■初歩的問題



 家康、えろいことしよーぜ。馬鹿みたいな誘い文句だったが思わず頷いてしまったのは何故だろうか?
 テーブルの上に散乱したスナック菓子も紙パックに取り残された林檎の匂いがするジュースだって片付けもせずに、元親は家康の無防備な腕を掴んで、その場に押し倒した。薄いクッション越しに、フローリングの床にごつりと後頭部を落として、家康はそれも気にせず唇を寄せてきた元親に唇を押し付けた。口の端についたスナック菓子の粉をべろりと舐める。脂でべたべたしていたが、それも気にせず、元親は家康の来ていたパーカーをたくし上げた。日焼けの後の残る肌が曝されても、家康はきょとんと元親を見るだけだった。
「元親」
「んだよ」
「そういや3時に政宗が来るんじゃなかったか」
「じゃあ、来るまで」
 触らせてくれよ、と元親は惨めったらしく甘える。3時まであと10分しかない。おや、と心の中で不思議がりながら、家康はじゃあ、好きにしてくれ、と言ってあげた。身体をまさぐる元親の片手を救い取って、口に寄せてキスをする。厚い爪に吸い付いて、唇を撫でる指に好きにされるがままにした。筋肉でできるおうとつと愛しげに撫でて、吸い、ごっこ遊びに夢中になる。
「携帯で、遊ぶの無しにしようぜって、政宗に言おうか」
 家康はするりと己の胸に頬を寄せる元親を見下ろしながら笑う。元親はそこでぴたりと手を止めて、伺うように家康の顔を見上げた。いつもどおりの柔らかい笑みを浮かべている。
「怒ったのかよ」
「怒ってないさ。ただの提案だ」
「本当かよ。おめーの怒ってるかどうかって、分かりにくいんだよ」
「ただ甘えてるだけじゃないか」
「何がしたいんだよ」
「お前こそ、何がしたいんだ? 元親」
 家康はからりと笑うだけだ。その感情の読めない笑みの底を見据えるように元親は家康を睨んだ。
「キスしようぜ」
「いいよ。しよう」
 機嫌を損ねたらしい元親の頭を一度抱きしめてやって、家康は元親に唇を再び押し付ける。舌を弄り入れればそれに答えるように舌を絡める。相手の歯列をなぞり舌に吸い付き、唇の柔らかさを堪能する。柔らかな肉を甘く噛んで、唾液を飲む。鼻でする呼吸がくすぐったい。キスに夢中になっていたが、首に腕を回す家康が疲れたらしく、ごてっ、と結局頭が離れた。床に頭がまたぶつかる。家康が元親の首に回していた腕を解き、床に下ろそうとする。と、そこで家康の手が元親の襟首を掴み、引き寄せた。それと同時に家康が再び上半身を上げる。そして、がぶり、と元親の鼻に噛み付いた。
「いでっ」
「ぶっ、く、あっはっはっはっは!」
 どたん、とまた床に倒れこむ。家康は顔を覆ってげらげらと笑い転げている。元親も箍が外れたように突然笑い出した。ぶはーっ、と大きく息を吐きながら、だんだんとテーブルを殴る。ひぃひぃと笑い転げていると、ついにチャイムを鳴らす音がした。身を捩りながら壁についているインターホンに近寄れば、モニターから、よお、と気の抜けた政宗の声がした。入ってくれ、という家康の声と共に大爆笑する元親の声とひぃひぃ笑い転げる家康の声がするものだから、画面に映った政宗はどうやら一歩退いたようだった。



「乳繰り合ってたのかよ」
「乳繰り合ってたって、いう、か、ぶはっ」
「まぁおっぱい弄ってたのは俺だけだけどな!」
 何いってんだおめーはぁ、とばしばし叩く家康に、元親がひぃひぃ笑いながらガードしている。ぼりぼりと買ってきた芋けんぴを食べながら、「Ah・・・」と政宗は呆れた顔をした。またか、と内心思っている。
「おめーらseriousな空気を保てない病気なのか?」
「うーん、何なんだろうな。ワシはただ真剣な元親の顔を見てるとただ笑えてくるんだが」
「ええっお前そんな理由だったのかよ!」
 その新事実に元親は少なからずショックを受けたらしい。家康と元親が恋仲になってかれこれ1ヶ月は経とうというものだが、その前の親友時代から、あまり進展はないように思える。話で聞く限り、2ヶ月前に酒盛りをした時、政宗の前でやった「酒の勢いでやってしまったBL漫画的展開」という漫才芸をやった時の方がまだ恋仲としてそれっぽいようである。そもそも己の肌を露出することにまったく恥ずかしさを感じない二人であるし、元々スキンシップが激しい者同士だったのだ。恋仲の初々しさがどうにも欠けている気がしてならない。
 家康はずるずるとリプトンのストレートティーを飲みながら、元親が真剣な顔してるとなぁ、とにやにや笑う。
「この時代で再会した当初のやたらじめじめしている元親が頭に浮かんで来るんだ」
「それで笑うのかよ・・・趣味悪いなおい」
「いやいや、そんな元親はワシにとってかなり辛いものだったんだぞ? 元親がこうなっちまったのもワシのせいでもあるんだとも思っていたしな・・・」
「んなわけねーだろ家康ぅ! 俺のせいで」
「話進まねーからてめーは黙ってろ」
 がたがたっと立ち上がろうとする元親の頭を殴りつけ、喚き出すのを寸前で止める。
「いや、そのどうにも辛いことを考える反面、そんな顔でワシの胸を弄ろうとする元親がいるとその意味の分からなさが笑えてくるというか」
「・・・・・・もうおめー整形しろよ」
「なんでそうなるんだよ!」
「じゃあ元親、てめーが笑い出す理由って何だよ」
「人が笑ってると笑いたくなるだろ」
「酒の勢いでやってしまえ」
 政宗ももはや匙を投げた。お前らにまともな恋仲を期待した俺が馬鹿だった、と政宗が呟けば、どうしてそこで諦めるんだ頑張れよ政宗! そうだそうだお米食べろ! と何故か政宗の方が応援されたので、とりあえず慶次に教わった頭突きを平等に二人に当ててやった。
  2010/10・11


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