rendez-vous





遊園地のチケットがあるんだと言われ、破り捨てたのが一ヶ月前。
映画のタダ券があるんだと言われ、トイレに流したのが三週間前。
プールの半券があるんだと言われ、川に放り投げたのが一週間前。
音楽鑑賞券があるんだと言われ、ゴミ箱にぶち込んだのが三日前。

そして、ショッピングに行こうと誘われたのが昨日。

正確には誘われたではなく、行ってくれないと君の恥ずかしい写真を一群一同に配ると脅された、だが。
どうせはったりだと思うが、あの顔に貼付かせた奇妙な笑に悪寒がして、気付けば首を縦に振っていた。



まあ、いい。
ショッピングは、遊園地や映画やプールや音楽鑑賞とは違い、逃げられる範囲が広い。
ふいを見てタクシーでも捕まえて帰らせてもらうとしよう。
憂鬱を纏いながら地獄のような明日を呪った。









当日。
遅れたら煩そうなので、溜息を多大に吐き出し時間通りに待ち合わせだという駅前に向かった。

兎吊木の野郎はとっくに到着しており、携帯を弄りながら壁に寄り掛かっている。
容姿だけはいいので、通りすがる女どもがちらちらと視線を投げかけられていた。

嫌々近付いていくと、気配に気付いた兎吊木がにっこりと笑って顔をあげる。
邪気を含んでいない笑顔なだけに逆に恐い。

「やぁ、街。君とデートが出来るなんて嬉しくて死にそうだよ」
「なら死ね。俺は吐きそうだ。一体何をはりきってやがる。随分と早いご到着だな」
「いや、いやいや、いやいやいや、そんなことはない。今来たところだよ」
「…あ?」

頭の螺子が飛んでいるとは思っていたが、ついにおかしくなったのか。
明らかに待っているふうだったのに、これは一種の嫌味だろうか。


「何をそんなにむっとしているんだい。男前が台無しだ。そんな警戒せずとも今日は二人でお出かけではないよ」
「他にもいるのか?チームの人間か?」
「嬉しそうに言うなよ、傷付くなぁ。一群の人間ではないが、一人は君の知り合いで一人は間接的な知り合いだ」
「誰だよ、一体」
「説明するよりも見たほうが早い。こっちだ、二人とも」


兎吊木の視線の先を見て、俺は絶句した。
な、なんでお前がっ!?


「よう、大将!久しぶり!」
「こんにちは、兎吊木さん」


現れたのは零崎の申し子、人識と、なんとも形容しがたい無表情な男だった。
何故かこの二人はしっかりと手を繋いでいる。
しかも指と指を絡めてぎゅっと握っていた。


「久しぶり。戯言遣いくん。人識くんとは初対面だね。ほら、君、何をぼけっとしているんだ。こちら『いーちゃん』誰かわかるよね?」
「…!お前が」
「はじめまして」
「…ふん」
「大将、態度悪ぃー。俺の彼氏に文句つけんなよー。今日はダブルデートなんだから、仲良くしようぜ」
「あああ!?」


急いで兎吊木を振り返ると、ウインクがひとつ返ってきた。
いや、それはいらん。
説明を求める視線を無視し、兎吊木は楽しそうに言った。



「二人だけじゃないって言っただろう」














俺は何度吐いたかわからない溜息を吐き出した。
ひとつ吐けば幸せがまたひとつ遠ざかり、寿命も一日ずつ減っていく気がする。

前を歩く19歳カップルはそりゃあもう楽しそうだ。

なんで手を男同士で繋ぐ?と聞くと、あれ?繋いでたっけという返答がくる。
ナチュラルにいちゃついているらしい。
無意識かよ。

兎吊木はそんな二人を羨ましそうに見ながら、時折こちらに物言いたげな視線を投げかけてくるが全て黙殺した。
さらに時折腕でも組もうとしているのか、こちらに手を伸ばしてくるので、なんとか全て躱した。


デートなんて俺は認めちゃあいないし、冗談じゃない。
ああ早く帰りたい。



「これ零崎に似合いそう」
「うん。こういうの好き」
「そう?」
「おう。さすがいーたん」
「もうぜろりんってばー」

うふふあははと(ひとりは無表情だが)会話する二人を疲れた面持ちで見遣る。
俺は一体何をやっているんだろう。

なんだかこの二人、そのうちこいつーとか言いながら額を指でつんとかしそうだ。
海があれば捕まえてごらんとかやりそうだ。
なんてベタな。

ふらりと視線を外したとき、鮮やかな蒼のシャツが目に入った。
そこに目線を留めると、同じようにそれに魅入っている兎吊木が隣にいた。

俺と目が合うと奴はにやりと笑い、とんとんと蒼の布地を指差した。


「君に似合うんじゃないか?」
「お前の口からそんな言葉が出るとはな」
「本心だよ。買ってあげようか。ちなみに男が服を買い与えるときというのはだね」
「お断りだ」
「おや残念」


