■ただ思う貴方のために
泊まりに来ない?と生まれて初めて誘われた。
といっても、13歳ぐらいから前の記憶がぽっかりと無くなっていたもんだから、本当に生まれて初めてなのかは怪しい所だけれど。
嬉しくて、反射的に返事をした。今から思い返すと、少しぐらい遠慮するべきだったのだろうと思うけれど、もう遅い。
何故なら、今はもう夜で、そして自分は眠るカカシ先輩の隣でぼーっと横になっているからだ。
食事もして風呂にも入って食器も片付け、明日は任務が無いからゆっくり起きようと目覚まし時計もセットして。(目覚まし時計なんてあまり意味は無いけれど、カカシ先輩は「気を張る必要が無い上に、自分が今気を緩めてるってことが実感できて楽しい」と豪語していたのでつけた)やっと寝るぞ、となったとき、カカシ先輩が一緒に寝ようと誘ってきた。
この家にはベッドが一つしか無い上に、布団も無いらしい。ならばソファで寝ます、と言うと、お客さんをそんなトコで寝させるわけにはいかないでしょ、と怒られた。
それ故に、こんな状況で枕を並べていることになっているわけだ。
目の前に眠るカカシ先輩の顔を見る。
口布は当たり前に外されていて、ご飯時になると女の人たちが騒ぐ綺麗な顔がふにゃふにゃと緩みきっていた。(当たり前の話だけれど)(それでも、なんだかカカシ先輩は眠るときだって一時も気を休めないような忍だと思っていたから、思わず魅入る)
カカシ先輩にも前指摘されてしまったが、僕はどうやらカカシ先輩を過大評価しすぎるらしい。それは確かに、と思う。
だって、カカシ先輩は凄いのだ。全部できて、全部何でもない風にして、全部守って全部切り捨てる。
カカシ先輩ぐらいの忍を、僕は知らない。別に知りたくもない。
格好よくて、強くて、自慢の先輩だ。誰にでも誇れる自身がある。
でも、ちゃんと僕は先輩の駄目な所も知っている。自分がどれほど危なくても味方についつい気を配っちゃうことも、何も罪が無い人が死んじゃったとき、自分のせいだって心の隅で思ってしまうことも。
あと、今日のようにどうしても人が恋しいときがあることも。
僕は、この家に、布団があることを知っていた。この前、血で濡れた暗部の服を洗うのに、寄っていきなよと誘われたとき、押入れの中に入っている布団を見た。
だから、今日の嘘はカカシ先輩が誰かといたいと無言で訴えてきていたのだ。僕は気づかないフリをして隣で横になっている。
せこい手を使う僕はなんて嫌な奴だろう、とも思ったけれど、これは役得だ、とちゃんと理解している。
一人でどうしようもできない僕と、周りに人が居るのだけれど誰かに頼りたいカカシ先輩は、丁度タイミングがあっただけなのだろう。きっと、次は僕は呼ばれない。
これはカカシ先輩が僕に慈悲を与えてくれているのは分かっている。三代目に僕を頼むって言われてるのも知ってる。
だから、僕は過信しちゃいけない。カカシ先輩が僕を気に入ってるなんてことは、(無いわけじゃないと思うけれど)(むしろ無くて欲しい)それほどじゃないはずだ。
だから、浮かれちゃいけない。
頼ってくれて嬉しい、なんて、次はもう言えない筈だ。
カカシ先輩の閉じられた瞼を観察する。僕を移すこの右目には、同情と憐憫が湛えられているんだ。僕を見てちょっと苦しそうにするのも、僕を特に気にしてくれるのも。
「(・・・・・・・・・・・睫毛、長い、なぁ)」
どうして僕はこの人と一緒に生まれてこれなかったんだろう。大切にされるのが嫌いなわけじゃないけれど、むしろ僕は、この人のことを守りたいのに。
「(なんで、こんなに、綺麗なんだろうなぁ・・・)」
思い焦がれる先輩が、すぐ近くに居た。眠れるわけが無い。ずっと見ていたい。
「(なんで、こんな人が、人なんか殺せるんだろうなぁ・・・)」
銀色は、紅を斬る様に踊る。
その姿を、知っている。
「(どうして、この人を、守れないんだろうなぁ・・・)」
自覚した瞬間、かっと目頭が熱くなった。自分の惰弱さを思い知る。
先輩の弱い部分に一々つけこむ、嫌な奴。
「(どうして・・・・・・)」
じわじわと染み渡る己の醜さを呪った。
自分に近い、綺麗なカカシ先輩の手をそっと握る。今日、人を殺した白い手にキスをした。
「(こんなにも、届かないんだろう・・・)」
「・・・・・・・・・・・・・何してんの・・・」
「っ!」
突然かけられた声にぎょっとしてカカシ先輩の顔を仰ぎ見る。うとうとした目玉に、僕の泣きはらした惨めな顔が映っていた。カカシ先輩の指先に顔を近づけていて、白い肌に触れる僕が酷くいやらしく見える。
「う、・・・・・・あ、す、すみません!」
寝ている人になんということをしているのかと、慌てて起き上がる。まだぼんやりしたカカシ先輩が、眠そうに首を傾げた。
「・・・・・・・・なにが?」
「う、い、いや、・・・・・・・・起こしてすみません、帰ります」
身を翻そうとすると、ぱしりと腕を掴まれて引っ張られた。もう一度ベッドに沈む。
「駄目」
「いや、ほんと、あ、頭冷やしてきます、から」
「何で泣いてるの?」
そのまま上から圧し掛かられるようにして抱きしめられた。強引に頬を拭われる。どんどん涙が溢れてきた。何をやってるんだ僕は。
「嫌なことでもあった?泣きたい事があるなら今全部泣いちゃいな。落ち着いたら全部聞いてあげるから」
「なんでもないです、何でもないですから、はな、離してください・・・」
「やだ。俺を起こした事なら謝らなくて良いよ。ねぇ、何で泣いてんの?」
言える訳が無い。ついに黙ってしまった僕に、カカシ先輩も無言になり、うーん、と一度唸って、僕の頭を撫でてきた。
「言いたく無いなら、言わなくても良いよ・・・・寝不足にならないうちに、早く寝なよー?」
「ね、寝ます、から」
「・・・・・・・・」
するりとカカシ先輩の、さっき僕がキスをした手が、僕の顎を上に上げて、僕の視線をカカシ先輩の視線に合わせられた。
「テンゾウが欲しいなら、俺の片手ぐらいいつだってお前にあげるよ」
「・・・・・っ、ち、ちが・・・」
「・・・違うの?じゃあ、欲しくなったらいつでもいいな」
ぼすっ、とやっとカカシ先輩が僕の隣に身を沈ませて、そのまま耳元に囁かれる。
「俺の特別なテンゾウには、俺をいつでもあげるから」
「・・・・・・・・・っ、っ、ううう、」
ずるい。なんて人だ。
しかも、そのまま眠られてしまった。
口が上手いなんて、そんなレベルじゃない。こんなの、口説き文句じゃないか。
カカシ先輩に抱きしめられた状態では、火照る頬も手を当てて冷ますこともできずに、僕はとにかく言われたとおりに、いち早く夢の世界へ落ちるため、ぎゅ、っと目を瞑った。
暗闇に消える寸前の銀色が、もったいなく思いながら。
2007/8・22