■誕生日になりそこねたケーキ
「ヤマト」
「・・・・・・・どうも」
チャイムの音に反応して扉を開けると、そこには現在隊長役として納まらせてもらっている班の上司が、にこにこしながら立っていた。未だ夏の暑さが続くこの季節、普段の長袖を肘まで捲くっている格好で、(暑いのならばそれ以前に口布を取るべきじゃないだろうか・・・)それでも忍としていつでも任務に行ける様に、忍服のままだ。
「開けててくれた?」
「ええ。・・・でも、その確認は来る前にするもんだとは、思いますけど」
苦笑しながらも、先輩を中へ招き入れる。それもそうだねと肯定する先輩の声を聞きながら、それでもこれから改善されることは恐らく無いだろうと思った。
「相変わらず、何も無いねぇ」
「・・・そう教わりましたから」
感嘆するようなその声に、思わず口元が歪む。先輩は見掛けに似あわず、写真を初め、思い出になるようなものが大好きなのだ。逆に僕の部屋にはそういった、思い出の品を初め何も無い。
物に執着する性質でもないし、欲しいもの、といわれてすぐ思いつくほど物欲があるわけでもない。
カカシ先輩はそんな中、一応設置しているソファの上に腰を下ろした。
任務の後、突然「ヤマトの家、行きたいな」と言い出した先輩は、自分の返答も待たずにさっさと帰ってしまった。冗談なのかそれとも本気なのか図れなかった自分は、とりあえず何をするわけでもなく一応食べ物を用意し、テレビでやっていた料理対決をぼんやり見ていたのだが。
「・・・・・・カカシ先輩」
「んー?」
何をするのかと思えばソファにいきなり寝転がり、瞼を閉じて寝る方向へ持ち込もうとしたカカシ先輩に、あんた何しに来たんですか?と聞きそうになるのを寸前で堪え、僕はふと思い出したことを尋ねるために睡眠を邪魔した。
「カカシ先輩、9月15日、誕生日だったんですか?」
「・・・・・・・・・」
ぱちりと片目だけ開けて、まだ立ったままの僕をみやり、ええーと小馬鹿にするような口調でカカシ先輩が笑った。
「何で知ってんのよ」
「いや・・・不知火さんから聞いたんですけど」
「いつ?」
「え・・・・・・・昨日、ですけど」
「はは、遅いね」
気の抜けた笑い方でカカシ先輩は肩を竦めた。「そうだよ」と何事も無く肯定するカカシ先輩にうっかり言い返しそうになったが、そこは口を噤んだ。
「・・・ふーん、の、割りに、ゲンマの奴、何もくれなかったんだけどねぇ」
「昨日突然思い出したそうですよ」
「・・・・・・・」
カカシ先輩は少しだけ微妙な面持ちになると、やはり思いなおしたのか「でもまぁ、男から誕生日プレゼント貰ってもね」と少し白けたように呟いた。
「いや、でも僕、カカシ先輩の日頃のお世話になってる御礼に、今更ですけど何か差し上げたいんですが」
「・・・・・・・・・・・・・・・、誕生日、プレゼントねぇ・・・」
先輩は静かに自分の左目の納まっている部分を、額当て越しに撫でた。「誕生日には良い思い出が無いんだよね」と少しだけ哀しそうに呟く。
悪いことを言ったな、と心の中でふと反省したけれど、僕はふと気がついて弁解した。
「でも、先輩」
「なぁに?」
「今日は誕生日じゃないですよ」
「・・・・・・・・・・・・」
ぱっと先輩は飛び上がるように身を起こすと、目を見開いて僕を凝視した。ぱちくりとでもいうように驚いたその顔は僕を見ると、じわりと涙を湛えた。
「う、ええええっ?か、カカシ先輩!?」
「うん・・・誕生日じゃないね、はは、あはは」
慌てて僕が駆け寄るよりも早く、カカシ先輩は乾いた笑みを洩らすと、お腹を押さえて楽しげに笑い出した。
「はは、あははははは」
「せ、先輩?」
ついに狂ったかと失礼なことが頭をよぎったが、先輩はそんな僕を気にせず一人笑い転げた。どこがツボだったのか分からないが、カカシ先輩がこんなに笑ったのを、僕は初めて見たのでぽかんと見てしまった。
「はははは・・・・はは、あー楽しい。じゃ、ねぇ、ヤマト。プレゼント、欲しい」
「何が良いんですか?」
「ケーキ。ワンホール買って」
ケーキですかぁ?と顔を顰めて言うと、カカシ先輩は楽しそうに笑ったまま、条件を一つ、つけてきた。
ほら早く行く!と半ば自分の家から追い出される形でケーキ屋へと走ると、ちょうどアンコさんと遭遇した。両手にはケーキの箱を提げていて、ああ・・・これ多分一人で食うのかな、と思いながら挨拶をする。
「あ、ヤマトじゃない」
「どうも」
「なに?ケーキ買うの?あれ美味しいわよ。あ、あっちでもいいかも」
早々に色々なケーキをオススメしてくるのを流されないように聞きつつ、誕生日にいいようなケーキを二人で選んだ。
店員さんが、チョコレートの板になんて書きましょうかと尋ねてくるのに、カカシ先輩に命令された通りを伝える。
「はぁ?あんた頭大丈夫?」
「大丈夫ですよ」
店員さんもきょとんとした顔で見てくるものだから、うっかり恥ずかしくて逃げ出しそうになったが、とりあえず間違ってませんからお願いしますと続けさせ、その通り書き込まれたチョコレートをのせられたケーキが入った箱を、お金と交換して受け取る。
「『誕生した後の日オメデトウ』ってさぁ・・・それずっと続くんじゃない?訳わかんないんだけど」
「まぁ・・・いいじゃないですか。生まれてくれた事をお祝いできれば」
困ったように、それでも笑い返してやると、まだ納得できないのかふーん、とやる気無さそうに返答し、アンコさんは自宅の方へと歩いていった。
僕はそんな、訳わかんないケーキを片手に、家路を急いだ。
多分、明日の朝ごはんもこれだろうなぁ、なんて哀しい結果を思い浮かばせながら、尊敬する先輩の待つ自宅へ。
2007/9・24