■ディグレ log 1
「藍染さんは」

そっと、藍染の右手を左手で掴み、口元に引き寄せて指に乾いた口先を押し付ける。
「優しいなぁ」
ギンは可笑しそうにころころと笑うのに、ぼんやりとしたままの藍染は静かにギンの目を見返す。三日月のように、またはチェシャ猫のようにとでも言えるのだろうか、にんまりと歪んだ瞳の奥で、薄い金の目が奥深くで笑っていた。
「お前ほどではないよ」
ぽつりと返す。
ギンは少しも表情を変えず、つまらなさそそうにしているのか、それとも只何もやる気が無いような藍染を見ながら、指先から上に上り、藍染の手の甲にキスをする。
「藍染さんは、優しいなァ」
「・・・・・・お前は、そう言うけれど」
私の何処が優しいというんだろう?
呟かれた言葉は、白い部屋に溶けて消える。
は、とギンは浅く笑って、
「そりゃぁ、世界が滅ぶのを、許してやるようなところがでしょうよ」
と、静かに嘲笑うかのように言うと、身を乗り出して、最後に藍染の瞼に口付けた。
「藍染さんは、優しいねぇ」
白い狐はあやす様に笑う。
白い男は何も答えず、己に心酔していた元副官を刺した、刀を持つ実感を頭の隅で思い出してた。
白い狐の言う言葉が、まるで男には罪を許してやると言っているように聞こえたからだ。
「お前の方が、優しいよ」
口には出せずに、そう思う。

きっと信頼する副官に優しい言葉を投げかけてもいいのは―――――、頭の片隅に鮮やかに残る、艶やかな金糸の髪を緩やかにかきあげる、私ではない彼女なのだから。

ギン藍



微エロ注意
ぎしりと、ベッドが軋んだ。
浅い息が吐かれるのを静かに見やって、ぼんやりとした頭で淀んだ気分に、心の中で舌打つ。
痛みや快感などが、虚園に来てから異様に感じなくなった。
崩玉に霊力を捧げるようになってからだろうか。
まぁ別に困るわけでもない。己が妙に淫行に疎くなったとしても、ここにいる同胞に迷惑がかかるわけでもないし、ましてや不感症のようなものになったとはいえ生きていくうちに何か支障が出るとも思えない。
人間が生きていくのにまさか女・酒・飯などが必要とは藍染は小指の先ほども考えてもいないが、しかし藍染に少なからず思慕の情を持つ者としては色々と考えることがあった。
そう、色々と。
口淫に励んでも、といっても可笑しいかもしれないが、崇拝すべき藍染に少しでも悦んで貰おうとグリムジョーが持てる限りの知識と能力を持ってしても、まるで本人のように反応する素振りすら見せない。
偶に溜息なのかどうなのか不安だが、浅い吐息が吐かれるごとに不安と喜びの入り混じった気持ちでびくりと肩を震わせながら丁寧に丁寧にしゃぶるが、藍染のそれはぶっちゃけ不能なのかとでも言いたくなるぐらい反応を示さないのだ。
中々頭をあげないそれに申し訳なく思い、恐る恐る上を見上げると、普段とさして変わりない顔で「お?」とこちらに気づき、すぐににこりと笑って優しくグリムジョーの頭を撫でる。