購入を止めたことは俺としても悔しいことに残念だが、買ってもきっと着られない。
勿体無さすぎて、こんな色、身につけられるはずがない。
買ったって、クロゼットの中に眠るだけなら、ここで皆の目に留まる蒼のままでいたほうがいい。


そういえば、この『いーちゃん』だが、暴君と恋人同士とかではなかったのだろうか。
俺たちが彼女の『友達』であったように、こいつも『友達』なのか。

思案していると横から思いっきり髪を引っ張られた。


「いてぇよ!」
「君、俺といるんだから他の考えに現を抜かすなよ。やいちゃうぞ」
「うるせい、ぼけ、死ね。誰がお前のことを考えるか」
「酷い恋人だこと。ところで、何か食べるかい?」


兎吊木はそこらに並ぶ甘味ショップを指差しながら問う。
その手にはいつの間に購入したのか、生クリームたっぷりのクレープがあった。
見れば人識も『いーちゃん』もジェラートを持っている。
着色料が目に痛い。


「別にいらん」
「そうかい。青が眩しいアイスもあるのに」
「…………」


心が動いたことを悟られないようにそっぽを向く。
そして後悔した。
視線の先にはいちゃつく二人が、まるでそうであることが自然なようにお互いがお互い、あーんと言いながらジェラートとの食べさせあいこをしていた。
普通男同士が街中でこんな奇怪な行動を取れば、道行く人々に変な目で見られそうだが、それはなかった。
むしろ皆、微笑ましいものを見るように通り過ぎていく。二人の風貌のせいだろうか。確かに違和感などないが。

と、ここでまた兎吊木のねっとりした視線を感じた。
じとっとした視線が頬に突き刺さる。
まさかあっれがやりたいとか言わないよな。

それクレープだし。
スプーンはないし。
何より俺は何も買っていないしな。


「…なんだよ」

一応聞いてみると、兎吊木は笑顔を満面に浮かべ、にやぁとした。
恐。


「あーん」


やっぱりか!
やっぱりなのか、害悪細菌!
お前俺たちもう三十路だぞ!?
年を考えろ!
いや違う恥を知れこの変態!
変だろう普通!
あいつらはまだ若いし男同士に見えなくもないからおかしくないが、俺たちじゃ明らかに恐ろしいホモの光景だろうが!
そもそも俺がお前にあーんとかされる意味がわからん!!!


俺は無視をした。
全力で無視をした。
しつこく兎吊木が何か言ってくるが、音を遮断する勢いで無視をした。

「あ、死線だ」
「!」

振り向きそうになったが、堪える。
彼女がここにいるはずがない。
きょうは二重世界と仕事なんだから。


「ん。…あ、双識くんがいる。おお?女の子と一緒じゃないか。羨ましいなぁ」
「え」


思わず振り向いてしまった、瞬間、べしゃ。
生クリームが頬から口元に押し付けられた。


「…………」
「嘘だよ?」


悪戯が成功した子供のように笑う兎吊木に心底呆れる。
きっといま俺はすごい顔だ。

無言でがしがし腕でクリームを取り払っていると、やった張本人がハンカチで口元を拭いはじめた。

何がしたいんだよ!
お前は!
だぁああああっ!

叫びたいがどっと疲れてしまって声にならない。
大人しくしたいようにさせていると、目の前の男は拗ねたように言った。


「そんなに怒るなよ。つまらない男だな」
「…あんたにはついていけない」
「酷い恋人だな。俺はデートをしたかっただけだぜ」
「誰が恋人だ。だいたい俺といたってつまらんだろう」
「そんなことはないよ。少なくとも俺は楽しい。君が楽しくないとしても」
「…………」
「俺はたまに恋人らしいことがしたくなるんだ。ロマンチックだろう」
「理解出来ない」
「そうだろう、そうだろう」


兎吊木は何がおかしいのかくすくす笑った。
帰りたい。

このままではなんだか調子が狂ってしまいそうだ。


「手を繋ぐかい」
「死ね」
「減るもんじゃないのに」


興味を無くしたかのように食べかけのクレープを、男はダストボックスに突っ込む。
人識がそれを見て、何やら叫んでいた。ふと、こちらを見ている目に気付いた。


「なんだ」
「どうも。兎吊木さんの恋人さん」
「その呼び名はやめろ」
「名前知らないですし」
「…名前」


どうするかと考えて、零崎姓を名乗った。
キャラ作りはしていないがまあいいだろう。
どうせ今更だ。
少年はああ三天王の、と相槌を打っている。
そういえば兎吊木の奴、今日は俺のことを式岸と呼ばなかったな。
まさかあいつが気遣っているのだろうか。

