■wj log 2
藍染は己の自室で眼下に広がる白砂の海を眺めていた。どこまでも白いその砂漠は暗闇を含んでどこか灰色にも薄い藍色にも見える。こんな所にも色はあるものだ。吐き気が込み上げてきた。全てが疎ましくて堪らない。
朝も無ければ夜も無いその虚ろのみが溜まる世界を眺めていれば、かつての極彩色を持つ死神たちの街並みが脳裏に浮かんだ。
虚ろに色は無い。魂のみが持ったその汚れの無い白濁と、死の寸前に目を覆う絶望の黒だけ、彼らは色を持つことだけを許されている。
現世に行くことの許される十刃の者達はあの世界の色を見るが、ここを出ることを許されないか弱い虚達はきっと草花の緑を見ることは無いだろう。果実の赤も、海の青も、数えることなどできないその色達を。いつかここを出たら彼らは己たちの白と黒を忘れてそのまばゆい色に酔える日が来るだろうか。永遠に血の赤のみをみることはない。
「また外眺めてたんですか藍染サン」
「ギンか」
断りも無く私室に足を進めてきた藍染の副官は椅子に座る彼の左斜め後ろからその砂漠を共に見下ろした。「何も無いナァ」と詰まらなさそうに呟く彼は藍染が夢想していたと同じように白い。
「藍染サンは簡素なのを好むんか?」
ギンが言うその質問は無駄なものを作らなかったこの放置された砂漠と、形成されたこの白い宮を示していた。その意図を認識しながら、藍染は「いいや、」とゆっくりと首を振りながらそれを否定した。
「そういうわけではないさ」
「そうなん?じゃ、もう少し何かついてるのでも作ったら良かったですやん」
藍染の座るその一人用の椅子の、腕をかける場所に無理に腰を下ろし、ギンはその細い腕の先につく細く長い指で藍染の深い亜麻色の髪を弄った。無造作にかきあげられているその髪は邪魔だからという理由で後ろに流しただけだ。むしろこの髪型の方が落ち着くのか、髪を下ろした状態を偽りとしていた。あんな格好をすることはもう無いだろう。若い副官は撫で斬りにし、かつての隊長という格を踏みにじってきた藍染が今更戻る所も無い。
藍染は髪を弄るギンの手を無視しながら、どこまでも続くと思われるその白い砂漠を静かに見つめ続けた。
「私は五月蝿いのが嫌いだ」
「それは視覚的に?音も嫌いなんかな?」
「どちらも」
藍染はふと目を閉じて囁くように答えた。
「どちらも嫌いなんだ。叫び声も、いまさら見飽きた血の色も。―――――死神どもの黒も」
「だから白くしとんの?」
「いいや」
藍染は否定する。ギンの指先が藍染の髪を伝ってその首筋へと降りた。それでも藍染は身を捩りも、その手をとめることもしない。
「あえて言うのなら、どちらもじゃない。―――――――全部、全部嫌いなんだよ」
言葉は何を孕んでいるのかギンには理解できなかった。別に理解できなくともいいのだ。藍染に必要なのは優しい理解者ではない。最後まで付き従う優秀な副官と兵隊だけだ。
ギンはすっと指先をひかせて藍染が眺める砂漠を黙って見た。どちらかというと派手なものの方が好きだし、楽しいのが好きなギンは五月蝿いのも嫌いではない。
しかし、藍染が嫌いだと言って「潰せ」と命令するならばどんなに好きなものも次の瞬間には叩き潰す気はあった。ギンに藍染を理解する必要は無い。理解するつもりも毛頭無い。しかし、ギンは藍染の言う言葉には全て服従する気があった。
その遠くを見つめる栗色の双眸はどこまでも優しい色をしているというのにその瞳の奥にはけして温度がないことを知りつつ、ギンは砂漠を眺め続けた。そうしていると、何故かあのにぎやかな色や音たちも憎くて憎くて堪らない物のような気がしてきて、ギンは黙って肩を竦めた。その様子をふと見た藍染が、少し笑って瞼を閉じる。
沈黙の末に理解はけして無いとは言えなくなっていたのだ。

 その場のノリで藍染とギン 2007/12/15



「ふむ、前回も思ったがお主どうにも童顔じゃな」
「そうっすかね・・・」
クロロを眺めている殺し屋としてはトップクラスに君臨する老人は、きちっとスーツに身を包むクロロを爪先から頭の天辺まで見終えると、「さて、行こうか」とレストランの扉をくぐった。
その老人の総白髪と己よりも低い身長を見下ろしながら、一瞬逃げてしまおうかという選択肢と共に、今攻撃をしかけたらどうなるだろう?という興味本位の思いが浮かんだ。そのクロロの考えを先に読んだのか、ゼノはくるりと老人とは思えない滑らかな動きで振り返ると、呆れたような口調で「仕事じゃない時ぐらい物騒なことを考えるもんじゃない」と子供を叱るように注意した。そのどうにも喰えない態度に、クロロは肩を竦める。立ち止まる二人の前方から、給仕の男が礼儀良く「いらっしゃいませ」と会釈をした。

