがぴったり嵌まっていて、可愛いわ、と私は言った。さぁ、そろそろなんじゃない?
 イレーザはくるりと振り向いて、浮き輪の空気を抜いてる悟飯くんとシャプナーのところに歩いていった。私はそれを黙って見つめる。イレーザは一回、悟飯くんに何か喋って、次にシャプナーの腕に細い腕を絡めて、引っ張るように連れて行ってしまった。空気が抜けた風船をたたみながら悟飯くんがあたしの元にやってきて、びっくりした顔の私を見て一度笑った。
 「イレーザさんが履いてた靴、ビーデルさんのプレゼント?」
 「あ、うん」
 「可愛かったね」
 「・・・そうだね」
 途端、むかむかしたものが腹の中に溜まっていく感覚がした。さっきまでイレーザと悟飯くんが砂浜を歩くのを許そうだなんて思っていたのに、なんて意地汚い女なのかしら、私は。たった一言、悟飯くんがイレーザのことを褒めただけで、こんな気持ちになるなんて。
 「30分だけ待っててって言われたから、待ってよう」
 「うん」
 「ちょっとごめん」
 「え」
 言うやいなや、ぐるん、と視界が90度変わった。目の前に悟飯くんの顔があって、膝裏と背中に悟飯くんの腕が回っている。あ、お姫様抱っこされてるんだ。え、なんで、どうして。
 「ご、悟飯くん」
 「ちょっとこのままで居させて」
 ふぁあ、と欠伸をして、悟飯くんはオープンカーの脇に背を凭れかけさせて、その場に座り込んでしまった。眠たげに少し伏せられた瞼を見て、私は少し笑ってしまう。どんな子も悟飯くんが好きになるのは仕方が無いな、って思った。男の子のくせに、こんなに可愛くていいのかしら!
 誕生日でもないのに、きっと今の私はイレーザに負けないぐらい幸せなんだな、って思えた。あと何時間でもイレーザたちを待てちゃうんじゃない?
2009/4・1


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