男の面目丸つぶれだった。
「あの」
「うん?どうかしたかい・・・ああ、無理にとは言わないよ。顎も疲れただろう。休みなさい」
無理に己からやらせてくれと頼み込んだというのにまるで藍染が強制させたかのような口ぶりだった。
ここまで気を使わせてしまっていたのかと心の中で絶望しながら、グリムジョーは「いいえ違うんです」と慌てて訂正しようとする。
藍染はといえばずっと座りっぱなしで腰も痛くなってきたし、グリムジョーの熱心さに悪い気分になっていたものだから別にやめてもらっても構わなかった。すでに半勃ち状態だったが、後は自分で適当に処理すればいい。萎えるのを待ってもいいし、結構どうでもよかったが、グリムジョーの必死っぷりに悪いことを言ったかな、と己で参った。
「や、やっぱり気持ちよくないのでしょうか」
「・・・・・・・・まぁ、こればっかりは仕方が無いしね」
気に病むことではないよ、と言ってやるが、グリムジョーはさっと蒼褪めてす、すみませんと謝罪する。
「無理にさせてもらったというのに、全然」
「いや、グリムジョーが気にすることでは無いさ。気に掛けさせてしまったのなら、すまなかったね」
もう一度頭をくしゃくしゃと撫でてやり、顔を上げさせる。気まずそうなその顔に、藍染は困ったように笑った。
「やってくれてる最中の君の顔は大層可愛かったよグリムジョー。お前が気に病むべきじゃない」
そこで、ふと。
藍染は静かにグリムジョーの下半身に視線を落とした。
さっとグリムジョーは顔を赤らめ身を引こうとしたが、藍染の手と霊圧が許さない。
いつもの肝の冷えるような殺意の篭ったそれじゃないが故に、慣れない為「う」とグリムジョーの口から呻き声が漏れた。
「・・・・・・もしかして、とは思うが・・・」
「す、すみません」
造られた命は酷く若く幼い。
着物を持ち上げている、上を向いたグリムジョーのそれを少し困ったように見やりながら、藍染は少し笑う。
「一体何処に欲情したのかな」
全然乱れてもいないというのに。
グリムジョーはもごもごと説明する。
「そ、の・・・少しずつ反応してるみたいだったので、嬉しくて・・・」
「・・・・素直だねぇ」
媚声も上げずともこの従順な同胞は反応をしてくれるのに。
藍染はおろおろと狼狽するグリムジョーを見下ろしながら、優しい声音で言ってみた。
「私の中に挿れるかい」
「え・・・・えっ」
「いや、気持ち悪いのならいいさ。性欲云々まで口をだすような人間じゃないから」
「い、いえっ、やらせていただけるのでしたら」
立ち上がり、玉座に押し倒すように身を乗り出してくるグリムジョーに圧倒されながら、藍染は苦笑しながら衣類に手を掛けた。
特に思うことも無い。
痛みも無ければ快楽すらも無いのだから。


