■ディグレ log 1
「よぉーかっこいいおにぃさん。お一人かい?」
おどけた台詞をおどけて吐いてみると、真っ黒いソファにねっころがったティキが頭を上に向けた。
デビットにすればティキの顔が逆さまに見える。
「みりゃ分かるだろ」
「奇遇だね。ぼくも一人なんだ」
みりゃ分かる、とティキは返して、頭に血が上ったのか、顔を顰めて頭を元に戻した。すぐにティキの顔は見えなくなって、ひょこひょこと跳ねた髪の毛が先程まで顔が見えていた位置に出てくる。
「ジャスデロが一人だけで伯爵に呼ばれちまってつまんねーの。ティッキー遊んでよ」
「やなこった」
すぐさまデビットは懐から拳銃を取り出し丁寧に狙いを定めずに撃った。
パン、と乾いた音が一つ。ティキの組んだ足先を掠めて地面に落ちた。
「・・・・・・・何すんの」
「遊べよティッキー」
がちりともう一度弾を装填する。ティキはまた頭だけ逆さまにしてデビットの方を逆さに見た。今回は目つきが悪いが。
デビットは喉奥をくっと鳴らした。口端が吊りあがる。
「怒んぞデビット」
「なに?遊んでくれんの」
「手癖の悪いてめぇの左手、ティーズのおやつにしてやろうか」
ぶわりとティキの腕から、黒い蝶形のゴーレムが群がるように溢れ出した。
「良いねぇ。そういう反応を待ってたんじゃんティッキィ」
ちゅっと愛銃にキスをして、食人ゴーレムを従えた男に向かって、デビットは右足を進めた。


例えばそれは暇つぶしのような甘い殺意 06.9.02



「アレン、だーいすき」
「・・・・・・」
「ムシぃ?レディに対してそれはないでしょぉ?」
「人間が、嫌いだったんじゃなかったん、ですか?」
「うん。嫌いだよ?ヘボいし、ザコだし、キモイし」
「僕は、人間ですよ。貴方も、人間なんでしょう?」
「えー?まぁ僕は人間だけど、そこいらのカスとは違うっつってんじゃん。話聞いててよぉ」
「・・・・・・僕は人間ですよ。エクソシストです」
「嘘だぁ」
「・・・・・・は?」
「アレンが人間な訳ないじゃん」
「・・・・・・・え」
「普通の人間はぁ、アクマを自分から殺したいなんて思わないしぃ、っていうか争いが無いんだったらそっちがいいって聞くけどぉ、アレン違うでしょ?」
「・・・・・・そ」
「アクマ殺したいんでしょう?」
「そんな、わけない・・・・・・!」
「違うの?違わないよぉ?じゃあ何で殺すの?殺さないでよ。アクマだって意思があるんだから。ボクと遊んでくれるんだから。ねぇ、殺したくないんなら、殺さないでしょ?アレンは殺したいから、殺してるんじゃん。そんなの人間じゃなくない?」
「ち、がっ」
「そう?ボクは人間を殺したいよ?だから人間じゃないのかもね。でも、ボクは人間だよ?意味分かる?分かんない?分かんなくていいよ。別にアレンに理解してもらえるなんて思ってないし」
「・・・・・ろー、ど」
「ねぇ、アレンは友達をアクマに沢山殺されたのかもしんないけど、ねぇ、考えたことも無かったかもしんないけど、ボクも友達を沢山、エクソシストに、殺されたんだよ?」
「・・・・・・・でも」
「発端はどっちかボクだって知らない。別に知る必要もないし?でも、ねぇ、アレン。分かってくれるよね?自分達ばっかり被害者面してるけどさ、ねぇ、分かってくれるよね?だってさ」
「違う」
「アレンのお父さん殺したのはさ」
「ちが」
「見殺しにしたのは」
「止めてください!」
「・・・・・・・・・・あは」
「やめ、ろ」
「何で泣いてんの?」
「僕は、人間を、嫌いになりたくない、です」
「・・・・・そう。残念」
「・・・・・・・・・」
「バイバイ、ベイビー」
「・・・・・・・・・」
「苦しい現実に、明日も泣きはらすアレンをまた明日も見れるように、いつでも祈っててあげる」
「・・・・・・・・・」
「さようなら、そしていい夢を!次会えたら殺してあげる、可愛いボクの白い悪魔!」

