■ とある魔術の禁書目録

*ステイル→禁書目録

「あ、とうまだ」
隣をのろのろと歩いていた少女は、途端に表情を明るくして、体に合わない真っ白い修道服を翻して走り出した。すぐさま躓いて転びそうになるのを反射的に腕を掴んで抑える。14歳とは思えない、骨ばった、成人男性のような大きな手が、幼い少女を支えた。
「危ないよ」
今にも折れそうな少女の手を、まるで縋るように引き止めて、ステイルは泣き出しそうに呟いた。驚いた顔で振り向いて、「ありがとう」と困ったように微笑んだ少女に安心したように顔を緩め、彼女がちゃんと立つように引き上げる。
この腕を、離したくない。
この感情は愛だろうか。思慕の情なのだろうか。わからない。全然。
柔らかな布越しの彼女の腕は、昔と変わらず酷く脆い。翠の眼を不思議そうにぱちぱちと瞬きさせて、少女は「どうしたの?」と聞いた。
「何でもない。・・・気をつけて」
送り出すのか。また手を離すのか。葛藤が脳髄を奔る。苦しい。息ができない。
ただ、守りたかっただけなのに。ただ、この子が幸せであれと願っただけなのに。俺はこれ以上なにを望むのだろう?
「・・・離して?」
「ごめん」
待ちくたびれたのか、首をかしげながら、恐る恐る呟いた少女に謝罪し、ステイルはやっとその手を離した。指先を掠めた絹が、ぞっと背筋を凍らせる。
「ごめんよ」
君の幸福を願っただけなんだ。それが僕の最善だったんだ。
遠くで少女の愛しい少年が、何か叫んでいた。酷く忌々しい。彼女の救いは彼だけだった。
再び走り出した彼女の肩を、引き止めるようなそんな手、僕は持っていない。
口を閉ざし、音を無くす。声は決して呟かれはしない。
幼い感情の意味も、方向も、その口から永遠に吐き出されないその呟きも、まだ、子供である男の口からは、まだ。



*上条と禁書目録とステイル

「―――――――あ?」
下校する学生の波の中、今日も今日とて不幸の連続を一心に受けて傷心の俺は視界の端にふと見慣れた赤い髪を見つけた。
オシャレな雰囲気のカフェテラスの椅子に腰を下ろし、2mの長身故か座っても目立つそいつは、もう既に知り合いと称して問題のない関係となってしまった不良神父だ。トレードマークと化している煙草を燻らせて、ステイルはかすかに微笑んでいた。
遠目なのでそうよく表情なんて伺えないのだが、ステイルは確かに微笑んでいた。困ったような、それでいて少し悲しそうな顔のまま、視線の方向に笑みを向けている。
そして、その笑みを向けられている人間は俺の知る限り一人しか居ない。銀髪の少女はいつもの純白の修道服に身をつつみ、幸せそうにぱくぱくとパフェを口に運んでいた。インデックスが金を持っているわけがないので、恐らくステイルが買い与えたのだろう。そのなんともいえない幸せそうな顔を見ると、普段パフェやらを存分に食わせれない自分に悲しくなってきた。
「おーい、インデッ・・・」
足を止め、声を掛けようと口を開いた瞬間、ステイルが微笑んでいただけではなく、酷く楽しげに笑った。はじめて見るその表情に、言葉を無くす。
ああ、わかった。あの顔は。
「(―――――――俺の顔だ。)」
インデックスと馬鹿やって、楽しくて、笑っている俺の顔だ。友達とふざけあっている俺の顔だ。
「あ、とうま!」
俺が呆然と立ち尽くしているのを見つけたインデックスは、ほぼ食べ終えていたパフェを口に流し込み、ステイルにお礼を言うと一目散にこっちへ走ってきた。
「おかえり!もう、暇だったんだよ!」
「あ、ああ。・・・パフェ奢ってもらったのか?よかったな」
俺は今にも頭に噛み付きそうなインデックスから目を離し、ステイルへと向けた。ステイルは俺を睨みつけていたが、インデックスが振り向くとすっとその表情を消し、レシートを片手にレジへと消えた。
「とうま?」
「あ、いや、なんでもねぇよ。ちゃんとお礼言ったのか?」
「言ったよ!失礼なこと言わないでよね!」
ステイルは会計が済むと、インデックスの背を見てそっと微笑み、最後に俺を威嚇するように睨み付けてきて、そして人ごみに消えた。背が高いせいでしばらくその突き出た赤毛がふらりと揺れるのが見えたが、俺はそれが見えなくなるまでそれを見送った。
「どうしたの?とうま」
「・・・なぁ、インデックス。お前、ステイルのこと、好きか?」
唐突に聞いてきた俺を不審気に見やり、インデックスは「嫌いじゃないよ?」と首を傾げる。
「でも、私を捕まえようとしてた、敵だから・・・なんで私に優しいかはわかんない。正直、ちょっと怖いかな」
「・・・・・・・そうか」
俺は寮の方へと脚をむけ、インデックスが隣を歩くのを確認しながら、そっと呟く。
「アイツは、いい奴だぞ。お前には、絶対に危害を加えない」
「そうなの?じゃあ何で・・・、・・・・そう」
インデックスは何か言いたげだったが、俺の真剣な口調に押されたように、こくりと頷いた。