まさか、な。


「で、なんだ」
「変に思わないんですね、ぼくと零崎が付き合ってるの聞いても」
「別に。本人さえ良けりゃいいだろ。俺の知ったこっちゃねぇよ」
「さすが兎吊木さんの恋人だけあって言うことが違いますね…」
「…別に。恋人じゃねえよ。俺とあれは」


少年は無表情で首を傾げ、兎吊木と言い合いを続けている人識を止めに行った。
いい年した大人が子供と張り合うなよ。
悪いのお前のほうなんだし。






それから適当に街中をうろつき、適当にショッピングらしいことをして帰ることになった。
とくに何をしたということもないのに、隣の男はえらくご機嫌だ。


「きもい」

素直に感想をもらすと、兎吊木は興奮したようにだって君!と声を張り上げた。

「だって君がデートに応じてくれるなんて思ってもみなかったからさ!」
「…応じたんじゃない。脅されたんだ」
「どっちも似たようなもんさ。なに、恥ずかしい写真は後でちゃんとネガごと渡してやるよ」
「そちゃどーも」
「なあ、手を繋ごうか」
「あーあーあー」


睨みつけてから、彷徨っている手を掴んでやると、兎吊木はぎょっとしたようにこちらを見た。
まさかここまで応じるとは思わなかったようだ。
直ぐに手を離した俺を疎ましげに見ながら、成程こいつはいつもこうやって女を誑かすのかと失礼なことをぶつぶつ言っている。







曲り角で10代たちと別れ、ん、と手を差し出した俺に、男は、唇を寄せてくるので、そのままばちんと顔を叩いてやった。


「違うだろ!写真!」
「ちっ」


兎吊木は舌打ちをして、懐から写真とネガを出して渡してきた。
一体何の写真なんだか。

16枚撮りだったらしいインスタントカメラから現像された写真には、兎吊木の家の家具やら床やら、なんでこんなものを撮ったのかわからないものがのっている。

ふと、その写真の動きに気付いた。
写真は玄関から、ある部屋へ移動するよう、沿って写されているのだ。

撮った人間が向かう先が見える。

寝室…。
そこまで見て俺は顔を上げた。

写真の部屋の主はそんな俺をにやにや笑ってみている。


最後から二枚目にベッドのシーツが、最後の一枚目で目を見開いて、言葉を失った。


狭いフィルターの中には、男が、二人。
どちらとも上には何も羽織っておらず、…………俺は兎吊木に腕枕をされ目を閉じていた。


今日、これに付き合って良かった。
こんなんばらまかれたら憤死する。
いやこいつを殺す。


「恥ずかしいかい?」
「…写真もネガは本当にこれだけだな」
「疑い深いね。それで全部、あますところなくそれだけ」
「くそ…!」


不覚だ不覚だ不覚だなんて顔して寝てんだよ俺はあんなあんなめちゃくちゃ…安心しきった餓鬼みたいな表情で………。
俺はこれをCGだと思うことにした。

そしてひとつの疑問を持つ。
写真の中には男が二人。
兎吊木と俺。

では写真を撮った第三者は誰だ。

さっと青褪めた俺に奴は人さし指を立てて言う。


「1番、二重世界。2番、屍。3番、ふふ…」
「てめええええええええええええ!!!」
「正解は次回のデートに付き合ってくれたら教えようじゃないか」
「死ね!俺はもう帰る!ついてくんな!」
「わかった。次のデートはねずみの王国だね」
「聞けー!!!!!」


絶叫しながら、多分次もなんだかんだ理由をつけられ付き合わされるのかと思うと、いまから目眩がしてきた。



だって、きっと俺はまたそれを断れないのだから。






17万打申告がなかったので藤下さんにリクしていただきました!
軋兎と零僕ダブルデートです。あまりダブルになっていないです。
「いま来たところ」「あーん」が書きたかったんです。デートの定番。
タイトルはランデブー。調べたらふたつめの意味が面白かった。
藤下さんのみお持ち帰り可です。リクありがとうございました!!

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                                        きゃぁぁ踏んでもいないのにリクエストさせてもらっちゃったよ幸せで死ぬぜぇはぁ!
                                   ななな何ですかこの人たち!はしたない!好き!!とにかくいちゃらぶしてる零ぼくも何とも言えない上に
                                兎軋のダブルパンチ!完全ノックアウト☆だぜ!写真取ったの誰なんでしょう・・・とりあえずネガ下さい。(こいつ・・・!!
                                     本当悠奇さんにはありがとう御座いますの言葉がつきません!ありがとう御座いましたぁぁぁ!!!