■凌霄花の焼け落ちるとき
 こんこん、と一応ノックがされて、返事をする前に扉が開いた。ベッドの上で所在無さげに座り込む僕を見ると、入ってきた老人は「目が覚めたか」と安心したように聞いてきた。
 「・・・・・・・・・おじいさんは」
 「いや、そのままで聞きなさい」
 老人は、思わず立ち上がろうと腰を浮かした僕を右手で諌めると、そのまま毅然とベッドの隣にやってきて、近くにあった椅子を僕のほうへ近づけさせると、そのまま椅子に腰を下ろした。
 火と書かれている年代物のような笠を被っていて、赤で炎のような模様の描かれている白い着物を羽織っている。それだけ見るとただの老人のようだけれど、今まで出会ってきた人と何か違う世界に居るようだと思った。
 「ふむ・・・・・・」
 老人はちらりと僕の顔を伺うように見ると、「体は平気かの?」と優しい声音で問うてきた。
 「具合が悪いとか、異変は無いか?」
 「・・・平気です。別に、何も・・・おかしな所は」
 夢の中のことは黙っておく。只の夢だ。話す事も無い。
 あんな暗くて怖いところにずっといたから、あんな悪夢見るのは当たり前だ。放っておけば、いつか見なくなるだろう。
 老人は安心したように顔を崩すと、「何から聞きたいかのぉ」と親しげに笑いかけてきた。僕はどきどきしながら、待っていた間に落ち着いた頭で考えていたことを、自分で確かめるように聞く。
 「ここって、何処ですか?」
 「ここは木の葉の隠れ里じゃ。火の国に属しておる。詳しく言うならば、里の病院の中じゃが」
 「木の葉・・・・・・・・・隠れ里?隠れ里、って・・・忍者ですか?じゃあ、おじいさんは何の人ですか?医者、じゃ、ないですよね」
 「ああ・・・儂はここで火影という、里のまとめ役をやっておる」
 その返答に目を丸くした。普通の人じゃないとは思っていたけれど、里で一番偉い人、なのか。
 その答えに、失礼ながらも老人をじろじろと眺め回してしまった。
 「そんなに偉い人間に見えんかの」
 「えっ、あ、いや、すみません」
 慌てて目を逸らす。老人、否火影はふふ、と不適に笑って見せると、「いや、褒め言葉として受け取っておこう」と快活に言ってみせた。
 「らしく見えないのは、忍びにとっては上手い隠れ蓑としてできているという訳じゃしな」
 「う・・・・そ、それで、あの」
 本心で言われているのか皮肉られているのか分からず、会話を逸らそうとして頭をひっくり返す。
 僕は、恐らく助かったのだということが確定された。そこで、気になったことを火影に詰め寄る。
 「あ、のっ!・・・・・・僕、何か施設のような所に捕まえられていたんです、よね」
 「・・・・・覚えておるのか」
 火影は少しだけ言葉に影を落とすと、言いづらそうに肯定した。
 「あの施設の、僕を連れてった人はどうなったんですか?・・・・・・・、ぼ、僕以外の人はどうなりました?皆無事なんですか?あ、そうだ、お、お父さんとお母さんとか、い、妹は・・・」
 一度関を切ると止まらない。兎に角浮かび上がる心配事が口から溢れ出て、火影を質問攻めにする。火影は、黙ってそれを聞こうとしていたが、流石に落ち着かなくなって体を浮かしかけた僕を諌めるように「まぁ落ち着くのだ」とベッドへ戻した。
 「お主を連れて行った男は――――大蛇丸という、この里出身の忍じゃ。今は指名手配されておる」
 大蛇丸。
 その名前が、心の中で反駁された。

 蛇のような、死体のような顔色をした男が、暗くぬめった水路の底で。
 父と母を食い殺している。

 目の前を覆う暗い情景に、背筋がぞわりと浮いた感触がした。
 ゆらりと立ちのぼるそれは、恐怖と、いうよりも――――――――――――・・・。
 「聞いておるか?」
 「――――――、っ、ぁ・・・・・・・・・・は、す、すみません」
 思わず手を握り締める。
 初めて感じる、身を焦がすような、激情。
 「(そうだ。僕はあの男を、殺したくて、仕方が無いんだ――――――)」
 ぱきりぱきりと、脳髄で植物が芽を出す錯覚を覚える。
 憎い。憎い。憎い。
 瞼の裏でちらつく仇花が、蛇を殺すのを夢見ては赤く咲き乱れる。
 「・・・・・・・・・一度休んでから、もう一度来よう」
 「、あ、いえ、今、全部、教えてください!」
 席を立とうとする火影を手で掴んで引き留める。今教えてもらわないと、逆に発狂してしまいそうだった。

 「僕は、僕の体は、何が起こっているんですか!?」

 縋るように、火影を問い詰める。老人は微かに顔を顰めると、それでも優しく僕の手を取り、もう一度椅子に腰を下ろしてくれた。
 「静かに、落ち着いて聞くのじゃ」
 そこで僕は、身に起こった全ての異変を知った。





 初代火影の遺伝子を植え付けられた、60人の子供。
 今日の朝、かろうじて生きていた子供が2人死んで、残った子供が僕だけになったこと。
 初代火影の異能と、それによって未だ馴れない僕の体との拒絶反応によっての、チャクラの暴走。
 今は、チャクラを強制的に練れないようにする術を施しているため、何も起きないそうだけれど、(前回貼られていたお札はそれの術だったらしい)時間がたって、ある程度僕の体が通常の体力を取り戻したら、チャクラを押さえ込む訓練を始めるらしい。
 それをできなければ、下手をすれば初代火影のチャクラが、逆に僕を取り込もうとして死んでしまうかもしれないそうだった。
 「そうか・・・・・・・」
 火影が去った後、僕はベッドの中にもぐりこみながら、白い右手を見た。
 指先や、足から生えた植物は、幻覚じゃない。実際に僕を取り込もうとする暴走したチャクラの片鱗だったんだ。
 それのせいで、あんな悪夢を見る。
 眠ってしまうと、植物が生える夢を見てしまうから、余り眠りたくは無かったけれど、体力を戻すために今は少しでも休む方が先決だ。背に腹は代えられない。
 ふと、脳裏で前の夢を思い出す。

 『仲良くしようぜ。これから一緒になるんだからよ』

 あれが、話を聞くよりも前に察した僕の危機本能が現れたのだとしたら、笑える。
 父と母を殺した男が、まだ生きているのならば、僕のやるべきことは一つだ。
 せっかくの置き土産は、有効活用させてもらおう。
 僕は目を閉じる。
 妹は、あの暗い室内で、目覚めることなく死んだのだろうか。
 あいつは泣き虫だから、直に寂しくて泣いてしまうだろう。だったら、目覚めずに死んでくれたほうが良かった。
 僕は静かに右手を握る。
 靄が掛かったように、父の顔も母の顔も、妹の顔さえも思い出すことができなかった。どこか壊れてしまったのかもしれない。別によかった。
 憎悪しか残らない人間が、正常な訳が無い。
 だから、壊れてても良かった。
 脳裏に鮮やかに散る紅も、ずるりずるりと音しか分からない、大蛇の這い回る暗闇も。
 愛おしささえ覚える。
 沈む意識に身を任せた。
 母が僕を呼んだ声がする。
 『大丈夫、――――――――』
 あれ?
 僕はそこで違和感に気がつく。

 僕の名前は、一体なんだっただろう。

 ぱきっと耳元で何かが折れる音を聞いた。
2007/8・29


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