■凌霄花の焼け落ちるとき
 あれから一週間が経った。
 体力は通常の子供と同じぐらいに戻り、体調は良好。病院の中ならばどこへ行ってもいいという許しも貰えた。
 脳の方に少し異常があったらしく、記憶が所々無くなっていた以外は特に異変も無く、時間通りの薬を飲み、体力作りと忍びについての常識を教え込まれる日が続いた。
 脳については、故郷や生い立ちなどから始まり、日常的な普通のものもいくつか忘れていて、自分でも自分が分からなくなった。見たことがあるけれど名前が思い出せなかったり、名前を覚えていてもそれが何なのか分からなかったり。(幸いなことにものを覚えるのは早かった。抜け落ちていた記憶に当てはめなおすだけなのだから当たり前かもしれないが)
 しかし、それでも己の名前が思い出せなかったので、火影さまに名前が欲しいと頼んだ。来週から封印を少しずつ解いてチャクラを操る修行を始めるので、その時にまで名前を考えてこようと約束してくださった。
 全てが上手く周り始めていた。
 着々と忍になるための準備が整えられ、将来のことはすでに決まったも同然だ。(僕が挫折しなければ)

 僕の、頭の中のことを除いて。






 「よぉ、おやすみ」
 「――――――――・・・おやすみは、挨拶じゃないと思うけどね・・・」
 毎晩毎晩見る夢の中で、僕は少年と会話する。
 少しだけ間をあけて、向かい合うように座って対峙する。
 少年を覆う植物は、日に日に量を増して、既に少年の矮躯の半分を埋め尽くしていた。色とりどりの花々が毒々しく咲き乱れている。甘ったるいむせ返るような芳香が辺りに漂った。
 少年はくっと笑みを噛み殺すように声も出さずに口元を歪めたが、直に微かに見える顔から歓喜を取り除いた。「さぁ、今日は何を話す?」と少年がおどけて手を開く。
 「君は、何者だ」
 「誰だと思う?誰だと嬉しい?」
 少年は質問に質問で返した。首が緩やかに傾げられて、僕は言葉を無くす。
 「誰だと嬉しい?」
 「だってここはお前の夢の中だぜ。お前が望めば俺はそうなるしかないのさ。母親か?父親か?それとも妹か?なぁ、だれだと、おもう?」
 「・・・・・・・・・・・・・・・もしかして君は」
 僕は足を組んで僕を見つめる少年を見つめ返した。
 「僕の中の、初代火影さまじゃないのか、な」
 少年の姿は変わらなかった。
 その代わり、にやぁ、と嫌らしく口元が歪められる。
 「ちげぇよ」
 「じゃあ、何のためにこんなところに、毎回毎回出てくるんだ。君は何故植物に覆われてるんだよ」
 「まぁ、落ち着けよ。俺の姿に見覚えは無いのか?」
 少年はぐいっと、顔を覆う植物を右手で引きちぎった。微かに見えた顔の全貌も、直に蔦に覆われてしまう。
 それでも、僕は彼の顔に見覚えがあった。僕は、彼を知っている。
 「・・・・・・・・・・君は」
 「名前が思い出せないか?だろうな。だから俺も、俺が分からない」
 「・・・君は、僕の友達の一人だ」
 「名前は?」
 「・・・・・・・・・・・・・・・・・分からない」
 どうしようもなくって、言葉を区切る。少年は僕を馬鹿にするように鼻で笑った。
 「そろそろ時間だし、散々押し問答も繰り返した。ここいらで全部教えてやるよ。相棒」
 「―――――――・・・」
 相棒、と呼ばれたことに、体が反応した。名前が出そうで出てこない。
 少年は僕のその反応を知ってか知らずか、肩を竦めながら言葉を選ぶ。
 「お前のさっきの初代火影云々は半分当たりだ」
 「・・・・・・・・お前、何がしたいんだ」
 少年は無邪気そうに微笑んで、ゆっくりと暗闇に背中を預けた。そしてゆっくりと口を開く。
 「聞いただろう?初代の細胞がお前に完全に同着しきれずに暴走してるんだ。それの余りカスみたいなもんだよ。俺は」
 答えになっていない。僕は黙りこくって先を促す。少年は自嘲しながらぽつぽつと呟き続けた。
 「本当は初代火影の姿で話すべきかも知れねぇけど、お前は初代の顔とかわかんねぇもんな。だから、お前の記憶の中から俺がこうやって形作られてるわけだ。感謝しろよ。少しでもこうやって初代のチャクラを発散させねぇと、チャクラの制御の修行に入ったとき悲惨だぜ。少しでも気を抜くと、お前の他の失敗したやつらみたいに、木になっちまうからな」
 「・・・・・・・・え?」
 「おっと、駄洒落じゃねぇぜ。気を抜くとっていうくだりは本当のことだしよ」
 「ちが、い、今何ていった?・・・・・・・・木になる?」
 少年はああ、と緩やかに肯定する。
 「完全な植物化だよ。元々、木遁の術としては周りから植物を生み出すんだが、馴れれば自分からも出せるんだぜ。それの違いも分からず、自分の元々あるチャクラを使い果たして、全部初代のチャクラに飲み込まれちまえば、制御も出来ずに植物化だ。今はもう無いとは思うが、一週間ぐらい前に、極秘で木になった子供達が庭に埋葬されたんだぜ。窓の外見なかったしな」
 「そん、な」
 「修行には警備が何人もつくから、そう簡単に死ぬことなんか起きねぇよ。まぁ、安心してやってろ」
 少年は、とりあえず今の所言うべきことを言い終えたのか、ふうと溜息をついてみせると立ち上がった。
 もう起きるべきなのかもしれない。僕は慌てて少年を呼び止める。
 「何で君は夢でそんなことを僕に言うんだ」
 「あ?・・・・・・・さぁ、なんでだろうなぁ?」
 馬鹿にするように少年が笑う。辺りの暗闇に身を沈めながら、少年はちょっとだけ微笑んでみせた。
 「自分でも少しぐらい考えろよ。一つだけ、ヒントをやるんなら」
 少年の首からするりと生えた蔦が、早い動きで蕾を作ると、あっという間に花開いた。橙色の可愛らしい花だった。
 「ノウゼンカズラ、っていう木を、調べてみるといい」
 「のうぜん・・・・・・・・かずら?」
 「ノウゼンカスラだったりノウゼンカツラだったり、まぁ違ったりすることもあるかもしれねぇが、基本的にノウゼンカズラでいいだろ」
 少年は笑う。哂う。咲う。
 「早い所、一緒になってくれよ。日の当たらない所は嫌いなんだよ」
 白い指先が暗闇溶けて、僕はしばらく少年が消えた先を見ていた。
 惨憺たる曇黒に、僕の姿だけが歪に浮かび続けている。
 花のむせ返るような甘い匂いが肺を満たした。

 僕は、もしかしたら今とんでもない命の危機に晒されているのではないだろうか?
2007/9・4


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