■竹鉢竹
 
雷蔵が眠りの浅瀬をぷかぷかと漂っていると、同室の足音がきこえた。
それを境に彼の意識は覚醒の水面へと限りなく近づいたが、夢の手綱を放すまいと、今一度深くへ潜るべく寝返りを打つ。
優秀な彼が足音を立てて帰ってくるなど、珍しいこともあるものだと思いながらも、雷蔵にとっては逃しかけた手綱を手繰り寄せることの方が重要であり、それが成功すると最早足音のことなどあっさり水面上へ放り投げてしまった。
「雷蔵」
ゆえに、三郎の声に返事をしなかったのは、狸寝入りでもなんでもない。
既に雷蔵は深く深くへと潜っていくことを始めており、水面上をなでるような小さな声など届かない場所にあった。
起きていたなら、これを一生の不覚としたのかもしれない。
しかし彼は眠っていた。眠ることを選んだ。

「竹谷と、寝てしまったよ」

お前の顔を借りたまま。
自分に背を向けて眠り続ける友人へ、ぽつりと告げた懺悔じみた告白は、受け取り手もなく室内の闇に飲まれてきえた。
三郎は自分の冷えた布団に胡坐をかいたまま、眠る雷蔵を眺めている。

夜気に吸われたぬくもりを爪先が取り戻す頃、三郎もまた己の布団に潜った。
己の髪から立ち昇る新しい湯のかおりが、何度も眠りを妨げ、なかなか寝付けなかった。

雷蔵はそんなことも露知らず、今も悠々と夢の底を泳いでいる。
2009/1・3


TOP