■明日また君を好きになる
 


 ディランは。俺のことが好きだ。
 俺もディランのことが好きだ。
 自惚れじゃないと思う。まず俺がディランのことが好きなのは誰だって否定できない。俺はディランのことが好きだ。俺の相棒であり親友であるディラン。俺はあいつのことが好きだ。
 チームメイトはきっと誰一人否定しないだろう。マークとディランはいつも一緒にいる。チームの中でも特別仲がいい。アメリカ代表選手としてFFIに行く前から、俺達が友達だった。その中にカズヤも、勿論ドモンも入ってる。小さい頃会ったっきりだけれど、アキもニシガキも友達だ。でも、俺達はカズヤ達が日本に行ってしまっている間も二人だった。一心同体なんて日本の言葉を使うんじゃないけれど、俺達は親友なのだ。俺達にとっても、周りにとっても。
 俺はディランのことが色んな意味で好きだった。親友として、相棒として、サッカーの頼れるFW、我らが得点王ディラン・キースとして、あいつは女の子じゃないけれど、恋愛対象としてだって見れた。友人は気の迷いだと笑ったが、お前らの仲のよさなら、おかしくないかもな、とも言っていた。そこらのカップルより仲が良さそうだと言っていた。
 ディランは俺のことが好きだ。親友として、相棒として、俺達の頼れるキャプテン、アメリカチームの司令塔、マーク・クルーガーとして。それじゃあ、恋愛としては? それはわからない。ディランは俺がディランのことを好きだということを知っている。俺は知らない。ディランが俺のことを好きなのかどうか。
「よーうマーク、グッドモーニング」
「・・・・よう」
 アルゼンチンに勝利した俺達アメリカチームは次の日はお祝いってことで練習が休みになった。アルゼンチンとの激戦でへとへとだった俺は、勝利祝いの打ち上げで力を使い果たして近くのソファで眠ってしまった。その後誰かが部屋まで運んでくれたらしいけれど、目が覚めたら日はもう高く上がってしまっていた。11時過ぎだ。ホテルの一階、食事をとるためのホールに下りれば、ドモンがカズヤと一緒にゲームをしていた。ジャパンの携帯ゲームで、ドモンが勝っているのか、カズヤは必死に画面に食らい着いていて、顔も上げずに「グッドモーニング、マーク」と言う。ドモンの皮肉である挨拶にも気づいていないらしい。ドモンは画面と俺を交互に見るという器用な様子で見て、「お疲れだったな、キャプテン」と笑った。
「アルゼンチンは強かったからな」
「昨日はディランに散々絡まれてたみたいだったが」
「ディランは勝つといっつもあんな感じだ」
 マネージャーの子が朝食であるトーストとサラダを持ってきてくれた。コーヒーを飲みながら辺りを見回す。どうやらいるのはドモンとカズヤ、あとマネージャーの子が一人だけだった。マネージャーは全員で三人いるはずだったから、他の子はどうしたと聞くと、ショッピングにでかけたらしい。
「君はいかないのか」
「マークが起きてこないからいけなかったの。私の仕事は終わったし、これから映画でも見に行くわ」
「あぁ・・・ごめんよ」
「気にしないで。マークこそ今日はゆっくり休みなさいな」
 どうやら俺に朝食を用意する役だったらしい。悪いことをしてしまった。ゲームの音が響くホールで黙々と食事を終えて、食器をキッチンへ持っていく。再びソファに座ってから、ゲームに夢中の二人をしばらく観察した。
「ディランならでかけたぜ」
「・・・そうか」
 声に出していないのに先に答えられてしまった。俺はやっぱりディランのことばかり考えているのだろうか。というより、そう思われているのか。否定できないのに不思議な気分だ。
「あ、やべ、バッテリー切れる」
「じゃあやめようか」
「んじゃそうすっか」
「俺はもうちょっと一人でやってる」
 ドモンは少ししてから電源を切って、テーブルにそれを置いた。カズヤはまだやるらしく、かちゃかちゃと一人ぶんのボタンを押す音が残った。ドモンは「コーヒー飲もうぜ」と俺に言って、ソーサーを指差した。二人で行こうということはカズヤの分も入れるということか。俺は了承して、ドモンと一緒にキッチンに向かった。
 ドモンは手馴れた手つきでソーサーを動かして、コーヒーを三人分淹れた。俺はその動きを憶えて、今度ディランに淹れてやろうと思った。シュガーとミルクを持って、もう一度戻る。カズヤは顔を上げて、サンキュードモン、マーク、と言う。俺は何もしていなかったけれど、わざわざ否定するのも面倒なのでやめた。どうせカズヤもドモンが淹れたコーヒーだということを知っているだろう。俺は出不精だから、基本的にコーヒーは出来合いのものしか飲まない。
「これから何すんだ?」
「ん? そうだな・・・どうするかな」
「マーク、お前、ディランがいないと暇の潰し方もわかんねぇのかよ」
 ドモンは俺をからかう様に笑ったけれど、俺は反論ができなかった。カズヤは「そうだよ」と俺でもないのにそれを認めた。
「マークはディランがいないと遊べないんだよな」
「そんなことはないさ」
「お前、そんなにディランにべったりだったか?」
「違うよ土門、ディランがマークにべったりなんだよ」
 カズヤはふふふ、と笑って、それでも画面から目を離さずに、「そのせいでディランと一緒にいるのが普通になっちゃったんだよな」と言う。まるでディランが麻薬のようじゃないか。俺は否定しようかと思ったけれど、さっきから俺が否定してもそれを認めてもらえないと思って、あきらめた。
「マークはもっとクールなはずだったのに」
 うるさい方が好きなんだよな。カズヤが言うことは当たっている。俺はコーヒーを一口飲んでから、うっかりシュガーもミルクも入れるのを忘れていたことを思い出して、どちらも入れた。
「ふーん」
 ドモンは納得、というかそうだったのか、とでもいうように俺をまじまじと見て、コーヒーを飲んだ。カズヤがドモンに「ここどうすりゃいいんだ?」と画面を見せて、ここはこう、とゲーム講義が始まった。俺はそんな二人を見ていて少し寂しくなって、コーヒーをすぐ飲み干して、もう一度コーヒーを淹れにいった。ドモンの動きをちゃんと思い出して淹れると、いつもより何倍も美味しいドモンのコーヒーみたいなのができた。



