■ today the world did not end.
「ティッキーは、僕らのこと裏切る?」
「・・・・・・は?」
突然の台詞に、ティキはぽかんと口を開けてソファに寝転がるロードを凝視する。
相も変わらずスカートの中が覗きそうな際どい状況で、彼女は嫌にでかい棒つきキャンデーを頬張っていた。見ているだけで胸焼けがしそうな人工的なピンク色に眉を顰め、ティキはソファの腕を乗せるための部分に腰を下ろす。
「それは、昔にノアを裏切った奴みたいに・・・俺が何かやらかすか、っつー意味かよ」
「そうだよ。それ以外に裏切るの何の意味があんの?」
「まさか」
肩を竦めてちょっとあざ笑うように口の端を歪めて見せると、ロードは笑わずにべきりとキャンデーを歯で噛み砕いた。ぼりぼりと続いて音がする。
飴って舐めるもんだろうにと呆れて見やると、えへ、とロードは笑って見せた。手に残った棒だけを、べろりと舐めると、テーブルの上に放り投げる。
ああ、テーブルに飴付くだろうと溜息を吐くと、ロードは気にせずに笑った。
「嘘吐き」
「信用ねーのな」
「だって可愛い男の子手篭めにしよーとしてるじゃーん」
手篭めって・・・。人間のフリをしている時に仲のいい三人を思い出す。見たことでもあるのだろうかとぼんやり考えてみるが、特にどうでもよくなってきた。
「何言ってんだよおねぇちゃん。可愛い男の子より可愛い女の子の方が好きに決まってんだろー」
「きゃはははははサムーイ!」
げらげらと笑われて、ティキはおいおい俺ってどう思われてんだよと少し悲しくなったが、ぷはーと煙草の煙を口から吐き出して反論は留めた。
ロードはといえばソファの上でじたばたと大笑いをしている。パンツ見えちゃうぞと心の中で注意して、ティキはソファの背もたれに寄りかかる。
「ティッキーは可愛いねぇ」
「いやいやお前さんのほうが可愛いよ」
ふふ、と背中の方からロードの笑い声がしたが、ティキは気にせず辺りを見回す。本棚が周辺をぐるりを取り囲んでいるが、その本を読んだ記憶は無いに等しい。千年公の趣味で集められたものばかりであるから、興味がある奴はあんまり居ない。暇つぶしに背表紙をみるだけだ。
そうしていると、後ろの方から華奢なロードの腕が伸びてきて、ティキの腰あたりに回された。
一瞬気持ち悪くて背筋に悪寒が走ったが、何も感じなかったかのようにやり過ごす。
「ティッキーはいい子」
続いて背中にロードの未発達な体が押し付けられたが、特に何も思わない。
「乳が無い」
「ひどーい。・・・えへ、いいもんこれから大きくなるから」
ぎゅうと抱きしめられて悪い気はしないが、今、ロードの掌はちょうど内臓の上だった。ゆるゆると上られて、心臓の上まで達する。
「ティキ、心臓ある?」
「そりゃあるよ」
「ふーん・・・ここさぁ」
握りつぶしたら。
ぐっと小さな掌が胸に押し当てられる。体を消すことはロードへの裏切りになるから、そんなことはできない。
可愛い声が、鈴のようにころころとすぐ後ろで笑うように言った。
「死ぬ?」
「死ぬんじゃね?」
ふふふ、と甘い声が耳朶を擽る。
「殺して欲しい?」
「何で」
呆れたように溜息と共に吐き出してみると、ロードは不思議そうに言ってきた。
「だってさ、ティッキー不安じゃないの?ちゃんと人間、殺せるの?」
「殺してんじゃん」
「だよねーティッキーお利巧さんだもんねー・・・・・・・・・・僕とさぁ、白い時につるんでる人間共、どっちとる?」
「ロード」
「よくできましたー」
いい子いい子と、心臓の上に当てられていた手が外れ、その後頭を撫でられる。
「ご褒美にちゅーしたげよっか」
「キモイからいい」
ひどーいと楽しそうな声とともに、勢い良く飛びつかれる。
首に腕を回されたせいで、ぐえっと反射的に悲鳴が上がった。
ああおそらく。
ティキは紫煙を吐き出し、片隅で思う。
彼女は俺に裏切って欲しかったのだろう、と。
そしてその上で、俺を殺したかったのだろうなぁとティキは思って、煙草が燻るのを静かに見やった。
2006/10・07