■偽りにどれほど意味があろうか

 もそもそと焼き鮭と白米を一緒にして胃に突っ込んでいると、正面に座っていた竹谷が、何故か突然「お前らはほんと仲良いよなぁ」と言い出した。
 もちろん、「お前ら」というのは僕と三郎のことを差している。兵助とは今日はまだ会ってない。話に出てくるとすれば、僕の隣で同じように鮭とご飯を一緒にして喰っている三郎のことしかないだろう。
「俺はお前と兵助とも仲がいいつもりだけどなぁ」
 三郎は平然とそう言って、味噌汁を一口飲んだ。口の中にある米を胃に流し込んで、ふぅ、と一息つく。僕も味噌汁で口の中を空にしてから、「僕も三郎と特別仲がいいとは思わないけど」と言ってみた。
「だってお前らずっと一緒に居んじゃん」
「そりゃ、私が雷蔵の顔をしているからさ。なんで違う顔してわざわざ違う奴と一緒にいなきゃいけないんだよ」
 正論のようで正論ではない。もちろん、竹谷もその台詞に首を傾げ、「じゃあなんでずっと雷蔵の顔してんだ?」と言った。そう、別に一年は組で彼が異常なほど変装しやすいと豪語するしんべヱくんのように、僕の顔がそれまで変装しやすいとは思わない。
 まぁ、僕の顔が変装しやすいかしにくいかというのは三郎が決めることであって僕がどれほど変装しにくいだろ、といっても三郎が「変装しやすいから」と言ったらその通りになるのだ。僕はむずむずして、たくあんを一切れ口に放った。
「だってお前の顔してたら怒るじゃん」
「怒ってねーよ。気持ち悪いって言ってるだけじゃねぇか」
「ほら、言ってるだろ」
 豆腐を口に運びながら、三郎は肩を竦める。「じゃあ、僕の顔をしてるのは、僕が気味悪がらないから?」と聞いてみれば、「いや、そうでもない」と首を振る。じゃあなんなんだ、と僕と竹谷が顔を顰めれば、三郎は平然と、「雷蔵が許してくれるから」と返した。
「許してくれるから?」
「許してくれるから」
 なんだそりゃ。
 僕は今まで一度だって「もういいよ十分に使えよ」などと言った覚えは無い。三郎はお椀の中のご飯を口に運びながら、「だって今何も言わないじゃないか」と不思議そうに言ってきた。
「それもそうだな」
「諦めてるんだよ」
「諦めと許しは違うのか?」
「まぁ・・・違うんじゃない?」
「やる事は同じだろ。干渉をやめるんだから」
 そうは言っても、僕の感情が違うだろう、と僕は思った。許すのは肯定だが、諦めは否定だ。僕は三郎を見た。平然と食事を続けている。まるっきり、鏡を映したような僕の顔だ。双子だってここまで似ないだろう。
「じゃあ、竹谷や兵助が僕みたいに許し、っていうか諦めたら、竹谷とか兵助の顔使うの?」
「兵助は使わん。だって組違うし。竹谷なら使うな」
「そうなのか」
「うん」
 なんだそれ。僕はだんだん胃がむかむかしてきた。しかし料理を残すと怒られるので、苛々するのを落ち着かせようと頭に言い聞かせながら、口に含んだ鮭やご飯を味噌汁で胃に強制的に流し込む。僕が苛々しはじめたのに気がついてか、竹谷が三郎に耳打ちした。「雷蔵怒り出したぞ」竹谷さん、聞こえてるんですけど。
「見りゃ解るだろ。アホか」
 君が言うか。
「なんだよ雷蔵。自分が三郎の特別じゃないからって怒ってんのか?」
「そんなことないよ」
「じゃなんで怒ってるんだ?」
「知らない」
 つっけんどんな言い方になるのを否めない。三郎はさっきから喋ってるうちに食事を進めていたから、今もう膳の中は空になっていた。僕のには半分ほど残ってる。竹谷は僕の感情に気を使いながらもおかわりをおばちゃんに頼んだ。何だお前。
「雷蔵、別に私は君の全てを知ったつもりになってたわけじゃないぞ」
「・・・・・・なに」
 三郎が温くなったお茶で食後の一服を決め込んでいると、唐突にそんなことを言い出した。その台詞が台詞と裏腹に、僕が思っていることをまるっきり理解したかのような意味だったので、僕は一度びっくりした。
「そもそも、他人の考えていることがわかる人間なんていないと思うぞ。5年間ずっと一緒にいたって、そいつについてわかるのはせいぜい好みとか行動範囲とか、予測でしかないわけだ。人の心を完全に読むなんて無理なんだよ。解るだろ?」