*ステイルと小萌先生

自分よりも酷く高い位置にある煙草の明りがゆらゆらと揺れて、ふわりと紫煙が空を焦がしていく。現実にはありえないそんな想像をふと抱いて、ああ、この人がこんな神父みたいな格好しているから、そんな夢見がちなことを考えてしまうんだ。そんなことを思ってみると、酷く己が馬鹿みたいな気分になって、煙草の灰が心臓に溜まっているようだ、なんて思った。愛しくて仕方が無い体に悪い煙が風に揺れて、私はふわぁ、とたっぷり吸い込んだ煙を口から吐いた。
「蒸気機関車みたいだ」
「むぅ!?何を言うんですかー!」
唐突に、笑い声と共に頭上から笑われて、私は咄嗟に腕を振り上げて怒った。椅子に座った状態なのに見上げなければならない、そんな屈辱的な気分にさせる若い赤毛の神父さんは、くすくすと笑って煙を吐く。
「あなただって機関車みたいですよぉ!」
「貴方が業とらしく煙を吐くからですよ」
口の端でゆらゆらと揺れる神父さんの煙草の先端の紅を見つめて、「味わっていたのです、」とむっとした顔で進言すると、「それは失礼」と微笑みながら右手を私の頭の上に乗せてきた。髑髏とかのデザインが基調にされているシルバーアクセサリが大量についている手で、頭を撫でられると酷く痛かった。ごつごつしている。
「痛いです」
「それは失礼」
「こんなに手が綺麗なのに」
おどけてみせる神父の手を私は掴み、その整った指先を掴む。14歳とは思えない、綺麗な男の人の手だった。
「痛いです」
「・・・そういや先生」
「なんです?」
神父さんはにこやかな笑みを浮かべたまま、「近頃口の端に煙草を咥えて上下に揺らす癖がついたみたいですけど、一体どうして?」と聞いてきた。
「あー、うー!・・・映画で、格好いい俳優さんがやってたんで、」
「映画の真似をして格好付けるのはよくないって、初めて会ったとき言ってましたよね」
「ああ!もう!揚げ足とるの止めてください!」



*この喉が焼ける前に (ステイル→禁書目録

指先が震えて涙が零れる。嗚咽の代わりに出てくるのは音の無い熱い息で、僕は顔を覆った。
君を守りたかった、君に幸せでいてほしかった。例えその隣に僕が居なくても、ただ幸せで、無事で居てくれさえすれば、それで僕は満足だったんだ。
その、筈だったのに。
(しかし事実、君が僕に怯えるその姿に、けして過去のように己を頼ってくれないそのか弱い腕に、ただ違う人間を不安げに呼ぶ声に、その濡れた目に)(僕は何度も後悔する)
君を守りたかったのは僕のエゴだった。君に幸せになってもらいたかったのは僕が見たかったからだ。僕のことを嫌いになってもいいだなんて、僕は何度嘘を吐いただろう。嘘で締め上げられたこの首から、君へ、君に縋る絶望の声はけして届かないのだ。
それでいい。それでいいんだ。
遠い異国の地で、愛しい人と幸せになってくれ。それだけでいいんだ。僕はそれで許せるのだ。けして、けして。

(己の喉が己の炎で焼け焦げてしまう前に、もう一度だけ、君に愛を歌いたかったよ)

2008/2・24


TOP