■ブログ短文集


■6は(現パラ

 肉まん、肉まん食べよう。口から白い息を吐き出しながら、伊作が思いついたように言った。俯いて歩いていた頭を上げれば、視線の先に赤い旗が靡いていた。肉まん130円が今日は110円になっているらしい。コンビニの駐車場は閑散としていて、こんな寒い日はやはり出かけたがらないらしい。土曜日にさえ学校に行かされる中学生の身にもなってほしいものだ。3時間を睡眠時間に費やすために、わざわざコンクリ塗れの箱の中に押し込められて、俺たちは何だ、囚人か?って話だ。
 暖かそうな黄色い灯りに誘われるままに伊作と二人でコンビニの中に入ると、別世界のような温度だった。この中でだるそうにレジに立っていた店員も一度外に出ればいい。あんな平穏そうな面で立っていられるわけがないのだ。
 財布の中を漁ると120円しか入っていなかった。なんと昨日では買えなかったらしい。伊作の分の幸運が、俺に回っているのかもしれない、なんて思った。伊作は小銭が無くって、千円で払っていた。小銭が大量に帰ってきて、財布が一気に重そうになっていた。
 「久しぶりに食べるなぁ」
 湯気を立ち上らせる肉まんを頬張りながら、伊作が言った。確かに、肉まんを喰うのは久しぶりだった。もしかしたら一年ぶりかもしれない。今冬に入って食った覚えは無かった。
 「来年は食べれるかな」
 「食べれるだろ。来年になるまでに世界から肉まんが消えるとは思えねぇな」
 「一緒にだよ。来年も食べよう。」
 憤慨したように伊作が言った。鼻が赤くなっていて、一瞬笑いそうになった。いや、でもきっと自分も赤くなってるに違いない。鼻水が出そうになったので、一度吸ったら起こられた。
 「鼻かみなよ」
 「ティッシュ持ってねぇ」
 「ほら」
 お前は母親か。伊作からティッシュを一枚貰って、鼻をかむ。体から菌を出そうとする働きなんだから、吸っちゃ駄目だよ、と保健委員にしては仕事の行き届きすぎている伊作が不満そうな声を上げた。ふぅん、と頷いて、肉まんの残りを口に詰めた。肉まんから離れた袋が一気に温度を無くした。



 さむいね、と伊作が笑っていた。手を繋いでいる女がそうだね、と伊作に擦り寄っている。
 高校が変わってから、伊作との会話は極端に減った。ふと思いつくとメールのやりとりをしているが、やはり関係は変わったのだと思った。相変わらず主従みたいな関係の潮江と一緒に本屋巡りをしていた仙蔵が、「それは、お前らが優しすぎるからだ、馬鹿め」と鼻で笑いやがった。
 独占欲が足りんのだ、と仙蔵は潮江の肩に肘を乗せて、にんまりと口を歪めていた。その状態を一瞬たりとも羨ましいとは思わなかったが、それを見たとたんに俺と伊作の距離が過去とまったく変わっていないことに気がついた。こんな関係になっても、俺はあいつに俺たち親友だよな?なんて無様な問いはかけていなかった。微妙な反応をされるのが怖いわけでも、それに気まずさを覚えたこともなかった。伊作が過去とまったく変わらないまま、にっこりと目を細めて、食満、この間の野球、惜しかったね、と過去と変わらないままの口調で、当たり前に交わしていた会話をし始めることが分かっていた。
 得意気な仙蔵に俺たちはこれでいいのだ、と胸を張って言うと、無理をするなと失笑された。お前に何が分かるってんだ、帝王気取りが。
 彼女らしき女と一緒に歩いていた伊作が、同じクラスの友人と会話していた俺を見つけた。視線が絡んで、伊作が笑った。俺は昔みたいに少し口角を上げてみた。伊作に「悪巧みしてるみたいだよ」と不評だった笑みだ。
 ともだち?と女が聞いたようで、伊作が満面の笑みで、そう、僕の親友。と恥ずかしげも無く答えるのを聞いて、こっちが恥ずかしくなってしまった。
 肉まんが食べたいなぁ、と伊作が言うと、女が反応して、じゃあ、食べようよ、と言った。
 それはだめ、と伊作が笑う。俺のことを馬鹿にできないような、極悪な笑みだった。
 「今年最初に肉まん一緒に食べる先約がいるんだ」
 「ええ、なにそれ」
 確かに、なんて先約だ!肉まんぐらい彼女に譲ってやる甲斐性はあるぞ、俺は。
 「何笑ってんだよキモイぞお前」
 「おま、キモイとは失礼だぞ。まぁいいや、俺先帰る」
 「何だ、彼女でもできたか」
 「先週振られたばっかりだっつの」
 彼女よりも優先すべき、肉まんを食う約束があるのだ。去年からの、ビンテージものの約束が。
 友人達に片手を振って離れれば、丁度よく携帯が震えた。去年と同じコンビニの前で、と一言だけが画面で輝いていた。