 コーヒーを飲んで3杯目、またキッチンに向かうと、エントランスから「ただいまー!」と大きな響く声が聞こえてきた。ディランだ。俺は身を翻してすぐかけつけようかと思ったけど、淹れてる最中だったからやめた。ちゃんと丁寧に淹れて、零さないように気をつけてダイニングに向かった。
 ドモンとカズヤが座る向かいに、見慣れたハンバーガーショップとドーナツショップの袋を並べているディランとキッドがいた。俺がおかえりと言うと、「Oh! マークただいま! グッドモーニング!」とディランが言って、キッドも「グッドモーニング」と笑った。12時になっていたけど気にならなかった。
「今日は皆お休みだからお昼は自分たちで用意しなきゃいけないからネ、買ってきたんだよー。マークと一緒に行きたかったんだけど、寝てるんだもの! しょうがないからキッドと行ってきたんだよ」
「しょうがないってなんだよ。荷物持ちに使いやがって・・・フウ・・・」
 俺はとりあえず座って、ドモンとカズヤ、ディラン、キッドと一緒に昼食をとった。さっき朝食を食べたばかりだけど、ハンバーガーがとてもおいしいからぺろりと平らげてしまった。ジンジャーエールを飲んでいたら、ディランが俺が淹れたコーヒーに目をつけて、「飲んでいい?」と聞いた。俺がいいよと言うと、ディランは美味そうに飲んで、んー? と首を傾げた。
「不味い?」
「ドモンが淹れたコーヒー?」
「いや、俺が淹れた。ドモンの淹れ方真似したけど」
「ワンダフォー! 美味しいよマーク」
 ディランはそう言って手を叩いて絶賛してくれた。ディランはコーヒーはあまり好きじゃないけど、こんなに喜ぶなんてドモンのコーヒーはすごいんだな、と改めて思った。
 その後、午後はサッカーをして遊んだ。休みだったけど、結局やるのはサッカーだった。近くで見ていた子供達も誘ってサッカーをして、気がついたらフィールドに30人も入ってて、滅茶苦茶だったけど面白かった。カズヤがサインをせがまれていて、皆ではやし立てた。俺やディラン、ドモン、キッド、結局返ってきたメンバーも子供たちにサインをして、夕方は試合をした時と同じぐらい疲れていた。夕食はバーベキューで、また近くの子供達も混ぜて食べた。これは昨日と同じ流れだろうかと思っていると、8時を過ぎたぐらいにディランが俺を呼んだ。
 ディランは俺にまずシャワーを浴びせた。というより二人で入った。二人で風呂に入るなんて久しぶりだったと思った。裸なんて見慣れているし、特に目立った変化も無かったけれど、ディランに筋肉がついているのを見て、べたべた触ってみた。結局こちょがしあいになって、キッドがお前らなにやってんだとシャワールームの外から言ってくれるまでそれは続いた。俺達もなんで遊んでるのか分からなかったぐらいだ。
 へとへとになって出てからさっさと着替え、ディランは部屋へ向かった。俺達は同室だった。部屋は二人一部屋になっていて、両の壁際に並んで設置されている。俺達は何を言うわけでもなく一つのベッドに入り、明日起きる時間にアラームをセットして、横になった。
「ディラン、まだ8時だぜ」
「マークは夜更かしすると寝坊するからね」
 俺がびっくりしてディランを見ると、ディランはにやにや笑っていた。俺が11時まで起きてこなかったのを根に持ってるんだ。へとへとだったから、俺もディランもすぐ眠りそうだった。サングラスをとったディランを見ながらのろのろと瞼を下ろしそうになっていると、ディランは小さく、マーク、と俺を呼んだ。
「何だ?」
「ミーはね、ドモンのコーヒー好きだよ。美味しいからね」
「そうだな。ドモンのコーヒーは美味い」
「でも、ドモンのコーヒーはドモンが淹れてくれるからいいよ。ミーは、マークの淹れてくれるコーヒーも好きだ。ドモンの方が美味しいけど、マークらしくて、マークが淹れてくれる味だから、マークのコーヒー、好きだよ」
「・・・・・・そうか」
「グッド・ナイト、マーク。明日はちゃんと起きてくれよ」
「グッドナイト、ディラン。明日は俺を置いていかないでくれよ」
 俺もディランも少しして、ぶはっ、と笑った。くくく、と笑い声を堪えて、少し経って落ち着いて、寝た。
 俺はディランのことが好きだ。ディランも俺のことが好きだ。親友として、相棒として、チームの大切なメンバーとして、得点王として、キャプテンとして。
 俺はディランを恋愛対象としても好きだ。ディランが俺を恋愛対象として好きかどうかはわからない。それでも、ディランは俺が淹れたコーヒーが好きで、そして俺は、俺のコーヒーは好きだと言ってくれたディランのことが好きだ。これは確かなことだった。誰も否定のできないことだ。



 
2010/7・6


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