■茜指す銀の河
 力を失って放り出された細い腕は、月光を浴びて青白く発光しているようにも見えた。そうとう己の目も疲れているらしい。
 「先輩、大丈夫ですか?!」
 肩口から両の乳房の間にかけて、深く切り裂かれた衣服から覗く肌からは止め処なく血液が溢れている。瞼を閉じたまま微動だにしないカカシを抱き上げ、テンゾウは手近な木の元へと移動した。
 木の根元にカカシの肢体を下ろし、木遁の印を切る。木の根元が裂ける様にうねり、ぽっかりとした空洞が作られた。
 テンゾウはぴくりとも動かないカカシを抱き上げ、木の根の隙間へと身を滑り込ませた。テンゾウが中に入ると同時に、口を開けていた木の根が、意思を持つかのようにその隙間を跡形もなく閉じる。
 大人二人が入り込んでも余裕のある木遁で作られた空洞の中、テンゾウは懐から発火符を取り出し、蝋を入れた小皿へ火を灯した。
 真っ暗だった密室が突如として明るくなり、テンゾウは素早く傷ついたカカシの容体を確認する。
 クナイで血をたっぷり含んだタートルネックを切り裂いて脱がし、傷の深さが心臓へ達していないことや、重要な骨が叩き切られていないかを確認しながら、用意していた包帯とガーゼを駆使して血液を抑える。医療用の軟膏があるが、これほど広範囲の傷となればあまり意味も無いだろうと思ったのだ。
 「・・・・、ぁ・・・・?」
 ぴくり、とカカシの白い指先が痙攣する。カカシの口から掠れた声が零れ、テンゾウは「先輩?気がつきましたか?」と素早く微かに目を開けぼんやりと空中を眺めるカカシと目を合わせた。
 「・・・・・・てんぞ、」
 「腕や足は動きますか?感覚はどうです?」
 素早い後輩の質問に、よろよろと両手両足の感覚を確認し、問題ない、とふるふる頭を横に振った。
 「―――――はは、勝手に脱がすなんてテンゾウのえっちー」
 「別に脱がさずに放置してても良かったんですけどね」
 己の今の状況を見て笑える余裕はあるようだと判断して、テンゾウは素早く応急処置に入る。カカシを斬った人間の持っていた刀を確認したが、運の良い事に毒が仕込んでいることはなかった。痛々しく体に深く入っている傷口は恐らく完全に治る見込みは無いと言ってもいいだろう。結婚するつもりも無いだろうに、カカシは「嫁の貰い手がいなくなっちゃったねぇ」と軽口を叩いた。
 「もしも先輩がいいとおっしゃってくれるなら、僕が先輩を貰いますよ」
 「本当?嬉しいねぇ」
 冗談だと思ったのか、カカシの言葉には笑みが混ざる。まぁそんなものだろうな、とは思う半面、少し残念に思いながらカカシの胸部にさらしを巻くかのように包帯を巻きつけ、ボロ布と化したタートルネックをカカシの背中に敷いて再び横にさせる。一段落着いたのに溜息を吐いて、カカシは忌々しげに舌打ちをした。
 「手負いになっちゃった上に外には待ち伏せしてる奴らがいるかもしれない・・・結構ヤバイ状況なんじゃない?これ」
 「待ち伏せは居ないと思いますよ」
 「・・・・・・・・なんで?」
 テンゾウのあっさりとした回答に反応を返すのに結構時間がかかり、カカシは首を傾げながら己の後輩を訝しげに見た。
 「追っ手は見逃したのが無い限り全員始末しました」
 さらりととんでもない発言をしたテンゾウは血と脂で切れ味の下がったクナイを止血につかったガーゼの余り部分で拭い取り、ベストの内側に納める。
 「・・・全員?」
 「見逃しが無い限り、ですが」
 カカシの記憶に出てくるのは十数人はいた特別上忍クラスの霧隠れの忍達だった。雷切を使った後のスタミナ切れの隙をついてやられたとはいえ切り抜けるのさえ困難な状況だっただろう。よく逃げ切れたものだ、と感心していたのだが、全員始末した、とは予想をはるかに超えていたせいで逆にどう反応すればいいかと参ってしまう。
 「・・・知らない内に、優秀になっちゃってまぁ・・・」
 「なんでそこでがっかりしてるんですか、先輩」
 昔はほんと俺が手伝ってあげないとなんもできない子だったのになー・・・などとカカシが遠い目をするのに微妙な顔をして、テンゾウは水遁で濡らしたタオルで強引にカカシの汗を拭った。
 「・・・いつだって守られる立場にはいれないんですよ」
 「生意気」
 むっと顔を顰めるカカシにやれやれと溜息を吐きながら、テンゾウははらはらとカカシの額にかかっている銀糸を指先で直し、呆れたように笑みを零した。
 「人を守るのに自分の身を全然案じない危なっかしい恋人がいるので、じっとしてられないんですよ」
 「う、何それ」
 まともに反論できず言葉を無くすカカシにくすくすと微笑んで、テンゾウは傷の奔る左目へと唇を落とす。ふと香る血液の匂いに困ったように笑って、「とりあえず、傷物にした責任はとりますよ」と軽く冗談めかしてテンゾウは囁き、ああ、もう、とカカシは言葉を無くして血液の足りないせいで普段より白い頬をうっすらと赤く染めた。
2008/3・6


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