■問答(庄鉢

 「基本的に、賢しく聡いものは、皆総じて極悪だと思っている」
 「なぜですか?」
 「賢しいものは様々なものに精通しているが故に思慮深く、そして卑怯なものだ。その上聡いともなれば、善人のわけがない。世界がそれほど美しいものではないということを知っているのならば、善人になどなれようはずがない」
 「それでは僧侶のような人をなんというのです」
 「私はそれを偽善と呼んでいる」
 「偽りと呼ぶにはあまりにも悲しいと思いますが」
 「ならば聞くが、偽りの何がいけないというのだろう?本物と偽物ならば、偽物の方に価値があるという話を聴いたことはないか?曰く、物質的にまったく同じものならば、純粋な物質に近づこうと努力が見える分、偽物の方に価値があるという」
 「それは言い訳です」
 「その通りだ。だがそれを指摘して時点で、善とは程遠いものだろうが?しかし、全てを許すほど優しい生き物など、むしろ極悪であるべきではないか?」




■委員長委員会

 たまにこの男の精神が酷く純粋なものであり、それと同時にひどく軟弱なものであるかのように思えて、彦四郎は筆を片手に低く唸った。
 不真面目にも四つ上の先輩である鉢屋三郎は壁を背にして船を漕いでいるし、真面目な同輩である庄左ヱ門は黙々と鉢屋に頼まれた委員会の費用を計算していた。あまりの分で今度団子を食いにいく約束である。
 かつては、優秀な1年い組、その学級委員長である自分が、い組のなかで一番碌な活動をしていない委員会にいることが恥ずかしくて仕方が無かったが、今はもうそんなことは慣れてしまった。そもそも学級委員長の集まるこの委員会にこれといった活動がないのがしょうがないのだ。学園長先生が顧問なのだが、その学園長先生は愛犬と盆栽いじりに勤しんでいる。
 そして、件のこの男、というのは彦四郎の正面で居眠りをしている鉢屋三郎のことである。5年生の中では6年生に匹敵するほどの技術を持つ天才、などと評されているのだが、彦四郎はこの男が委員会の中で会うたび寝ている気さえするほど、鉢屋はよく寝ていた。授業中に居眠りをしないから今寝ているのだ!と豪語していたのだが、それは当たり前のことだ。授業中に寝ることがおかしいのだから。夜に寝れば起きれるでしょう、と進言すると、5年生ともなれば夜中に課外授業があることも多いからね、と嘯かれた。そんな毎日毎日あるわけがないことぐらい承知である。
 挙句の果てに団子を食いにいく費用を後輩に任せる始末だ。手伝わせるならまだしも、鉢屋はどうどうと居眠りをしている。せっせと帳面に数字を書き込んでいく庄左ヱ門が哀れでならなかった。
 「庄左ヱ門」
 「なに?」