 グリ藍



「死んじゃいました?」
がさりと。
草を掻き分けて合流してきた骸は、泥だらけになって地面に倒れる少女を見ると、両側に立って骸を待っていた犬と千種に聞いた。
「・・・多分」
「来たときにはもうこんな感じれしたー」
喧騒が遠くへと遠ざかっていく。マフィアの奴らはもっと遠くに骸たちが逃げたのだろうと思ったのだろう。少しすれば、森の中は静寂に包まれるようになる。
「・・・・・むく、さ」
「おや、まだ息がありましたか」
少女は、泥と血に塗れながらも、朦朧とした意識の中で最愛の人の名を呼んだ。掠れた声がぎりぎり骸に届いて、骸は呼ばれたように少女の傍らに膝をつく。
「ひどいですねぇ。こんな、・・・痛いですか?」
そっと少女の頬についてある泥を拭ってやると、泥ではなくそれは血だったらしく、滲んだ血がまた少女の頬を汚す。
「うっ、うう・・・」
「ああ、怪我してた所でしたか。すみません」
痛みに顔を歪める少女に謝りながらも、骸はそっと少女を抱き起こした。三日ぐらい前に町でマフィアに殺されかけている所を拾った少女だった。出会ってすぐの骸になつき、動物のように後ろをついてくるものだから、仲間にしてあげようとした次の日。
少女を追いかけてきたマフィアに巻き込まれ、森の中でこうやって鬼ごっこかつかくれんぼをしていた所だった。少女は苦しそうに喘ぎながら、先程まで男達に殴られ蹴られ足を撃たれとずたぼろの状態で、指の折れている右手を骸に向けて伸ばした。
「あっ、あああ、あ」
何かを言おうとしているのか分からないが、少女はひゅうひゅうと喉を鳴らしながら嗚咽を洩らし続ける。ぼろぼろと両の目から涙が零れ落ちて、頬についていた泥を滲ませては流した。
「むくろさま、むくろさま、ひとりにしないで。お願いします、おねがいします、もうやだ、です。すてないで、お願いします、なんでもします。く、暗くて、暗くてこわいんです。う、ううう、うぁ、あああ」
「・・・大丈夫ですよ」
「なっなにが!何がだいじょうぶなんですかぁ!ひとりにしないでくださいぃ!むくろさま、お願いです、お願い、ひとりはやだ、一緒にいてくださっ」
顔を歪めて喚く少女の手が、骸の右目に触れた。
ふと、向こうから行ったと思われるマフィアの連中が戻ってきたらしく、喧騒がまるで這い上がる蟲のように近づいてきた。
「骸さま、逃げましょう」
「早く行かないとだめれすよ」
「やだぁっ!歩けない、あたし、歩けないんですっ!骸さま、いっしょにいてください」
はっ、はっ、と泣いたせいで呼吸の上手くできない少女の腕が、骸の体にしがみ付いた。
「一緒にはいけません。貴方とはここでお別れです」
骸が優しく少女の腕を、怪我に触らないようにどかした。
あっ、と小さく嗚咽を上げて、少女の体が地面へと置かれる。
「ひどいっ、ひどい人!醜い目ぇしやがって、死んでしまえ、もういらない皆信じない皆死ねっ!死んでよいらないやだぁああああああ!!!」
絶叫が森に響いた。男達の声が、近づいてくる。
骸たちは身を翻して、森の暗闇へと逃げた。
少女の叫びが骸たちの背を追ってきたが、少しして、銃声と一緒に、ぷつんと途切れた。
喧騒が、遠のいていく。

 幼い骸たち 07.8.12



ぎぃん、と鈍い刃物の交わる音が響いた。
一流同士が戦うのならば高らかな金属音がなってもいいのだろうが、生憎己の師は先程の斬撃を受け流すことが出来なかったらしい。
しかしここは師の顔を立ててやり(ああなんてお優しい俺様!)気づかないようにすぐさま振り向き刃を構える。わざとらしくふぅと溜息なんて吐いてやる。昔達人と崇められていた老いぼれの師匠は息が上がっていた。
まったくどいつもこいつも的外れすぎる。
「少々休憩にしませんか。喉が渇いて仕方が無いんです」
「ああ・・・・そうだな」
刀を下段に構え、己に向かって一瞬も気がひけぬと強張っていた体を弛緩させ、老いぼれは微かに笑ってのろのろと歩み寄ってきた。
潮時だな、と心の片隅で思いながら、飲み物をどうぞと師匠に渡す。「ありがとうスクアーロ」と片手でそれを受け取り、床に座る。
と、そこで、奥の間からきぃん、と刃と刃のあたる高音が鳴った。
つい振り向いてそっちを見ると、「テュールだ」と老いぼれが小さく呟いた。
「テュール・・・ああ、ヴァリアーのボスの・・・」
「今では剣帝と呼ばれている。・・・お前の兄弟子に当たる奴だ」
扉が微かに開いていて、そこから2人の男が見えた。どちらが強いかなんて一目で分かる。
「師匠が教えていた一人なんですね」
「ああ。奴は神に愛されている」
少しだけ自慢げに、老人は呟いた。へえ、と相槌しながら男を見ていると、隙間から見える部分から、壁の向こうに消えてしまった。また、金属音。(しかし、神に愛されていると剣が強くなるとは初耳だ)
「天才とかってやつですか。凄いですね」
「ああ・・・・・・」
老人は、テュールが見えなくなった向こう側を、眩しそうに見ていた。(くだらねぇ。教えた子供が偉くなったというだけで悦に浸るなど)
剣なんてのは所詮人を切るための道具でしかないというのに、神に愛されているなどよく言ったものだ。(まるで神が人殺しを愛しているみたいじゃねぇか)
「師匠、もう一度、お手合わせいただけますか?」
「あ、ああ」
引き攣った声で師匠は身を起こした。
ああ、クソ、どいつもこいつもくだらねぇったらありゃしねぇ。