アレンとロード 07.3.27



ロードは男の亡骸を静かに抱きしめていた。ノアの血が死んだときにくる激情もなければ、涙も溢れない。
黙って見下ろすと、男は微かにすっと息を吸った。生きている。
―――、しかし、ロードにとっては死んだようなものだ。
黒い髪も長い手足も、格好良い顔も背の高い姿も、変わっていないのに。無くなってもいないのに。
ただ、額に打ち付けられた十字架が無くなり、浅黒い肌が具合の悪そうに白くなっていた。
「ねぇティッキー」
小さく名前を呼ぶ。その声には愛しさがこめられていたが、どこか殺意を含んでいるようにも聞こえる。
彼は眼を開かなかった。
「いっそ死んじゃえば良かったのにね」
そんなことを言いながらも、ロードはとにかく悲しそうだった。顔を歪めて、そっとティキの頬を指先でなぞるが、返ってきたのは安らかに眠るように浅い呼吸。
「いっそ、しんじゃえばよかったのに、ね」
なんで死ななかったの?なんであのときボクが近づくのを拒んだの?なんでボクを、一人にするの?
ロードは聞きたいことが沢山あった。沢山話したいこともあったし、沢山遊びたいこともあった。
しかし、次に目を覚ました彼は、けして家族ではない。
忘れるな、人を憎め、怨め、そして殺せ。
ロードの体内で、声にも表すことのできない感情が叫んだ。両手に抱きしめる男の心臓をこのまま一突きにしてやりたいという衝動がこみ上げて、自嘲の笑みをその口に湛える。
「ばいばい、次にあったとき、幸せになってなかったら、殺しちゃうんだから」
いつものように軽口を叩いて、ロードは最初で最後のバードキスをティキの瞼の上に降らすと、最後まで涙を零さず静かに暗闇へと消えた。
甘ったるい匂いだけがふわりと揺らいで、眠っていた男は小さく誰かの名前を呼ぶ。
返事は永遠に無かった。

目を覚ました君へ 07.5.22



刃が体に深く突き刺された瞬間、ティキは頭の片隅で理解した。
一人になってしまった、と。
ノアを人間に戻したといっても、ノアであったことが消えるわけではない。殺意を抱いたことは脳髄に深く刻み込まれ、(また、人間の赤に恍惚を湛えた(あの言い表すことのできぬ満足感!)人間に怨まれた過去の業績は拭うこともできない。
だからといって、ノアで居つづける事等できない。彼らの優しさに縋って、ただただ足を引っ張るはめなんて、ごめんだった。ならばいっそ、死んだほうが良い。
人間に戻れもしない、ノアでいることもできない。
まっさらな世界に、一人取り残されたようだった。
魂は、永遠に、救われない。
(しかしあの白い子供は俺を救えたなどと思うのだろうか?)(事実、俺は救われただろうよ永遠の殺戮衝動から!)(しかし)(しかし?)
意味無く笑えて来た。くだらない。自己満足に化物を殺すか、足元を見てもくれない、自分勝手な、道化師め!(俺は永遠にお前に感謝なんてしない)
ほら、見ろよ。姉のあんな苦しそうな顔なんて、生まれてこの方見たことも無い。
ごめん、ごめんよ。遊んでやれなくて。
手は伸ばさない。縋ってはならない。これ以上、彼女に迷惑はかけられないのだ。
「(ごめん。許してなんて、言わないから)」
我侭を聞いてくれてありがとう。一人になるのを許してくれて、ありがとう。言いたいことがいっぱいあった。でも、もう逢えないな。
だって俺は、ただの殺されるためのヘボになっちゃったんだから。(死を待つ血のつまった頭陀袋だったか)
さようなら。お姉ちゃんなんだから、我慢してくれ。
途切れる意識の端っこで、『俺』を世界で唯一愛してる、って言ってくれた彼女が泣くような声を聞いた気がした。

