■Please wait until thick shadows come.
今日は明るいから駄目だ、とターレスはぼやいた。この男が唐突に意味の分からないことを語り出すことは珍しくなかったので、論文を書くために大量に持って行った蔵書を棚に戻しながら、はあ、と相槌を打つ。
古い本が発する独特の匂い、埃っぽい空気は嫌いじゃない。天蓋から零れる日光を頼りに本のラベルをなぞり、以前友人が論文を書くのに必要な資料が足りないんだ、と嘆いたのを思い出した。様々な星を巡り、珍しいものを溜め込んだターレスの宇宙船には図書館と言っても差し支えないような部屋がいくつもあったので、もしかしたら友人の助けになる本もあるかもしれない。いくつか気になった本を抜き出しながら視線を巡らせれば、いつの間にか背後にこの場の主が擦り寄ってきていた。
己よりも少しだけ背の高い男はどこでも白い外套を羽織っているので、日の当たる方向に立たれると本の題名が見えなくなる。一気に暗闇に閉ざされた気分で振り返れば、父親と瓜二つの顔を持つ男がじっと自分を見ていた。
「なんだ、ターレス」
「いいや、何探してんのかと思ってな」
無造作に一冊を取り出し、ぱらぱらと中を覗いて、すぐに棚に戻す。一見意味の無い行動をする男を怪訝な目で見れば、ちらりと目をやったターレスと視線が絡んだ。
「どうした」
「いや、別に・・・そこに立たれると本が見えないから」
「それは失礼」
ターレスはふっと微笑むとようやく体をどかした。しかし最初に座っていたソファへ戻る気は無いのか、己のすぐ隣に移動する。
無言のまましばらく本の背表紙を睨んでいたが、先に僕の方が沈黙に耐えられなくなった。化石の本を眺めるターレスに顔を向け、「降参、少し話をしよう」と言えば、少しだけ口元を歪めて本を戻し、ターレスが先にソファへと向かう。取り出していた本を棚の上に乗せてその背を追い、ターレスがソファの右側に座れば、僕がその左側に座る。並ぶように、でもその間にはもう一人が優に座れるぐらいの空間を開けて、僕らは腰を下ろした。コーヒーでも欲しいなと思ったが我侭も言ってられない。ターレスは黙ったまま天蓋から降る太陽の光を見ていた。帯のように真っ直ぐ落ちる光りの中に、空中に漂う埃がちかちかと瞬いている。掃除しないんだろうか。
「今日は明るいから駄目だって、どういう意味?」
「その通りの意味だ」
「満月のことか?」
そうだ、と声には出さずにターレスは頷いた。口元には笑みが浮かんでいる。この男は僕が先に正解を答えると喜ぶ。
確かに、あと少しで満月だった。お父さんやベジータさんは神さまに尻尾をもう生えないようにしてもらったから大猿になる危険はないけれど、祖父や叔父、ターレスなんかは満月の日は家から出るなときつく言われていた。
まぁ、今更大猿になられたってすぐ対処できるのだけれど。
「サイヤ人の血が騒ぐってこと?」
「おしいな。お前、海と女と月の関係の蔵書って読んだことあるか?」
「・・・ない」
「マイノリティにも富んだ方がいいぜ。知っていて得することは無いかもしれんが、損することだけはないからな」
指先で己の顎を撫でながらターレスは笑った。暇があればここの本を読みふけれるのだろうが、生憎、僕には学校というものがあるのだ。
「僕のことを無知だっていいたいならはっきり言えよ」
「まさか。お前は俺が驚くぐらいの博識なガキだよ、悟飯ぼっちゃん」
僕の拗ねた声が気に入ったのか、くつくつと肩を震わせておかしそうにターレスは笑う。なんだって言うんだ。帰ってしまいたい。
僕が苛立ったことを察してか、ターレスは笑うことをやめてやけに真面目な声を出す。僕のプライドが低いことを熟知しているんだろう。僕は昔からターレスの語り口から抜け出せない。
「生き物が海から出てきたってことは知っているな?生物は海と強く密接している。そして月が地球に近づくとき、その引力で海は引き潮になったり満ち潮になったりするわけだ。その周期が女の生理に関係してるってのは?」
「・・・へぇ」
「海の荒れ模様は女のようだって言うが、つまりそういうことだ。今の人類のように成長を続けても、生物である限りは海に繋がってるんだよ」
それがサイヤ人にどう関係してるって?と視線で訴えれば、ターレスは自分で考えろ、とでも言うように鼻で笑った。今の僕はターレスなんか片手で殺せるぐらいだっていうのに、この男はいつになっても傲岸不遜のままだ。死が怖くないんだろうか。強い者には屈服するのが自然の摂理だなんてのたまってた癖に。何が利口なものか。
「サイヤ人が大猿になることが潮の満ち引きに関係があるってことじゃないよな?」
「一理ある。が、基本的にサイヤ人は海っていうより月と密接してるからな。潮は関係ない。大猿化とはな」
大猿化とは?僕が眉根を顰めれば、ターレスは一度笑った。
「ヒントでもやろうか?」
「いらない」
意地悪そうな笑みを浮かべたターレスは、考え込む僕の肩を掴んで引き寄せた。外套に包み込むように抱きしめられれば、埃の匂いに混ざってターレスの使う整髪料の匂いがした。
今日は明るいから駄目だ?女の潮の満ち引き?
するり、と項にターレスの唇が触れてくると、小さく吐かれた熱い息が肩にかかった。そのまま唇の肉が首の後ろに押し当てられる。腰に回された手に力を込められて、ターレスの足と足の間に身を寄せられる羽目になる。
「・・・今日は明るいから駄目なんだろ」
「分かったか?」
「サイヤ人が男に孕ませることができるなんて聞いたことないけど」
「さすがにそりゃ無理だ」
笑う声と一緒に途切れ途切れの息が首に掛かった。
「人が恋しくなるだろ?」
「生憎、可愛い妻がいるもんで」
「ちっ、連れねぇなぁ」
顔に伸ばされた手を叩き落せばいかにも不貞腐れたような顔で睨まれた。父親同様、この顔には弱いのだ。それでも甘えるように頭をすり寄せてきたが、僕はそれを笑って拒否した。
僕をここに引きとめるための話題に関しては優良点だったけれど、口説くには少し足りないかな、と僕は考えたけれど、それがやけにスレたガキのようだと思った。
「不倫って燃えるだろ?」
「お前とは御免だよ」
子供をあやすような唇から逃れれば、また僕にフラれた男がすぐ目の前にいた。悪いけど、僕はお前と違っていい子だからね、と囁けば、どの口が、と吐き捨てられた。
(ほんものの夜が訪れるまで)
2009/3・30