次の日、不慮の事故でスクアーロの師が死んだ。

 スクアーロ(幼少) 07.2.13



じりじりと己の体が焼け焦げる錯覚を起こす。
異常な暑さに、ぽたりと顎を伝って汗が落ちた。はっとして視線を下ろすと、足に当たらずに乾いた地面を黒く濡らしている。
みーん、と煩わしい蝉の鳴き声が脳に入らず耳元で騒ぐ。姿は見えなかったが、一匹ではないのだろう。五月蝿いな、と思った。
珍しくいらついている。何故こんなにも己が不機嫌なのかは全然分からなかったが、兎に角すべてが煩わしかった。こんな日もあるだろう。すべては、暑いのが、悪いのだ。
視線をゆるりと前へと移すと、少し前に干からびて黒くなった蚯蚓がいた。次の瞬間、いつだったかテレビか本かで見たイモリの炭火焼を思い出した。串刺しにされてあるあれが美味いのかどうか本気で気になったが、食べる気は起きなかった。
「(いや、イモリだっけ?ヤモリだっけ?)」
しかし、やはりどうでもいいことだったのだろう、どちらかだったが思い出せない。しかしこれから生きていくのに別に食う機会は訪れないだろう。山本はそうしてまた、ぐるぐると迷走する考えを打ち消す。
全身が汗でぐっしょりと湿っていて、不快な気分は止まない。脳が沸騰しているのかもしれないな、などとまたおかしなことを考えながら、山本は早く待ち人に来て欲しいと願った。
本当に沸騰してとろけてしまう。じわりと、また滴った汗が地面に吸い込まれて黒く変色した。
「(早く来ないかな・・・)」
空は憎くなるほどの快晴だった。野球、野球がしたい。しかし近頃脳に思い出されるのは、バットを振る己の姿よりも、いつの間にか握る刀を本能で動かす己の姿で―――、また、山本は悲しくなった頭で目の前の蚯蚓を見ては、またイモリだったかヤモリだったかと迷走してしまうのだった。

 山本 07.6.24



男の白く細い腕が、暗闇の中ゆっくり持ち上げられると思えば、それについた五本の指が、意思を持って千種の首を掴んだ。
「・・・・・・・・」
ただ無言のまま、男は千種の首を片手で掴んだまま、そのままゆっくりと指先で首の裏側をなぞる。
千種からは男がどんな顔をしているのか、あたりが暗いせいでまったくもって分からなかったが、とりあえず何も言わずに黙ってじっとしていた。対する男も何も言わず、千種の首に伸ばされた腕を二本に増やしただけだ。
「・・・・・・・骸さま?」
まるで首を絞めるように両手で首を触るのに、一向に力を込める感触がなく、ただ気持ち悪さに千種がとうとう男を呼んだ。
少しの静寂の後、男がちいさく溜息を吐く。
「・・・どうして殺せなくなったんでしょうね」
ぱっと男の掌が千種の首から離されて、哀しそうに男がもう一度呟いた。
「どうしてお前達を殺せないんでしょうね」
「・・・・・・・・」
返答するのは躊躇われた。男のそれが、今までどおりの気まぐれなのか、それとも、自分達が思う優しさであるのか、千種には図れなかったからだ。
「・・・・・・・・骸様が」
そこまで言いかけて、やはり何も言えずに黙り込む。男はそれを一瞥すると、さぁ?と誰に言うでもなく肩を竦めた。
意味は無かったかもしれない。千種は言わなくて良かったと心の中で溜息を洩らし、今度この暗闇から腕がまた己の首に伸ばされたら、今度は生きれるだろうかと、ここに犬がいれば賭けでもできただろうかとぼんやり思った。

 骸と千種 07.9.23
2007/10・03


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