さいごに 07.5.22



「!・・・ティキ、どこ行くの?」
かつかつと遠のいていく足音に反応したロードが、ぱっと身を起こすと、先程までソファに寝そべっていたというのに衣服の乱れも気にせず、暗い廊下でふと振り返り待つティキへと抱きついた。
少女の勢いに軽く後ろへよろめいたが、やれやれと少し呆れたように笑いながら、ロードの捲れたスカートを直しながら、「いつものお仕事に決まってんだろ」と答えてやる。
「人を殺すの?」
「殺すよ」
「沢山?」
「沢山」
一言の質問に一言で返しながら、ティキは幸せそうにえへへへ、と笑うロードに笑い返してやる。
「帰ってきたら、お買い物についてきて」
「何買うんだ?」
「新しい帽子が欲しい。可愛いのね」
「分かった」
「靴も。鞄も欲しいな」
「自分で払うんだろ?」
買いたい、ではなく、欲しい、という言葉に気がついたティキが、当然かのようにロードへ訪ねた。
「男が買ってくれるもんでしょう」
「――――――嫌な子だ」
不貞腐れたように顔を顰めるティキを、ロードは逆に「ティキはいい子でしょう?」と笑って見せた。
「ね、早く殺してきてね。お姉ちゃんの言うことは、聞くもんでしょ?」
「ふぅん、弟を労おうとはしないのかよ」
「弟はいい子だから、お姉ちゃんを優先するんでしょう?」
ああ言えばこう言う!ティキは負けましたとでもいうように両手を上げて降参のポーズを示すと、一度ロードの頭をくしゃりと撫で、「いってきます」と小さく笑った。
「いってらっしゃーい」
ロードはお返しとでも言うようにジャンプすると、ティキの首に腕を回し、ちゅっと軽く頬にキスをした。
「いってらっしゃいの、ちゅー」
「・・・・・・・どうも」
苦々しげに呟くティキをうふふと笑いながら送り出し、早足で部屋へと戻ると、出かけるための服をドレッサーからぽいぽいと乱雑に取り出した。
これを片付けるのも、”いい子”の弟の役割である。

ロドティキ 07.9.27



「は、はははははは、はははははははははっ!!!」
哄笑が崩れる世界に響いた。
黒衣の男は狂ったように笑い続ける。楽しくて仕方が無い様に。止まることを、知らないように。
「はははははは!ははははははははははは!!」
壊すことが大好きだ。
殺すことが大好きだ。
愛しむことが大好きだ。
潰すことが大好きだ。
からかうことが大好きだ。
この世界が嫌いだ。
この世界が大嫌いだ。
この世界が憎い。
この世界が憎憎しい。
家族の居ないこの世界なんて、全部死ねばいいのだ。
「はははははは!はははははははははははは!ははははははははは!!」
白い悪魔は己に敵わない。橙色の兎もすぐに殺せる。黒髪の女だってゴミくずだ。豚に興味は無い。
「あははははは!あははははは!」
さぁ見てて俺の愛しい家族たち!すぐにそっちにこのむしけら送ってあげるから、飽きるまでぶち壊してね。
男は笑う。哂う。
だって楽しいんだもの!
仮面の下で男は啼いた。たった一人きり、ゴミを前にして。
だって哀しいだろう?
男は泣いた。たった一人きり、残された世界の端で。
生まれたときと、同じように。

ロドティキ 07.9.22
2007/10・03


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