「三郎が言うほど白々しい台詞ないよね、それ」
「言うなお前・・・もちろん、さっきのお前が「許してくれた」んじゃなくて私の変装について「諦めた」ってことでも、私にはぶっちゃけ関係ないのさ」
「何それ」
 かちん、と頭のどこかで火花がなる。手の内に火縄銃があったら暴発してるところだ。三郎は悪びれずに、だってそうじゃないか、と言葉を続けた。
「それが諦めたのか、それとも私を許してくれたのか、考えてることに影響するのは雷蔵だけだ。私が受けることとしては、『私が雷蔵の変装をしても口やかましく言ってこない』ということだけ。それが雷蔵にとって是でも否でも、私は友人の気を悪くさせるだけで済むわけだよ」
「僕がどう思ってたって関係ないってわけ?」
「いいや、もちろん私は君を大切に思う友人の一人として、お前の幸福をいつだって祈ってるさ。願ってやまない。お前が笑ってくれていれば私はひどく嬉しいし、お前が一人で泣いていたら自分も泣いてしまいそうなほど悲しい。でもお前、それを全て理解できるか?お前が表面上を上手く誤魔化して私たちに感情を吐露させないように細心の注意を払っていたら、私たちはそれを見破ることはけしてできない。お前は何だかんだで私たちと同じ忍なんだから。感情を殺すのは朝飯前さ」
「それは・・・」
「自分は不器用だから絶対私たちに感情を気づかれるなんてこと言わないでくれよ。そんなんじゃ忍失格だぞ。自分を卑下するのもいいが、実力以下のことまで卑下する必要性などないんだから」
 三郎の言うことは至極もっともで、僕はうっかり口を噤んでしまった。竹谷は傍観に徹している。多分この会話を半分ぐらい聞き流しているだろう。
「私が君の事を軽々しく扱い、君の感情を慮らなかったことについて君が怒っているのなら謝ろう。まったくもって君に対して私は不遜な態度をとっているわけではない。君の事を心から敬愛している私だ。そんなことしないよ。私たちは相手の思考を先に読み取り行動するのが普通だが、全て理解できるのは神か仏ぐらいだよ。一言言っておくと、私は一応神ではない」
「天才だろ」
「そうだ」
 口を挟んできた竹谷に間髪居れずに返答する。僕は相変わらずの三郎の返答に、ぷ、と笑ってしまった。
「三郎、こんなのの言い訳に長々と喋りすぎ」
「え、これ全部言い訳だったのか」
 机に突っ伏していた竹谷がびっくりした声を上げた。お茶を飲み干した三郎が馬鹿にするような目で竹谷を見る。
「お前はちょっと話聞け」
「聞いてたよ!」
「要約してみろ」
「・・・・つまりお前は神ではない」
「最後だけじゃねぇか!」
 げらげらと声を上げて笑ってしまった。「お残しはいけまへんで!」即座に飛んできたおばちゃんの渇に身を竦めながら、「早く喰えよらいぞぉー」と二人に急かされる。
「ところでさぁ」
「あん?」
「この会話の最初ってなんだっけ?」
「なんでもいいじゃん」
 最初の話なんて忘れてしまった。僕は残りのご飯を掻き込みながら、今度は火縄銃の打ち方について話し合う竹谷と三郎を見た。二人が今何を考えているだろうか、と問われれば、もちろん「わからない」としか答えられない。竹谷はもしかしたらちゃんと火縄銃について考えているかもしれないけれど、委員会で今日出産する虫たちのことを考えているのかもしれないし、もしかしたら後輩たちのことを考えているかもしれない。三郎だって今日のテストのことを考えているのかもしれないし、もしかしたら委員会でどこ掃除しようかと考えているのかもしれない。
 確かに、彼らが今何を考えていようが、今の僕にはまったく関係がなかった。僕は今ご飯を食べることしかできないし、考えているのは図書室の机の上に置いてきてしまった図書貸し出しカードがどうなってしまったか、ということだし。
 三郎にとってはただの言い訳だったのかもしれないけれど、僕はその言葉に嫌に納得して、きっと三郎には関係ないだろうけれど、三郎が僕の顔を使うのを、「諦める」から「許す」ことにしようと、心の中でそう思ったのだ。
2009/1・6


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