■凌霄花の焼け落ちるとき
暗い世界で二人きり。
会話も無いし、楽しくも無いけれど、僕は友人と一緒にいた。
何時間いるのか分からない。もしかしたら、一時間も、ましてや30分も経っていないかもしれない。
はたけさんが消えてから、ずっと一緒に居た。二人で並んで、ぼうっとしている。
少し疲れていて、少しだけ眠くて、少し寂しくて、少し気分がいい。
何も言わないし、何も言う気は無かった。
「なぁ」
しばらくそうしていると、彼が一言呟いた。
「何だよ」
「・・・お前さぁ、そろそろ気づいてんだろ?」
何に?とは言わない。
僕は黙って、「どうして?」と答えた。
「だってお前、俺に会ったときから、ずっと俺の足元、見ねぇじゃん」
「見る必要ないからだろ」
「見る必要が無いから?じゃあ俺を見る意味もねぇよ」
植物は、彼を絡め取る。奪い去るように。ノウゼンカズラのように。絞め殺そうと腕を伸ばす。
「お前こそ、何で僕にあんな植物調べろなんて言ったんだよ。僕なんだろう?余計なこと言うなよ」
今はもう、全部分かってしまったから。
僕の意識の宿った、火影の細胞は乾いた笑いを洩らした。
自嘲するように。
僕を、嘲笑うように。
少年を、嘲笑うように。
「だってよ、いつか分かるんだから、早いほうがいいだろ?それに、お前が俺だって気がついて無いときは、俺はちゃんと『もう一人』として断固とした意識が残ってたんだぜ?お前とは無関係だっての」
もう一人って言っても、元は僕の癖に。
「だから、あんなに、『僕を取り込もうとする初代の細胞』のフリを?そんなに消えたかったのかよ」
「当たり前じゃねぇか」
少年は僕の横で笑った。顔は見たくない。どうせ泣きそうな顔をしてるだろうから。
「もう、お前の友人として、お前を苦しめたくなんてねぇんだよ」
「友人の形をしてるだけだろ」
「いいや、違うね。お前の記憶の中の『友人』なんだから、お前の望むとおりの友人が選ぶ考えが、俺の考えなわけ。はは、わかんねぇ説明」
無邪気に笑う記憶の中の少年が、思い出したくない。気がついてしまったら、きっと消えてるから。
「本当は、ノウゼンカズラの資料をきっかけにして、お前の中に全部入っちまおうと思ったんだけど、あの銀髪に止められたからなぁ。タイミングが悪い忍だ。ありゃ詰めが甘い」
「後で、はたけさんに感謝しとくよ」
「・・・なぁ。いい加減にしろよ」
少年は声をがらりと変えて、怒ったように呟く。
「俺はどっちにしろ、お前の中で混ざって消えちまうんだっつの。こんなところで長引かせても、意味ねぇんだよ。大蛇丸に復讐したいんだったら、早い所俺を入れちまって、それで行けよ」
「嫌だ」
「・・・おまえなぁ」
「もう一人は嫌なんだよ!」
起き上がり、横でぽかんとした顔の友人に掴みかかる。
「お前、僕の記憶の中のあいつなら、大蛇丸に復讐したいだろう!?だってお前、大蛇丸に直接殺されてたじゃないか!研究体じゃなくて、僕の目の前で!妹と僕を庇って、あいつに斬られたじゃないか!お前、そんなにあっさり消えるような奴じゃないだろ!?喧嘩っ早くて、やられたらやり返すような奴じゃないか!僕の記憶の通りなら、そう簡単に諦めんなよ!」
「・・・・・・・だって」
友人は、少しだけ拍子抜けした顔で言った。
「俺、もう死んでんじゃん」
「――――――――、だっ、・・・・・・・でも!」
「でもじゃねぇよ。なぁ、テンゾウ」
「違う!それは僕の名前じゃない!」
叫び続ける僕の言葉を遮って、友人は溜息を吐きながら、胸倉を掴み上げる僕の手をふと掴んだ。
指先からはざわざわと芽が生え続けている。
「5分」
「・・・・・・・・・・」
「あと、五分だけ」
友人は言った。
何があと五分なのか、言わずとも知れる。
「嘘だ」
「嘘じゃない」
「じゃあもういいよ・・・・・・・・」
悲鳴が漏れる。涙が溢れた。
残されるのは耐えられない。
「お前が僕になってくれよ・・・」
記憶ならば、僕ならば。彼が僕になってもいい筈だ。
彼から腕を手放さずに、崩れ落ちる。
涙が溢れては零れ落ち、暗闇に吸い込まれる。
会話は無かった。
永遠とも思える時間を、泣いて過ごした。
彼からは、鮮やかな花が生え続ける。止まることを知らない蔦は、霄を目指して伸びる。上る。
ぎしりぎしりと音を立てて、ついに彼の体が変貌し始めた。
足元が膨れ上がり、衣服を破って根を下ろす。
枝が生え始め背丈を伸ばす。
実際にはありえない速度で。細い、やせ細った少年の体が、暗い茶色に変わる。緑が咲く。
彼の白い指先が、木から生えた状態になった。しかしその白い手も、ずぶずぶと木にめり込んでいく。取り込まれていく。
ずるずると、次に地面から生え出した細い蔦が少年だった木に絡みつき、そして鮮やかな橙色の毒花を咲かす。
僕はそれを黙ってみていた。
ずっと。
何も言えずに。
「・・・・・・・・・名前を、呼んでくれよ・・・」
冷たい木は、何も答えてはくれない。
暗闇の中に、ノウゼンカズラを絡ませた、酷く哀しい木だけが残された。
微かに香る血の匂いが、全て花の香りに奪われて、僕は一人で泣いた。
さっきまで二人っきりだったこの場所で。
もう見ることは叶わない、死んだ全ての友人と、家族と、嫌いだった学校を思い出しながら。
もう二度と、二人で居ることは無いだろう、彼らが死んだ場所に酷似したここで。泣けるだけ泣いた。
一人きりで。
2007/9・9