■迷惑面倒煩わしい


 白状します。
 僕には好きな子がいます。

 その子の名前は杏ちゃんと言って、綺麗な黒髪をいつもお下げに結んだとっても可愛い子です。僕の友達でもあります。
 僕の住んでいる家の、真正面のマンションに住んでいます。
 僕はいつも、杏ちゃんが出かければすぐに分かるように、マンションがよく見える窓の前に、お父さんがお古にくれたフカフカソファを持ってきて座っています。
 杏ちゃんが出かけると、僕も出かけます。
 杏ちゃんにばれないように、周りの電柱や何かに隠れてついて行きます。

 杏ちゃんは、この所いつも同じお店へ行きます。
 喫茶店です。小さな喫茶店で、古いビルの一階にあるのです。他の階には何があるのか、僕は知りません。
 喫茶店の名前は、『黒』と言います。
 僕はまだ9歳です。杏ちゃんも同い年です。
 一人で喫茶店に入っていいのか、僕には分かりません。でもいけないことだと思います。
 喫茶店は、たった一人のウェイターがいます。ウェイター兼店長のようです。
 背が高く、ウェイターというよりバーテンダーのような服を着ています。顔立ちはとても整っています。前髪の一房だけが、すごく伸びた変な人です。
 ウェイターは、杏ちゃんが店に入ると、杏ちゃんにちょっと笑いかけます。
 笑顔はとってもかっこいいです。
 杏ちゃんは二人用のテーブル席に一人で座ります。
 そしてただ一人のウェイターに、「いつもの!」と大声で言います。それが通っぽくて悦に入っているのでしょう。杏ちゃんは言う時、とっても嬉しそうな表情をします。
 ウェイターは砂糖つぼとミルクと、大きなカップに入った紅茶を持ってきます。杏ちゃんは紅茶にたっぷりの砂糖とミルクを入れて、ゆっくり飲みます。
 ゆっくりゆっくり飲みます。
 ウェイターさんを眺めながら、ゆっくりゆっくり飲みます。
 そうです。

 杏ちゃんは、この店のウェイターさんが大好きなのです。

 いつか、この喫茶店の前を僕と一緒に歩いたとき、小さな声で教えてくれました。
 それから僕は、杏ちゃんがこの喫茶店に来るときにはこっそりついてきて、狭い狭い店の裏の隙間に面した小さな窓から、ウェイターを眺めている杏ちゃんの一挙一動を眺めるのです。
 杏ちゃんは長い時間をかけて紅茶を飲み終わると、お金を払って店を出ます。
 僕は慌ててついていきます。
 なぜなら、杏ちゃんは家に帰ってくるとすぐに、僕を遊びに誘いに来るからです。

 杏ちゃんは、僕の家に来たとき、白くて小さな犬を抱いていました。
 元気そうな犬でした。しかし、杏ちゃんの腕に大人しく抱かれています。
「落ちてた」
「寝てたんだよきっと」
 諭すように僕が言うと、杏ちゃんは、そうかもね、と言って犬の頭を撫でました。
 犬は大人しく撫でられてました。
「飼う」
 杏ちゃんは唐突に言いました。
 杏ちゃんの家はマンションです。犬は飼えません。
 僕がそういうと、杏ちゃんは考え込みました。
 そして三分後。
「良いこと考えた」


 杏ちゃんはたった一人のウェイターが経営しているあの喫茶店に、僕を連れて入りました。ウェイターさんはすぐに、僕らが座っているテーブルにやってきました。
「今日は何です?お嬢さん」
 ニコニコとした笑顔で、ウェイターは言いました。
「ウェイターさん、」
 杏ちゃんはできるだけ悲壮そうな声を上げて、白くて小さな犬をウェイターの前に突き出しました。
「この子を飼ってあげて」
 ウェイターは少し考え込みました。笑顔のまま考えていました。
 十秒後、ウェイターは言いました。
「分かりました。僕が飼うことはできませんが、どうにか致します」
 ウェイターは白くて小さな犬をその手に抱きとりました。
「お嬢さん、せっかく今日はボーイフレンドを連れてきたのですから、一杯いかがです?」
 僕と杏ちゃんは、紅茶を飲みました。


 その次の次の日、僕はあの喫茶店へ行きました。
 一人です。杏ちゃんの跡を追ってきたわけではありません。
 喫茶店は営業していました。
 僕は店には入らず、いつも杏ちゃんを見ている小さな窓のところに行きました。
 なんとなくです。僕はいつもここに来るので、今日も来ないといけないような気がしたのです。
 窓の下には、黒い鴉が集まっていました。鴉は何かをつついているようです。
 僕が近寄ると、鴉はカァカァと声を上げて逃げていきました。

