■柔らかい夜のお話
 
 
 
 眼下に広がる街には学生が8割を越す割合で住んでいるはずだというのに、深夜でもその明かりが消えることがないというのは不思議なものである。一体誰のためについているのだろうこの明かりは、と思ってしまう。この学園都市の外で眠らない街とかいう名称がついている街が笑えてくる。ステイルは煙草を口から離してふっと笑った。
 夜中でも遊び歩く子供達を補導するために大人達が注意深く辺りを見回しながら歩く眼をかいくぐって子供達が遊びに繰り出しては稀に喧嘩をしている。
 この異常な街で正常な子供達が普通に生活していること、それこそが異常なのだろうな、とつくづく思った。
「その筆頭が君のような異常なのかな」
「いや、一番の異常はお前のその身長だと思うけどにゃー」
 街を一望できる高いビルの上に腰掛けて煙草をふかしているステイルの背後から、堂々と扉を開けてやってきた土御門に、ステイルはあざ笑うような視線を向けた。「君ら日本人が小さいのさ」ぬけぬけと言い放つステイルに、土御門はそういう偏見はよくねーと思うにゃーと嘯きながらステイルの隣まで歩み寄る。明るい街の夜景を見下ろして、電気代が、とつぶやいた。
「お金がないのかい」
「学生は金欠って相場が決まってるにゃー」
「そうだね、みんなそう言うよね。何かの合い言葉みたいって思えるぐらい」
 ふん、と鼻を鳴らしたステイルは、それでも煙草や酒を買う金があるんだから不思議だと笑った。
「そこは逆だろ?金が無いのに高い煙草や酒を買うから金がねーんだにゃー」
「なるほど」
 言い得て妙だと思う。サングラスにアロハシャツのそれこそ遊び歩いてそうな少年と、14歳で煙草を吸う自分なら、一体大人はどちらが悪いと言うのだろう。命を捨てて敵と戦うことを、一番に叱る大人が居れば、それこそ土御門だろうが。
「で、今日はインデックスのストーキングかにゃー?」
「ぶはっ」
 少しまじめなことを考えていたステイルの横っ面を突然ひっぱたくかのような唐突さで、土御門は聞いた。吹き出したせいで煙草を落としてしまい、火のついたままの煙草が落下していく。あ、と土御門が思った瞬間、まだ長かった煙草がぼっと燃え上がり一瞬で灰になって消えた。
 ビルの下を歩いている人の頭に落ちることを防止するために先に炎のルーンを使っていたようだ。
 灰になって風に連れ去られる黒い滓を名残惜しげに見やってから、ステイルは唸るような低い声で土御門を非難する。
「・・・・・・もったいないじゃないか」
「落としたのはお前だにゃー? ちゃんと焼き消す辺り優しいにゃー」
「うるさい、触るな」
 立ったままの土御門と座ったステイルならまだ土御門の方が背が高い。ぐりぐりとその赤い髪を撫でようとするのを、ステイルは長い腕で土御門の顔面を殴る勢いでその手を叩き落とす。インテリはどうして力がない癖に暴力的なのだろう、と土御門はよく不思議に思った。自分に筋力がないので相手にそこまで危害を与えないということをわかっているということなのだろうか。しかしこうやって自分相手に必死だと2メートルの14歳もそれなりに可愛く見えてくるから不思議だ。やっぱり座っているからだろうか。
 何か和んでいる土御門に苛ついたのか、ステイルは突然立ち上がった。立つとまるで塔のようである。神父の服が黒いせいで威圧感も異様だ。
「僕で遊ぶのはやめろ」
「僕で? 酷いこと言うにゃー。俺はお前「と」遊んでるつもりだったんだけどにぁー」
 土御門のふざけたような笑いに、ステイルはさらに気を悪くしたのか、しかめっ面で屋上からあっという間に去っていってしまった。荒々しく閉められた金属製の扉は音を反響させながら冷たい背を土御門に向けるばかりだ。
 土御門は視線を下に落とす。マンションの一室から小さな女の子の足が見える。誰もがお熱のシスターは、今日も同居人のベッドを占領して夢の中のようだった。
「可愛い恋には可哀想なオチがつきもんだってのは、悲しいもんだにゃー」
 それこそあの子の夢にあの赤毛の子供は出てこない。記憶の整理をしようにも記憶が無いのだ。ふと、どうやら目を覚ました少年が、少女がベッドから毛布を蹴り落としたのに気づいたのか、土御門の位置から男の足と手が微かに見えて、白い毛布が少女のものであろう小さな足を覆い隠してしまった。
2011/2・23
ぽふさまへ


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