■凌霄花の焼け落ちるとき
 翌日、僕は火影さまに前もって指示されていた地下室へと足を運んでいた。
 暗い廊下を黙々と歩き続け、ようやく行き止まりに差し掛かると、大きく「閉」と筆で封をかけられている大きな扉の前へと行き着いた。当たり前に、開くわけも無い。
 とりあえず扉を触り、中に誰かいないかと拳で叩く。
 どうやら外側に開く扉だったので、少し離れて全貌を見渡した。異変も無く、どうやら待ちぼうけを喰らうのかとがっくりしながら振り返る。こんなことなら、先に図書室へ行けばよかったと後悔すると、廊下の向こうに一人男が立っていた。
 見たことのある銀髪に、呼吸を止める。
 「・・・・・・・・え、っと」
 男は前と違って、狐面をつけていた。同じような身軽そうな格好に変わりは無かったが、表情が見えなくて慌てる。
 「・・・・・・・・たしか、は、はたけさん?」
 記憶を掘り返して名前を呼ぶが、おそらくはたけカカシだと思われる男は返答してくれなかった。
 「・・・・・・・はたけ、カカシさんですよね?」
 駆け寄るように近づこうとすると、突然背後の扉が重い音を立てて開かれた。足を止めて振り返る。
 注連縄の交差されている扉の向こう側は白く霞み、その足元には火影さまが立っていた。僕を視界へ収めると、少し驚いたように「早かったの」と感心したように呟く。
 「おいで、修行を始めよう」
 「・・・・・・・・・はい」
 手招きし、火影様が部屋の中へと入っていく。僕ははたけさんの方を伺い、それでも火影さまについていくために踵を返した。僕が部屋へと走っていくと、はたけさんも僕を追ってくる。
 それでも声を掛けることは無く、僕は部屋に入り、そしてはたけさんも部屋へと入ると、また扉は重く口を閉ざした。
 
 部屋の中は、結構広い。50m間隔で開かれた正方形型の部屋で、酷く寒い。
 吐く息は白く揺らめいて空気に溶けた。
 部屋の壁や床や天井には所狭しと字が書き連ねてある。僕の首元に刻まれている字に似ていた。
 「・・・・・・・・・ここは」
 「植物は、低温のなかでは成長を止める」
 火影さまは僕と少しだけ距離をとって立っていた。扉の横には、はたけさんと、もう一人同じ格好をした鳥の面をつけた男が直立不動で立ち、そしてあの時の金髪の女性が、足を組んでその中央の椅子に座っている。
 「これからお前のチャクラを抑え込んでおる封を解く。この温度の中では、お主が意識しない、ただの漏れ出したチャクラは発芽しないじゃろう。今日はお主が自分のチャクラを意識する修行を始める」
 「・・・・・・・・・僕の」
 「お前の暴走するチャクラは、お前の体に未だ馴染めておらん初代のチャクラだけじゃ。馴染ませるには、お主のもともとのチャクラと合わせるほか無い。まずお主だけのチャクラを自分で理解し、そして制御できるようになるのだ。それが終われば、体の周りにお主のチャクラで膜を張り、初代のチャクラを漏れ出さぬようにできる。それが今の第一の課題じゃ」
 指先がかじむ。鼻の先が冷たくなっていることが分かった。
 僕はすう、と冷たい空気を肺に満たすと、手を握る。
 「お願いします」
 「よろしい。いくぞ」
 火影さまが印を組むと、僕の心臓部分に両手を重ねた。
 ずっと皮が引っ張られる感触がして、じわじわと喉元が熱くなる。
 体の気だるさが消えた。
 「ゆっくりと呼吸をするんじゃ。いいか、意識を全て周りに向けろ。いいか、この寒さの中では、絶対に植物は生まれぬ。気を散らしてはいかんぞ」
 火影さまの声が、耳朶を叩く。大丈夫だ。
 喉もとの熱がゆっくりと全身を駆け巡る。寒さがゆっくりと体から追い出されて、しばらくすると体中が暖かくなってくる。
 「よし、目を開けろ。・・・・・そこに座るんじゃ」
 命令されたとおり、床に膝をつき、腰を下ろす。冷たい床に一瞬鳥肌がたったけれど、大した問題じゃない。
 深呼吸をしたまま、変なことに気を散らさないよう気をつける。
 火影さまが膝をつき、僕の腕を握る。
 「言われたとおりに集中するんじゃぞ。右腕にチャクラを集めろ。急がんでもいいからの」
 握られた部分が優しく暖かく、安心したまま右腕に力を込める。目に映るチャクラの膜が右腕に集まり始めた。
 と、ゆっくりと右腕に集まるチャクラの膜が厚くなっていくと、次の瞬間左腕に異変が起きる。

 耳障りな、ぱきっと、何かがはじける音を聞いたのだ。

 「――――――――、っ、あ」
 右腕に集中しすぎて、おそらく左腕を覆うチャクラの膜が消えたんだろう。
 意識するよりも早く、左腕がうねる蛇のように三つに裂けた。
 悲鳴も出ない。
 それは既に腕の形を無くして、木の幹として四方八方にざわざわと大きな大樹を生成しようと成長を始める。
 一本は素早く床へ到達すると、描かれる字ごと床を破壊して根をはった。
 根が床を破壊して印を崩すと、辺りを覆っていた冷たい冷気が一瞬にしてかき消えた。ざわっと、脳髄が恐怖と悪寒によって総毛立つ。
 「あっ、ああああああああああっ!?」
 熱い。痛みは無いが、兎に角左腕が発熱していた。すでに手なんてのは三つに別れ、手の感覚の残るそこへは葉がわさわさと生えている。艶やかな紅の花が目に毒を植えつけるかのように咲き誇り、僕の意識を殺していく。
 「綱手!」
 「クソ、駄目だ、進行速度が、半端じゃない!」
 地面でのた打ち回る僕を、綱手さまがとりおさえ、今までの診察のときと同じように僕自身にチャクラを流し込んできた。一瞬腕が冷たくなったが、進行が遅くなっただけで、木の幹は未だ蔦を伸ばし、ついに部屋の天井へとついてしまった。
 「止む終えない・・・・・・・・腕を切り落とす!」
 「っ―――――――――え、あ」
 「カカシ!」
 
 目の前で振り下ろされる蒼い稲妻と、体の一部をごっそり奪われるような喪失感。脳髄で響く、あの少年の悲鳴。
 「あ、あ、ああああっ!ああああああああああああああああ!!!!!」
 兎に角溢れ出た絶叫が僕の頭と室内を震わせ、僕は意識を手放した。
 変に軽い左側が、何故か痛くなくて、逆にそっちに涙が出そうになった。
 
 『馬鹿野郎!貸せ!あのクソども殺してやる!』

 最後に響いたその声も、どうでもよかった。
 生温い液体が頬を伝った。
2007/9・5


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