鴉がつついていたのは、白くて小さな犬の死骸でした。

 両眼はすでにありません。白い毛並みは血に染まり、後ろ足は千切れていました。バラバラのバラバラで、見るものに嫌悪を及ぼし、腐敗臭を漂わせています。
 僕は、それを知覚した途端、駆け出しました。
 喫茶店のドアを乱暴に開けて、たった一人のウェイターに駆け寄ります。
 喫茶店にはお客さんが一人いましたが、気になりません。
「お、お前っ!」
 ウェイターは背がとても高くて、ドラマなんかで見るように僕は襟首を掴もうとしましたが、届きませんでした。
 代わりにウェイターの前に仁王立ちになりました。
「杏ちゃんから貰ったあの犬を・・・っ!」
 ウェイターは笑顔を浮かべています。その笑顔はちっとも、温かみがありません。
「おや、あのお嬢さんのボーイレンドではありませんか」
「殺したのかっ!」
 僕は叫んでいました。犬は結構元気そうでした。
 あんなに早く、死ぬはずはありません。

「どうにかする、と僕は言ったのですよ?命の保証をしたわけではありません」

 僕は、ウェイターに殴りかかっていました。しかし、僕の腕はウェイターに掴まれ、捻り上げられます。
「いっ、痛いっ、離せよ!」
 ウェイターはパッと手を離しました。
 僕はそこを殴るほど、馬鹿ではありません。
「言いつけてやる・・・杏ちゃんにウェイターは犬殺しでしたってな!」
「あぁ、あの女の子杏ちゃんと言うのですか」
「そうだよっ!」
 こいつ、自分の常連の名前すら覚えていないのか。
 ウェイターは僕が入ってきたときから絶やさない笑顔のまま、スゥ、と僕の目の前に手を持ってきた。
 何をするんだ。こいつ、頭おかしいんじゃないのか?
「杏ちゃんは、おうちにはいませんよ」
 袖の中で、何かが光っている。銀色に、何かの刃のように。

「さすがに人間の死体を捨てるのは悪いので、埋めといてあげました」

 僕がその言葉の意味を知ったときは、もう遅かった。
 銀色に光るものが瞬時とウェイターの手に収まり、僕の首に突き刺さった。
 意識が、思考が、白くなっていく中、僕は最後のウェイターの言葉を聞いた。
「僕の名前は天城黒人、処刑人ですよ」

 黒人は少年を殺したナイフの血糊を布巾で丁寧に拭い、袖にしまい込んだ。
 そばで見ていた峰徒は、コーヒーを啜る。
「何故止めなかったんですか?」
「そいつは止めて欲しかったって意味カ?」
 峰徒は長い銀髪にかぶせたキャスケット帽の位置を直し、ニヤリと口角を上げた。
「ただの興味です」
 黒人は少年の死体を入れるための死体袋を店内に装飾品のように置かれている戸棚から探し出した。
「・・・・・・よくお前そんなもんそこに入れておくナ」
 呆れて言う峰徒だが、気を取り直して話し続ける。
「『俺は神様じゃない』とか言ってミタリ」
「馬鹿ですか。そのセリフを言うならまだ六義の方が合ってます武器的に」
 峰徒を罵倒すると、黒人は少年の死体を袋に入れ終わった。
「いやぁ、何で犬も女も男も殺す必要がどこにあるんだとは思っていたが、斥候兵殿としては、今顔覚えられれば何時自分に不利なように働くか分からない、という理由からカナ」
 峰徒の答えを聞くと、黒人は苦笑した。
「そういうことにしておいてください」
 まさかそんな理由ではない。もっと単純なことだ。
――――――――鬱陶しいじゃないですか。犬と子供は。


 後書きな言い訳。

 うぅぉ黒人が最悪最低・・・。
 何故殺す・・・。

 こんなものでよろしければどうぞ。
 すみませんでした峠さま・・・



―――――――――
 相互御礼に四方飛妖さまから頂きました!!!オリジナル小説です!!
 詳しい内容は是非に飛妖さんのサイトへ訪れてください!

 我侭に付き合ってもらって申し訳ないですぎゃあああ黒人かっこいい・・・!!(ごろんごろん
 この冷徹さといい、堪んないですね!(きもい
 なんか予想以上に短気なお方でどきどきです。
 本当にありがとう御座います!!大切に保管させていただきます!!