 堪えきれず声をかければ、庄左ヱ門は手を一度休め、小さく首を傾げながら頭を上げた。その表情にまったく鉢屋に対する怒りなどというものは見えず、彦四郎は一度怯んだ。しかし、ここで言わねば鉢屋が卒業するまでずっとこのようにこき使われるかもしれない、と友人のために勇気を振り絞り、鉢屋に聞こえないように声を抑え、目の前の生真面目な同胞に囁く。
 「それ、今度団子食べに行くときの費用ひねり出してるんだろ?先輩にやってもらった方がいいんじゃないか?鉢屋先輩の方が絶対計算するの速いだろ」
 「え」
 彦四郎の言葉にきょとん、と目を見開くと、庄左ヱ門は黒々とした目で彦四郎を見返した。しばらく黙って驚いていたが、ええと、としどろもどろに庄左ヱ門は口を動かした。
 「彦四郎、実は私より庄左ヱ門の方が計算するの速いんだ」
 「わ!」
 唐突にやってきた声が、まるっきり寝ていると思っていた人間のものだったので、彦四郎は驚きのあまり机に足を思い切りぶつけてしまった。墨が零れないように即座に硯を持ち上げる庄左ヱ門の冷静さに舌を巻きながら、壁に寄りかかったままの鉢屋を伺う。頭を上げたその姿にまったく寝ぼけている様子は見えず、頭を前に傾けていたので肩がこったのか、首を左右に捻っていた。
 「おきてたんですか」
 「寝たふりの練習をしていた」
 すっかり寝入っているものだと思っていた彦四郎をにやりと笑って、鉢屋はゆっくりと手を組んだ。
 「私だって頭を下げて費用を算出する仕事を庄左ヱ門に頼みたくなんてなかったさ」
 「帳簿の練習にもなるしね」
 眉根を顰めてむくれた鉢屋をフォローするように、庄左ヱ門が笑う。なんだ、まるっきり歳が逆のようではないか。
 思った以上に鉢屋の精神が純粋で、そして同輩よりも子供らしいという事実に、彦四郎は初めて鉢屋の内面を垣間見た気がしたのだ。




■問答(庄鉢

 「人は私のことを忍の天才だと言うが、それはけして褒めている言葉ではないと思うのだ」
 「貴方は忍なのですから、天才より具合の宜しい立ち居地があるのでしょうか?」
 「忍というものがまっとうな人間とは程遠い生き物だとおもうのは、私のエゴだろうか」
 「それについては明確な答えを持ち合わせておりません。なぜならば僕は確実に貴方と自分がまったく別の生き物と認識しているからです」
 「つまり私は人ではないと?」
 「人というのは顔を一つしか持たないものだったはずです」
 「私だって顔は一つしかないよ。阿修羅じゃあるまいし」
 「そうでしょうか?たまに、僕には、貴方何か、腹のうちに気持ちの悪い、どろどろとした違う、化物を飼っているようにしか思えないのですが」
 「生物委員は竹谷の領分だ。私は何かを育てるということに向いてはいない。例え居たとしても、遠くない未来、きっと餌やりを忘れて餓死させてしまうよ」




