■彼ら
「破壊衝動というのは一般的に完璧なものや今にも壊れそうな脆そうなものに対して起こるらしいぜ」
兎吊木垓輔はそう言いながら、凶獣から送られてくるウィルスをゲームソフトに見立てた自作のソフトで一つ一つ丹念に壊していた。いかにも、といった風の少女が奇声を発する、恋愛ゲームのようなそれの下で細かい字の羅列が浮かんでは消えた。
たまに画面が赤くなり、少女が「怖いよう」と下ったらずな声を上げるその良く分からない画面では、どうやらウィルス破壊に手間取ると少女がいるであろう場所で地震やらが起こるらしい。特にどうでも良いようなゲーム画面のなかで、少女が無邪気に笑ったりしていて、ああ、こいつはもう色々と限界なんだな、と脳裏でそれを知った。
「例えるのならば全ての面が揃ったルービックキューブなんてのがそれの例えだ。ばらばらになっているそれを直したいと思ってそれを直しても、すぐにどこかを崩したい衝動に襲われたりもする。砂で作られた城とかもそうだな。完璧なものに酔いしれるその反面、心の中で「これが崩れたらどうなるだろう」「これが壊れたら作った人間はどうなるだろう」なんてね。人間はやっちゃいけないことに対してやってみたくなるもんなのは分かるだろ?目の前に「押すな」って書かれたボタンがあったら押したくもなるさ」
兎吊木は普段の饒舌さを絵に描くほど饒舌に、べらべらを言葉を続ける。
煩わしいが、応対するのも面倒だったので、俺は無視してネットを続けた。特に意味も無く、この間データを盗んでやった会社の極秘プロジェクトを覗いてみるが、経費面がずたぼろだった。くだらなくて少し笑えた。
「子供の頃にインプットされた禁止事項というのは本人下思う以上にその人間の中枢部に巣食うことになる。いわゆるひよこが殻からでてきて一番最初にみたものを親だと認識する原理と似たような洗脳だよ。それは段々大人になるにつれ、それについて注意をする人間も減り、洗脳が薄まった状態でただ単純に禁止事項は「昔できなかったが今ちょっとやってみても良いんじゃないか」という思考に摩り替わる。それがまず底辺にあるわけだ」
ついに兎吊木は自作のソフトにも飽きたのか、オートに切り替えてパソコンを放置する。自分で淹れたコーヒーはただの微温湯になってしまったのか、一口飲んだ後、うえ、と一人嫌そうな顔をした。
「なんだ、式岸。お前のコーヒーあったかそうだな。交換しようぜ」
「全部飲んでから淹れなおせ」
俺の横にある、白い湯気を立ち上らせるマグカップに目を留めた兎吊木がへらへらと笑いながら己のマグカップをこっちへと押してきたのを、自分のコーヒーを避難させながら押し返す。「ケチ」と呟きながら、兎吊木はぐいっとぬるいコーヒーを飲み干した。
「で、だな。 よく良い子ぶってる奴だとか優等生だかを地に落としたい衝動ってのは破壊衝動に似てるんだよ。その破壊衝動は溜めれば溜めるほど残虐さを増して、最終的に暴発する。人体への破壊衝動は殺戮衝動にも変わる場合があるわけだ」
段々会話の雲行きが怪しくなってきたな、と俺が思った瞬間、横に座っていた兎吊木が俺の胸元を引っつかんで引き寄せた。反射的に体を支えるためにテーブルについた手が、ばんっ、と音を立ててテーブルを叩きつける結果になった。兎吊木の空のマグカップががたん、と一瞬浮いた。
「とある国の精神医学に秀でてる人間が、ジャック・ザ・リッパーを初めとする無差別殺人についての精神病について研究しているんだが、近頃日本の零崎一賊ってぇのに目をつけたらしい」
俺はその言葉に無言で返す。既に予想がついていた内容だったので顔の表情も変わりもしなかった。
「色んな所から色々と圧力が掛けられているらしく、その研究は表にはでないそうだが、一応過程としての結果論はでたそうでね。この間慣れない手つきでハックしてみたんだが―――結構、面白い話だったな」
「何が言いたい?」
「殺人鬼というのはどうやら人間に対して劣等感を持っているそうだ」
そっと耳元に囁いてくる兎吊木の息遣いが気持ち悪く、胸倉を掴んでくる腕に力を込めて握り返せば、溜息を吐きながら体を離した。手首を離してやれば、くっきりと赤い痕がついていて、痺れでもするのか兎吊木は握られた腕をぶらぶらと振って見せた。
「殺し方やらから、その本人が人殺しを楽しんでやっているかどうかが分かるような検死の学者がいるそうだが、零崎一族の殺した死体からはそういう感情が一切見当たらないそうだ。本人に言わせれば、「殺すべくして殺した」といったふうらしく、ね。まぁ、一賊だから個人個人に何かと差はあるらしいけれど―――」
「―――――不快だな」
一言、吐き捨てる。
「―――――――不快かい」
「不快だ。殺した肉調べられてストーカーまがいのことをされるだけなら、警察と同じでまだ捨てておけるが―――殺した死体見るだけで、俺達のことを知った風にされるのも――――知った気になられるのも、不快だ。くだらねぇ」
怒りによって兎吊木を睨みつける形になるが、兎吊木は楽しそうにふふ、と笑い声を零した。
「ふふ、ふふふ。ご立腹だね。なんなら、その学者教えてあげようか?殺したいかい」
「それに、兎吊木。てめぇは俺――――俺たちのことを見くびりすぎだ」
かちゃりとパソコンを動かし、外国側の検索トップページへ飛ぶ。ニューストピックスに載ってある記事を開けば、昨日の記事が上がった。
「――――――――へえ」
画面に表示されているのは、精神医学で特許を貰っていた72歳の教授が殺害されたというニュースだった。死因は溺死。旅行先のホテルで、備え付けの洗面台に水を溜めさせ、そこで死んでいた、という内容だ。他殺と判断された理由は、当人の両耳が削ぎ落とされていたそうで、猟奇殺人として大きく取り上げられている。
それを感心したように読み終えた兎吊木は、にこにこしながら「これは弟さん?」と聞いてきた。
「お前に答える義理は無い」
「ふふ、そうだね」
にこにこと笑いながら兎吊木は身を寄せてきたと思えば、片手を伸ばして俺の避難させたマグカップを奪い、丁度良い温度になったコーヒーを喉へ流し込んだ。
「でも残念だなぁ」
「何がだ」
「いや、お前がこの学者を殺しに外国に行くんなら、俺もついてって二人っきりで旅行でも行きたかったんだけど」
・・・何を言い出すんだこの馬鹿、と俺が不審げな目を向けると、兎吊木は無邪気に笑いながらコーヒーを口から離して、言った。
「やっぱりはじめての旅行は結婚してからの方がいいか」
どうやら脳味噌が湧いているらしい。凶獣からのウィルスメールもついに途切れたのか、兎吊木のノートパソコンから少女が「ふえー」と変な声を上げた。
兎吊木はパソコンの脇からCD−ROMを取り出すと、恐らく少女のゲームデータが入ったそれをテーブルの上に叩きつけて粉々に割った。「五月蝿い子にはお仕置きだよ」と遅すぎる叱咤が砕けたプラスチックに向けられたが、今度は奇声も何も返ってこなかった。
2007/11・24