■凌霄花の焼け落ちるとき
 あれから一ヶ月が経った。
 封印や、あの特殊な部屋の中でなくとも完全に初代のチャクラを操れるようになった僕は、まず初めに三代目火影さまの直属の暗殺部隊に編入することが決まった。
 とはいえ、暗殺部隊なのだから人を殺せるようにならなければならない。この里の未来を担う忍達は、幼い、10にも満たない歳の頃から忍になるための訓練―――本人達は気がつかないほど微細な精神教育を植えつけるらしい―――を、親から叩き込まれた上で、忍者養成学校へ入り、忍のいろはを教わるらしい。
 基本的にその子供達の年齢は、忍者養成学校に入る平均が5歳かららしいが(話を聞くと、その頃にはたけさんは養成学校を卒業したらしい。入学して一年足らずで卒業、その次の年には中忍昇格したそうだが、これは異例だそうで、例えにはしないほうがいいらしい)、僕はすでに平均的に養成学校を卒業する子供達の年齢である12歳を越えてしまっている。約一ヶ月と少しの間で、忍としての訓練をある程度まで火影様に直々に叩き込まれたおかげで下忍並の体力やコントロールはついた。体に染み付いている初代様の細胞が動かすのか、チャクラコントロールに関してはその他と比べ物にならないほど扱えるようになったが、一番ついていかないのが精神面だった。
 初代火影の細胞を入れられるため、僕は住んでいた街を大蛇丸に襲われた。その時不運にも目の前で両親が殺されるシーンも見、かつ、親友までもが目の前といわず僕を守るために体をはったせいか、人間の殺傷に関しては異常なほどの恐怖観念を持ち合わせいた。
 トラウマといえば分かりやすいのか、以前まで忍の欠片も知らなかった一般人が目の前で親しい人間が矢継ぎ早に殺されていくシーンを見た後に、自分の手で赤の他人をそう殺せる訳が無い。血液恐怖症とまではいかずとも、暗殺部隊なんて『人を殺すため』の隊に易々と入れるわけも無く。


 「―――――――」
 部屋の見張りをしていた人達を木遁で捻じ伏せ、音を立てさせないように四肢を絡め取り口を塞ぐ。背後で待っていた暗部の人たちがタイミングを見計らい、部屋へと侵入していったのを僕は手を合わせたまま見送った。
 暗部に入れないからといって、普通に正規部隊に入れるわけも無い。僕の体には大蛇丸の行った禁忌の能力が植えつけられてあるのだ。僕がとる道は、暗部になるか、はたまた一般人として暮らすか。
 僕には大蛇丸を殺すという目的があるのだ。一人だけ生き残ってのうのうと暮らす道など考えられない。僕は鼻腔をくすぐる血生臭い匂いに顔を顰めながら、少しでも馴れようと下へ降りた。
 トラウマを治すためにはそれ以上のショックを与えたり、または違うショックを与え以前のトラウマを麻痺させる方法がある。しかし、忍者がそんなトラウマなんてそうそう作っていいわけが無い。僕が選んだのは、トラウマと似たような状況を無理やり脳に覚えさせ、麻痺した所を中和させることだった。
 どれだけ嫌なことがあろうと、何度も何度も同じ経験をすれば嫌悪感も薄くなっていく。任務の手伝い程度についていき、あたかも己が手を掛けたような錯覚に自分を溺れさせるつもりだった。
 それ故に、いざとなったとき足をひっぱらないよう格の低い任務ばかりにつかせてもらった。火影様はそれなりに戦える任務でも良いと判断しているようだったが、一ヶ月そこらで身についたことが実戦で咄嗟に扱えるわけが無いと辞退したからだ。
 今はとにかく、人の死に触れることからだった。忍者の非道さや、任務遂行のための冷徹さも備えなければならない。
 元々忍として生きるために生まれてきた周りの忍達とは、僕は何歩も遅れを取っている。
 こんなんじゃ、駄目だ。
 僕はすっと息を吐いて、肺一杯に血臭のただよう空気を吸い込み、部屋へと入った。
 既に血の海と化しているその部屋へと足を踏み入れ、その光景を目に焼き付ける。
 「・・・・・・・・・、テンゾウ」
 「・・・・・・あ、」
 血で汚れた忍刀を布で拭い、はたけさんが鞘に刃を収めながら歩み寄ってきた。以前の一件以来、何かと僕の面倒を見てくれる。それが火影さまの命令とはいえ、安心するものは安心するのだ。
 「平気?」
 「はい」
 面越しのはたけさんの顔は伺えなかったが、僕はこくりと頷きながら返答する。
 いざというとき僕の処分役になっているものだから、こういうところを細かく気遣ってくれる。多分、それだけじゃないとも思うけれど。
 はたけさんは、どうやら向こう見ずな性格の人をよく心配する。心配性、とまではいかないだろうけど、新人によく気を使うのだ。過去に何か原因になったことでもあるのかは知らないが、完璧な忍なんてそうそういないものかと思ってしまった。
 情。
 情を捨てろと、よく忍としての掟としてよく見るけれど、それが完璧にできる忍者はいるのだろうか。
 僕は速やかに撤収する暗部の人たちの後を追いながらぼんやりと思った。
 天才といわれるはたけさんでさえ、情にはむしろ厚い。三代目火影さまでさえ、情には弱いと聞いた。
 (情だって。くだらない、な)
 ぼんやりと心の中で呟いて、僕は闇夜の中に身を翻した。未だあの部屋の死体に気がつく人は居ない。部屋の入り口に立っていた二人もあっさりと暗部が殺してしまったし、気づかれるのは夜明けだろう。暗い森の中を疾走しながら、僕は目を伏せた。

 あの人たちに、家族はいるんだろうか。好きな人はいるんだろうか。好かれてる人はいるんだろうか。幸せを願ったり、願われる人はいるんだろうか。
 その人は、あの人たちの死体を見てどう思うんだろうか。泣き叫ぶだろうか。分からない犯人を呪うだろうか。後を追って、死んでしまうだろうか。

 僕は静かに目の前を走る白面の忍を目で追った。
 (くだらない。くだらない。忍なんて、くだらない)
 まるで茶番のようで、僕は面の下で小さく笑みを作った。
 (忍だってさ、くだらない、ね)



 九尾の狐が木の葉の里を襲来した二年後のこと。
 年齢にして14を迎えて産まれたテンゾウという名の少年が、初めて忍に対して思った感想はただこの一言だった。
2007/9・24


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