■君の無邪気な殺し方(小平太

ぶへぇ。
真新しく掘った塹壕から這い出して、小平太はようやく一息ついた。体は汗と土に塗れていたが、不思議と疲れはこない。むしろ熱が体中を巡って、今すぐくない一本だけでも構わないから敵兵の布陣する中央に突破をかけたいぐらいである。
器用に右手の中指にくないの穴を突っ込み、数回くるくると回せば、小平太の立つ真上から仙蔵が降ってきて、音もなく着地した。
一枚の木の葉が遅れて地面に墜落する。仙蔵の見た目はそれはもう綺麗なもので、頭の天辺から足の先まで泥だらけの小平太と並ぶと奇妙な違和感があった。
「よ。すっごい爆音してたけど、何か変わったことあった?」
「伊作がお前が掘った塹壕に落ちた」
「あれ?ルート外れてた?」
小平太が掘っていた塹壕は先に作戦で打ち合わされていた通りに作られていた。疲労した生徒達の中で一人目を爛々と輝かせて暴れたいと全身で物語っていた小平太の力の発散場にされていた。
某城と某城の戦に、ちょっとした手伝いで参加した忍術学園6年生だったが、戦場がそう楽なものであるわけもなく、殆どのものが疲労でぶっ倒れている。仙蔵は後続に配置されていたので、戦も終盤に入りかかった今、お呼びが掛かったわけである。お得意の焙烙火矢を呆れるほど爆発してきた仙蔵からは、顔を近づけずとも分かる、火薬の匂いでぷんぷんしていた。小平太は泥の付いた鼻を指先でこすり、小さく首を捻った。ぐう、と小平太の腹が鳴った。
「仙蔵、いい匂いがする」
「いい匂い?鼻が馬鹿になったか」
「いや、香ばしいいい匂い。あー腹減った」
仙蔵は予想していなかった言葉にきょとんと眼を見張ると、呆れたように言った。「馬鹿、そりゃ人肉の焼ける匂いだ」
「ふぅん、肉の焼ける匂いなんてそう変わんないよ」
小平太はあっけらかんと言い切ると、一度大きく伸びをして、再びくないをくるりと回した。月光を反射して、鈍く、持ち手と同じく血肉を求めるようにくないが淡く光ったのを、仙蔵は曖昧な笑みを口に浮かべて見送った。




■私の持つたったひとつのうつくしい歌はもう砂の中で

穴を掘るという行為を、鉢屋三郎は自虐行為ではないかと推測した。かつて綾部喜八郎が会計委員会所属の田村三木ヱ門を落とそうと画策しながら掘った穴を見ながら、鉢屋はおそらくこのなかに最も入りたいと願っているのは綾部自身ではないかと思った。
「やぁ」
「・・・どうも」
そんなことも考えたなぁ、などと思い出しながら、鉢屋は薄暗く湿った匂いの充満する蛸壺の底から綾部になるべく爽やかな声音で挨拶をした。ほんの数分前に無様に転落してしまった。いまや不破雷蔵のものである化粧も泥だらけで、見るも無惨である。ここに同学年の竹谷八左ヱ門を初めとする級友達がいたら、珍しいものもあったものであると腹を抱えて笑い転げるであろう。鉢屋はきわめて冷静に、己を見下ろしてくる冷淡な表情をまとった少年に笑いかけてみた。
「入りたいならおいで」
綾部喜八郎は眼をぱちぱちと二度瞬きし、いつの間にか手に持っていた雛罌粟の花を穴の中、つまり三郎の上にぼろぼろと落とし、拗ねたように言った。
「餞別です。別に、羨ましくなんてないんですからね」
相変わらずこいつは性格がおかしい、と鉢屋は思った。綾部は何故か頬を染めていた。




■永遠なんて永すぎる

ぐるりと巡って最後に戻ればきっと終わらないな、と鉢屋が笑った。
「あっ知ってます僕!メビウスの輪ですね!」
ぱっと手を上げて進言するのは1年い組の癖なんだろう。なんだか僕に見せ付けるようでちょっとムカッとした。
「ウロボロスってのもあるけどね」
「あ、それは知ってます。自分の尾を食べるヘビですよね」
うへぇ、苦しそう、なんて彦四郎が顔を顰めた。表情がころころ変わるのが楽しかったのか、鉢屋が目を細める。
「輪を見ると途中を千切りたくなるんだ」
「なんでですか?」
「私は何かが終わる瞬間が好きなんだ」
鉢屋の台詞に僕らは同時に視線を合わせて、ほぼ一緒に手を上げた。
「じゃあ、僕らは始まりを好きになります!」
「輪を切って一本になったら、反対側を鉢屋先輩が掴んでくださいね!」
一度目を丸くして、鉢屋はからりと微笑む。それはいいね、ゴールテープみたいだ。僕らはいくつも約束を交わす。

2009/9・30


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