ゼノとクロロが出会ったのは本当に偶然の出来事だった。念能力を封じられたクロロはどうにもやることが無く、部屋に引きこもり旅団との連絡を取りあうためにヒソカだけと顔をあわせるのも気が滅入ると思い、(なんせ会う度に「念が使えるようになった時が楽しみでならないよ」と呟き続けるのだ。)(せめてヒソカが美女だったら・・・いや、やめよう。嫌な想像をしてしまう)そんなこんなで、潜伏先の町の古書店で暇つぶしに本を買いに出かけたのだ。あいにくの曇り具合だったので傘を持っていこうか迷ったのだが、良い本を見つけると際限なく買おうとしてしまうクロロの嫌な性分を考えれば傘なんて邪魔なもの持っていく選択肢なんて最初から無かったのかもしれない。しかしそんな考えも杞憂に終わり、古書店では特に気になる本も見つからず、そして悲しいかな丁度店を出て2分ほどしたところで雨が降ってきたのだ。
雨の勢いは強く、アスファルトを叩きつける音で殆どの周りの音が遮断される。頭の先からずぶ濡れになったクロロはとりあえず一休みしようと閉店した店の軒下へと身を入れた。
そこで気持ち悪さに参っていると、会うとは思っていなかったかのゾルディック家当主の父、ゼノ・ゾルディックに邂逅したのだった。
逃走しようと目論むも、念能力の使えないクロロがゼノから逃げれるわけも無く、次の瞬間には首根っこ捕まえられている嵌めにされたのだが、ゼノが呆れた目で濡れ鼠状態のクロロを見て思いも寄らない提案をしてきたのだ。

「やっぱり殺し屋だな爺さん。羽振りがいいにも程がある」
「まずお主のような年齢にもなって正装の一つや二つ持っていないほうがおかしいわい。お主はその現実離れ具合に程があるが」
向かい合う形で運ばれてくる料理を口に運びながら、クロロとゼノが呟きあう。クロロは来た時の旅団のコート姿ではなく、きっちりとした上等なスーツに身を包んでいる。レンタルではなく、ゼノがその場で購入した、今やクロロの私物になっている。
以前殺しあった時の縁やらから食事を奢ってやろうというゼノの提案にはかなりクロロも面食らった。この爺さん人の殺しすぎで頭の螺子がふっとんだかとも思ったぐらいだ。しかし今回の杞憂は特に何もなく、服も買ってもらい食事も奢ってもらい、とクロロは大層ご満悦のようだ。
ぐしょぐしょになってしまったコート類は店で貰ってきたその店のビニール袋に(店からのサービスで水気を取ってもらい色移りしないよう一つ一つ分けて)入れてもらい、現在はテーブルの横に陳列されてある。ゼノはそのクロロの若い顔つきを観察しながら、以前の戦闘を思い返していた。どうにも若い。若造というよりは小僧というべきかもしれない。ふと殺気をだしたりのほほんとしたり、ころころと変わるその空気は子供特有だ。現在家出中のゾルディック家期待の孫をふと彷彿とさせたが、孫の方がまだ可愛げがあるだろう。なんといってもこの若造は旅団の団長だ。ゼノとシルバ二人がかりで戦って(途中でやめたといえど)生き残っている強者なのだ。
「爺さん、この間俺と爺さんが戦ったらどっちが勝つ?って聞いたよな」
「ああ」
「前言撤回するつもりとか無い?」
そんなこと引き摺ってるのか。ゼノはやはり目の前の男の子供っぽさに閉口したが、その目がどうにも本気そうだったので逆に笑えてきてしまった。
「そんな喧嘩腰の言葉、念が使えるようになってから言いにくるんじゃな」
「え、気づいた!?」
「当たり前じゃ。人を嘗めて掛かるにも程があるわ」
そう吐き捨ててやれば、クロロはバツが悪そうな顔をして、丁寧に切ったそのステーキを突き刺したフォークを口へとつっこみ、そして口を閉ざした。
それでいい。少しは落ち着くべきだと心の中で思えば、クロロはまた口を開いた。
「なぁ、なんか面白い本しらない?」
「おぬしは・・・」
食事に誘うのは失敗だったかもしれない。飄々としている正確なのは前回で知っていたが、少しは聡明そうに見えたのに、とゼノは心の中で一時間ほど前の己の失態を詰った。

 ゼノとクロロ 2007/12/15
2007/12・29


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